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手馬手綱いらず

飼いならした馬は、手綱がなくても言うことを聞かせられることから、お互いよく知り尽くしてるという意に用いられる。

電車という箱は一度バウンドすると、左へころんと転がった。



一瞬で壁が床に、壁が天井になる。



俺たちがいた右端の座席の背もたれを掴みながら、転がり落ちそうだった茉莉菜ちゃんの身体を支える。


あかりちゃんも俺と同じことをしていて、前の座席にいたネコくんを宙ぶらりんになりながらもしっかり支えていた。




冷静だったのは俺たちだけ。




俺たち以外の人間は転落するか、転落した人間の下敷きとなるかのいずれかであった。




悲鳴のBGMと、散らばるガラス片と血飛沫により、地獄絵図の出来上がり。




「茉莉菜ちゃんにネコくん! 大丈夫!?」


「だ、大丈夫です!」


「問題ないっ!」




ネコくんが平均男子よりも軽かったのが不幸中の幸いだろう。でなければこうしてあかりちゃんに助けられることもなかったはずだから。



しかしこれがもし右側に転がっていたら対処のしようがない。自分の悪運強さにつくづく感謝だ。




『……ザザー……ぁさんに……ザ……くします。げ……ザザザザ……により、運転を見合わせておりま……ザーーーー……』


「肝心なところが聞こえねぇじゃねえかクソが!!」




我ながららしくもなく悪たれる。見合わせも何も横転してりゃ動けねぇだろうが!


茉莉菜ちゃんの体が震えている。前回のテロはほとんど現場にいなかったから良かったけど、今回ばかりはそうもいかない。怖くて当然だ。




その時、正面側の壁を突き破り、辛うじて生きていた人間たちの頭上へ着地する白い影が現れた。




馬だ。たてがみが金色の美しい白馬。グルファクシを彷彿とさせる容姿だけれど、これでは駿馬というよりただの暴れ馬だ。

電車に動物が轢かれることはあっても、電車が動物に轢かれるなんて聞いたことないや。


馬が突き破った壁の破片は、倒れている人々の上に降りかかる。馬側の席に誰もいなかったのが不幸中の幸いだ。




「茉莉菜ちゃん! 急いで窓まで登って!」


「わっ、わかりました!」




扉を突き破ったということは、あの馬は俺たちにとって害ある存在の側にいる可能性が高い。茉莉菜ちゃんを急かし、座席の腕掛けをはしご代わりに登らせた。


窓はさっきの衝撃で割れたから、わざわざ開ける必要もない。窓枠に半端に残ったガラスで手を切らないように気をつけながら、茉莉菜ちゃんは上半身をむっくりと外へ出した。




……あ、白。




「霧雨、さり気なくどこを見ている?」


「どこって?」




ジト目のネコくんにしらばっくれたけど完全にバレている。茉莉菜ちゃん本人に気づかれなかったことだけが救いか。


ありがとう神様!





とか考えていたら馬に頭突きされた。

勢いが良かったので、思いきり背後の壁にぶつかって痛い。




「霧雨!!」


「だ、大丈夫……」




ちょっとバチが当たっただけだから、とは口が裂けても言えない。


ごめんネコくん。次はちゃんと言うよ。茉莉菜ちゃんのパンツは純白だって!




「ネコさんも茉莉菜さんに続いてください!」


「しょ、承知した!」




座席の脇に着地して、白馬と向き合う。ネコくんたちも脱出に参加することになったようだ。


しかしこの馬、さっきから動きが妙だ。突然扉を突き破ったかと思えば、真っ直ぐ俺に襲いかかってきて。次の瞬間には俺と距離を離して観察している。



ドアをぶち破るほどの力があるのに、俺にどついた時は壁にぶつかる程度だった。この馬なら、俺を殺すくらいのスピードを出せたはずなのに。




ていうか、そもそもこの馬……なんでネコくんを見てないんだろう?




「……ああ、そっか」




パニックになっててすっかり抜けていた。馬は、人に寄り添う生き物だったっけ。



大声を出しただけで怯えてしまうくらい臆病だけど、相手の気持ちを読み取る力がある、不思議な生物。彼らはある意味で、人間よりも感情豊かな動物かもしれない。


そんな動物が、自らの意志で冷静に人を襲う判断を下すなんて、あり得ない。




「……大丈夫。怖くないよ」




馬は少し地団駄を踏んでいた。首を揺らし、俺から目を逸らす。




「びっくりしたんだよね? だからつい暴れちゃっただけなんだよね。俺は怒ってないから、こっちへおいで」




馬の動きは鈍かったけれど、ようやく一歩ずつ噛み締めるようにこっちへ近づいてきた。


人を踏まないように、少しずつ慎重に。




牧場ではよく見る光景を、まさか電車の中で見ることになるとは思わなかった。




「よしよし、いい子」




近づいてきたその馬の鼻頭を撫でると、目をとろんとさせ、金色の尻尾をゆらゆらと揺らした。




「霧雨さーん! 大丈夫ですかー!?」




外から聞こえる、茉莉菜ちゃんの声。鼻を撫でて合図してから、「大丈夫!」と返事をする。




「この子いい子だよー! ちょっとびっくりしただけみたいー!」




返事の代わりに沈黙が返ってきた。


馬の耳が、警戒している猫みたいにピクピク動いていて落ち着かない。何か不安なことがあるみたいだ。




「どうしたの……ってうわぁ!?」




鼻先で持ち上げられ、背中に乗せられる。

鞍無しでの乗馬は経験ないから、なんだか変な感覚だ。




「えっと……こう?」




落馬しないように首を掴むと、馬はスイッチが入ったみたいに2、3歩後退し、窓を見上げた。




……あ、やな予感。




首を掴む手の力を強めると、案の定それを合図に跳躍した。


馬の体は頑丈で、窓枠どころか他の部分までぶち破り、俺を外へと導いた。



何これ楽しいーーと思ったのは一瞬のことで。







『よく来たな。「表」の者よ』







そこには、鎧を着た石膏人間が立っていた。

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