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サクラの咲く7日間  作者: 高木翔矢×打押
5/13

学校祭~ヤンデレ喫茶Ⅱ



 学校祭二日目。

 今日は昨日と違って朝から加古さんと二人で学校の敷地を回っていた。

 昨日別れ際に怒っていた加古さんだけど、一日経って怒りも冷めたのか、いまは笑顔で隣を歩いてくれている。


 本来こんな風にして学祭を楽しんでいる場合じゃない。でも参加をやめるように言えば、また加古さんの不興を買ってしまう事になるのは目に見えていた。だから無力な僕には、なんの計画もなしに遊ぶ事しかできなかった。

 そんな僕を気遣ったのか、加古さんはあれだけ軽蔑していたヤンデレ喫茶に行こうと自ら提案してくれた。


「いいの?」

「行きたいんでしょ。仕方ないから付き合ってあげるわ」


 そんな風に言われては、いつまでも暗い顔をしてるわけにはいかない。

 気分を入れ替えて、とにかくいまは加古さんと楽しく遊ぶ事だけに集中する。

 凄く楽観的な話かもしれないけど、朝の内に満足してくれれば、夕方の体育館イベントに行くのはやめてくれるかもしれないし。


「いらっしゃい。やっと来てくれたんだ!」


 ヤンデレ喫茶の教室に入った途端、エプロン姿のウェイトレスが目と鼻の先まで近付いてきた。


「私ずっと待ってたんだよ。なのに……その女、誰?」


 続けて入ってきた加古さんを見て、ウェイトレスの声が急に冷たくなる。


「あーそっか。そうだよねー。もう、マサキンったら意地悪なんだから。そんなに私にやきもち焼いてほしいの?」


 マサキンとかマネキンみたいに呼ばれてるけど、もちろん僕とこのウェイトレスの子は知り合いじゃない。

 受付で名前を書かされたのかこのためか、と内心納得しながら、ウェイトレスのネームプレートを見て名前を確認する。


『リンたん』


 えっ? マジ? これで呼ばなきゃ駄目なの?


「えっと、りん、ちゃん」

「やだぁ。いつも通りリンたんって呼んで」

「……リンたん、とりあえず席案内してもらっていい?」

「はーい。お客様一名様と、お邪魔虫一匹ご案内でーす」


 意気揚々と声を張り上げて先を歩くリンたん。途中横目で加古さんの様子を窺ったら、不機嫌オーラを発しながらめちゃくちゃ笑顔だった。凄い怖い。


「それじゃあ何にする? 私的にはこの大好きオムライスがお勧めだよ」


 堂々と隣に座って、リンたんはメニュー表を一緒に見てくる。

 その正面で加古さんは、僕が口で言い表せないようなとびっきりの笑顔じゃない何かを浮かべていた。


「私のメニューってどこかしら?」

「えーそこにあるじゃないですか。どうして気付かないんですか?」


 あのオーラを放つ加古さんを煽れるリンたんのメンタルの強さに肝を冷やす。

 お祭りテンションとはいえ、素人なのにリンたん半端ない。


「そっかぁ。気付かなくてごめんね」

「土下座して謝ってほしいですけど、リンたんは心が広いので許してあげます」


 室温が三度ほど下がったのを感じながら、リンたんの勧められるままにメニューを選ぶ。加古さんも選び終えて、ようやくリンたんは席を立った。


「それじゃ私が愛情たっぷり込めて料理してくるね」


 可愛らしくウィンクして、リンたんが奥に歩いていく。

 だけどなぜか途中で振り返り、こっちに戻って来た。

 まだ恥ずかしい演技でもあるのかなと思ったら、リンたんは耳元でとんでもない台詞をアニメ声で囁いてきた。


「もし私がいない間にあの女とイチャイチャしてたら、もう二度と家から出られないよう足首切り落として閉じ込めちゃうからね」


 加古さんの絶対零度の視線とは別の意味で心臓が止まりかける。

 愛が重い。なるほど、これがヤンデレ……。


「どうしたのかなマサキ君? 愛情たっぷりの言葉でも掛けられて昇天しちゃった?」


 リンたんの行動を勘違いした加古さんが笑い掛けてくる。全然笑ってるように見えないのはなんででしょう?


