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サクラの咲く7日間  作者: 高木翔矢×打押
3/13

佐倉と桜Ⅲ



 それからさらに三日経った週末の土曜日。

 目前に迫った学校祭に向け、放課後の準備も佳境に入っていた。

 僕らの通う海燕(かいえん)高校は土曜日に準備日があり、日曜日と月曜日が本番だ。片付けは翌日の火曜日になる。

 ちなみに一年生は真面目なクラス展示だけだけど、二年生や三年生は模擬店やお化け屋敷などをやっていたりする。それらの学外の人も楽しめるものは月曜の昼までで、夕方からは全校生徒が体育館に集まり、色々な企画が行われる。

 そして最後は、後夜祭として校庭で盛大にキャンプファイヤーと花火が行われ、学校祭は終わる。ちなみに後夜祭に参加するかは自由に選べる。


 だから準備が佳境と言ってもその忙しさは人によって色々で、僕みたいにクラス展示の準備に追われてる人もいれば、体育館のステージ企画で発表するダンスの練習してる人や、キャンプファイヤーの時に一緒に踊る相手を探してる人もいた。

 そんな中でも、サボる人というのは絶対に現れる。


「だけどこの時期になると、浮ついた奴ホント多いわね」

「そういえば二組の(まい)、クラスの男子にキャンプファイヤーのダンスに誘われてたよ」

「えっ、ホント!? それでどうなったの?」

久美子(くみこ)、あんた食いつき過ぎ。()()も久美子が興奮する事言わないでよ」

「ごめんごめん」

「お説教はいいからー。返事は?」

「大していけてる奴じゃなかったから、断ったみたい」

「なーんだ、つまんない」

「ダサい男が祭りに当てられて粋がっただけなのよ」


 クラスのスクールカースト上位に位置しているような女子三人が、準備を放り出して(かしま)しく騒いでいた。

 制服を着崩したり、無駄に長い付けまつ毛をつけたり、ネイルをしたりスカートを短くしたりと、校則に喧嘩を売っている三人を見分けるなら、久美子と呼ばれた色恋好きが垂れ目、柚香と注意された情報通が長髪、そして言い方がきついリーダー格が金髪だ。確か金髪の名前は木下(きのした)沙英(さえ)。入学して一週間で髪を染めてきていた強者だ。

 元々準備を手伝うようなタイプではないし、サボって話していてもなんとも思わないが、あの三人に対して気になる事が一つだけあった。


 白昼夢で出てきた加古さんを取り囲む三人、それがあのグループなのだ。

 あれがただの白昼夢ならいい。だけどもし正夢だったり、加古さんと同じアレだったなら……。


「そういえばさ、うちのクラスで不登校の奴いるじゃん。そいつって学祭は出るの?」


 金髪が唐突に振った話題に、肩が震える。


「いたっけ? そんな奴?」

「あー知ってる! 加古桜って子でしょ。保健室登校してるらしいよー」


 加古さんるの名前が直接出てきて、準備の手も止めて聞き耳を立ててしまう。


「なんか卑怯よね。授業サボって保健室で寝てるとか」

「分かるー。私も居眠りしたーい」

「あっ、でもその加古って女、確か超能力者とか言われてた奴だよ」

「はあ? 超能力者?」

「何それうさんくさーい」


 高校に入ってから、と時期を限定していた加古さんの言葉を思い出す。

 やっぱり加古さんには、昔何かあったらしい。


「なんか未来が見えるとかそんな感じだったみたい。中学で割と有名だったよ」

「くだらな。どう考えてもインチキでしょ、そんなの」

「でもホントに未来分かるなら、宝くじとか当て放題だよねー」

「まあ私も噂訊いただけだから、あんま詳しい事は知らないんだけど」

「ふぅん。それが本当なら、なんかムカつくわね、そいつ。調子に乗って」


 金髪の舌打ちに胸が跳ねる。

 あの白昼夢の未来にどんどん近付いてるみたいで、胸騒ぎがした。

 準備が一段落ついたら、加古さんに会って今度は未来予知について詳しく聞こうと、そう決めた。





 加古さんに時の超能力の事を聞いてから、街に伝わる浦島太郎の都市伝説をもっとよく調べてみた。

 けど、新しく得られた情報は全くと言っていいほどなかった。

 浦島に対する乙姫の異常な執着。それが呪いになって時の超能力が継承されたという話ばかりで、肝心の時の超能力に関する詳細は何を調べても書かれていない。物語の核心じゃないから仕方ないのかもしれないけど、もう少し詳しく描かれていてもいいんじゃないかって愚痴をこぼしたくなった。


