~5~
お父さんは、電話に向かって何度も頭を下げて、何度も何度も謝っていた。
電話を切ると、僕の頭を撫でながら
「すぐにコウ君の飼い主さんが来てくれるよ。長い間ありがとう」
お父さんは何を言っているんだろう。
どんなに電話したって、もう何十年も経ってるんだ。今更、帰れるわけないんだよ。
僕は、いつも通り日の当る窓辺で、僕専用のクッションの上でまどろんでいた。
これからは、お父さんと二人っきりの生活だ。
お互い年寄り同士だ。のんびり暮らしていけばいいよね。
そんなことを考えながらまどろんでいたら、玄関のチャイムが鳴った。
お父さんがゆっくりと立ち上がって、玄関へと歩いていく。そして、玄関を開けると申し訳なさそうに頭を下げていた。
挨拶が済んだのか、お客さんが家の中に入ってきた。
「マルタ!」
遠い記憶の中で呼ばれたような気がして、僕は目を開けた。
女の人とおばあさんとおじいさんが、僕を覗き込んでる。
(誰だろう……)
「マルタ、忘れちゃった? サオリだよ」
女の人はそういうと、そっと僕を抱き上げた。
「マルタ、ごめんね。あの時は、本当にごめんね。犬なんか預かるんじゃなかった。ごめんね」
(サオリ?)
暖かいぬくもりが、僕の記憶を呼び覚ます。
「マルタ、ずっと探してたんだよ。生きててくれてありがとう」
おばあさんが僕の頭を撫でた。
おじいさんが嬉しそうに、僕のお腹を撫でた。
この手は……お父さん! お母さん!
僕は、嬉しさのあまり、大きな音でのどを鳴らしていた。
「やっぱり覚えてたんですね。きっと、帰りたかったんでしょう。
それなのに、私ら家族のために頑張ってくれて……。
本当に申し訳なかったです。大事な家族を奪ってしまって」
ミドリのお父さんが言うと、サオリのお父さんが首を振って言った。
「いいえ、短命な猫がこんなに生きられたのも、可愛がってもらった証拠です。
ありがとうございました」
僕は、やっと会えたサオリの胸の中で、二人の優しい言葉のやり取りを聞いていた。
サオリのお父さんは、僕を連れて帰るに当って、ミドリのお父さんが一人になってしまうから寂しいだろうと気遣っていた。
僕もそれが心配なんだ。
きっと、お父さんは一人でテレビを見ながら泣くだろう。
だから、お父さんの時間が終わるまで、僕はそばにいてあげたい。
「私がコウ、いえマルタ君といたら。
もし、私に何かあったらマルタ君は残されてしまいます。
それだけは絶対にあってはならないと思うんです。
この子に寂しい思いはさせたくない。
こんなに私ら家族を幸せにしてくれた子です。
だからこそ、今度はこの子に幸せになってほしいんです。
コウ……マルタ君の残された時間を、どうか受け止めてあげてください。
宜しくお願いします」
ミドリのお父さんは深々と頭を下げた。
僕はサオリの運転する車で、お母さんの膝に抱かれたまま、ずっと夢に見てきた家に帰ってきた。
あれから、他の猫は飼わなかったと言っていた。
僕はそれが本当かどうかを確かめるように、また安心できる場所を確認するために、匂いをかいで回った。そして、家中を探検し終わると、サオリの膝に乗ってゴロゴロと喉を鳴らした。
「お疲れ様。やっと帰ってきたね」
サオリが優しく撫でてくれる。
「待ってたんだよ。良かった、お母さんが死ぬまでに帰ってきてくれて」
嬉しそうなお母さんの声が聞こえてきた。
お父さんは何も言わないけど、それでも嬉しそうなのは伝わってくる。
「マルタ。マルタのために、新しいベッドを用意しておいたからね。
いつ帰ってきてもいいように、用意しておいたんだよ」
そう言って、サオリが僕をベッドに移動させた。
僕は、ゆっくりとベッドの感触を手のひらで確かめて、体を横たえた。
「それにしても、本当に長生きしてるね。
生まれて一年で出て行っちゃたから、もう28歳か」
「本当に残り少ないのね。……マルタの残りの時間を一緒に過ごそうね」
僕は、久しぶりの我が家で、暖かい言葉に包まれながら、あの時出て行ってしまったことは運命だったんだろうなと思っていた。
そして年老いた今、こうして戻ってこれたのも、きっと僕の運命なんだ。
僕は心地よい家族のおしゃべりを聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
fin
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
この作品は、以前いたネコが犬を預かった日に逃げてしまい、帰ってこなかったことから、「どうか、幸せになっていて!」という願いをこめて書きました。
動物ものになると、どうも感情が入りすぎて、読み返すたびに涙してます(笑)
我ながら、アホだと思うけど、もうしょうがない(-∀-`; )
次回作にご期待くださいね~^^




