鎮守の沼にも蛇は棲む
どんなところにも悪人はいるということ。
この世界には表と裏がある。
あかりや兄者がいるこちらは「表」であり、私たちが来たのは「裏」である。私はその「裏」から来た人間なのだとか。
世界の表は化学が、裏は魔法学が発達していると考えてくれればわかりやすいかもしれぬ。
そんな「裏」だが、様々な国が存在する「表」とは違い、国と呼べるようなものはひとつしか存在しない。否、ひとつしかないのだからそれは国ですらない。もはやひとつの世界である。
その世界の頂点に立つ者が、「裏」には必要不可欠であった。それが国王のような存在、つまりは「ジン」であった。
そして、ジンを護る用心棒のような役割を果たす戦士は「キリア」と呼ばれた。
ジンは生まれながらにしてその証である獣を体内に宿しているらしい。生まれてから少しだけ時間を置くと、ジンは自ら獣の名を呼び、体外へ出して物を食らう。
つまり、ジンが生まれて初めて口にする言葉は、決まって獣の名であるのだ。
獣に食事を全てさせるので、自身は固形物を直接口にすることはない。獣が食物を食らえない時に備えてか、辛うじて飲むことだけはできるようではあるが。
ジンが生まれてきたことは大いに目出度いことなこで、私は父や周りのキリアから大変甘やかされてそだったらしい。
そうした私のジンとしての平和な日常に終わりを告げるかのように、つい5年前、突然反乱が起きた。
当時まだ現役のジンであった私の父はすぐに招集をかけ、情報の整理と対策を行った。
まだ齢二桁いったばかりの私はしばらくおろおろしていたが、私の力でなんとか協力したいと思い、外へ出た。
外はそれはそれは酷い惨状であった。ジンのお守役でもあるキリアの一人が私を見つけ城へと戻そうとしたが、頑固な私は戻るどころか皆を助けると言って聞かない。
仕方なく催眠の魔法を使って私を眠らせると、私を城の中でも安全な場所へと運んだ。
だが私は、目覚める度に外へ出ようとし、その度にまた眠らされた。繰り返すうちに無意味だと察した私は、城の中で強くなるための勉強を始めた。
そうこうしているうちに戦争は長引き、キリアの数も減っていった。死んだのが大半だが、中には「表」へ出て生き延び、再戦の機会を伺う者もいた。
その「表」へ出たキリアが、乃楽たちである。
「父はどうなったのだ?」
父ではなく私をジンと呼ぶ彼女たちに問いかける。彼女たちは答えない。
「父はどうなったのだ? 父も立派なジンだったのだろう?」
乃楽はその赤いフレームの眼鏡をくいと上げ、私を真っ直ぐに見つめた。
「あなたが『表』にいる時点で、私たちは全てを察しました。お父上のことはどうか……諦めてください」
「そ、そんな……」
雷に撃たれたようであった。
自分の父親はもうおらぬ。記憶そのものがないので思い出のようなものは一切ないが、それでもその事実はあまりにも衝撃的だった。
「私たちも、できれば生きていて欲しいと思います。ですが、『表』に魔獣がいるこの状況では、生存の可能性はもはや絶望的。……恐らく、新たなジンであるあなたを追って来たものと思われます」
「私を……追って……?」
「魔獣はターゲットを狙いますが、何如せん奴らは知能が低い。周りの人間を巻き込んでしまうことの方が多いです」
それは、私の巻き添えで命を落としてしまう人間がいるかもしれないということ。
全く関係のない人間が、私のせいで死ぬのだ。
「魔獣なんかより優秀な殺し屋を雇った方が効率的なんだけどねぇ。……ま、そんなことになったところで、私たちがお護りするまでだけど」
あまりに他人事すぎる。他人だろうと命であることに変わりはないというのに、この者たちは死というものに対し、大して興味もなさそうな素振りしか見せぬ。
文句のひとつでも言おうとした瞬間、悔しくも昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。