「直人、デザインこんな感じでいい?」

「ん? おーいい感じじゃん。こんなもんだろ」

「じゃあちょっと不動先生呼んできて確認してもらうね。その後は少し休憩取っても大丈夫?」

「おう、別にいいんじゃないか。班の奴には俺から言っとくし、いざとなったら電話して呼び戻すし」

「了解。ありがと」


 教室を出て職員室に向かう前に、自動販売機がある場所に足を進める。

 少し遠回りにはなるけど、夏の蒸し暑さと学校祭に向けた暑苦しさで喉がカラカラだった。

 普段あまり飲まない炭酸を買って、渇き切った喉を潤す。暴れるような炭酸が、痛いけど心地よかった。


 そのまま人気のない南側から職員室を目指す。

 南側はステージ発表などの控室や空室になってる教室が殆どなので、準備をしている生徒が通る事は(まれ)で、廊下には僕一人しかいない。

 と、思っていたら曲がり角の先からわずかに声が聞こえてきた。


「…………くら……よね……」


 人がいる事を意外に思いながら足を進めて、近付くにつれてその声に剣呑な響きが宿っている事に気付く。


「あんた、調子に乗ってるんじゃない?」

「……」

「何か言ったらどうなん?」


 聞き覚えのある声に息を呑み、こっそりと曲がり角の先を覗く。

 そして僕は生まれて初めて、デジャビュというものを体感した。


 そこには予想していながら、そうでなければよかったと思える、最悪の光景が広がっていた。

 僕の視界に映ったのは、あの女子三人組に囲まれて壁に追いやられる加古さんの姿だった。

 白昼夢と全く同じ構図で。


「……そんな事、ありませんけど」

「ならなんでいつも不登校なわけ? しかも立ち入り禁止の屋上まで使ったりしてんでしょ?」

「それは……」

「しかもー超能力者とか言っちゃってるードキュンちゃんなんだよねー」

「未来予知だっけ? 嘘くさいわね」

「……」


 朝に話していた不満が加古さん本人を見つけた事で爆発してるようだった。

 加古さんが反論しないのは、多分逆らったらさらに怒りを買う事が目に見えてるからだろう。


「あんたちょっと可愛いからって自分が特別とか思ってんじゃない? サボってんのに堂々としてさ」

「ドキュンの時点でー色々終わってるのにねー」

「不動先生もたらし込んでるって噂よ」

「それは違うわ!」


 いきなり大声を出した加古さんに驚いたのか、サボり三人衆が言葉に詰まる。

 その間に加古さんはただ事実を言い募る。


「不動先生は私を心配してくれてるだけ。何も悪い事はしてないわ」


 加古さんは強い女の子だと思う。

 いじめられるからって教室には来ないけど、自分のために他人が貶められるのを黙っていられない、優しくて強い女の子。

 だけどその強さは、こんな社会では結局、自分を苦しめる事にしかつながってくれない。


「必死に否定するとかキモッ」

「むしろ怪しいー」

「あの先生も大概押しに弱そうだしね」

「だから、不動先生は悪くないって言ってるで……」


 ムキになって叫ぶ加古さんの胸倉を金髪の女子が掴む。


「あんたさっきからうるさいよ。いい気にならないで」

「いい気になってなんか……」

「そうやって調子こいてると、いまに後悔するよ」

「いたっ!」


 加古さんを壁に突き飛ばして、金髪とその取り巻き二人が僕とは逆側に歩いていく。

 力なくへたり込む加古さんに、なんと話し掛けていいか分からず、僕は隠れたまま彼女の様子を窺った。

 加古さんは唇を噛み締めて、一向に立ち上がろうとしない。

 そんな時、空気を読まない僕の携帯がラインの通知音を鳴らした。


「誰?」


 弱ってる姿を見られたくないのか、慌てて立ち上がりながら加古さんが訊ねてくる。

 逃げるわけにもいかず、観念して僕は姿を見せた。


「マサキ君……」

「ごめん。盗み見しちゃった……」


 視線を逸らしながら謝る。

 彼女の目をまともに見る事ができなかった。


「はは、格好悪いとこ見られちゃったね」


 頬を掻く加古さんとの間に、微妙な空気が流れる。

 嫌な沈黙が廊下を支配し、思い出したように加古さんが僕のポケットを指差した。


「ライン来てたみたいだけど、見なくていいの?」

「あっ……うん」


 促されるままに通知を確認する。

 直人から、先生が教室に来たからそのまま休憩入っていいという旨が伝えられていた。


「返信いいの?」

「大した要件じゃなかったから」


