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今はもういない魔女

「あらイヤだ、もう切れちゃったわ……」


 そう呟きながら普段は小麦が入っている筈の木箱の中を覗き込んだ。


「仕方がないわね、街に行かなくちゃ」


 彼女の名前はサリア・リーン。


 人里離れた里山に住んでいる、この国の人間にしては珍しい白い髪のちょっと変わったお姉ちゃんだと近くの街の人々からは言われていた。


 そしてこれは街の人々に知られていないことではあるが、彼女は魔女である、それもかなり強力な力を持った。


 とは言うものの魔女とて腹が空くのは万人と変わらないので農民と同じように家の周りに畑を作り土を耕し野菜を育てている。更には森に自生している薬草を摘んできては薬を作りそれらを近隣に住む人々に売っては生活の糧としていた。


 何処ぞの王族に仕えその魔力で国を守っていたなどというのは大昔の既におとぎ話の領域だ。今は軍隊が国を守り政治や外交は魔女のする占いで決めるのではなく派手な衣服を身にまとった政治家達が執り行っている。


 彼女が遥か昔に王宮で王族に仕えていたことを知る者は既にこの世に誰もいなかった。



+++++



『サリア殿、長きにわたり御苦労であった。これ以後はどうされる?』


 彼女が最後に仕えた国王が死の床に彼女を呼びそう言ったのは五百年ほど前の出来事。


 その国王の息子である王太子は魔力など必要ないと考える何処までも現実的な男だった。父王が倒れ自らが摂政となると今まで国を守ってきた魔女達を次々と解任し新たな軍隊の編成をはじめた。


 その急激な改革に異議を唱える者達もいたがサリアはこれも時代なのでしょうと王太子の意向を受け入れた。雪色の魔女殿と呼ばれ多くの臣下と民に慕われていた最古参の彼女が王太子の改革を受け入れたことにより、事は荒立てられることなく進み今や王宮に残る魔女は彼女ただ一人となった。


『まだ何も考えてはおりませんが、私を召し抱えて下さった王族の皆様の墓守でもして余生を暮そうかと』

『まだまだお若いのに何を仰るのか』

『若いのは見栄えだけでございますよ、陛下。私はそりゃもう長生きのお婆ちゃんなのですからね』


 この老人がまだ幼い頃、何度も武術の稽古を抜け出しては顔を出していたことがあったと懐かしく思い出す。よく魔女の魔力の元って何?とか普通の人間になれないの?とか根掘り葉掘り尋ねていたものだ。


 その幼い王子も大人になり年を重ね今は死の床についていた。


『死ぬ前に貴女のその鎖を断ち切って差し上げたいと思っていたのだが、それは適わなかったな……』

『陛下?』

『ただの人になっても貴女ほどの知識があれば変わらず国に残れると思っていた。それに私は貴女のことをとても愛していたのだよ。だから貴女には人の女としての幸せを手にしてほしかった』

『何を仰いますか、このような時にそんな戯言を仰って』

『こんな時だからこそだよ、サリア。私は貴女を妻として娶りその幸せを貴女に与える男になりたいと思っていた。だから貴女が普通の人間になれる方法はないものかとずっと探していたのだが』


 なかなか妃を娶らないので何度か忠告をしたことがあったが、その時の何とも言えない若かりし頃の国王の表情を思い出して少しだけ胸が痛くなった。まさかそのような思いを胸に秘めていたなどと夢にも思わなかったのだ。


『もうそれも適わないな……私はもうじき死ぬ』

『陛下、そんなことは仰らないで下さい。まだまだ殿下には伝えなければならないことがおありでしょう?』

『息子は貴女達や家臣達のお蔭で立派に育った。もう何も伝えることはない』


 そこで少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべる。


『少しばかり頭が固いのが難点だが』

『そこは先代陛下にそっくりなのですわ』

『私の代わりに王太子を見守ってやってほしいと望むのは無理な話なのであろうな』


 国王の最後の望みはサリアに死に水を取ってもらうこと。それを頑なに言い張った年老いた父の態度に王太子も渋々ながらそれを承諾した。本心は一刻でも早くこの城から彼女には出て行ってほしいというのが態度からもありありと伝わってくるのだが父王の最後の望みと会っては彼も受け入れるしかなかったのであろう。


『私がお仕えするのは陛下が最後ですわ』

『そうか……』


 少し疲れたのか国王は大きく息をはき目を閉じた。しばらく沈黙の時間が過ぎ、やがて国王が再び目を開ける。


『サリア、頼みがあるのだが……』



+++



 王太子が静かに国王の寝室に入った時、その声が聞こえた。


『サリア、頼みがあるのだが……』

『なんなりと』


 まるで長年連れ添った夫婦のように仲睦まじく話をしている二人を見て苛ついた気持ちがわきあがる。


 国王は王太子のことも彼の母である王妃のこともそれはそれは大事にしてくれた。しかし何処か心はここにあらずといったところがあり、幼い頃から何となく父には別の想い人がいるのではないかと思っていた。


 それがあの魔女殿だと気が付いたのはいつだったか。王妃はそれに気付いていたのか亡くなった今となっては分からない。だが世継ぎを産み妹姫を産んでから寝室を別にしたところを見ると誰かまでは分からないものの夫に想い人がいることは気がついていたのではないかと思う。


 国王と王妃は王族同士の婚姻の常として政略的なものから結ばれたものだった。だからこそ世継ぎをもうけ王としての義務を果たしのだがら自分に気を遣わずにその女性と過ごしてほしいという思いから寝室を別にしたのではないかと王太子は考えていた。


 そしてその二人が自分の目の前で口づけを交わしている。年老いた父と見た目だけは未だに可憐な乙女と言っても通じる女が。なんたる破廉恥なことだ。咳ばらいをしながらわざと足音をたてて部屋に入る。


『魔女殿、病身の父の精気を吸い取ってまだ生き長らえようとするおつもりか』


 突然の侵入者に驚いたのか魔女殿が顔を上げた。恥ずかしげに頬を染めた様子はまさに乙女と言ったところだが生憎とこちらは彼女が魔女であることを知っている。


 そんな彼女の手を父王は安心させるように握り、もう一方の手で軽く叩いた。


『どちらかと言えば私がサリア殿に生きる糧をいただいたというところだ。年寄り同士の戯れだ、そんなに目くじらを立てるな』

『年寄りなら年寄りらしくしておれば良いのです。何も病の床で色気づくことも無いでしょう。生きる糧どころか寿命を縮めます。そのぐらい年長者ならお分かりだと思いましたが?』


 嫌味を込めてそう言うと頬を染めている魔女殿を見下ろした。



+++++



 それから一月後、国王は望みどおりに愛する魔女にその手を握られながら天に召された。


 名君と国民に慕われていた国王の葬儀には多くの国民が訪れ墓所に向かう棺を沿道から見送り、それから暫くは毎月のように花束を持った民が墓所を訪れそこは常に花に溢れる場所となった。


 あれから五百年。今はその墓所も訪れる人の姿は殆どなく参道は半ば朽ち果て静けさに包まれている。


「陛下、私は街に行ってまいりますね。さすがに不老の魔女でも空腹には勝てませんもの」


 墓所に庭に咲く花を供えると、サリアは止めてあった馬車に乗って街へと向かった。



+++++



 彼女は強力な力を持った魔女だった。


 空を舞う雪のように白い髪と七色に変化するオパールのような瞳。


 古き王の墓の中で財宝を守って暮らしていると言われていたが今はもうその魔女の姿を見た者はいない。


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