3周目Ⅲ
「そういえばさ、うちのクラスで不登校の奴いるじゃん。そいつって学祭は出るの?」
学校祭の準備も佳境に入った土曜日。クラスで黙々と作業に勤しんでいた僕の耳に、おもわぬ名前が飛び込んできた。
つい作業の手を止めて、声のした方を振り向いてしまう。
そこにいたのは、クラスのスクールカースト上位に位置しているような女子三人組。
声からして、そのうちの一人、金髪の女子生徒――確か木下沙英という名前――が加古さんの事を言ってるんだと分かった。
「あー知ってる! 加古桜って子でしょ。保健室登校してるらしいよー」
なにそれ、ズルい。だとか。私も居眠りしたい、なんて気楽な会話が聞こえてくる。
「あっ、でもその加古って女、確か超能力者とか言われてた奴だよ」
「はあ? 超能力者?」
「何それうさんくさーい」
だけど、何やら風向きが変わった。無視できない情報が飛び出てくる。
高校に入ってから、と時期を限定していた加古さんの言葉を思い出す。
やっぱり加古さんには、昔何かあったのだろう。
「なんか未来が見えるとかそんな感じだったみたい。中学で割と有名だったよ」
どう考えてもインチキでしょ。そんな能力あったら宝くじ当て放題じゃん。なんて返事をするだけで、三人組の会話はそのまま終わった。
だけど最後に。金髪が舌打ちとともに呟いた一言。
「それが本当なら、なんかムカつくわね、そいつ。調子に乗って」
それを聞いて、胸が不安に締め付けられるような感覚を覚えた。
準備をサボっている三人の何気ない会話。
そんな風に聞き流せればよかったのだけれど、どうしてもそうは受け取れなかった。
なぜならそいつらは、僕の未来予知に出てきた三人だから。
しかも、加古さんを追いつめる三人という、嫌な予知。
不動先生以外にも、警戒するべき奴らがいた。
関わっちゃいけないとは感じつつも、準備がひと段落着いたなら、もう一度加古さんに様子を見に行ってみよう。そう決めた。
様子を見に行こうと決めたはいいものの、実はこの三日間。僕と加古さんは顔を合わせていなかった。
保健室を訪ねても、屋上を見に行っても。
まるで僕が来るのを避けているみたいに、加古さんの姿は見つけられなかった。
だから、これも無駄足かもしれない。
準備がひと段落して、休憩をもらった僕は加古さんを探して保健室に向かっていた。
もしもそこで見つけられなかったら、屋上へ。そこでもダメなら……
そんな風に、加古さんの行き先の候補を考えていると、またも頭の中に映像が流れる。
――クラスメイトの女子三人に囲まれ、いびられる加古さん。
加古さんに出会ってから、繰り返し見ている未来予知だ。
それは、いままでよりも鮮明に思い浮かんだ。そしてある事に気がつく。
追い詰められている加古さん。その細い腕に巻かれた黄色い腕時計。
その針が指している時間を確認できた。
「あと十分……」
もちろん日付は分からない。今日かも知れないし、一週間後かも知れない。それに、場所も定かじゃない。
だけどその事を考える前に、僕は学校中を駆け回っていた。
「あんた、調子に乗ってるんじゃない?」
加古さんを見つけたのは、校舎の南側だった。廊下の曲がり角の先。
目に入った光景は、未来予知で見たものと類似していた。最悪で、避けたかった光景。
先ほどクラスにいた三人組が、加古さんに絡んでいる。
「そんな事ありませんけど……」
壁に追い詰められた加古さんは、俯きながら答える。
「ならなんでいつも不登校なわけ? しかも立ち入り禁止の屋上まで使ったりしてんでしょ?」
「それは……」
「加古さん」
加古さんが言い淀んだところで、僕は思わず三人と加古さんの間に割って入っていた。
関わっちゃいけないと感じていたはずなのに、加古さんの怯えた表情を見た途端、そんな思いはどこかに吹っ飛んでいた。
唐突に会話に介入して来た僕に、三人組は怪訝な顔をして、加古さんは驚きの表情を浮かべる。
そして僕は戸惑いの気持ちでいっぱいだった。出てくるタイミングを間違えた気がしてならない。
「こんなところにいた。保健室の先生が呼んでたよ」
緊張して変な汗がだらだら流れる中、僕は加古さんを連れてその場を離れようとするけど、金髪はそれを許さなかった。
「はあ? あんた、なに? 急に出てきて」
僕達の進路に立ちはだかり、ギロリ、なんて音が聞こえるレベルで睨んでくる金髪。加古さんの冗談交じりの睨みの比じゃない。
「いや、僕は……」
「あー、というか同じクラスのまくら君じゃん」
どうやってしらを切るか考えていると、三人組のうちの一人、たれ目にあっさりと正体がバレた。ただし名前は間違っているけど。
