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サクラの咲く7日間  作者: 高木翔矢×打押
12/13

学校祭~お化け屋敷Ⅱ



「……加古さん、痛いんだけど」

「マサキ君は、昨日言ったよね? 加古さんを守る、って。これも守るって行為の一環だと思うけど。それともなに? 昨日の発言は真っ赤な嘘? 私を守る覚悟なんて、実はなかった?」


 いつもより、少しだけ早いスピードで加古さんは僕に返事をする。


「覚悟がなかったと言うか、予想していなかったと言うか」


 予知できなかったと言うべきか。


「ばあっ! カップルくたばれぇええ!」


 薄暗いライトで足元を照らされただけの角を曲がると、突然全身に包帯を巻きつけた、いわゆるお化けのコスプレをした生徒が飛び出てくる。発言に思いっきり私怨が入っていて、全然怖くないけど加古さんにとっては効果覿面みたいだった。


「きゃっ!」


 そんな可愛らしい声とともに、僕の手をより一層強く握ってくる加古さん。

 まさか加古さんがここまでお化けを恐れるとは。この先に待ち構える未来の事を一瞬だけ忘れて、僕は少しだけ和んだ。





 そもそもどうして僕が加古さんとお化け屋敷なんかに行く事になったのかと言えば。


「加古さん、今日はステージ発表まで僕と一緒に回ろうよ」


 昨日気まずい別れ方をしたにもかかわらず、僕は保健室を訪ねた事がきっかけだった。家に帰ってから悶々と考えて、一つの方法を思いつき、実行しようと試みたのだ。


「えっ? どうしたのいきなり?」


 僕の提案に、加古さんが目を丸くする。

 だけど僕は、そんな加古さんを強引に誘った。


「いいじゃん。どうせ暇なんでしょ。クラスに行かなきゃいじめられる事もないだろうし、折角の学祭なのに保健室にいるだけじゃ勿体ないよ」

「う~ん、まあいいけど。昨日の今日で変なの」


 もしかしてマサキ君、私の事口説いてたりする?

