泣きっ面に蜂
災難が重なること。
『ーーーというわけで、俺たち今病院なんだけど』
「何が“というわけ”だこの野次馬探偵。仕事中に電話寄越したかと思えばいきなりあかりが『裏』の人間だったとかわけがわからないぞ」
『んなどっかの白いウサギ型詐欺師みたいに言わないでくれる? 実際そうなんだから仕方ないじゃないか』
「第一、僕とあかりは血をわけた兄妹だ。あかりが『裏』の人間なら、僕はどうなる」
『灯夜、忘れちゃった? あかりちゃんは古賀家が10年前に引き取った養子じゃないか。血なんか繋がってないよ』
「……え?」
『灯夜は現実から目を背け過ぎ。いい加減その癖直したら? そんなんじゃ本業にも差し支えるじゃんか』
「……何を、言ってる?」
『だから、あかりちゃんは灯夜のおじさんが灯夜のために引き取った養子だって言ってるの。妹さえいれば元気になるだろうって。それを勝手に記憶捏造しちゃってーー』
「悪い! 呼ばれたから切る!」
『あっ! ちょっと灯夜!?』
呼ばれたのは事実だが、あかりの話を受け入れることができなかったというのもある。
僕とあかりは兄妹だ。でも正直、出会いの場面を思い出せない。いつの間にか、僕のそばにあかりがいた。ただそれだけだったから。
だから僕は、てっきり彼女と血が繋がっているものだと、そう思っていたのに。
「あっ、先輩! ……なんか顔色悪いですね?」
取調室の前で待っていてくれた遠藤に問い質され、少しばかり慌てる。
「いや、なんでもない。それより状況は?」
誤魔化す意味でも、気を取り直す意味でもあった。
遠藤は何やら煮え切らないようであったが、とりあえず本業へと意識を戻した。
「未だ否認を続けてます。あれから1時間は経ってるのに」
見上げた根性だ、と思った。
取調室には通り魔殺人事件の犯人として拘束された30代の男がいる。昼下がりの街中で、白昼堂々通りすがりの人間の頸動脈を次々と切りつけて殺害していったという目撃証言がある。一体何を血迷ってそんなことをしたのか。
思わず出た溜息。悩ましく思っていると、無意識的に頭を掻いてしまった。
「それにしてもあの男……的確に頸動脈を狙って切るなんて、相当の腕前ですよね」
「学生時代に剣道で全国大会に出たことがあるらしい。凶器は見つかってないが、それ程の腕前なら例え包丁でも可能だろう」
「ケンドー……? 刀剣のような長物で切ったなら、すぐ出てきそうな気もしますが」
「阿呆。凶器はナイフや包丁のような小物に決まってんだろ。じゃなきゃ捜索にここまで苦労はかけない」
とはいえ、僕も薄々おかしいとは思っていた。
今回の事件。被害者が20を超え、その上全員が死亡しているのだ。凶器は鋭利な刃物と見ているが、そんなものを街中で振り回せば大半が急所を庇ったり逃げたり等の自衛を行うはずだ。
だが、被害者全員にその素振りは一切なく、容疑者が通りかかった順に首を切られ即死している。
誰かが気付いて悲鳴を上げ、人々が現場から離れた時には、既に容疑者の周りにいくつもの死体が転がっていたという。
「あ、お疲れ様です。失礼しまーす」
「ああ、お疲れ様です」
鑑識課の人間が、小さな黒い虫が入ったビニール袋を持って、そそくさと取調室へと向かっていった。
ノックをし、ビニール袋を渡す素振りを見せている。何やらこそこそ話している様子。
「……蜂?」
遠藤がぽつりと呟いた。僕は目を丸くする。
「蜂? 蜂がどうした?」
「いえ。今持ってった虫、蜂の形をしていたなぁって」
嫌な予感に、冷や汗が噴き出す。
それほど冷房がきいてないはずなのに、全身から鳥肌が立つ感覚。体の芯が冷え切ったような錯覚を覚えた。
「……おい、まさか凶器は蜂とか言うんじゃーー」
「そのまさかですよ。古賀刑事」
話が終わったらしい彼が振り返り、至って真剣に答えた。
「あの蜂の死骸から、被害者全員の血液が検出されました」




