学ある猫は、猫も物しり
教育と環境の影響は大きなものであるということ。
「表」の人間が「裏」の殺し屋を退治した。
耳で聞いた話なら、私はその事実を疑うだろう。しかしそれは、私がこの目で見てしまったことである。
疑いようのない、事実ーー現実。
階段上から覗いた生徒玄関のあちらこちらに、焦げた肉片が散らばっていたのが見えた。出入り口付近では、上半身のみとなった殺し屋の死体が、頭が潰れた形で転がっていた。
「オッス☆ ネコくん、作戦Bやるまでもなかったよ~」
「……何が起きた?」
霧雨はにやにやしながら、私の背後からひょっこり顔を出す。私は何も知らされないまま律儀に家庭科室に隠れていただけだというのに。
「小、中で習う理科の問題だよ。水の化学式はなーんだ?」
「?」
「正解はH2O。Hは水素、Oは酸素。つまり水素が酸化してできたのが水ってわけ。分子を分解するには熱か電気が必要なんだけど、水はあっためてもお湯にしかならないからここは電気を使う。
分解された水素は可燃性、つまり燃えやすい原子で、酸素は助燃性、燃えるのを促す原子。これらふたつが濃度の高い状態で気体になっている時に火なんかつけたらどうなると思う?」
言いたいことがようやくわかった。
つまりこの男は、化学に疎い「裏」の人間を、大魔術にも匹敵する化学で殺したのだ。
「まぁ、もしこっちが失敗しても家庭科室に入れてまた同じことしようと思ったんだけどね。そこまでしなくてもなんとかなったみたい」
「……あそこには小麦粉しか散らばってなかったぞ?」
「原理は違うけど同じことさ。粉塵爆発ってやつ。威力としてはこっちのが上かな~」
粉塵爆発? 聞いたことがない。小麦粉は落としたら大罪という意識があったから、何も加えずに火を付けようなんて考えたこともなかった。
「大方ドジっ子な家政部部長ちゃんがうっかり落としちゃったんだろうね。部員であるはずの茉莉菜ちゃんがさっき帰ろうとしてたし、色々言われると思って一人でなんとか処理しようと嘘でも言って誤魔化したんじゃないかな」
小麦粉はこいつが撒いたものではなく、たまたま偶然そうなっていただけのようである。しかし、茉莉菜が家政部であることを、一体どこで知ったのだろうか。
「でもこれで、『裏』には化学が有効だってことがわかったね。それも、基礎中の基礎でも十分通じる。『表』の人間にも勝ち目はあるってことだ」
「……私は未だに、化学が何なのか分からぬのだが」
「君は別に分からなくていいんじゃない? 君がついさっき見聞きした情報を俺が知っていたトリックも見破れないくらいだし」
「えっ……まさかそれも化学なのか!?」
「正確には、科学により生み出された道具と、それを上手く使うための技術だよ。魔法だってさ、魔力と戦闘技術がなければ使えないんでしょ?」
化学も魔法も、同じようなものらしい。魔法のない世界では、化学でそれを補っていただけに過ぎないのだ。
「……あっ、そうだ! あかりは!?」
「体育館じゃない? この学校、上階から直接通じてる階段もあるから」
そんなこともわかっているのか。「表」もまだまだ侮れぬ。
「それも化学なのだな?」
「うんにゃ、ただの記憶と推理。俺、ここの出身だから」
拍子抜けした時、遠くからウーウーという音が近づいてきた。