 なんて、加古さんは笑いながら言う。

 どうだろうねえ、なんて返事をするけど、違う。

 僕の目的は加古さんと一緒に過ごして、そのまま一緒に帰る事だ。

 つまりステージ発表の時間を越して彼女と行動を共にする。二人で体育館に行かない。体育館に行かなければ、あんな悲劇は起こらない。はずだ。

 加古さんが不動先生を裏切れないのなら、僕が不動先生との約束を破ればいい。

 そんな事は絶対に口にしないけど、僕は嘘くさい笑顔を浮かべながら訊ねる。


「じゃあ、まずはどこに行く? お化け屋敷?屋台? ヤンデレ喫茶?」


 その時、お化け屋敷の宣伝担当に声を掛けられたのだ。

 学校祭特有の、言ってしまえばかなりチープな出来のお化け屋敷。

 特に行きたいところがあったわけでもなく、掛けられた声を無視する事もないだろうという事で、まあ定番だよな、なんて思いながら行けば。


「きゃあっ!」


 この有様だった。

 薄暗い教室の中、何かが出てくるたびに悲鳴を上げて、ヒシっと僕の腕に抱き付いてくる加古さん。どうしてだ、何でこんなかわいさを発揮してくるんだ。

 これから起こる事を予感しながらも、僕は不覚にもドキドキしっぱなしだった。





「それじゃ、そろそろ一回別れよっか。マサキ君教室戻んなきゃ駄目なんでしょ?」

「うん、そうだね……」


 いくらか悩んで、僕また、うんざりするほど繰り返した質問をする。


「やっぱり、どうしても参加するの?」


 加古さんは予想していたのか、怒らず困ったような笑みを浮かべた。


「ありがとう、マサキ君」


 そしてなぜかお礼を言ってくる。


「心配してくれて。だけど大丈夫だから。先生だって何かあったら助けてくれるって言ってるんだし」


 違う。先生はきっと何もしてくれない。加古さんを助ける事なんてしない。僕の予知が、そう言ってる。


「加古さん。一生のお願い。行かないで、ずっと僕と話してよう。保健室でも、屋上でもいいから」


 僕がここまで真剣だと思ってなかったのか、加古さんが軽く目を瞠る。

 だけどやっぱり、さっきと同じように困った笑顔で、やんわりと僕の頼みを拒絶した。


「ごめんねマサキ君。先生と約束しちゃったから、今更行かないなんて言えないよ。先生にはいままで凄いお世話になってて、だから悲しませたくないの」

「……」


 ここまで言って駄目なら、僕に加古さんを止める術はなかった。


「そっか、ごめんね。無理言って……」

「ううん。それじゃ、また後でね」

「うん……」


 保健室に向かう加古さんを見送って、僕も教室に戻る。

 加古さんを止めるすべは、僕にはない。

 なら。止めるべきは、防ぐべきは、予知の方だ。





 加古さんが体育館に来たのは、最初の企画が始まる数分前だった。

 予定通り最後尾である僕の隣の席に座る。

 前に座ってる何人かは加古さんが気付いたみたいだけど、特に絡んでくる事もなく近くの人と雑談していた。

 多分先生が事前に伝えてくれていたおかげだろう。

 ただあの三人組も加古さんに気が付き、いやらしい笑みを浮かべてクスクスと身内だけで笑ういながらこっちを見てきた。


「なんか緊張するんだけど」


 敵意を込めて三人組を見返していると、小さな声で加古さんが話し掛けてくる。

 視線を向ければ加古さんは言葉通り、珍しく顔を強張らせていた。


「加古さんでも緊張する事あるんだね」

「馬鹿にしてる?」

「いや、感心してる」


 ジト目で睨んでくる加古さんがなんだかおかしくて、軽く笑いながら安心させる。


「大丈夫だよ。加古さんの事なんて誰も気にしてないから」

「言わんとしてる事は分かるけど、言い方が喧嘩売ってるようにしか聞こえないんだけど」


 そんな会話の後にブザーが鳴って全ての照明が落ちる。その数秒後にステージの照明だけが灯り、マイクを持った男が照らし出される。


『レディースアーンドジェントルメン。お待たせしました海燕高校紳士淑女のみなさん。この学校祭の最後を飾る時間がとうとう、やっと、遂にやってきました!』

『おおぉぉおぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉ!』


 テンション高く叫んでいる赤スーツにサングラス姿の司会の煽りに主に上級生が拳を振り上げ応える。

 その凄まじい熱気に、僕も加古さんも若干引いてしまう。


『それではさっそく、最初の企画に参りましょう! まずはパフォーマンス企画! 栄えある先陣を切るのはこいつらだ! ブラックカオススウウゥゥゥゥ!』


 中二病全開のグループ名で軽快に出てきた五人の男子生徒は、チャラチャラした服装で音楽に合わせ踊り始める。

 それを見る観客は手拍子したり腕を振り上げたりして、ノリに乗っている。

 加古さんもノリノリというわけじゃなかったけど、それなりに楽しみながら見てられたようだ。


 僕は正直、気が気じゃない。この後に待ち受ける展開に、会場の空気と反比例してどんどん気分は沈んでいく。

 その後もなんの問題もなくタイムテーブルは消化されていく。


『さーて次はメイン企画の一つ、告白企画だあ!』


 そしていよいよ、問題の企画が始まった。


『内容はシンプル! 事前に何かを告白したいと言う有志を募っているので、その勇者達がここに上がってきてそれを叫ぶだけ! 告白の内容は自由! だけど告白ってからには、ここでラブが生まれる可能性も大だあ!』


