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サクラの咲く7日間  作者: 高木翔矢×打押
9/13

3周目Ⅱ


 ――クラスメイトの女子三人に囲まれ、いびられる姿。

 ――雨の中血まみれで倒れている様の加古さん。


 あまりにリアルで、現実に見たとしか思えないような鮮明な映像。

 加古さんと初めて話をした一昨日から、僕は時折そんな光景が頭をよぎるようになっていた。体育の時間に起きた白昼夢。それが頻繁に起きる。

 いや、それはなんというかフラッシュバックみたいなもので、後悔や決意のような、僕の知り得ない僕の意思が伴う不思議な現象だった。


「マサキ? どうした、大丈夫か?」

「あっ、え、うん、大丈夫」


 それは、いまみたいに学校祭の出し物の準備をしている時でも構わず起きる。


「本当か? あんま無理すんなよ?」

「大丈夫、ありがと。それより、ほら。下書き終わったよ。あんまり綺麗な字じゃないかもしれないけどね」


 心配して声を掛けてくれた直人に返事をして、模造紙に視線を促す。


「上等上等。どうせ最後は女子に清書してもらうんだからな」


 人のよさそうな笑顔を貼り付けながら、マサキは模造紙を覗き込む。そこには、僕らの班のテーマである超能力にまつわる都市伝説の情報が書かれている。


「直人はこの都市伝説って信じてる?」


 僕はなんとなしに、ふと思いついた疑問を口に出した。


「あっ? そんなわけないだろ。今時ラノベでももう少し捻った設定考えるぜ」


 僕の言葉を、マサキは口笛を吹きながら一蹴する。

 そっか、とだけ答えて僕も改めて模造紙を見る。

 書かれているのは僕らの町に伝わる都市伝説。

 浦島太郎の話がモチーフになった、時に関する超能力のお話。

 この街には昔から、過去に戻ったり、未来を見通したりできる人が現れると言う。

 嘘くさい、と一昨日までの――加古さんに出会うまでの――僕なら笑っていただろう。

 だけど、いまは違う。頭の中でフラッシュバックし続ける加古さんの映像。


 あれはもしかしたら、未来の映像なんじゃないか?

 あんなにも生き生きしている加古さん。だけど、いじめられるらしい加古さん。そのいじめを苦に近い将来彼女は自殺してしまうのではないか?

 何かがきかっけで僕は都市伝説の時の超能力が生まれてしまって、その映像を見ているとか。

 そんな事をつらつらと考えてしまう。


「確かに。ちょっと安直と言うか、突っ込みどころはいくつかあるよね。超能力者が死んだ時、一番近くに居た人に能力が移る、なんて」


 だけどやっぱり馬鹿らしいと思う自分もいるわけで。僕は直人に同意して困惑する思考を振り払う。


「ん? ああ、没になった諸説のほうか。まあ今回、俺らの班で出した呪い云々の諸説もガバガバっちゃあガバガバだけどさ。なんでわざわざ没にした方を話すんだよ?」


 直人に言われて、僕は一瞬目を丸くする。そう言われると、何でだろう?

 困惑を振り払った先は、さらなる混乱だった。

 超能力者を殺したら、殺した人物に超能力が移る。

 超能力者が死んだら、その時一番近くに居た人物に能力が移る。

 僕らの班ではその二つのパターンが話し合われた。


 ラノベオタク、呪いまじない大好きな直人の熱意で僕らの班は最初の説を押す事になったのだが。

 僕はいま、あたかも自然に。極めて流暢に没になった方を話題に出していた。


「おいおい、まさか下書きを間違えてたりしてないだろうな?」


 直人は冗談交じりに確認していく。結果的に僕の書いた文章に間違いはなかった。

 なんだろう、学校祭まであと数日というこの時期に、どこか気が抜けていたんだろうか?

