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犬猫にも馴染めば思う

恩を受けた人には感謝の気持ちを忘れてはならないということ。

兄者、怖い。




「ネコさん、大丈夫ですか?」


「兄者怖い」


「さっきからそれしか言ってませんよ?」




兄者怖い。




「お兄様、自分がハゲ家系だからって『ハゲ』とか『かつら』とか『づら』とか『けなし』とか言ったら怒るんです。それで犯人をボコボコにして警察局長からお叱りを受けたことがあるそうなんですよ」




だから出世できないんです、と付け加えるあかり。兄者に対して随分と辛辣な言い分である。




「……え、ハゲ家系? ならばあかりもそのうち……」


「……ネコさんは、私がハゲたら嫌いますか?」


「いや全く」


「よかった~」




女の笑顔はこういう時憎い。何でも許してしまいそうになる魔力を秘めているからだ。


あかりのおかげで正気に戻った私は、今が登校中であることに気付く。硬い灰色の地面を、側面に植えられた木々のラインに沿うように歩く。空は青く、雀が飛び交っている。



良い日和だ、と思っていたら、突然声が聞こえた。




「おはよう\アッカリーン/」


「おはようございます茉莉菜まりなさん、そしてその呼び方やめてください」




よくわからぬが、あまりいい呼び方ではないことだけは理解できた。


あかりを\アッカリーン/などと抜かした茉莉菜という女は、癖のある赤茶色の髪を飴玉のような形状の髪飾りでツインテールにまとめていた。

胸部はあかりもそこそこあるが、この女は桁違いに大きい。メロンでも入っているのではないかと思う程である。


そして何よりも気になるのはその手に持っている板チョコである。何故登校中にそんなものを……。




「およよ?アッカリン、そこにいるイケメンくんは誰かな~?」


「ああ、そうでした。この人が、前に話してたネコさんです」




さらりと紹介され、どうもと頭を下げる。

茉莉菜はふぅんと鼻を鳴らすと、板チョコの端のほうをパキッと割り、私に差し出してきた。




「私は草薙くさなぎ茉莉菜(まりな)。これはお近付きの印」


「あ、ありがとう。後で頂く」


「えー今食べてよ。溶けちゃうじゃん」


「しかし……」




チョコは溶けるものなのはわかっているが、私は直接ものを食うことができぬ。どう説明しようか迷っていると、あかりが私の一歩前に出た。




「ごめんなさい、茉莉菜さん。実はネコさん、嚥下障害かもしれないってお医者様から診断を受けているんです」


「えんげ?」


「人より飲み込む力が弱いということです。飲み物程度なら大丈夫とのことですけど」




すると茉莉菜は、しまったという顔をして、私に深々と頭を下げた。




「ご、ごめんなさい! 私、そういうの全然知らなくって」


「別に良い。私は気にしておらぬ」


「……本当に変わった喋り方……でもチョコ、たべられないんじゃ」


「別に食う方法がないわけではない。ただ準備が要るだけで」




兄者には、フリードのことは誰にも言うなと口止めされている。普通はあり得ないことだからだそうだ。私もそれにはなんとなく察しがついていたので、異論なくその意見を受け入れることにしていた。




「……それ、本当?」


「私は嘘は吐かぬ。先も言ったはずだ、『後で頂く』と」


「あ……そっか」




茉莉菜の顔に、満開の花が咲いた。












「……というわけで、今日からこのクラスの仲間になる古賀猫助くんだ」




あちこちから「猫助ぇ?」やら「変な名前ー」やら「キラキラネームじゃん」やらやたらとやかましい声が飛び交っている。私の名前にけちをつけるとは。ここには霧雨きりさめしかいないのか。




「はい静かに! 確かに変わった名前だけど、あくまでこれは仮称だ。そもそも彼にはつい最近までの記憶がないそうだ」




ピタッと、ざわめきが止まる。耳が痛くなるほどの静けさだ。




「古賀さんのお兄さんが警察官なのは知っているよな? 彼は現在保護という形で古賀さんちに世話になっている。なのでちょっと接しづらいかもしれないが、できるだけ仲良くして欲しい。……無理だというなら、ちょっと先生も考える」




間があったのは、ほんの一瞬のことで。












「ネコっちー、焼きそばぱん買ってきたよー」


「馬鹿かお前、ネコやんはもの食えねぇんだぞ」


「ネコたーん。炭酸、いける?」




何故かよくわからぬが、私はこのクラスの人気者になったようである。それよりも私は全員私に対する呼び方が異なっているという奇妙な現象が発生していることに気が向いていたが。




「にゃーすけはさぁ、あかりんのことどう思うよ?」




こいつに至っては「ネコ」ですらなくなってるし。




「とても優しい人間だと思っている。彼女には感謝している」


「そーじゃなくて。女としてどうだってこと」


「女……?」




自分で言ってどきりとする。「女」という単語は、何故かエロスを感じる。「女性」「少女」には事務的なものがあるのに、「女」にはストレートに性的なものを孕んでいる。この感覚は私だけなのだろうか。しかし恐らくこの質問の意図はつまりそういうことで、私は彼女を異性としてどう見ているのかという試験的な質問でありつまりはつまりは……




「ああ、いやその……あかり、とはそんな」


「うわ、顔赤くなってんじゃん。わかりやすー」


「ちょっと男子ぃ~。あんまり転校生いじめないの」




なんだこの空気は。

恥ずかしさの余り、顔が火照ってきた。これでは誰とも目を合わせられぬ。ましてや斜め左後ろの席に座っているあかり本人となど一番無理である。




「ごめんね猫助くん。ここのクラス基本ミーハーだから、珍しいもの好きばっかりなの」




そう言って胸の鼓動を必死に抑えていた私に近づいてきたのは、肘にかかるほどの黒髪を持つ赤い眼鏡の少女だった。幾分か、あかりよりも背は高そうである。




「私はこのクラスの委員長の泉水いずみ乃楽のら。よろしくね」


「よ、よろしく」




前髪が定規ではかったかのように真っ直ぐに切りそろえられている彼女は、生徒手帳を取り出して適当なページをぱらっと開く。




「早速だけど、今から案内してもいいかな? 説明、まだだったでしょ?」


「あ……うん」




頷くと、突如として彼女は私の手を掴み上げた。待て、私は今まさに異性の話で動揺していたばかりでーー




「早く行きましょ、じ……猫助くん!」


「そ……そうだな」




転校生のお世話に張り切る彼女に、私はこれから振り回されることになりそうである。

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