 煽れるだけ煽り、観客もそれに乗ってテンション高く歓声を上げる。


『それでは最初の勇者の登場だ! お前ら死ぬ気で拍手しろ! 一年三組、かこさくらあああぁぁぁぁぁぁ!』


「えっ?」


 加古さんの震えた声が隣から聞こえた。

 ゆっくりとした動作で僕の方を見てくる。

 当たり前だが、加古さんは参加希望なんて出していない。そんな事は、訊かなくたって分かる。


『どうしたんだい、かこさくらちゃーん! ハリーアップ、カモーン!』


 司会の急かす声に、クラスメイト達もこっちを見てくる。

 加古さんは混乱した様子で辺りを見回す。


 僕はその時、強烈なデジャブを感じて一瞬動きを止めてしまった。

 僕の見た最悪の予知にどんどん近づいている、そんな感覚にとらわれる。

 この流れを覚悟していなかったというわけではないけど、いざその場に直面すると、意識せずとも足が震えてしまう。


「ほら加古桜さん、早く行かなきゃ駄目でしょ」


 前の列から金髪が、笑いを堪えているような声で注意してくる。

 それを聞かなくとも、誰が参加希望を出したのかは僕には分かっていた。

 あの金髪が加古さんへの嫌がらせのためにやったのだ。


『ほらいい加減出て来いよぉぉぉ! かこさくらちゃーん!』


 ステージ上の司会も苛立った様子で加古さんの名前を叫ぶ。

 他のクラスメイト達も段々と非難するような顔つきになっているのが見て取れた。

 有言と無言の圧力に、加古さんは震えた足取りで立ち上がる。

 準備はしてきたはずなのに、青い顔をしてステージ上に歩いていく加古さんを、僕は結局見送る事しかできなかった。

 ようやく出てきた加古さんに無責任な観客達は大いに盛り上がる。席から立ち上がり、加古さんを追いかけてステージ上へ行こうとする僕を阻む形になる。


『ようやく来やがったな、かこさくらちゃーん! それじゃいっちょ告白頼むぜ!』


 ステージに上がった加古さんが司会に何かを言おうとしたのは見えたが、当の司会は全く気付かずに、加古さんにマイクを渡す。

 強引に持たされたマイクを持って、加古さんはおろおろと立ち尽くしてしまった。

 当然だ。加古さんに告白する事なんてないのだから、何も言えるわけがない。

 いつまでも告白をしようとしない加古さんに、観客も次第に野次を飛ばすようになる。


 完全に予知で見た光景そのままだ。

 この後加古さんは逃げ出して、その先で自殺する。

 意識せず、喉が鳴った。何度も予知で見てきたはずの光景なのに、いざ目の前にすれば、あまりに醜い圧力と熱気に吐き気を催してしまう。

 なぜ、こんなにも残酷な事ができるのか。なぜ、その結果をほんの少しでも想像できないのか。吐き気と共に怒りが込み上げ、僕は感情のままに立ち上がる。


「いって、なにすんだよ?」

「えっ、マサキ? おい、どこ行くんだよっ?」


 人ごみの中を、無理矢理突破した。そして僕は、加古さんのいるステージの上まで一気に走り抜ける。

 いきなりの闖入者に、野次が止んだ。


「マサキくん……」


 目に涙を溜めながら、加古さんが僕の名前を呼ぶ。

 まだ泣いてはいないみたいだったけど、加古さんのそんな顔を見るのは、初めてなのにもううんざりだった。

 大股で近付いて、ひったくるように加古さんからマイクを奪った。


『一年三組佐倉将来! 加古桜さんに代わって僕が告白します!』


 告白します! といったけれど、それでもためらいは生まれた。

 その一瞬で色々な景色と音が僕の中に入ってくる。

 楽しげに煽ってくる司会者の声、呆れたような顔の不動先生、どよめきとも歓喜ともとれる雰囲気の生徒達。それらを振り払って僕は叫んだ。



『僕のクラスには、いじめがあります!』



 僕の告白に、体育館が沈黙した。けどそれは一瞬の事ですぐにざわめきが生まれる。


「……えっ?」


 加古さんがか細い声を漏らす。だけど僕はそれに構う余裕がない。


『あー、佐倉くんだっけ? えっと……それはどういう……?』


 さっきまでおバカなトーンで喋っていた司会者があからさまに戸惑っているのが分かる。

 司会者の疑問に答える形で、僕は観客や先生達に言葉を続ける。


『言葉通りです。僕のクラスではいじめがあります。その被害者は、ここにいる加古さんです!』

『マサキ君? なんで……?』


 加古さんの顔はどんどん青ざめていく。その表情に胸が締め付けられるように痛んだ。でも、ここでやめるわけにはいかない。


『加害者は、木下沙英。そこの金髪の、お前だよ』


 声が若干震えているのが分かった。だけど僕は語気を強めて言い放つ。