 そんな風に呑気に考えて、ふと窓の外を見た。

 すると太陽と空と雲と屋上の給水塔の他に、随分とタイムリーな人物がそこに見えた。





「こんなところで何してるの?」


 学祭の作業に一段落つけて、暇な時間を作って僕は屋上にやって来た。

 普段なら屋上は鍵が掛かって出入り禁止のはずなんだけど、どういうわけか今日は開いている。

 そして僕の前には先客が一人。


「そっちこそ。ここは立ち入り禁止だよ」


 給水塔のある高台のヘリに座って僕を見下ろしながら、加古さんはからかうように笑っていた。


「それこそこっちの台詞なんだけど」

「いやいやむしろそれがこっちの台詞だよ」


 加古さんはおどけて足をプラプラさせる。

 その行動は僕の立ち位置からの角度だと、色々とまずかった。

 気まずくなって僕は目線を逸らしてみる。

 屋上は、月並みな言い方をすればボロボロだった。随分と年季が入っている。

 特にフェンス。風が吹くだけでガタガタと不穏な音が鳴り響いている。


「あれあれ? あからさまに目を逸らしちゃって、どうしたのかな? マサキ君」


 僕が不穏なものを感じながら屋上を見回していると、何を誤解したのか加古さんはニヤニヤとからかうような笑みを浮かべて言葉を投げ掛けてくる。


「いや、別に。それより、危ないよ。というか、屋上自体が危ない。いつもみたいに保健室に戻ろうよ」

「……なーんか、マサキ君のリアクションが思ったよりショボくてガッカリ。退屈しのぎにマサキ君のヘタレボイスを垂れ流してみようかな」


 加古さんは一瞬だけ冷めた表情をしたけど、すぐに意地の悪い笑顔を貼り付けて、手に隠し持っていたスマフォから一昨日の僕の音声を流し始めた。


「暇つぶし感覚で人の醜態をさらさないでよ! というかやっぱり今日もスマフォ隠し持ってたね! めったな事口走らないで本当によかった!」


 スマフォを片手に持つ加古さんは、今日もやっぱり生き生きとしている。頭に浮かぶあの映像との解離性がますます強まった気がした。


「あはは、大丈夫だよ。本人のいないところでは絶対に晒さないから。晒すような友達も私にはいないしね」


 加古さんはスマフォを操作しながら、何だかリアクションに困るような返しをしてくる。


「一応僕は加古さんの友達のつもりだけど……?」


 それを言うのは恥ずかしくて、小声で目を合わせずにフォローしてみる。

 横目で見てきた加古さんは、意外だったのか軽く目を見開いた後、再びにやりと笑った。


「マサキ君にはもう聞かせたから除外したんだけど、何? そんなに自分の魂のシャウトが欲しい? 送ってあげようか?」

「結構です!」


 一昨日まではまだ遠慮があったが、昨日も放課後に話して割と打ち解けたせいか、加古さんは少しも猫かぶろうとせずあけすけになっていた。

 可愛い女子と仲良くなって心を開いてもらう。

 それは男子として喜ばしい事のはずなんだけど、素直に喜べないのはなんでだろう?