「加古さん……怒ってます?」

「ぜーんぜん」


 いままで見た加古さんの中で、一番怖かったかもしれない。

 なんか想像してたのとはまるで違う緊迫感を存分に味わい、二十分後に教室を出た。

 まさかリンたんが食べさせてくれるオプション付きとは思わなかったけど、結果的にそれを正面でにこにこしながら眺めてくる加古さんと、僕に食べさせるたびにデレ台詞かヤミ台詞を言ってくるリンたんに、精神をとんでもない速度で削られる事になった。

 教室を出る時にはリンたんから、


「終わったら一緒に帰ろうね。もし帰る時その女と一緒にいたら、マサキンがどこにも行かないように、マサキンの手と私の手を縫い合わせちゃうから。あ、でもそれもいいかも。もうその女の事とか関係なしに、帰ったら一回やってみようね、マサキン」


 というなんとも愛情溢れる言葉を頂いた。

 正直物凄く疲れたけど、ちょっと病み付きになりそうでもう一回行ってみたくなった。

 でもその代償は大きくて、それからしばらく加古さんは機嫌を直してくれなかった。

 どす黒いオーラを放つ加古さんと色々回り、なんとかいつも通りに戻ってもらえた頃には、もう体育館集合まで殆ど時間がなくなっていた。


「それじゃ、そろそろ一回別れよっか。マサキ君は教室戻んなきゃ駄目なんでしょ?」

「うん、そうだね……」


 いくらか悩んで、僕また、昨日と同じ質問をする。


「やっぱり、どうしても参加するの?」


 加古さんは予想していたのか、怒らず困ったような笑みを浮かべた。


「ありがとう、マサキ君」


 そしてなぜかお礼を言ってくる。


「心配してくれて。だけど大丈夫だから。先生だって何かあったら助けてくれるって言ってるんだし」


 違う。たとえ先生が何をしてくれたところで、加古さんを助ける事なんてできはしない。僕の予知が、そう言ってる。


「加古さん。一生のお願い。行かないで、ずっと僕と話してよう。保健室でも、屋上でもいいから」


 僕がここまで真剣だと思ってなかったのか、加古さんが軽く目を瞠る。

 だけどやっぱり、さっきと同じように困った笑顔で、やんわりと僕の頼みを拒絶した。


「ごめんねマサキ君。先生と約束しちゃったから、今更行かないなんて言えないよ。先生にはいままで凄いお世話になってて、だから悲しませたくないの」

「……」


 ここまで言って駄目なら、僕に加古さんを止める術はなかった。


「そっか、ごめんね。無理言って……」

「ううん。それじゃ、また後でね」

「うん……」


 保健室に向かう加古さんを見送って、僕も教室に戻る。

 僕にはもう、自分の予知が外れるように祈る事しかできなかった。





 加古さんが体育館に来たのは、最初の企画が始まる数分前だった。

 予定通り最後尾である僕の隣の席に座る。

 前に座ってる何人かは加古さんが気付いたみたいだけど、特に絡んでくる事もなく近くの人と雑談していた。


 多分先生が事前に伝えてくれていたおかげだろう。

 ただあの三人組も気付いたみたいで、文句を言いに来るか不機嫌になるかと思ってたのに、いやらしい笑みを浮かべてクスクスと身内だけで笑うだけだった。


「なんか緊張するんだけど」


 三人組に不信感を覚えていると、小さな声で加古さんが話し掛けてくる。

 視線を向ければ加古さんは言葉通り、珍しく顔を強張らせていた。


「加古さんでも緊張する事あるんだね」

「馬鹿にしてる?」

「いや、感心してる」


 ジト目で睨んでくる加古さんがなんだかおかしくて、軽く笑いながら安心させる。


「大丈夫だよ。加古さんの事なんて誰も気にしてないから」

「言わんとしてる事は分かるけど、言い方が喧嘩売ってるようにしか聞こえないんだけど」


 そんな会話をしていると、ブザーが鳴って全ての照明が落ちる。そして数秒後にステージの照明だけが灯り、マイクを持った男が照らし出される。


『レディースアーンドジェントルメン。お待たせしました海燕高校紳士淑女のみなさん。この学校祭の最後を飾る時間がとうとう、やっと、遂にやってきました!』

『おおぉぉおぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!』


 テンション高く叫んでいる赤いスーツにサングラスの司会の煽りに、主に上級生が拳を振り上げ応える。