 金髪はステージから離れたところにいたけど、僕の発言にギョッとしたのが遠目にも分かった。

 ずらっと、視線が金髪に集まっていく。金髪は引きつった表情のまま何も言えない様子だった。


「佐倉、その辺にしておけ。お祭りだからと言って何でも言っていいわけではないぞ」


 さらに金髪に言葉を畳みかけようとしたところで、ステージ下にいる不動先生が怒気を含んだ声をぶつけてくる。

 マイクも使っていないのに、良く響く声だった。金髪に集まっていた視線がいくらか逸れて、再びステージ側に向けられる。


「このクラスにいじめがあるとして。だがそれでも無責任にクラスメイトを非難するのは褒められた行為ではない」


 不動先生は、教師としての顔を崩さず正論を口にする。


「大体、確証もないのに触れていい話じゃないだろう」


 何気なく出て来たその単語に、僕は過敏に反応する。


 ――確証? そんなの、あるじゃないか。


「確証って、いままさにじゃないですか! 参加届けも出してないこの企画にっ、加古さんが担ぎ上げられてる事こそがいじめの肯定になりませんか!」


 僕の叫びに、それでも不動先生は首を横に振る。


「そんな事はない。加古が参加届けを出して、勝手にヒヨっただけかもしれない。第三者が勝手に参加表明をしたとは限らないだろう」

「加古さんは自分の意志では参加してません。それは不動先生も分かってるんじゃないですか?」


 僕の返答に、不動先生は怪訝な顔をする。


「どういう事だ?」

「だって、不動先生は木下から加古さんの代理で参加届けの紙を提出されて、それを了承しましたよね?」

「なんだ、それは。そんな事は知らん。証拠もなしに、適当な事を言うな」


 不動先生に、変化は感じられない。だけど本当の事を知っている僕から見れば、動揺がにじみ出たのが分かった。


「証拠、ですか……」


 同時に僕はボソリと呟いた。そして尻ポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出してマイクに近づける。


「何をやっているんだ……?」


『不動せんせーい。明後日の告白企画に参加したいって言ってる子がいるんだけどー』


 不動先生の言葉を聞き終わるより先に、木下の声が聞こえてくる。だけどそれは本人から発せられた声ではない。

 不動先生も、木下達も、加古さんも、司会者も、体育館にいる人全員が困惑するのが分かった。


『告白企画? お前ら、それに出るのか?』


 次は不動先生の声が流れる。もちろん、いまこの場にいる方の声ではない。


「証拠なら、あります」


 この一週間、加古さんとの会話で散々使われた文明の利器。つまりスマートフォン。その録音機能を僕はステージ上で発揮させた。




『不動せんせーい。明後日の告白企画に参加したいって言ってる子がいるんだけどー』

『告白企画? お前ら、誰か出るのか?』

『違うよー、出るのは私達じゃなくて、あの子。加古さんだよー』

『加古が……?』

『そう。あの子、入学してからずっと保健室にこもりっぱなしじゃないですか? だから、この機会にクラスに打ち解けてもらいたいっていう私達の親切心です』

『いや、しかしなあ……』

『なに、不動先生。なんでそんなに加古さんが表に出てくるの嫌がるの?』

『もしかして、あの子に言いよられたりしてるんですか? だから、特別扱い?』

『バカ言うな、そんな事あるわけないだろう』

『ですよね。なら加古さんをこの企画に出してあげましょうよ。こんな機会でもないと、もうクラスに戻ってこれなくなりますって』

『うーむ、分かった。加古には後で俺から言っておこう。参加表明の代理、受け付ける』

『よろしくお願いしまーす』




 そこでスマートフォンの再生は途切れた。

 これは、昨日の職員室での会話だ。僕は告白企画で何かが起こる事を確信して、不動先生の机にこっそりと録音機能をオンにしたスマートフォンを忍ばせておいた。予知による不動先生に対する疑心が濃かった事に加え、告白企画の責任者が不動先生だと聞いて、少しでも情報を得ておきたかったからだ。長時間の録音は、僕の連絡手段の消失とバッテリー残量との戦いをもたらしたけれど、その成果は予想以上に大きかった。


 録音時間の関係上、必要な情報の選別には一日掛かったけれど、やはりというべきか録音された音声を聞いて、僕は不動先生の加古さんに対する裏切りを知った。そして同時に、この録音が不動先生の裏切りの証拠になる事にも気付いた。

 だけどこの録音を加古さんに聞かせても、信じてもらえないだろう事は分かっていたから、僕には予知が実現しないように祈りながらも、実際に不動先生の裏切りを彼女に見せる必要があった。


