後夜祭~花火
ステージでの騒動が終わった後に待っていたのは、職員室への呼び出しだった。
ステージ上でのモラルを欠いた行動にお説教をくらう予定だったのだろうけど、不動先生や木下が絡んだ複雑な状況のためか、先生の僕に対する追及は消化不良なまま終わった。
職員室を退出した僕は、そのまま保健室に向かう。なんとなく加古さんに会いたかったから。
「……加古さん?」
呟きながら、保健室の扉をソロソロと開ける。だけどそこに加古さんはいなかった。
「残念、加古さんじゃないわ。美人な保健室の主でした」
いつかの日のように、顔の皴さえ糧にした美人顔の保健室の先生がそこにはいた。
「加古さんは席を外してるわよ。キャンプファイヤーに行ったとは思えないし、もしかしたら帰っちゃったかも」
僕の用件なんてそれしかないから当たり前かもしれないけど、保健室の先生――そういえば名前を知らない――は年相応の微笑みを僕に向けながら言う。
どうも、なんて答えて。だけど先生の言葉に同意するには、もう一か所確認しないといけない場所がある。
先生に断ってから保健室を後にした僕が向かったのは、屋上だった。
何度も未来予知で見た、屋上。加古さんは、そこで飛び降りてしまう。
そんな未来を変えるために僕はこの一週間奔走したわけだけど、果たして僕は未来を変えられたのだろうか。
そんな不安とともに屋上へと続く階段を昇れば、そこには鍵の開いた扉があった。
ジワリ、と嫌な汗がにじみ出てくる。
予知でもなんでもなく、頭の中には加古さんが飛び降りた光景が浮かんでくる。
まさか、変えられなかった?
無意識のうちに強い力でドアを開ける。
「……加古さん?」
「……やっほ、マサキ君」
ドアの先には、拍子抜けするくらいにあっさり加古さんがいた。フェンス際で校庭のキャンプファイヤーを見ていたらしい。
ステージ発表が始まる前よりも随分儚げな雰囲気で、加古さんはこちらを振り返っている。
「どうしたの? そんなところで固まって」
「えっと……」
「そんなに私の事が心配?」
そう訊ねてくる加古さんには、いつもの冗談っぽい気安い雰囲気はなかった。
そのせいで僕も安易な返答ができず、黙り込む。
飛び降りたりしないから安心して。なんて加古さんが冗談を続けるみたいに言う。
「マサキ君は優しいよね。いつも人の心配ばっかり」
「そんな事……」
なんて話していいか分からずに、僕は曖昧な言葉ばかりを口にしてしまう。
加古さんが何を思って、どんな気持ちでいるのか、想像する事もできなかった。
謝りたいのかもしれない。お礼を言いたいのかもしれない。僕の事を、責めたいのかもしれない。
あるいはその全部の感情が、彼女の胸の内では渦巻いているのかもしれなかった。
「マサキ君ってさ、どうして私の事助けてくれたの?」
加古さんは、キャンプファイヤーに視線を戻しながら尋ねてくる。
その質問に、僕はやっぱり答えを探して黙り込んでしまう。
加古さんを助けたいと思った理由。
どうして、顔も名前も知らなかった加古さんを助けるために一週間も行動していたのか。
知っていながら彼女が死ぬのは気分が悪いから? 最初はそうだったかもしれない。だけど。
「……加古さんの事が、好きだからかな」
僕は自分の中で整理した事を口に出す。一週間、加古さんと触れ合って、色々な事を知った。
捻くれた性格の加古さん。無邪気に笑う加古さん。人のために怒る事のできる加古さん。怖がりな加古さん。
そんな加古さんを、僕はいつの間にか好きになっていた。
「……告白企画よりも、よっぽどそれっぽい告白をされてしまうなんて。スマフォを起動させてなかったのは一生の不覚ね」
加古さんは一瞬、驚いたみたいな顔をしたけど、すぐに儚げな笑顔を浮かべ直す。
「……私も、マサキ君の事、好きだよ」
加古さんの発言に、今度は僕が驚く番だった。
「……でもやっぱり、恨めしくもある、かな」
だけど続けられた言葉に何も言えなくなってしまう。
「ねえ、私達ってさ、これからどうなるのかな? 段々疎遠になってく? いままでと変わらず友達同士? それとも彼氏彼女の関係に? 前にも言ったけどさ。私の未来予知って不完全だから、見たい未来を見れないんだよね」
――マサキ君は、私達がどうなるか視える?
加古さんの質問に、僕は首を横に振った。
あんな準備までして、不動先生の裏切りを宣言したんだ。僕の未来予知を加古さんは信じてくれているんだろう。
だけど不思議な事に、僕の未来予知は体育館での一件以降、何も浮かんでこなくなってしまっていた。
唯一、これから起こるはずだった加古さんの飛び降りもなくなり、僕にはこれから先の事が何一つ分からない。
僕の返答に、加古さんは「そっか」とだけ答えて、少しだけ気まずい沈黙が流れた。
僕らは何も言わないまま、校庭のキャンプファイヤーを囲んで踊る生徒達を見ている。
「……あ、花火」
やがてキャンプファイヤーも佳境となったころ。空に花火が上がった。一輪だけじゃなくて、たくさんの数の花火。
キャンプファイヤーと同様の学校祭のプログラム。その最後の一つだ。
「……綺麗だね」
どちらともなく、僕と加古さんはありきたりな感想を口にした。
それを見ながら、僕は思う。
僕がもっと上手くやれていたら、加古さんはこんなにも傷付かずに済んだんじゃないだろうか。もっと円満で、もっと幸せな終わり方がどこかにあったんじゃないだろうか。
校庭で行われてるダンスに、手と手を取り合って参加する可能性が、どこかにあったかもしれない。
だけど、過去にとらわれ、未来に翻弄されて、それでも必死に足掻いていまにいる。
そんな僕らには、こうして一緒に花火を見るのが精一杯だ。
「ねぇ、加古さん……」
僕の呼び掛けに、無言で加古さんが視線を向けてくるのが分かった。
でも僕はあえて空から目を離さず、そのまま告げる。
「ありがとう。僕と、友達になってくれて」
隣で加古さんが驚く気配を感じた。
けどそれも一瞬の事で、加古さんは再び花火を見上げたようだった。
返事がない事を少しだけ残念に思いながら、僕は加古さんと出会ってからの、とても一週間の出来事とは思えないような、この七日間を振り返る。
楽しい事もつらい事もあって、とても一言では言い表せない。加古さんにとっては忌まわしい、なかった事にしたいような時間だったのかもしれないけど、でも僕は、身勝手だとは分かっているけど、この一週間があって本当に良かった。
過去を完全に断ち切る事なんて土台無理な話で、これからの未来なんて、予知がなくなって一秒先だって見通せない。
だけどこんな風にいまを過ごして、加古さんと一緒に未来を作っていく事ができるから。
空に咲く花火を見て、僕は予知なんてなくても、そんな未来が目に浮かぶような気がした。
こちらこそ、そんな言葉が風に乗って聞こえた気がした。