「同じクラスにこんな奴いたっけ? まあ、いいけど。で、そのまくらが何でこの女庇うみたいに出てくるわけ?」
「それは……」
加古さんと同じように言葉を詰まらせてしまう僕。これじゃあ本当に何のために出て来たのか分からない。
「あ、もしかして。この女に惚れこんでる口じゃない? 不動先生もたらしこんでるらしいし、こいつも……」
「それは違うわ!」
不動先生の名前が出た途端、加古さんはいままでからは想像できないくらいの大声で否定を口にする。
「不動先生も、そこのまくら君も、私を心配してくれてるだけ。悪い事も後ろめたい事もしてないっ」
なぜ加古さんまで僕の名前を変えるのか、状況が状況なだけに突っ込めなかったけど、とにかく三人組は加古さんの大声にひるんだみたいだった。
「必死に否定するとかキモッ」
「あんた、そうやって調子こいてると、いまに後悔するから」
三人組はそんな風に負け惜しみみたいな事を一通り言ってその場を去っていった。
最後に、金髪が何かを企むみたいにもう一睨みしていったのが印象的だった。
「あの……加古さん?」
心境的には嵐が過ぎ去ったみたいな感覚の中、僕は沈黙に耐えきれず加古さんに話し掛けた。
加古さんは、震えていた。肩で息をしている。
予知で知っていたとはいえ、自分をいじめてくる奴にあそこまで言い返す。それはきっと、とても怖い事で、その優しさと勇気に苦しめられる加古さんを、なんとか労ってあげたかった。
「……格好悪い所、見られちゃったなぁ」
加古さんはなるべく震えを隠しながら、強がった笑顔で呟いた。
大丈夫? その一言さえ言えずに、僕は黙り込んでしまう。
「助けてくれて、ありがと」
僕の行動が助けになったとは、お世辞でも言えないのは僕自身が解り切っていた。
「それじゃあ、私。保健室に戻るね」
加古さんはそう言って、なるべく毅然とした歩調でその場から去ろうとした。
「ま、待ってよ、加古さん」
僕は慌てて彼女を呼び止める。関わってしまう事への不安はまだ残っていたけれど、どこか遠くへ行ってしまいそうな加古さんの様子に、声を掛けずにはいられなかった。
振り向いた加古さんは戸惑った目で僕を見てくる。
「あの、よかったら保健室まで送るよ。また、さっきみたいな奴らに絡まれたらアレだし……あ、加古さんは未来予知で回避できるのかもしれないけど」
しどろもどろの僕の申し出。あっさりと拒否されるかもしれないなんて思ったけど加古さんの返事はまさかだった。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「私の未来予知ってね、不完全なんだ」
作業中のためだろうか、誰もいない廊下を歩きながら、加古さんはポツリポツリと語り出した。
「一日以上先の事は殆ど見えないし、見えても断片的。自分が見たい未来をピンポイントに見たりとかも無理」
僕は黙って加古さんの話に耳を傾ける。
「例えば宝くじを当てようとしても、当選番号の未来を狙ってみたりできない。競馬の結果を見ても、それが何レース目なのか分からない。太陽とかの位置で何時頃なのかはおおよその見当はついたりはするし、時計が一緒に見えれば正確な時間も分かるんだけどね」
「……だから加古さんは、いつも時計をつけてるの?」
「おっ、今日のマサキ君は中々賢いね」
左手にはめた黄色の腕時計を示しながら、でもね、と加古さんは続ける。
「この時計が役に立つ事ってあんまないんだ。殆どの場合、自分の腕なんて見えないから。三日前にマサキ君に予言した時は、校門の黒猫は学校の時計が一緒に見えて、校庭のキックベースは太陽の位置が殆ど変わってないのが分かったから、時間の見当がついたの」
――だから、殆ど無意味。気休めみたいなもの。
そうやって力なく笑う彼女に、そんな事ない、と否定したかった。加古さんが腕時計をしてくれていたから僕は時間を把握できて、あの場に駆けつける事が出来たのだ。
だけど駆けつけただけで何もできなかったという罪悪感から、僕は言葉を絞り出せない。
「生きてた時のおばあちゃんも、超能力には欠陥があったみたい。時間の流れをゆっくりにできるんだけど、その中だと自分もゆっくりにしか動けないし、超能力を解いた瞬間、ゆっくりにした時間の分だけ速く時間が過ぎていくって言ってたわ」
加古さんは話を続ける。その表情はとても穏やかで、でもとても寂しそうで、どこか諦めたような雰囲気を漂わせていた。彼女のそんな顔を見るのは初めてじゃない気がして、胸が苦しくなる。