「それよりも、ほら。早く保健室に帰ろうよ。というか、本当に何してたの? こんなところで」

「今日は保健室に来る人が多いから、邪魔にならないようにこっちで時間潰してただけよ」

「保健室に人が来るって、なんでそんな事分かるの?」


 僕の当たり前な疑問に、加古さんは左手に巻かれた、特徴的な黄色の腕時計を胸の前に持ってきて堂々と宣言する。


「私には未来が見えるのです」

「むぐっ……」


 加古さんの告白は、何だか随分とタイムリーだった。


「なにそのリアクション。普通もっと疑ったり、微妙なものを見る目しない?」

「いや、その、別に。それよりもさ、僕もそっちに上っていいかな? いい加減、上向いて話すの首が痛いんだよね」

「どうぞどうぞ」


 加古さんはちょこんと横にずれて、僕のスペースを空けてくれる。


「マサキ君は何しに来たの? ここって普段は鍵閉まってるんだけど」

「その台詞はやっぱり加古さんにも言えると思うけど……学祭の準備してたら加古さんが屋上にいるのが見えたから、どうしたのかと思って様子見に来たんだよ」

「ふむ。準備をサボってストーキングとは。たった二日喋っただけで、マサキ君をそこまで夢中にさせるなんて。私は自分の魅力が怖いわ」

「わー、凄いうぬぼれ……ってわけでもないのかな?」


 当然の事のように目を見て言われ、咄嗟に誤魔化そうとするも、うまくいかない。

 まるで一週間ぐらい一緒に過ごした気さえするけれど、昨日今日会ったばかりの加古さんのためにどうしてわざわざ会いに来たのか僕自身も解っていない。

 そんな僕の反応を見て、加古さんが含み笑いを零した。

 その横顔がなんだかとても魅力的に見えて、知らず知らず胸が高鳴る。だけど同時になぜか苦しくもなった。


「学祭か。マサキ君は何調べてるの?」


 一瞬見惚れていたため、そんなありきたりな質問に不意を突かれ、慌てて答える。


「えっと、都市伝説だよ。ほら、超能力者が出るっていう、この街で有名なやつ」

「都市伝説……」


 ピンときてないのか、加古さんが可愛らしく首を傾げる。

 僕は見惚れていた事を誤魔化すために、都市伝説の内容の説明を早口で始める。

 童話『浦島太郎』が元になっている、時の超能力者の存在をほのめかす都市伝説の全てを。

 その一部始終を加古さんは普段殆ど見せない、真剣な顔で聞いていた。

 最後に、もしかしたら僕がその超能力者かも知れない、なんて付け加えようとした時の事だった。


「ねぇマサキ君」


 加古さんが珍しく真摯な瞳で見つめてきて言った。


「私がその時の能力者だって言ったら、信じる?」

「はっ……?」


 図らずも、間抜けな声が僕の口から出た。

 そして加古さんは、さっきと同じ言葉を改まって繰り返す。


「私には、未来が見える」


 実は僕もそう言おうと思っていたんだ。なんて言える雰囲気でも茶化せる雰囲気でもなかった。


「多分もう少ししたら、学祭の準備が終わった男子が十人くらい来て、キックベースを始めるわ」


 僕が黙ったままでいると、加古さんは校庭を指差した。


「夕方の五時半頃には、迷い込んだ黒猫が入ってくるはずよ」


 そう言って今度は正門を指差す。


「私は浦島の子孫で、都市伝説通り私の家系は代々時の能力を継承してるの。って言っても、私が使える超能力は使い勝手の悪い未来予知だけなんだけどね」


 どう反応していいか困っている僕と目を合わせ、加古さんは寂しそうに微笑む。


「信じてくれなくていい。キックベースが始まったって、廊下を歩いてる時にたまたま男子が話してるのを聞いただけかもしれないし、黒猫も私が飼ってる猫かもしれないものね」


 自分の予知を否定するような事を言う加古さん。

 僕は信じるの一言すら口にできていない。

 加古さんは視線を足元に移して、再び足をプラプラさせながら小さな声で呟いた。


「だけど、私がクラスに行かない理由はこれで想像つくよね?」

「あっ……」


 どうして、思い至れなかったんだろう?

