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Episode2 シュゼット3号

H28.12.11改稿しました。

「ルルスさん、お手紙ですよ」


 年配の郵便配達人が、医院を営む小高い丘の上の、古びたお屋敷にやって来た。


「ごくろうさまです」


 家庭菜園の手入れをしていた、ダークエルフのアーニャが手紙を受け取り、お屋敷に戻っていった。


 手紙は上質の紙が使用されており、裏面を見ると(ドラゴン)(ソード)意匠(デザイン)化された印章が()された封蝋(ふうろう)で閉じられていた。


 印章から、この手紙はルルスの上客のひとりである、ハパラスス帝国のデンテル公爵からの便りであることが分かった。


 おそらく、新たな『ビンテージホムンクルス』を求める手紙だろう。


「ルルス様、デンテル公爵様からお手紙です」


「デンテル公爵には、2年前にビンテージホムンクルスの『レティシア4号』を納品したばかりだが、もう飽きてしまわれたのだろうか?」


「デンテル公爵様は、高齢にも(かか)わらず絶倫ですからね。うち以外でも、奴隷オークションで美少女を購入されているそうですわ」


 以前に納品したビンテージホムンクルスの『レティシア4号』は、銀髪の気が強い美少女だった。


 彼女を創造するための、主たる素材となったレティシア・エレーヌ・キリアスは約80年前に死亡した美少女で、元々は貴族の庶子(しょし)だったのだが、その清楚(せいそ)美貌(びぼう)と正義感(あふ)れる性格から、正妻に(うと)まれて修道院に送られた。


 その後、修道騎士として頭角を現して活躍したのだが、夜道で暴漢に襲われ、呆気(あっけ)なく惨殺(ざんさつ)されたのであった。


 ルルスは、素材収集の旅の途中で、偶然にレティシアの葬儀に立ち会い、遺体が荼毘(だび)に付される前に、こっそりと素材を回収したのであった。


 デンテル公爵の手紙には、『レティシア4号』と出逢えた幸運と、彼女が突如(ねや)に現れた暗殺者に立ち向かい、デンテル公爵自体は難を逃れたものの、『レティシア4号』は相討ちとなって亡くなった顛末(てんまつ)が書かれており、『レティシア4号』に代わるビンテージホムンクルスが欲しいといった内容で(しめ)られていた。


「そうか……『レティシア4号』は()ってしまったか……、手紙によると新たな銀髪の凛々(りり)しい乙女を求めておられるようだな」


 どうやら『レティシア4号』は、デンテル公爵のお気に入りだったようだ。


「どの()()いかな?」


「ルルス様、現在の在庫の中ではディートリンデ、エレオノール、シュゼット及びイヴォンヌが該当します」


「アーニャ、ありがとう。早速ドールセラーに行って、どの()を覚醒させるか決めてくるよ」


 そう言って、ルルスは、お屋敷の地下2階にある『ドールセラー』に向かっていった。


 地下2階は間仕切りされておらず、とても広い空間であるが、直径1 m×高さ2 mの円筒形の透明な容器が規則正しく並べられている。


 地階であるため、やや湿度は高いものの、気温は年間を通してほぼ一定であり、若干肌寒い位だ。


 容器の中には液体が満たされ、付属した機器で内容物を管理しているようだ。


 ドールセラーに入ったルルスは、照明を点灯した。


 すると、容器内には、頭髪が伸び放題の美少女たちが、納められていることが見て取れた。


 そして、良く見ると、同じ容姿をした美少女たちが複数セットで存在している。


 この部屋は、ルルスが創造した、ビンテージホムンクルスと呼ばれる特殊なホムンクルスの貯蔵庫だったのだ。


 彼女たちは、ワインセラーの中で熟成し、(あるじ)(きょう)されるのを待つ高級ワインと同じく、身体代謝を極限まで抑えられた状態で、微睡(まどろ)んでいる。


 ルルスは、アーニャのアドバイスに従い、該当する培養漕を見て回った。


 ディートリンデとエレオノールは、今から約70年前に滅亡したイイダール王国の近衛騎士として、王女を守護していた女性騎士だった。


 ルルスは、イイダール王国が滅亡した直後に王城に忍び込み、今や廃墟となった姫君の塔の最上階で、打ち捨てられていた彼女たちの遺体から、ホムンクルス創造に必要な素材を回収した。