 その凄まじい熱気に、僕も加古さんも若干引いてしまう。


『それではさっそく、最初の企画に参りましょう! まずはパフォーマンス企画! 栄えある先陣を切るのはこいつらだ! ブラックカオススウウゥゥゥゥ!』


 中二病全開のグループ名で軽快に出てきた五人の男子生徒は、チャラチャラした服装で音楽に合わせ踊り始める。

 それを見る観客は手拍子したり腕を振り上げたりして、ノリに乗っている。

 僕と加古さんもノリノリというわけじゃなかったけど、それなりに楽しみながら見てられた。


 その後もなんの問題もなくタイムテーブルは消化されていき、加古さんがステージに上がるような展開になる気配はない。

 悪意あるクラスメイトに強引に連れ出されるかと思ったが、そんな様子もまるでなかった。


 もしかしたら、僕が予知の超能力を持ってるっていうのは勘違いなのかもしれない。

 前のあれはただの正夢、デジャビュってだけで、加古さんの話を聞いてその気になってただけなのかも。

 そんな安易な考えを抱いた矢先だった。


『さーて次はメイン企画の一つ、告白企画だあ!』


 司会が次の企画の説明を声高らかに始める。


『内容はシンプル! 事前に何かを告白したいと言う有志を募っているので、その勇者達がここに上がってきてそれを叫ぶだけ! 告白の内容は自由! だけど告白ってからには、ここでラブが生まれる可能性も大だあ!』


 煽れるだけ煽り、観客もそれに乗ってテンション高く歓声を上げる。


『それでは最初の勇者の登場だ! お前ら死ぬ気で拍手しろ! 一年三組、かこさくらあああぁぁぁぁぁぁ!』


「「えっ?」」


 僕と加古さんのリアクションが重なる。

 ゆっくりとした動作でお互いに目を合わせる。

 当たり前だが、加古さんは参加希望なんて出していない。そんな事は、訊かなくたって分かる。


『どうしたんだい、かこさくらちゃーん! ハリーアップ、カモーン!』


 司会の急かす声に、クラスメイト達もこっちを見てくる。

 加古さんは混乱した様子で辺りを見回す。

 僕もあまりに唐突な事態に頭が真っ白になって、そんな加古さんを見てる事しかできなかった。


「ほら加古桜さん、早く行かなきゃ駄目でしょ」

 前の列から金髪が、笑いを堪えているような声で注意してくる。

 それを聞けば、誰が参加希望を出したのかは明白だった。

 あの金髪が加古さんへの嫌がらせのためにやったのだ。


『ほらいい加減出て来いよぉぉぉ! かこさくらちゃーん!』


 ステージ上の司会も苛立った様子で加古さんの名前を叫ぶ。

 他のクラスメイト達も段々と非難するような顔つきになっているのが見て取れた。

 有言と無言の圧力に、加古さんは震えた足取りで立ち上がる。


「かこ……さん……」


 呟くような僕の声に気付かず、加古さんは青い顔をしてステージ上に歩いて行った。

 ようやく出てきた加古さんに無責任な観客達は大いに盛り上がる。


『ようやく来やがったな、かこさくらちゃーん! それじゃいっちょ告白頼むぜ!』


 ステージに上がった加古さんが司会に何かを言おうとしたのは見えたが、当の司会は全く気付かずに、加古さんにマイクを渡す。

 強引に持たされたマイクを持って、加古さんはおろおろと立ち尽くしてしまった。

 当然だ。加古さんに告白する事なんてないのだから、何も言えるわけがない。

 いつまでも告白をしようとしない加古さんに、観客も次第に野次を飛ばすようになる。


 完全に予知で見た光景そのままだった。

 この後加古さんは逃げ出して、その先で自殺する。

 焦燥に駆られながら不動先生の姿を探すが、人が多い上にステージ以外の照明は落とされて暗いため、すぐには見つけられない。

 その間にも加古さんへの野次は数を増していた。


 どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい!


 加古さんが自殺する。みんなに裏切られたと思いながら、絶望の中で身を投げる。なんの救いもなく、頭を潰して血を垂れ流し冷たくなる。

 そんなの、そんなのってない。

 加古さんは何も悪い事なんかしてないのに。

 これから楽しい事もいっぱいあるはずなのに。

 僕は加古さんと、これからもずっと話していたいのに。

 どうしてこんな事に――いや、違う。そんなのどうでもいい!


