後夜祭~キャンプファイヤー
「目が覚めた?」
「ん? んん」
おぼろげな意識の中で問われ、寝ぼけ眼をこする。
「あれ? ぼく……」
「私にキスされたのが幸せ過ぎて倒れちゃったんだよ」
ピシッ。
そんな効果音が自分の身体のどこかから聞こえた気がした。
ゆっくりと加古さんに視線を向けると、満面の笑みが返ってくる。
その顔をまともに見れないで、僕は掛けられていた毛布を引っ張ってくるまった。
「あれ~? どうしたのかなマサキ君。私の事が好きなんじゃないの? その大好きな私がいるのに、どうして隠れるの? 恥ずかしがってるのかな~?」
毛布の上からツンツンと指でつつかれる。
明らかに加古さんは面白がってて、自殺する様子なんてまるでなさそうだった。
それは僕が望んだ事で、本当はめちゃくちゃ嬉しくて飛び上がってもおかしくない事のはずなのに、いまは喜ぶ気になんてまるでなれなかった。
なんで勢い余ってプロポーズとかしちゃってるの僕? しかも断れてるし。だけどキスされたし全く脈なしってわけじゃ――って、キス!?
柔らかい感触が頬に残ってる気がして、手を当てるけど、その行為がまた異常に恥ずかしくて悶える。
顔の熱を冷まそうと、何度も枕に頭突きをかました。
「ちょ、マサキ君? ホントに大丈夫?」
僕の奇行に加古さんが本気で心配してくる。
その心配は嬉しいけど――
「大丈夫じゃないから放っておいて~~~!」
キスされた恥ずかしさとプロポーズを断られたショックで、もう穴があったら入るからその穴を僕ごと埋めてほしかった。
その後加古さんが毛布を剥ごうとしてきたので、十分くらい必死に抗った。
勝敗は僕の根負け。諦めようとしない加古さんに僕の方が先にシャッポを脱いだ。
「……なんか久しぶりにマサキ君に会った気がするよ」
子供みたいな攻防の末、加古さんは疲れた様子でそう口にした。
「……ご迷惑お掛けしました」
なんかもう、色々と。
そんな馬鹿なやり取りをしていると、外から陽気な音楽が聞こえてきた。
「キャンプファイヤー、始まったみたいだね」
「あれ? 雨降ってなかったの?」
「さっきまで降ってたけど、組木はビニールシートを掛けてたから濡れなかったみたい。って、なんでマサキ君が雨降ってたの知ってるの?」
降ってたの君が寝てる間だよ、と加古さんが首をかしげる。
まさか未来予知で知ってましたなんて言えるはずもなくて、慌てて誤魔化す。
「朝に天気予報見たら、結構降水確率高かったから、それで……」
「なーるほど」
幸い加古さんも大して気にした様子を見せずに流してくれた。
「じゃあ行こっか」
「どこに?」
唐突な誘いに自然な質問を返したつもりだったけど、加古さんは意外そうな顔をした。
「どこって、校庭に。一緒に踊るでしょ?」
「えっ?」
状況を把握しきれずに呆ける僕に、加古さんは再度問うてくる。
「行かないの?」
その可愛らしい姿を見て、やっぱり、と思う。
やっぱり、加古さんは卑怯だ。
こうやってさも当たり前みたいに言う事で、誘うための恥ずかしさをなくして、しかも僕との距離を少しずつ縮めていく。
僕が焦って一息で埋めようとした距離を、段階を踏んで、一歩ずつ。
「そうだね、行こっか」
そんな風にされたら、僕が断れるわけない事を察した上で。
「そういえばさ」
振り返らず、前を向いたまま加古さんが話し掛けて来る。
「マサキ君、私があんな風に晒し者になる事、知ってたの?」
予想だにしない質問に、軽く驚く。
だけどあれだけ参加してほしくないと言ってたのだから、加古さんがそう思うのも当然だった。
答えを待ちながら歩き続ける加古さんの後姿を見て、本当の事を言うべきか迷う。
正直なところ、別に隠す理由はなかった。
いまならば、僕が加古さんとは違う未来予知ができる事を伝えても信じてもらえるかもしれないし、それを伝えても加古さんがもう自殺するつもりがないのは明白だ。
話したところで何も問題はない。
でも僕は、僕が見た未来の事は何も言わなかった。
「そんなわけないでしょ。ただ虫の知らせっていうか、嫌な予感がしただけだよ」
僕の答えに加古さんは首だけで振り返って、すぐにまた前を向いた。
「ふーん。じゃあそういう事にしておいてあげる」
加古さんはなんとなくだけど、気付いてるのかもしれない。
だけどどっちにしろ、僕に未来が見えるだとかそんなのはどうでもいい事だった。
だって僕の見た未来は、実際に起こらなかったんだから。
加古さんは自殺なんかしないで僕の目の前にいる。
なら未来が見えたところで、それは単なる予測ってだけで、確定してるわけじゃない。
そんな〝もし〟なんて気にしてたって仕方ない。
だから未来の予知なんて超能力はいらない。
「加古さん」
「ん?」
振り返る彼女の右手を掴む。
「サクラって呼んでいい?」
少しだけ驚いた顔をした後、彼女は見慣れた笑みを浮かべる。
僕をからかう、無邪気な笑みを。
「それって名字でって事? 名前でって事?」
さっきまでの過去なんか忘れて、僕との将来を考えてくれたらいいなんて、桜が咲いたように笑う彼女を見て、恥ずかしい事を考えた。