 ふたりとも遺体の状態から、勇敢に闘ったらしく、胸から脇腹へと抜ける深い斬り傷が致命傷となっていた。


 また、亡くなる直前に陵辱されたらしく、着衣は乱れているという惨状だった。




 『シュゼット3号』は、約150年前に手に入れた少女の素材をベースにして幾つか改善したホムンクルスだ。


 シュゼット自体は少女娼婦をしていたのだが、不治の病に(かか)って処分される寸前に、ルルスが身請けして看取ったのであった。


 身請けした時、シュゼットは(やつ)れていたが、生来の透き通るような美しさの鱗片(りんぺん)は、辛うじて(うかが)えることが出来たのであった。


 こう言った場合、ルルスは最期まで手厚い介護を施し、素材の回収は亡くなってから実施するのが常だった。


 そうすることにより、記憶の回収率はやや下がるものの、新たに創造されるホムンクルスの性格が歪まないという利点があったのだ。


 ちなみに、以前に覚醒させた『シュゼット1号』は、とある貴族に納品され、その後、その貴族の正妻に迎えられて、幸せな生涯を送ったと風の噂で聞いていた。


 また、その後に覚醒させた『シュゼット2号』は、奴隷オークションに出品してホムンクルス開発の研究資金となった。


 そして、(あるじ)となった高名な冒険者の夜伽要員として落札されたものの、(たわむ)れに指導を受けた剣技で頭角を現して、冒険者のパートナーとなり、最終的には冒険者の妻になったらしい。


 『シュゼット1号』および『シュゼット2号』の生涯を(かんが)みるに、今回の案件では、『シュゼット3号』を覚醒させるのがベストかも知れない……。


 最後となるイヴォンヌは、約100年前に滅亡したケニーヤ王国の第一王女が主たる素材であった。


 ケニーヤ王国は、隣国からの侵略に対して劣性であったため、籠城(ろうじょう)したのだが、隣国の圧倒的な攻城兵器により、城は呆気なく落城したのであった。


 そして、捕えられた王族は全員(しば)り首となり、見せしめとして王城の城壁から、遺体が吊り下げられていた。


 ルルスは夜間に忍び込み、生前、その容姿からケニーヤの聖銀姫(プリンセスミスリル)の二つ名で知られた、イヴォンヌ第一王女の絞殺体から素材を回収したのであった。




「アーニャ、『シュゼット3号』を覚醒させることにした」


「最良の選択ですわ、ルルス様」


 翌朝、覚醒準備を整えたアーニャが、『シュゼット3号』の微睡(まどろ)んでいる培養漕に、ストレッシャーを引きながら向かって行った。


 培養漕の中の『シュゼット3号』は、生体活動が極限まで抑えられた状態で、ゆっくりと循環する培養液の中で、揺蕩(たゆた)っていた。


貴女(あなた)はこれから公爵家に嫁ぐのですよ」


 そう独り言を(つぶ)いたアーニャは、優しげな瞳を『シュゼット3号』に向けていた。


 それから、雑菌が侵入するのを防止するために、厳重に封印してあった培養漕上部構造物である格納蓋が、取り払われた。


 現在、『シュゼット3号』の設定年齢は、16歳で成人と認められる年齢であったが、小柄で華奢な体格の彼女の外見は、14歳程度だった。


 それから、『シュゼット3号』を傷つけないように、慎重に培養漕から()り上げて、彼女は生まれて初めて、外界の空気に触れたのであった。


 まだ意識も自我も無い人形状態であるが、今までの培養液を経由した皮膚呼吸から肺呼吸に切り替わり、何度も(むせ)ていた。


 そして、その(たび)に、口から培養液を吐き出していた。


 アーニャは、『シュゼット3号』の状態が落ち着くのを待ってから、全身を清潔な布で(ぬぐ)い、体表に付着した(ぬめ)りと(あか)()き取った。


 それから、地下1階の床や壁がタイル張りの処置室に向かい、シャワーで全身を洗浄して、皮膚に付着した(ぬめ)りと(あか)を、丁寧に落としていった。


 特に凹凸が多い顔面部や股間部は、時間を掛けた。


 今回は貴族に納品するため、頭髪は切らず長いままである。


 小柄な『シュゼット3号』は、胸も小さめでアーニャの小さな(てのひら)にすっぽりと覆われてしまう大きさだが、形自体はとても可愛い。


 また、股間部のパーツも相応に小さめであるが、ルルスによると名器? らしいので、デンテル公爵を(よろこ)ばせそうだ。


 改めて清潔な布で(ぬぐ)って水気を切ってから、下着と病衣(びょうい)を着せていった。


 意識の無い人物の着替えは大変な仕事であるが、アーニャにとっては慣れた仕事であった。


 その後、ルルスによりシュゼットの記憶を、古代遺跡から回収した魔導機器(アーティファクト)で刷り込ませた。


 最後に、地上にあるお屋敷の2階の病室に運び込み、ベッドに寝かせて覚醒準備は完了した。


 おそらく、明日には覚醒することだろう。




 病室のベッドに寝かされた『シュゼット3号』は夢を見ていた。


 見知らぬ粗野な(おとこ)どもが、毎夜訪れては、少女娼婦であるシュゼットにいかがわしい行為を強制する……。


 初めの頃は抵抗していたのだが、この行為が日常となった現在では、ただこの(あらし)が過ぎるのを待つだけとなっていた……。


 それにしても、なんだか辺りが明るくなってきたわ……。


 夜明けが近いのでしょうか……。


 などと、徐々に意識が浮上してきた『シュゼット3号』は、恐る恐る(まぶた)を開けた。


 『シュゼット3号』の瞳は深い青緑色で、穏やかな性格と深い知性の光を感じさせるものであった。


 ちなみに、素材となったシュゼット嬢は碧眼であった。


 この違いは、ルルスによって改良されたものであった。


 そして、この深い青緑色の虹彩は、今は無き尊き血筋の古き王族のみが伝える特徴であった。


 また、『シュゼット3号』の場合、ルルスが最期を看取った関係から、記憶の回収率が高く、オリジナルシュゼットとしての意識が色濃く残っていた。


 ここはどこかしら?


