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狼を恐れては森には着けぬ

生活をする上では、リスクを冒すことは当然であるという意。類語に「虎穴に入らずんば虎子を得ず」がある。

「ジンくーん!! これから家庭科室行くけど何か食べたいものあるー!?」




その叫び声に、ノラはハッと息を呑み、赤の殺し屋はにやりと笑った。




「ほう、そうかそうか。ならお前を倒したら、そのカテイカシツとやらに行けば良いのか」


「くっ……これだから『表』の人間は……!」




ノラは酷く焦っていた。


よりにもよって、ジンの逃げ場が暴露てしまったのだ。これではもし自分が敗れた時は確実に殺されてしまう。


氷の魔法使いである自分と、炎の魔法使いである殺し屋。相性は魔力の大きさによるが、恐らくその差は残念ながら相手の方が上である。



自分は相手を倒そうと攻撃を繰り出し続け、すっかり息を切らしているが、赤の殺し屋は余裕綽々である。息を切らしている様子は全く見られない。



ここまで実力差を見せつけられれば、ノラの精神もダメージを負う。勝ち目は一切見られなかった。




ーーいや、待てよ?




ノラは少し冷静になる。

例え実力差があろうと、目の前の殺し屋を自分が倒せば、ジンが殺されるような心配は無に等しいのではないだろうか?


もしかすると、今逃げた「表」の人間は、自分に程良いプレッシャーを与えてくれただけなのかもしれない。




ーー無茶振りもいいところだ。しかし……




「なるほど……面白くなってきたではないですか」




正義が必ず勝つなど信じてはいない。

だが少し、それに賭けてみたいと思った。



ノラの些細な変化を察知した殺し屋は、ひゅうと口笛を吹き、剣を向ける。




「覚悟は決まったか? キリアの娘よ」


「それは此方の台詞ですよ。外道な殺し屋さん」


「たかだかキリア風情が。嘗めた口を聞くな」




ノラが杖を一振りすると、生徒玄関がたちまち北極圏へと早変わりする。赤毛の魔術師は猛吹雪の中で文字通り魔力を爆発させ、爆風でノラを壁に叩きつけた。




「がぁっ!?」




氷に覆われた壁に背中を強打し、少量の血が口から飛沫となって飛び出す。重力に従い倒れそうになったところを、杖で辛うじて持ち堪える。




「どうした? もう終わりか?」


「……黙れ……殺し屋風情が……!」




重点を杖から足へと移行させようとするが、ぐらついて上手くいかない。よろけながらも力強く地を踏みしめ、もう一度杖を振るった。




足下から現れたのはーー一匹の氷の龍。



彫刻のような風貌であるが、彫刻のそれとは異なり蛇のように動く。龍は赤の殺し屋に照準を合わせ、咆哮した。



龍の咆哮で生徒玄関にある下駄箱が次々とまるごと吹き飛ばされ、ガンガンと音を建てながら壁にぶつかりぐしゃりと崩れる。壁際に設置されたものは壁と同化していたため飛ばなかった。



そのような風量なので、転がっていた生徒の瀕死体もガラスの破片も当然全て外へと押し出される。強制的に追い出された生徒たちは、ぴゅんと飛んでは植林や門にぶつかり、白目を剥いて地面へと落ちていく。地面へと落ちる際、頭から落ちて首の骨を折った者が何人か見受けられた。




「貴様だけは……ジンのところへなど行かせない!!」


「キリアごときに何ができる? ここがお前の墓場だ。口先で何を言おうがそれに変わりはない」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れぇえっ!!」




龍が咆哮しながら、赤の殺し屋に襲いかかる。

自分よりも大きな相手に顔色ひとつ変えることなく、片手で鼻先を押さえる。そしてその手から炎を出して龍を溶かしていった。


龍が徐々に形をなくしていく。そこでお互いがにやりとした。




ノラは、音もなく殺し屋の背後に回り、杖を振り上げていた。




「遅い」




だが、それすらも読まれていた。


杖を持つ手の力が緩み、カランカランと乾いた音が響く。目は見開かれ、口からは血が溢れ出ていた。




「お前の敗因は、初戦で私とやりあおうとしたことだ」


「あ……が……」




ノラの胸に貫かれた剣。


それをちらりと見やると、悪戯っ子のように笑いかけ、魔力を込めた。


その瞬間ーー




「!! ぃぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」





全身火達磨で、悲鳴を上げる少女。

その少女の姿を真近に見てもなお、罪悪感すら持たない女。それどころか、うるさい敵を倒したと喜んでいる。


やがて悲鳴は徐々に治まり、完全に聞こえなくなったとき、黒こげの体がかくんと脱力し、パラパラと落ちていった。



ノラがただの焼け炭と化したのを合図に、氷の空間が水浸しの玄関へとシフトチェンジした。天井にも影響があったためか、上からも水が滴り落ちてくる。




「こんぐらっちゅれーしょん☆」




拍手の音で、その存在に気づく。


赤茶けた天然パーマ。目は大きめで、黒よりもやや色素が薄い。パーカーとジーンズのラフな格好をしていた彼は、先程彼女を挑発して姿を晦ましたはずの人間であった。




「貴様……逃げたのではなかったのか」


「逃げる? とんでもない。俺はその子の邪魔をしないようにいったん離れただけだよ?」




無邪気に笑う彼に、違和感を覚える。「表」の人間は、死体や血だまりには慣れていないと聞いたはずなのに、何故彼は平然としているのか。



第一、実力差はノラとの戦いで十分見せつけられたはずである。にも関わらず、彼は全く動揺している様子が見られない。




「うわー水浸し。君もすっかり濡れちゃってぇ。水も滴るいい女?」


「黙れ。貴様、殺されたくなければジンがいるカテイカシツとやらに案内しろ」


「うん、いいよ。ただし……」




ポイと、一部が光っている黒い塊を投げ捨てる。

「裏」の人間である彼女は、それがただの鉄の塊であるという認識しかできなかったが、もしこれが「表」の人間であったならば、驚くか恐怖で震え上がるかのいずれかだっただろう。


彼が水たまりに投げ入れたのは、他でもないーースタンガンであったのだ。




「このビリビリ地獄から、脱出できたらの話だけど♪」




彼は、ゴム製の長靴を履いていた。




「うわあああああああああっ!!」


「おー、いいねそれ。もうちょっと可愛らしく叫んでくれたら百点満点だったんだけどなー」


「あああああああああっ!!」


「んー……俺の要望には答えてくれないかぁ。残念。『裏』のコって割と大したことないんだねー。……さて」




踵を返し、走る。

視界にしっかり入っていたので、その事実を知ることはできていたのだが、自身に襲いかかる電気が動きを封じているため、追うことすらままならない。



ならばと、無理矢理離れることを選択する。足下に魔力を込め、炎を発生させるとーー















「……え?」














地面を揺るがす爆音が轟いた。

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