池魚籠鳥
ちぎょろうちょう。不自由なこと。
霧雨の寝言に全員が固まった。
寝言とは言ったが、実際本人はばっちりと目を開けているし、意識もある。なのに支離滅裂な寝言を口にしたのだ。
これでは言われた燐火も呆れてものも言えまいと思っていたのだが、しかしどうだろう。彼女は真顔のまま霧雨を然と見て、足を揃えた。
「……驚きました。『表』の人間に、そこまで見抜かれていたとは」
驚いたのはこちらのほうである。何も言っていないのに、あっさりとその口から「表」という単語が出た。しかしそれが何を意味するかを理解していたのは私と霧雨だけで、他の3人は目が点になっている。
「ちょ……おい遠藤、あまりこいつに付き合わない方がいいぞ?」
状況を呑み込めぬ兄者が横から割り込んできたが、燐火は至って冷静である。
「ああ、先輩は『表』の人間ですからね。理解できないのも無理ありません。『表』は『裏』を信じませんから」
「……さっきから『裏』とか『表』とか、一体何の話をしてんだよ?」
「すぐにとは言いません。ですが理解する努力はしてください。じゃないと……」
燐火は、兄者を見上げる。
その目は無機質で、まるで心がない。とても冗談が言えるような顔ではないことは、頑固な兄者にも理解できたろう。
「先輩がたの命は、保証できません」
テレビでは、相変わらず昨日の事件の話を持ち上げている。
政府がバイオハザードと発表したこの事象の真相に近い位置にいる燐火に、一同総釘付けとなっていた。
「……遠藤」
「なんですか? 先輩」
口は笑っている。が、目は相変わらず氷のよう。
表情の変わらぬこの女に、兄者はぐいと近寄った。
「それは、あの時引きちぎれたはずの僕の手足と何か関係があるのか?」
その時初めて、燐火の目に驚愕が宿った。
前のめりになり、禿げの遺伝子が発動するのを恐れて伸ばしている兄者の長い髪の毛が、力強く黒々と輝き揺れる。
「身内では噂になっていた。お前が魔女じゃないかって。大怪我したはずの人間が一番ピンピンしてたのも、僕の手足が再生したのも。全部お前の仕業だったんだろ」
「なんのことでしょう」
「今更惚けんな。いきなり『裏』だの『表』だのわけわからんことほざきやがって。それならその奇妙な能力のことも教えたって別に何も変わんないじゃないか」
正論である。霧雨もご機嫌そうにうんうんと頷いている。
珍しいことに、兄者と霧雨の意見が合致したようである。
「燐火ちゃん。これは灯夜一人だけの意見じゃない。ここにいるみんなの意見なんだ。だから是非とも君のその口から聞かせてくれないかな?」
霧雨の容赦ない追い討ち。ネズミで遊ぶ猫のように残酷で、かつ無邪気だ。
燐火は何かをためらっているようだったが、やがて合点がいったように目を開いて顎を引き、覚悟を決めたように手に持つ盆をぎゅっと握った。
「……わかりました。それでは遅ればせながら申し上げます」
軽く頭を下げると、背筋をぴんと伸ばし、長い睫毛を瞼ごと動かして、その大きな双眸で私たちを見渡す。
「私は『裏』の長であるジンの守護として働いております、キリアのリンダと申します」
その時霧雨がにやりと笑ったのを、私は見逃さなかった。