 またも沈黙。

 そして今度も口火を切ったのは加古さんだった。


「言った通りだったでしょ。いじめられるって」

「……」


 僕は何も言えない。肯定できるわけがない。


「少し話そっか。場所変えよ?」

「うん……」


 優しい加古さんの提案に、僕は甘えて頷くだけだった。

 慰めの言葉も、身体の気遣いも、してあげられなかった。

 加古さんの後ろを歩きながら、僕は自分にも彼女と同じ未来予知の超能力があるんだと、その時やっと確信した。





「私の未来予知ってね、不完全なんだ」


 屋上に場所を移し、三日前と同じように隣り合って座ると、加古さんはそう切り出した。


「一日以上先の事は殆ど見えないし、見えても断片的にしか見えない。自分が見たい未来をピンポイントに見たりとかもできないの」


 僕は口を挟まずに、黙って加古さんの話に耳を傾ける。


「例えば宝くじを当てようとしても、当選番号の未来を狙ってみたりできない。競馬の結果を見ても、それが何レース目なのか分からない。太陽とかの位置で何時頃なのかはおおよその見当はついたりはするし、時計が一緒に見えれば正確な時間も分かるんだけどね」

「……だから加古さんは、いつも時計をつけてるの?」

「おっ、今日のマサキ君は中々賢いね」


 左手にはめた黄色の腕時計を示しながら、でもね、と加古さんは続ける。


「この時計が役に立つ事ってあんまないんだ。殆どの場合、自分の腕なんて見えないから。三日前にマサキ君に予言した時は、校門の黒猫は学校の時計が一緒に見えて、校庭のキックベースは太陽の位置が殆ど変わってないのが分かったから、時間の見当がついたの」


 加古さんの横顔はとても穏やかで、でもとても寂しそうで、どこか諦めたような雰囲気を漂わせていた。


「生きてた時のおばあちゃんも、超能力には欠陥があったみたい。時間の流れをゆっくりにできるんだけど、その中だと自分もゆっくりにしか動けないし、超能力を解いた瞬間、ゆっくりにした時間の分だけ速く時間が過ぎていくって言ってたわ」


 彼女のそんな顔を見るのは初めてで、胸が苦しくなる。


「だから時の超能力者って言っても、それほど万能なわけじゃないの。今日だってあの三人に絡まれる未来が見えなくて、廊下でばったり会っちゃったわけだし」


 きっと彼女は、望んで超能力を得たわけじゃないから。


「私の超能力は基本的に人とか場所を意識しなきゃいけないからね、自分の悪い未来や良い未来だけを予知したりはできない」


 それでも――使えなくても、使いたくなくても、できるからには気になってしまう。


「予知できてたら、マサキ君にあんな格好悪いとこ見られなくても済んだんだけどね」


 自分がクラスでどうなるのか、予知せずにはいられなかった彼女の気持ちが、僕にも少しは分かる気がした。


「明日……」

「うん?」

「明日さ、僕と一緒に学祭見て回らない?」

「えっ? どうしたのいきなり?」


 僕の提案に、加古さんが目を丸くする。

 だけど僕は、そんな加古さんを強引に誘った。


「いいじゃん。どうせ暇なんでしょ。クラスに行かなきゃいじめられる事もないだろうし、折角の学祭なのに保健室にいるだけじゃ勿体ないよ」

「う~ん、まあいいけど。もしかしてマサキ君、私を口説いてる?」

「い、いや、そそそんな事ないよ。ただ一人で回るのもつまんないし、僕が誘わなかったらどうせ加古さん保健室か屋上で一人だろうし、なら二人で回った方が効率がいいというか楽しいだろうし……」


 わけの分からない言い訳を捲し立てる僕に、加古さんはいつもの底意地の悪い笑みを浮かべる。


「じゃあマサキ君は、暇潰しに私を誘ってるんだ」

「それはちがっ! ……うけども」

「けども?」


 ニヤニヤと、からかってるのを隠そうともせず加古さんは僕を見てくる。


「ぁぁ……もういいでしょ! 行くの? 行かないの?」

「いっきまーす」


 元気よく手を上げて答える加古さんに、呆れ半分安心半分で脱力する。

 でもいつもの調子が戻ったのは嬉しいけど、ここで僕が胸を撫で下ろすわけにはいかなかった。


 思い出すのは、白昼夢で見たあの光景。

 血まみれで横たわる、加古さんの姿。


 もし僕の未来予知が本物だとしたら、近い内に加古さんは死んでしまうかもしれないんだから。




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