「だから時の超能力者って言っても、それほど万能なわけじゃないの。私の超能力は基本的に人とか場所を意識しなきゃいけないからね、自分の悪い未来や良い未来だけを予知したりはできない」
なるほど、と思う。確かに僕もその予知がいつ起こるのかまでは分からなかった
正直、と彼女は苦笑いを浮かべながら続けた。
「この三日間はマサキ君を避けるために、頑張ってたんだけどね」
それを聞いて、やっぱりか。なんて思う。
薄々予感はしていた。加古さんは未来予知で、僕の来訪を知って保健室や屋上から姿を隠していたんじゃないかって。
「まあそれで、マサキ君を避けた結果がさっきのアレですよ」
加古さんは皮肉を感じさせるような笑顔を浮かべる。
なんと返していいか分からず、僕もあいまいに笑った。
そうこうしているうちに、僕と加古さんは保健室へとたどり着く。
「ありがと、マサキ君。明日から学校祭だから、次に会えるとしたら来週の火曜日かな」
「……やっぱり、加古さんは学校祭に参加しないの?」
僕の質問に、加古さんは困ったように笑う。
「多分ね。不動先生に言われたら見学ぐらいはするかもだけど」
それじゃあ。なんて手を振りながら加古さんは保健室の中へと入っていった。
僕は手を振り返してから、教室へと戻る。
だけど途中で壁に貼られてるポスターを目にして、僕は立ち止った。
――告白企画、参加者募集! 締切は明日まで!
それは学校祭企画の、何気ない告知だった。
告白企画。学校祭で、生徒が主催する自由企画の一つであり、メインでもある企画。
内容は至ってシンプル。事前に何かを告白したいと言う生徒を集めて、学校祭二日目に体育館のステージで発表させる。
正直、お祭り特有のバカ騒ぎの口実に使われる企画だ。
去年までの僕だったら、気にする事もなく素通りしたであろう告知。
だけど、いまは違う。
加古さんは、物や人を意識しないと未来は見えず、それでも一日以上先の事は殆ど見えないと言っている。そんな加古さんが自分の死を予知していないという事は、彼女が死ぬのは今日や明日ではない。
だけど、僕の予知では彼女は確かに死んでいる。それも、体育館で追い詰められた後に自殺するという形で。
告白企画は、加古さんの予知が届かない明後日の事であり、彼女が意識しない体育館でのイベントだ。そして僕の中の不動先生とクラスの女子三人に対する予知と予感。さらには、不動先生の指示によって見学するかもしれないと言う加古さん。
僕の中の不安が一つの形に集まっていくような不気味な感覚がした。
「おっ、そこの君っ! なになになに? 告白企画に興味ある感じ? 参加表明したい感じ?」
僕がポスターの前で立ち止まっていると、妙にテンションの高い男子生徒に話し掛けられた。なぜかサングラスに、赤いスーツというコスプレっぽい出で立ちだ。
「い、いえ。僕はただ見てただけで」
「そっかー。まあ気が向いたら声掛けてよ! 参加者まだまだ大募集中だから! 欲を言えば女子が全然足りないから、女の子誘って来てくれてもいいんだぜ!」
女の子。という言葉に加古さんが思い浮かんだ。
「あの」
「んん? なになにどうした? 質問かい?」
「この企画の参加表明って、本人からじゃないと受け付けてないですよね?」
彼のハイテンションに若干気おされつつも、僕は聞いた。加古さんが勝手にエントリーされて、体育館の前に引きずり出される、なんて未来を想像した。あるいは予感したのだ。
「そりゃあ基本はねー。本人からの申し出があれば、ステージに上げるよー!」
基本は? 彼の言葉に引っ掛かりを覚える。なら、例外もあるのか?
「いちおう本人の許可を取っていれば、代理で参加表明するのもありだよ、あり。全然あり!」
ブワッと、嫌な汗がにじみ出るのが分かった。参加表明の代理が可能? なら、加古さんが勝手にエントリーされる可能性があるじゃないか。
だけどー、と男子は続ける。
「その場合は、先生から申し出をもらう事になってるけどね。ほら、本人の知らないうちに勝手にエントリーされたら嫌じゃん? だから、本当に本人の意思で参加したがってるか。そのの判断を先生に任せるのさー。下手に問題を起こす事なく、当日は楽しく進行したいからね!」
――えっと、その担当は確か……。
そこまで男子が口にしたところで、僕はホッとした。
それなら、間違ってもさっきの女子三人組が加古さんを勝手にエントリーする、なんて事にはならないはずだ。
僕は嫌な汗が引いていく気がした。
「そうそう、不動先生だね! 告白企画の担当者は!」
だけどそれは、気のせいだった。




