強奪、拉致、救いの手
会社はたった一夜で、兄に乗っ取られた。
「お前のやり方では、この会社は成長しない。情など必要ないんだよ」
昔から仲がいいとは言えなかった。むしろ逆だ。
跡継ぎとして育てられた兄、父が余所に作った女が産んだ私。そもそも仲が良くなる要素が欠片もない。
私を産んですぐに母は亡くなり、そのまま私は10歳まで孤児院で過ごしていた。
お節介なゴシップ誌が、私の存在を嗅ぎつけるまでは。
嘘くさいお涙頂戴の場面が終わった瞬間、私は外国の寄宿舎に放り込まれた。
言葉もろくに通じない場所で、どうにかこうにか20歳で大学院を卒業した私に父だと言われた男性は言った。
小さな会社をひとつ与えてやる、それが手切れだと。
正直そんなものは要らないと思ったが、生きる為に糧が必要である事は理解していたので承諾した。
貸しテナント一部屋と五人の若者と百万の資本金。…貰っておいてなんだが、何処が会社だと心で悪態をついた。
だがあれから5年。彼らと必死に努力したおかげで仕事も軌道に乗り、一部上場出来るまでに成長した。
そしてあっという間に乗っ取られた。
「親父も馬鹿だよなぁ…こんないい会社をコレにくれてやるなんて。俺がきっちり後を引き継いでやるから、安心しろ」
「…社員は、皆。そのまま雇ってくれるのだろうか」
「は?何言ってんのお前、馬鹿じゃねぇの?学歴もない、泥臭い仕事しか出来ねぇ奴らを俺が使うとでも思ってんのか?」
「彼らにも生活がある。一方的に切り捨てるような真似は」
「うざいんだよ、泥棒猫の搾りカスが。おい」
「はっ」
兄の周囲にいるボディガード達が、私を取り囲む。
「待ってくれ、私はどうなってもいい、社員の皆は、どうか、彼らは!」
「適当に痛めつけて…いや、それだと面白くないな。衰弱死手前程度で捨てろ」
「はっ」
「頼む、お願いだ、皆を、皆を苦しめないでくれ!!」
何も知らない私を助けて、導いて、支えてくれた大事な部下達。
この五年。徹夜も、プレゼンも、何もかも全員でやってきた。
彼らはどう思っているか知らないが、私にとって。
「大事な家族なんだ…!!!」
彼らは家族だった。初めて得た、家族だった。それなのに、何も出来なかった。
どれだけ懇願しても、叫んでも、無意味だった。
殴られ、蹴られ、罵られ。私をあざ笑うかのように、暴力を振るわれ続けて一週間。睡眠も食事も許されなかった。
意識がもうろうとし、自力で起き上がれない程に衰弱した私を、彼らは適当に公園に捨てた。
このまま、死にたくない。
『ちゃんとご飯食べましたか?』
『一人で抱えこめばいいというものではありませんよ』
『あのね、人間なんだから寝ないで生きてける訳ないでしょーが!』
『もー、そんな顔じゃ駄目ですってば!ほら、スマイルスマイル!』
『俺、社長に会えてほんと、良かったです』
皆に、何も返せていない。
何も、何も、何も…。
「(み、ん、な…)」
そのまま意識が、闇に沈んだ。
「おにーさん、おにーさん」
優しく、私に話しかける声が耳をくすぐる。
とうとう死んだのか、と思ったが、身体の痛みが意識を乱暴に揺さぶり起こす。
うっすらと目をあけると、可愛らしい女性が心配げな顔をして私を覗き込んでいた。
「お水飲めそう?喉渇いてない?」
水。…一週間ぶりの、水。
渇いていると、水が欲しいと伝えたくて、どうにか頷いた。
「ちょっと待ってね。」
吸い飲みが口にあてられる。むさぼりそうになった私に、また優しく声がかけられた。
「ゆっくりだよ」
ゆっくり傾けられた吸い飲みにかじりつきたいが、そんな体力もない。
あっという間に吸い飲みが空になった。
…もう少し欲しいと言っても、いいのだろうか。
「まだ飲めそう?出来たらもうちょっと飲んで欲しいんだけど」
好意に甘えて頷く。
喉が潤い、一息つくまで女性はずっと介助してくれた。
「ここには、もうおにーさんを殴る人はいないよ。ゆっくり休んでね」
その言葉に、彼女が助けてくれたのだと気付く。
どうにか周囲を見渡すと、どうやらここは彼女の家で。
ご家族の皆様は何処だろうか。いきなりこんな得体のしれない人物が、ご息女の傍らにいたら驚くのではないだろうか。
色々考えたが、まず伝えるべき事がある。
ありがとう
どうにかそれだけ呟いて、また意識を飛ばした。