 このままじゃ加古さんは死んでしまう。

 僕の予知通りに、校舎から飛び降りて死んでしまう。

 それをその場限りで止めたって、加古さんの絶望が消えるわけじゃない。家で手首を切られでもすればおしまいだ。


 なら、それなら――

 気がついたら、僕は立ち上がって走り出していた。

 全力で走って、ステージの階段を駆け上がる。

 いきなりの闖入者に、野次が止んだ。


「マサキくん……」


 目に涙を溜めながら、加古さんが僕の名前を呼ぶ。

 まだ泣いてはいないみたいだったけど、加古さんのそんな顔を見るのは初めてで、胸が潰れそうになる。

 大股で近付いて、ひったくるように加古さんからマイクを奪った。


『一年三組佐倉将来! 加古桜さんに代わって僕が告白します!』


 何も考えずにそう叫んで、何を言うべきか一瞬悩む。

 そして僕が勢いのまま叫んだのは、とんでもない告白だった。



『僕は、僕は……女子のパンツが大好きです!!』



 完全なる静寂が体育館を支配した。

 あれだけ野次を飛ばしたり盛り上がったりしてた観客が、漏れなく全員ドン引きしていた。


『あっ、いや……』


 取り繕うとしてももう遅かった。

 数えきれないほどの人達から冷ややかな視線を浴びせられる変態がここにいた。

 恥ずかしい事を叫ぶというシチュエーションが、四日前加古さんにパンツと言わされた時と被り、咄嗟に口走ってしまったなんてのはなんの言い訳にもならなかった。

 警察に通報されてもおかしくない変態が、パンツと叫んだ後なのだから。


「あー佐倉、後で職員室来るように」


 ステージの下にいた不動先生の声が、マイクなしにもはっきりと聞こえる。

 ……先生、そこにいたんですね。


「はい……」


 うなだれて、返事する。

 僕の学園生活は、たったいま、音を立てて終わりを告げた。


『は、はーい。えっと、佐倉君? ありがとうございましたー。歴代の告白企画参加者でも、ダントツの勇気を示してくれましたね。いやホントマジで』


 新たにマイクを持った司会が、イベント進行のために恐る恐るステージ上に戻ってくる。

 もういたたまれなくなって下りようとした時、司会が続けたあり得ない言葉に足を止める。


『それでは改めて、かこさくらちゃんに告白していただきましょう』


 仕切り直そうとする司会の台詞に、加古さんの身体がビクンと震える。

 聞き流せないその内容に、僕は司会の男子に食って掛かる。


「どうしてですか? 僕が加古さんの代わりに告白したはずでしょ?」

『いや、ぶっちゃけみんな君の告白で引いちゃったでしょ。ここらで女の子の甘い告白がないと、お口直しできないのよ。この子以外の参加者って男の子だけなもんで』

「でも、だからって……」

「佐倉」


 横から名前を呼ばれ振り向く。

 不動先生がステージの下から厳しい目で僕を見ていた。

「お前が代わりに告白する事は認められてたわけじゃないだろ。いま告白しなきゃならんのは『加古桜』なんだ」

「はっ? 何言って……」

「ふどう、せんせい……?」


 何かあったら助ける、と言っていた不動先生の言葉に、僕も加古さんも目を見開く。


「参加希望を出したからには、責任は果たすべきだ」

「だから参加希望なんて……」


 出していない。

 それは先生も分かってるはずだ。

 だけど、先生の目は本気だった。

 本気で加古さんを晒し者にしようとしていた。

 加古さんも先生が冗談で言ってるわけじゃない事に気付いたのか、その目からとうとう涙が零れ落ちる。


 それを見た瞬間、さっきまでの焦燥感が戻ってくる。

 きっとこのままじゃ、先生に裏切られて晒し者になった加古さんは、自殺してしまう。

 むしろさっきまでより、心はボロボロのはずだ。

 信じていたはずの先生に、明確に裏切られたんだから。

 もうこの場を切り抜けただけじゃ、加古さんの自殺を止められない事は明白だった。

 もしいま加古さんの手を引いて体育館から出ても、彼女はきっと死を選んでしまう。


「加古さん……」


 僕の呼び掛けに、加古さんは一歩後ずさった。

 その目にはありありと、怯えが見て取れる。


 多分、信じられないのだ。

 一番信頼していたはずの先生に裏切られて、僕の事も信用できなくなってしまったのだ。


 その態度に胸がとてつもなく痛む。

 加古さんに拒絶の視線を向けられる事が、なぜか我慢できないほどつらかった。

 でもそれ以上に、加古さんが泣いてる姿を見るのが、苦しんでる姿を見るのが、どうしもなくつらい。


「告白……」


 気付けば、言葉が口をついて出ていた。


「告白! やり直します!」


 そう叫んで、マイクを構える。


『加古桜さん!』


 名前を呼ばれて、加古さんが泣きながら顔をこっちに向ける。



『あなたの事が大好きです! 僕と結婚してください!』