 僕は自分の見た光景が、未来予知かもしれないって考えてたはずなのに。

 彼女も未来予知ができるっていうなら、僕と同じ未来を見ててもおかしくないって事に。


「うあっ……!」


 そこで、もう何度目か分からないけど、僕の頭の中に新たな映像が浮かんでくる。


 ――体育館のステージ。大勢の生徒達の前で立ち尽くす加古さん。そして、加古さんを追い詰める一人の男。


 たまらず逃げ出す加古さん。雨の中、血だまりの中に倒れこむ加古さん。

 いろんな加古さんの映像が、次々に出てくる。

 あまりにリアルで、現実に見たとしか思えないような鮮明な映像だった。


 ――まさか。いや、やっぱり僕も……。


 加古さんの話と都市伝説の事を重ね合わせて、自分自身にも当てはまるのではないかと疑ってしまう。


「どうしたの? マサキ君。顔真っ青だよ。ごめんね。こんなわけ分からない話したから?」

「いや、そんな事ないよ。それより……」


 意を決して、僕は加古さんに訊ねた。


「その時の超能力者って、加古さん以外にもいたりするの?」


 僕の質問に加古さんは驚いて、だけどすぐにはにかんだ笑顔を見せる。


「信じてくれるのね」


 好意的な解釈に胸がざわつく。あえて否定はせずに続きを聞く事にした。


「私以外にはいないはずよ。私のおばあちゃんも超能力を持っていたけど、もう亡くなっているし。その超能力を引き継いだのが私だから」

「そっか……」

「暗くならなくていいわよ。おばあちゃんは病死とかじゃなくて、寿命だったから」


 加古さんは、やっぱり僕の反応を勘違いしている節があるけど、訂正する事に頭が回らない。

 言うべきだろうか。

 僕も未来予知の超能力を持っている事を。

 その予知の中では、加古さんは雨の中で血まみれになって倒れている事を。

 そんな事を考えていたら、屋上に僕ら以外の人がやって来た。


「加古、いるか?」

「あ、先生」

「おう、そこにいたか」


 眼下からこちらを見上げるのは、僕と加古さんの担任である不動先生だった。


「ん? なんで佐倉まで一緒にいるんだ?」

「いや、まぁ、ちょっと……」


 なんでと訊かれても答えに困るので、曖昧にお茶を濁そうとしたわけじゃない。

 単純に、僕は言葉を絞り出せなかった。


 この感覚は、そう。一昨日、保健室で加古さんに出会った時と同じ。

 白昼夢で見た、雨の中で血まみれで倒れている加古さんの顔を保健室で見たみたいに。

 加古さんを追い詰める男性の顔。不鮮明だったその顔と不動先生の顔が完全に一致していた。それに驚いて、僕は口を動かせなくなる。

 そんな僕に気付いたわけじゃないだろうけど、不動先生は早々に僕に見切りをつけ、視線を加古さんに向ける。


「マサキ君は私の友達ですから」


 にっこりとそう言い切る加古さん。

 僕はその隣で、加古さんが友達と言ってくれた事に若干の感動を覚える。でもそれどころじゃない。


「そうなのか。なんだか意外な組み合わせだな」

「それってもしかして、私に友達がいない事を遠回しに揶揄してません?」

「被害妄想は程々にな。加古」


 加古さんのからかいを慣れた様子でかわす先生。

 生徒と先生の微笑ましい光景のはずなのに、僕にはどこか嘘くさく見えてしまう。

 そして、良くも悪くも先生の出現で先ほどまでの重たかった雰囲気はどこかへ流れていく。


「それで先生、今日はもう時間ですか?」


 左腕に巻いた腕時計を見ながら加古さんが訊ねる。


「あぁ。俺もこれから忙しくなるからな。いまを逃すと鍵を貰いに来る時間がなくなるかもしれんのだ」

「りょーかいです」


 敬礼して、加古さんは素直にハシゴを下りる。

 僕もそれに続いて、考えもまとまらないまま先生に訊いてみる。


「先生が加古さんに屋上の鍵を渡してたんですか?」

「まぁな。保健室ばかりに引きこもるのも迷惑になるから、たまにこうして屋上を開けてやってるんだ」


 校庭を見下ろしながら大きく伸びをする加古さんには聞こえないように気をつけ、こっそりと先生と話す。


「……屋上開けるよりクラスに馴染ませる方が先じゃないですか?」

「俺が言う事じゃないかもしれんが、無理して引き入れるのはそれこそ危険な気がしてな」

「確かに……でも」


 不動先生に、僕は多分とても失礼な事を言ってしまった。


「本当に、加古さんの事考えてくれているんですか?」


 不登校の生徒をクラスに馴染ませようとして、逆に問題が起きるなんていうのは、ドラマや映画の世界じゃよくある話だ。

 ましてや、加古さんは未来予知でいじめられる事が殆ど確定してしまっている。

 確かに、クラスに入れるのは危険かもしれない。


 だけど。

 先生がその気になれば、加古さんへのいじめは軽減できるんじゃないか?

 それに、僕の頭に浮かんでくる不穏な映像の事もある。酷い話だけど加古さんを追い詰めているのは、不動先生と同じ顔なのだ。いや、僕の単なる妄想という可能性もあるので本当に酷い話ではあるのだけれど。