 結果はこの通り。

 加古さんの傷付いている姿を目の当たりにして、上手くいったなんてとても言えないけれど、それでも最悪の事態だけは避けられた。


『いまの聞きましたか? この会話に、加古さんの意思は介入していない、そうでしょう?』


 スマートフォンを掲げながら、僕は不動先生に、木下達に威嚇するように声を掛ける。

 不動先生の顔は、真っ青だった。悲しい事に、加古さんの顔も。

 見えないけど、木下達の顔も同じようなものになっているだろう。


「た、確かにいまの部分だけ聞けば、加古の意思を無視しているように聞こえるかもしれない。だがしかし、加古には昨日のうちに保健室で放課後にきちんと許可を取っている。なあ? 加古?」


 この期に及んで、不動先生は見苦しく言い訳をする。突然話を振られた加古さんは、青い顔をしながら、震える声で「え?」と答えるだけだ。


『そんな事してないでしょう! 昨日の放課後、僕と加古さんは一緒にいました。その時は告白企画を見るだけでいいとしか言ってませんでした!』


 加古さんを庇うように僕は答える。だけど先生はそんな僕を見て鼻で笑った、気がした。


「そんな証拠が、どこにある? さっきの職員室での会話みたく録音でもしてあるのか?」


 ぐっ、と僕は言葉に詰まってしまう。

 心の中では、分かっているのだ。こんな状況まで追い込んだ時点で、不動先生の今後の立場はこれまで通りにはいかないだろうという事は。

 だけど、それじゃあダメだ。いま、ここで。

 加古さんを助けないと。でもそのためにはあと一歩足りない。

 加古さんが納得したという証明にはならないけど、先生が企画参加の事を説明しなかったという事も決めつける事が出来ない。


 くそ、と声に出したかは分からないけど、僕は思わず呟いた。盗聴を仕掛けるのは、職員室ではなく保健室だったのか。

 そんな風に、悔しさで目の前が暗くなる錯覚さえ起こした時。



『折角の学校祭だ。明日の学校祭の後半、見てるだけでいいから参加しないか?』



 再び、会場に声が響き渡った。不動先生の声。だけど体育館にいる本人の声じゃない。

 さっきと同じ、スマートフォンから流れる録音音声だ。



『えっ? 私がですか?』

『後半って事はあれですよね。全校生徒が集まって、自由参加の色んな企画をやりたい人だけが参加するってやつ』

『そうだ。参加したくない奴は見るだけでいいし、見てるだけでもそれなりに面白いはずだ。例年盛り上がるしな。どうだ加古?』



 それは、間違いなく昨日の僕と加古さんと先生の会話だ。

 それがスマートフォンから流れた。だけど、僕の端末からじゃない。


「……加古さん?」


 隣には、加古さんがいた。涙を頬に滴らせながら、手を震わせながら、加古さんは自分のスマートフォンで録音機能を起動させていた。


「……昨日、マサキ君との会話。録音してから切るの忘れてて、それで、その後の会話も入っちゃってて……」


 何度目か分からない沈黙に、体育館は包まれる。

 いまの音声は、全てを決めるのに充分な代物だった。


「そんな……バカな」


 不動先生が、呆然といった表情で呟く。小声なのに、その声は静かな体育館全体によく響いた。


「ステージ発表はここまで! 生徒達は教師の指示に従って、速やかに教室に戻りなさい! それと、不動先生……お話があります。職員室へ来てください」


 時間が止まってしまったように静かな体育館に、次に響いたのは、名前の知らない他の先生の声だった。

 不動先生は、短く小さな声でハイ、とだけ返事をすると、数人の先生と一緒に体育館を後にしてしまった。

 それを見送った後、体育館は喧騒に包まれる。


『……一年三組の佐倉君、加古さん、木下さんの三人も職員室まで来るように』

「……加古さん」


 ステージを降りながら、僕はもう一度加古さんと見つめあう。


「……」


 加古さんは、今度は何も言ってくれなかった。

 泣いているようにも、無理して笑っているようにも、怒っているようにも、混乱して何も分かっていないようにも見えた。

 そんな表情の加古さんを見るのは初めてで、僕も何も言えなくなってしまう。

 加古さんは一体何を思っているのか。

 どれだけ見つめても、僕には加古さんの心情は読み取れなかった。




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