 さっきとは意味の違う沈黙が、体育館を覆った。

 誰もが段階を飛ばした告白――否、プロポーズに言葉を失う。

 加古さんもあまりに予想外だったためか、呆然と目を瞬かせている。


『ぷ、プロポーズだあぁぁぁあぁああぁぁぁぁ! なんと、ここに本当の勇者が現れた! 高校生の身分で結婚を申し込む、最強の馬鹿野郎(勇者)だあぁぁぁぁぁぁ!』


「「「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」」」


 司会の叫びに、観客達が大歓声を上げる。

 会場の雰囲気が一気に最低から最高潮に達する。

 口笛を吹いたり、椅子の上で立ち上がったり、タオルを回したり、とにかく異常な盛り上がりを見せる。

 そんな中で、ようやくプロポーズされた事に気付いた加古さんは、顔を真っ赤にして視線を逸らした。


「そんな、えっ? だって、まさか……」


 頬に手を当てて、混乱気味に自問を繰り返す加古さん。

 それを見ていたら僕も恥ずかしさを自覚してきて、顔がサウナの中に入ったみたいに熱くなる。

 加古さんを見ていられなくなって、気をつけの姿勢で天井を見上げる。


「ま、待て。だからお前は加古じゃないだろう」


 会場が盛り上がる中、水を差すように先生は同じ言葉を繰り返してくる。

 それに対して、僕はまだ顔が熱を帯びた状態で先生の方を向いて反論した。


「加古さんが結婚してくれれば、加古さんの名字も加古じゃなくなります。問題ありません! サクラだっていうなら、僕だって佐倉ですし!」


 やけくそに叫びながら、それが詭弁だという事は自分でも分かっていた。

 プロポーズが受け入れられたとしても、役所に書類を出さなければ名字は変わらないし、加古さんはともかく十六歳の僕はまだ結婚できる歳じゃない。


 だけどそんな事はどうでもよかった。

 加古さんに僕の気持ちが本物なんだって。僕が加古さんを必要としてるんだって。それを分かってもらえればいいだけなんだから。


 ここにまだ、信頼できる人間がいる事を。

 加古さんを、信頼してる人間がいる事を。

 ただ知ってほしいだけなんだ。


『加古さん!』


 マイクを使ってもう一度加古さんの名前を呼ぶ。


『絶対、絶対僕は裏切らないし、ずっとずっと味方でいる。だから、だから――』


 ありったけの想いを言葉に乗せて、まさしく一世一代の勇気とやけくそに身を任せて全力で叫ぶ。


『だから僕の傍に一生いてください!』


 一瞬の静寂、そして次の瞬間には溢れんばかりの大歓声が体育館――学校中にこだまする。

 観客を注意する先生の声が微かに聞こえるが、それもあまりの盛り上がりにすぐに飲み込まれる。

 加古さんは顔を真っ赤にして僕を見ていて、その視線に僕の顔はヤカンみたいにどんどん熱くなっていく。


 胸が、心臓が、バクバクうるさ過ぎて、皮膚を破って飛び出しそうだった。

 酸欠を起こした時みたいに、熱さで頭が働かなくなってくる。

 頭と精神が限界に達しそうになってやっと、加古さんがリアクションを見せてくれた。


 顔を赤くしたまま、一歩、二歩とこっちに近付いてくる。

 さっきまであれほど騒いでいた大観衆も、ステージの動きを固唾を呑んで見守っていた。

 加古さんは目の前で足を止め、僕の顔を見上げてくる。


「マサキ君」

「は、はい!」


 大声で返事をして、次の言葉を待つ。

 加古さんは目を背ける事なく、しっかりと僕の目を見据えたまま言い放った。


「変態のくせにプロポーズとか超気持ち悪いからドン引きだから」

「……ほえっ?」


 あまりに予想外の言葉に間の抜けた声が出る。


「こんなところでムードもなしプロポーズとか女の子舐めてるの? 少しでも良識あればあり得ないでしょ。変態だからそんな事にも気付かないの、社会のごみなの?」


 一気に捲し立てられて、膝から力が抜け落ちる。

 観客も字面通りのマシンガントークに愕然としている。


 ――振られた。それどころか、ただ嫌われる以上に嫌われた。


 目の前が黒く染まった気がした。

 もう明日が見えない。

 僕、自殺しようかな。


「でも――」


 つけ加えれた接続詞に、超情けなくなっているだろう顔を上げる。


「格好良かったよ。最高に」


 ウィンクと共に、至上の笑顔が向けられた。


「だからご褒美」


 加古さんの顔が近付いてきて、頬に柔らかい何かが押しつけられる。

 それが何か認識する事もできずに、たっぷり三秒が経ち、離れていく。

 まばたき二回。頬に手をやる。加古さんを見る。

 再び大歓声が学校中に轟いた。

 それを聞きながら、僕は何が起こったかを理解し、卒倒した。




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