 どうやら病室? などと考えていると、扉が開き2名の男女が入室してきた。


「おはよう、シュゼット。俺が分かるかい?」


 ルルスは顔を『シュゼット3号』の目前で固定して問うてきた。


「……ご……しゅ……じ……ん……さ……ま……!」


 『シュゼット3号』には、身体が病を得て少女娼婦として働けなくなり、処分されるのを待つだけだった自分を身請けしてくれたばかりか、手篤(てあつ)く介護してくれた、恩人のルルス様であることが直ぐに理解できた。


「無事に覚醒させられたようだな」


 ルルスは、『シュゼット3号』の顔に掛っていた銀髪を払い除け、頭を優しく撫でてくれた。


「もう少しお休み、シュゼット」


 ルルスの言葉を子守唄代わりに、『シュゼット3号』は、安心して再び眠りに落ちたのであった。




 今回、ルルスは、『シュゼット3号』に対して、自身が人間ではなくビンテージホムンクルスであるという事実を説明する心算(つもり)はなかった。


 このまま、貴族の令嬢として相応しい礼儀作法や教養を教育した後、デンテル公爵に納品する予定であった。


 覚醒したばかりのホムンクルスは、病人のリハビリに相当する『デキャンタ処理』を受けることにより、通常の人間と遜色(そんしょく)の無い、動作や思考を獲得することが出来るのであった。


 今回は、初期教育はアーニャに担当してもらい、その後は知り合いの貴族に、行儀見習いとして預けることにした。




 それから、瞬く間に1年が過ぎ、『シュゼット3号』が戻って来た。


「ただいま戻りました、義父様」


 ルルスは、『シュゼット3号』の養父という設定で彼女に接していた。


「おかえり、シュゼット。一段と美しくなったな!!」


 輝く長い銀髪を、縦ロールにセットした『シュゼット3号』の外見は、深窓の令嬢そのものだった。


 いや、社交界に出ても、これ程の姫君に巡り逢うことは難しいだろう……。


 などと、ルルスは自身の作品である『シュゼット3号』に、見惚(みと)れていた。


「お義父様、恥ずかしいですわ……」


 ルルスの値踏みするような視線に気付いた『シュゼット3号』は、(ほお)を真っ赤に染めていた。


 精神は肉体に引き()られるらしく、今や少女娼婦としての記憶と諦観(ていかん)は、心の深い所に追いやられ、ここには無垢なる乙女が(たたず)んでいるだけであった。


 ただ、良く観察すると幾分背が伸び、右手には剣胼胝(だこ)が出来ていた。


 『シュゼット3号』は、少女剣士としても中々の実力を有するまでに成っていたのだ。


 そして、この運動神経の良さも、ルルスにより改善されたものだった。


「お前には申し訳ないが、一週間後にハパラスス帝国のデンテル公爵様のところに行ってもらう。以前からの申し入れで、お前には拒否権は無い……」


「お義父様、お義父様は、わたくしを大切に育てて下さいました。わたくしは、この事実に感謝するばかりですわ」


 そう言った『シュゼット3号』は、微笑んでくれた。


 こうして、十二分に教育された『シュゼット3号』は、ハパラスス帝国へと旅立ったのであった。




「お初にお目に掛かります。シュゼット・ウォルフ(・・・・)で御座います。末永く、可愛がって下さいませ」


「お、お前がシュゼットか!! 良く来てくれた……」


 『シュゼット3号』と対面したデンテル公爵は、あまりの可憐さに絶句した。


 そして、この美少女は、高貴な姫君としての天賦(てんぶ)の才が、既に開花していることを看過(かんか)したのであった。


 このまま、(ねや)へと連れ込み、処女を散らすのは簡単だが、この可憐な姫君は、愛する息子の正妻に相応しいという考えに至るのに、それ程の時間は必要無かった。


 その後、『シュゼット3号』は、デンテル公爵が幼少の頃からの親友だったバレンタ辺境伯の辺境伯家に養女として送り込まれ、半年後に息子の正妻として迎え入れた。


 そして、『シュゼット3号』は、名前をシュゼット・アメリア・フィーン・デンテルと改められ、2年後には玉のような双子の兄妹を出産した。


 シュゼット夫人は、その美貌と知的な性格から、ハパラスス帝国の社交界で貴婦人中の貴婦人として、長く語り継がれることになるのだった。


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