「手厳しいな、佐倉は……でも大丈夫だ。いざという時はしっかり守ってみせるから。先生だしな。ほら加古、もう行くぞ」


 先生は、そこで半ば強引に僕と会話を切り上げると、加古さんに声を掛けて屋上を後にする。

 保健室に戻ると言う加古さんと、職員室に戻る不動先生。もちろん前者について行き、先生とはすぐに分かれた。

 窓の外で男子がキックベースを始めたのが見えた頃、僕は加古さんに話し掛けた。


「不動先生は加古さんが未来予知できるって知ってるの?」

「知らないわよ。高校に入ってからはマサキ君にしか言ってないから」

「そっか……」


 少しだけ迷って、僕はもう少しだけ加古さんに踏み込む。


「なんで、僕にだけ?」

「なんでだと思う?」


 加古さんは即座に問い返してくる。その表情は穏やかで、だからこそ内心が読めない。

 そうこうしている内に僕と加古さんは保健室に到着する。

 加古さんは、そのまま僕の返事も聞かずに保健室に入って行ってしまう。

 扉は閉められていない。果たしてこれは入ってもいいという意味なのか。

 加古さんを追うべきか、否か。僕の胸中に渦巻いている、この不信感を伝えるべきだろうか。


 実際には一瞬だったろうけど、体感時間でたっぷり一時間は迷った気分だった。

 結論から言えば、僕は加古さんを追った。ただし、結果は酷いものになったけど。


「加古さん!」


 加古さんは僕が出した大声に、少しだけ驚いたみたいだった。

 言い方なんて考えずに、僕の不安をそのままぶつけた。


「あのさっ、不動先生の事。あんまり信用しない方がいいよ……? いや、そういう意味じゃなくて、えっと」


 そしてそれはおおよそ予想し得る最悪の切り出し方だった。


「……何それ?」


 加古さんの顔が、声が、全てが途端に不機嫌になるのを感じ取った。


「……どうして、そんな事言うの?」


 加古さんは冷たい声音で聞いてくる。

 なんだ、どういうふうに伝えるべきなんだ。


「あの、実は、僕にも未来予知? みたいな力があって。それで、見えちゃったんだ。加古さんが、不動先生に追い詰められるのを……」


 言えば言うほど、言葉にすれば言葉にするほど。

 加古さんの、僕に対する信頼が地に落ちていくのが分かった。


「……そっか、さっきの未来予知の事。なんとか話を合わせてくれようとしてるんだね。ありがと。でもね、そういうのは、私好きじゃない」


 加古さんは悲しそうに微笑んで、かと思えばすぐに口を真一文字に結んだ。


「……無理に話を合わせてくれなくてもいいよ。でも不動先生を悪く言うのはやめて。あの人は、私の事を心配してくれる数少ない人なの」


 加古さんはそのまま、殆ど睨むみたいに僕を見つめてから、保健室の奥へと入っていった。

 今度こそ、僕は彼女を追えなかった。言葉にこそ出ていないけど、今日はもう来るなと言われた気がして。

 僕はそのままの足で、学校祭の準備へと戻っていった。

 だけど、頭の中にはこの事がずっと残っていて、とてもじゃないが役に立てなかった。


 帰り際、校門を出る時小さな黒猫とすれ違った。

 加古さんの言ってた未来予知の話はやっぱり全部本当なんだって、改めて確信した。


 きっと加古さんは強い女の子だ。

 いじめられるからって教室には来ないけど、自分のために他人が貶められるのを黙っていられない、優しくて強い女の子。

 その優しさを、強さを、無残に蹴散らされる様を見たくないと僕は思った。

 未来予知だと信じて疑わない、僕の頭の中に流れる光景は、もしかしたらただの妄想なのかもしれない。

 加古さんの言う通り、不動先生はただの優しい先生で、単純に僕が悪者なだけかもしれない。


 だけど、それならそれでいい。

 もしも。万が一。映像と加古さんの動きが一致するなら。

 嫌われても、恨まれてもいい。

 僕が加古さんを守ろう。

 その時、加古さんと初めて会った時みたいに、胸の奥から声が聞こえた気がした。


 ――彼女と関わっちゃいけない。


 決意とはまるで逆の言葉に、胸がざわつく。

 なんでこんな声が聞こえるのか。

 もしかしたら、これも予知なのだろうか。

 もし予知だとしたら、僕が関わる事で加古さんの未来が悪い方に向かうのを暗示しているのかもしれない。


 どうするのが正しいのか。

 どうすれば、加古さんを守れるのか。


 数分前に抱いた決意は、思いの強さとは裏腹に揺れるばかりだった。




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