~3~
静かにドアが閉められ、車が家から遠くなっていった。
ミドリは元気になって帰ってくると思っていた。
絶対に、元気になって帰って来るんだと、僕は疑わなかった。
それから1ヵ月後、北風が冷たく感じられた日だった。
外に車が止まると玄関が開いて、お父さんとお母さんが帰ってきた。
いつも病院から帰ってくると、どんなに疲れていても、ちゃんと僕のゴハンとトイレの掃除をしてくれるのに、その日は、お母さんがずっと泣いていた。
僕は恐る恐る階段を下りると、お母さんの膝に乗った。
(お母さんどうしたの? お父さんもどうしたの?
ミドリはまだ帰ってこないの?)
お母さんが僕を見て、撫でてくれたけど、その手は涙でぬれていた。
「コウちゃん、ミドリがね。
コウちゃんといられて……幸せだったって。
ありがとうね……コウちゃん」
(お母さん、どうしたの? ミドリがどうしたの?
ねぇ、ミドリはいつ帰ってくるの?)
どんなに聞いても、お母さんもお父さんも答えてくれなかった。
ただ、仏壇にミドリの写真が飾られるようになって、僕は始めてミドリが逝ったことを知った。
(そうか、ミドリの時間はなくなってしまったんだね。
もう、僕がこの家にいる意味がなくなったのか)
僕は、来る日も来る日も仏壇の前で考えていた。
ミドリが言った言葉。
ミドリは、自分が死ぬまでそばにいてと言っていた。残りの時間は少ないからと……。
僕はもう、必要なくなったんだね―――。
帰ろう。
きっと、あの犬たちだってもういないだろう。
今なら、まだ帰り道を覚えている。
きっと、僕の帰りをお父さんもお母さんも、サオリも待ってる。
僕は仏壇のミドリに向かって、さよならをいう決心をしていた。
そんな僕をお父さんが抱き上げた。そして、膝の上に座らせると線香に火をつけた。
しばらく仏壇の前で考え事をしていたらしく、大きくため息をついた。
「コウ。ミドリはコウ君と出会えて、本当に幸せそうだったよ。ありがとう。
コウ君は飼い猫だったんだろう。きっと、飼い主が待ってるだろうな。
……でも、頼みがある」
そう言いながら、僕を見下ろした。
僕もまたお父さんを見上げながら、一言も聞き逃すまいと耳をすませた。
「あのな。お母さんが……ミドリがいなくなって、寂しがっているんだよ。
あのままでは病気になってしまう。
ミドリがいなくなって、その上コウ君までいなくなったら、きっと……。
だから、そばにいて欲しい。帰りたいかもしれないけど、もう少し。
お母さんが元気になるまで、ここにいてくれないかい?
コウ君がいなくなったら……」
お父さんの言葉が止まった。
きっと、それ以上は何も言えなかったんだろう。
だって、泣いたことのないお父さんが、泣いてたんだから。
僕は、お父さんとお母さんが大好きだ。
僕がここにいてもいいのなら、僕は二人が元気になるまで、ずっといるよ。
ずっとここにいて、二人を守り続けるよ。
だからお父さん、もう泣かないで。
僕はお父さんの涙を舐めた。
お父さんの哀しみを、全部舐めつくすように、元気になってほしくて、一生懸命に舐め続けた。
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