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足下から鳥が立つ

突然、身近なところから予想もしなかった事が起こること。また、急に思いついたように物事を始めるという意味もある。

私の腕を引っ張る乃楽のらの足取りは軽く、スキップでもし出しそうな勢いであった。


校内案内のことはどこへやら、職員室も化学室も家庭科室も音楽室も何もかもすっ飛ばし、階段を下りて一階へと足を踏み出す。


途中で何度か声をかけたが、乃楽のらは一切返事をしない。その時は自己中心的な人間なのかと諦めることにしたのだが、それにしたって委員長としての職務を放棄し過ぎではなかろうか。



玄関が見えた時はさすがの私も不安になり、もう一度声をかけようと口を開いた瞬間。



乃楽のらが、突然足を止めた。



危うく舌を噛みそうになったが幸いそんなことにはならず、全ての元凶ともなった乃楽のらの背中を睨みつける。


だが乃楽のらは振り返らない。その部屋の扉の前に突っ立っているだけ。

見上げてみると、そこには「保健室」と書いてあった。




「……お会い出来て光栄です、ジン。そしてご無事で何より」


「……は?」




ガラッと扉が開かれると、またすぐにあの乱暴な力が私の腕を引っ張る。

無理矢理引っ張られた反動で転びそうになったのをなんとか踏みとどまり、文句のひとつでも言おうと振り返ると同時に、扉がピシャリと閉まった。



威圧的な閉め方であった。まるで、ここから出さないとでも言うかのように。




「の、乃楽のら……?」


「連れてきましたよ、麗奈れいな先生。……いえ、()()()さん」




保険医席を立ち、白衣を翻し、長い髪を揺らしながら、コツコツと音を立ててこちらに近づいてくる。


レイヤと呼ばれたのは、恐らくこの保健室を支配している、この茶髪の女なのだろう。彼女の長い髪は、彼女の右目を少し隠すような形に流れている。




「ご苦労さまね、ノラちゃん。もう戻っていいわよ」


「……はい」




鍵もかかっていない扉は、乃楽のらの手によって開かれ、再び閉められた。


彼女から事情を説明して貰おうと追いかけようとしたが、何故か扉は開かない。叩いても開かない。先程は間違いなく開いたし、鍵もかけられなかったはずなのに。




「無駄ですよ、ジン。それに、そのようなことなどせずともいずれ扉は開きますわ」


「どういうことだ! 乃楽のらは私を騙したのかっ!?」


「結果としてはそうなりますわね。ごめんなさい、あまり我々のことを口外するわけにはいきませんの」




私は扉を開けるのを諦め、彼女と体を向き合わせた。




「お前の目的は何だ?」


「あなたをお護りすることです、ジン」


「わけがわからぬ。守護対象なる人物を、何故拉致する必要がある!」


「拉致だなんて、誤解ですわ。私はただーー」




何の前触れもなく、抱き寄せられた。

女性の胸部には独特の脂肪の塊があり、人によってその大きさは異なる。柔らかさも違うらしいことも小耳に挟んだが……



ちょっと冷静になって欲しい。私は男だ。そして男の私は今まさに見ず知らずの女の胸部に顔を押し付けられている。

これは一体何の拷問だろうか。




「あなたを愛しているだけ、ですのよ……♥」




一瞬でせい命の危機を感じた。


いつの間に移動したのか、ベッドの上に転がされる私。直後、レイヤがその上に覆いかぶさり、私の服を脱がそうとーー




「調子に乗ってんじゃなぁああーーーーーーーーいっ!!」




バーン! と開かなかったはずの扉が開かれる。その向こうから、戻ったはずの乃楽のらが姿を現した。


何が何だかわからないが、とりあえずグッジョブ。




「あらやだノラちゃん、忘れ物? せっかくいいところだったのにぃ」


「あなたなら絶対何かやらかすと思ったので、ボロを出すまで待機してました。そしたら案の定男女不純交友を、しかも我が校の生徒でありジンでもあるお方に……」


「不純だなんてまぁ失礼しちゃう。これは男と女が交わるための大切な儀式なのよ。ねージンちゃーん♥」




ビクッと体が飛び上がる。悲しいわけでもないのに涙が出てきた。




「ほら見なさい。ジン、お震えになってるじゃないですか」


「あらやだごめんなさい。そんなに怖かった?」




声も出ないのでコクコク頷く。頼むからその手で触らないで欲しい。

レイヤがベッドから下りてくれたので、真っ直ぐ乃楽のらに抱きつく。今度は胸ではなく肩に当たっているので安心である。




「レイヤ怖いレイヤ怖いレイヤ怖い」


「あー、はいはい。もー相変わらずですねージンは。メンタルが豆腐どころかはんぺんですよ全く」




ーー相変わらず?



この二人の会話には先程から引っかかるものがあった。私のことをジンと呼んだり、会いたかったなどと言ったり。


これではまるで、私を知っているかのようではないか。




「ところでレイヤさん、リンダは今どうしてますか?」


「ああリンダね。相変わらず真面目に仕事してるわ。そうそう、こないだの蛇の一件なんだけど、リンダがあなたにありがとうって伝えておいてってさ」


「そんな、お礼なんていいのに」




蛇。それを聞いただけで全身の鳥肌が立つ。私が蛇と聞いて真っ先に思い浮かべたのは、人より何十倍も大きい人喰い蛇である。

そして、何故そんなものを連想したのかとはたと気付く。蛇なんて小さいのがいるじゃないか。大きくても人よりも大きいなんてことはない。それに、恐れるなら毒のほうを恐れるべきではないのか。




「リンダは治癒魔法しか使えないから、たまたまあなたが駆けつけてくれたおかげで潜入先の先輩が助かったんですって。もしあのままだったら喰われてたらしいわ」


「そうだったんですか」




今、はっきり言った。蛇は人を喰う奴だと。

いるのか、この地上に。そんな気持ちの悪い化け物が。


しかし、その人喰い蛇をどうにかしてしまったという乃楽のらは、一体何者なのだろう。




「そんな顔しなくても大丈夫ですよ」




乃楽のらが微笑みかけ、レイヤが自信に満ちた顔で私を見る。




「ジンは私たちのことをお忘れのようですが、私たちはジンを決して忘れません。何があっても、ジンは私たちキリアがお護り致します」




あまりよくわからないが。

話の流れからいって、私はどうやら「ジン」と呼ばれていたらしい。そして彼女たちは「キリア」という組織の一員であり、私を護る役割がある。




「……教えて欲しい。蛇とは、何だ? キリア(お前達)は何者なんだ?」


ジン(わたし)は……誰なんだ?」





話を聞く限り、どれもこの地上の常識の範囲内の存在ではない。そう判断しての質問であった。


乃楽のらは少し考えたあと、「うん」と一度だけ頷き、微笑みながらこう答えた。




「まずは、私たちが一体どこから来たのか、お教えしますね」



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