表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第五話 夢から覚めて

「うん、綺麗だよサリア。僕の見立ては間違ってなかったみたいだ」


 当日の夜、着飾った彼女を前に満足げに頷いてみせたが本人の意見はまったく逆のようだった。


 私の見立てたドレスに関してはおおむね満足してくれていたようだが、コルセットがきつくて窒息しそうだの、白粉の匂いが強すぎて吐きそうだの、髪を結い上げながら頭が痛くて死にそうだの散々文句を言っている。


 女官達は彼女の支度の手伝いをしながらビクビクしているようだった。まるで彼女の機嫌を損ねたら醜いカエルにでもされてしまうかのように。


「まったく貴族の女性達を改めて尊敬してしまうわ。こんなものを着ながらにこにこしているだなんて全く信じられない」

「そりゃ誰だって美しいって思われたいから多少のことは我慢するんだろ?」

「これのどこが多少のことなんだか。とにかくこんなこと二度と御免ですからね、今夜だけよ?」

「それは残念だなあ、こんなに綺麗なのに」


 姿見の鏡の前で前や後ろを確かめている彼女を眺めながら呟いた。


「言ったでしょ? 私は貴族じゃなくて魔女だって。こんなふうに体を締め付けられたり顔にいろいろと塗りたくられたりして喜ぶのは人間の貴族の女性だけよ」

「僕が望んでも二度と着てくれないの?」

「誰が何と言おうとイヤ」

「じゃあ貴重な今夜は大いに楽しまなくては」


 そう言って顔に仮面をつけた彼女に手を差し出すと、サリアは仕方がないわねと苦笑いしながら私の手をとった。



+++++



 ふと目を覚ますと枕元に彼女が座ってこちらを伺っていた。うつらうつらしている内に若い頃の夢を見ていたようだ。


「どうされました?」


 私の視線に気が付いた彼女が柔らかく微笑む。


「初めて貴女を仮面舞踏会に招待した日のことを夢に見ていた。あの時の貴女はとても美しかったな。もちろん今も変わらず美しいが」

「そんなことを仰っても何も出ませんよ、陛下。それにイヤだといった私を何度も着飾らせたことは今も忘れていませんからね」


 自分の手を見ればそこには先ほど夢の中で見た自分の手ではなく、現実の痩せ細って皮と骨ばかりになった手。あの時と変わらずサリアは美しい娘の姿だが私はもう老いて明日をも知れぬ命となってしまっていた。


「あの時、貴女を強引にでも私のものにしていたら……今の私達の関係は違っていのだろうか」

「さあ」

「貴女を愛し過ぎて何もできなかった自分が今更ながらもどかしいな」


 そう呟くとサリアの手が私の手に重ねられた。


「どんな国王陛下にお仕えしていた時よりも貴方に仕えていたこの数十年が楽しかったわ」

「少しは私のことを愛してくれていたかい?」

「貴方の望むような愛ではなかったかもしれないけれど、私は貴方を愛していましたよ?」

「そうか……」


 その答えに満足しなければならないのは分かっていた。しかしそれでも本当に結ばれたかったと死の間際でも思ってしまうのだ。せめてあと五年、いや一年でも良かった、サリアと二人で穏やかな暮らしがしたいと願うがそれもきっと叶わないだろう。


「サリア、貴女は生まれ変わりを信じるかい?」

「魂は常に流転を繰り返していると言いますから、そういうこともあると思いますよ?」

「そういう人間に会ったことはあるかい?」

「そうですね……この人は以前に会った人と良く似ていると思った人は何人かいました。全くの他人のはずなのに仕草や考えがそっくりという、まさに魂の生まれ変わりではないかと思うような」

「もし来世があれば再び貴女と巡り会いたい」


 そう呟くと、もはや力の入らなくなった手で彼女の手を握った。


「もし私が生まれ変わることができたら見つけてくれるか?」

「……陛下が私を見つけて下さるのではなく、私が陛下を探すのですか?」

「貴方なら私が何処に隠れていようとも必ず見つけ出してくれるだろう?」


 初めて会ったあの日のように。


「陛下のことだから、とんでもないところに隠れているのでしょうね、きっと」

「かもしれないな」

「……本当に困った人ね、アル」


 溜息混じりに懐かしい呼び名で呼ばれて自然と口元に笑みが浮かんだ。


「これが“私”の最後のお願いだ」

「貴方のお願いに私が逆らえないことを知っていてそんなことを仰るのね? 狡い人ね。分かったわ、ちゃんと探してあげます。だけどあまり遠くに隠れていてはダメよ? 私だって墓守をすることになるのだから、この国からそんなに長い時間は離れるつもりはないのですからね」

「この国が残っている間はってことだろう?」

「またそんな屁理屈を」

「死んだ人間の墓を守りながら長い時間を一人で暮らすなど無駄なことだ。貴女は貴女の人生を歩むべきだよ、サリア」

「私の人生は私が決めます。陛下にとやかく言われる筋合いはありませんよ?」


 少しだけ眉を潜めてそう言うと直ぐに微笑んだ。


「少なくともしばらくは一人でのんびり暮らしたいのよ。これまで働きづめだったのですもの。それぐらいは良いでしょう?」

「貴女の“しばらく”は長そうだ。私はかなり待たされる気がするのだが」

「たまには我慢なさい、これまで散々我が儘を通してきたのだから」


 そして軽く手を叩かれ、今日はもうこのままお休みなさいと言われ、私は彼女に見守られながら目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