第9章 小さな結婚式
辛い別れから、1ヶ月たとうとした。
弥生は明日香から聞いていた。
初めの一週間は明日香は暗い顔をして、目が腫れ上がっていた。毎日泣いていたのだろう。
たまり場にも、明日香は行かなかった。また辛くなるからだ。
「明日香、本当にいいの?」
弥生は、そろそろ産まれてくる子供のために靴下を編みながら、何やら明日香に聞いた。
「うん。全然平気。お父さんとお母さんもね、やっとOKしてくれたしさ。」
明日香は、一人で子供を産む事に決めていた。
母子家庭は辛いが、それが英二との証だからと思ったからだ。
弥生と明日香だけが知っていた。
あの日から、弥生と慎太郎と淳は、英二とは連絡を取ってるが明日香の事は話さなかった。
二人にとって、辛くなるからだ。
もう、明日香も元気に見えるし、周りは気にもしなかった。
「今度さ、みんなでドライブに行こうよ。淳が免許取ったんだって」
弥生は、明日香に提案した。
明日香は淳と慎太郎とは久しぶりに会うので、すぐにOKした。
一週間後、待ち合わせた駅前に、みんな集まった。
淳に慎太郎。それに祐介もいた。明日香は、久しぶりに祐介を見て懐かしく感じた。
五人は少し広い車内に乗り、でかけた。
「弥生と明日香、陣痛来たら言えよう!ここで俺が取り出してあげるからな」
慎太郎が、いつものようにからかった。前みたいに、仲間達と過ごす時間は、楽しかった。
でも、明日香は少し寂しさを感じていた。
(ここに英二がいたら…)
そう思っても、顔には出さないように笑ってた。
ドライブしながら、食事したり、海に行ったりして周りが暗くなり、五人は帰った。
その帰り道、ふと信号待ちをしてると、
「最近、道路工事多いな。ここでもしてるよ。」
何気に見た工事現場。
明日香は、目を疑った。
後ろ姿だけど、すぐにわかった。
「英二?」
明日香の言葉と同時に車は動き出した。
「ん?何か言った?」
弥生は気づいていないのか、明日香に聞いた。
「えっ?ううん。何でもない」
明日香は、気のせいだと思った。
英二の行方は、明日香は知らなかった。ケータイも解約されて、学校も退学になり家にも、あまり帰って来ないみたいだ。
どんどん月日がたつに連れ、明日香は不安になった。それでも、みんなの前では明るく振る舞った。
そんな明日香を見て、みんなは、あえて何も言わなかった。
数日後、明日香は祐介に呼ばれ、公園に来ていた。
「話って?」
明日香と祐介は、ドライブに行った日から、前の仲の良い友達になっていた。
「あのさ、今さらなんだけど…英二の事まだ好きか?」
久しぶりに英二の名前を聞いて、少し胸が苦しかった。
「何で?」
明日香は、無理矢理笑顔を作り、聞いた。
「俺は、お前達が付き合って、嬉しかった。でも、どっかでは英二を恨んだ。俺も明日香が好きだからな。だから、こんな時になんだけど…俺が幸せにする。子供も俺が面倒見る。俺と結婚しよう」
明日香を強く抱きしめた。
明日香は、驚いた。しばらく、二人は固まった。
祐介が明日香を抱きしめていると、明日香の肩がわずかに震えてるのを気づいた。明日香をゆっくり離すと、明日香は泣いていた。
祐介は確信した。
「ごめん。突然」
祐介は、明日香をベンチに座らせた。
まだ泣き止まない明日香。じぶんでも何で泣いてるのかわからなかった
「ごめんね。何か…色々思い出して…
祐介君は、いつも優しいけど…それに答えられない。私、まだ…」
そう明日香が言うと、祐介は笑った。
「わかってたよ。英二を愛してるんだろ?」
明日香はうなずいた。
二人は何も話さないで帰った。
「ありがとう。送ってくれて」
明日香は家の前で、祐介にお礼を言うと、家の中に入ろうとした。
「明日香!俺は、いつでも見守ってるからな。英二と明日香をな。それと、英二だけど、お前の事ちゃんと想ってるよ。」
そう言うと、祐介は走って帰った。
二日後、明日香はまたみんなと会った。祐介との出来事から、少し元気がなかった。
その様子はみんな知っていた。
「あの…俺たちさ、明日香に言わなきゃいけない事がある」
淳が話しかけて来た。
明日香はまた笑顔を作り聞いた。
「無理しなくていいからさ。今の明日香見て俺たちも辛いんだ。
英二さ…今バイトしてる。昼間は、ビルの掃除で夜は工事現場にいるよ。何でだと思う?」
明日香は、わからなかった
「それはな、お前のためだ。今は、まだ1人前になってないと思ってさ、あいつ…毎日働いて、明日香の親に認めてもらえるように頑張ってる。
あいつバカだからさ、そんな事しても意味ないと言っても聞かないんだ。俺が、したいようにするってさ。
まじ、バカだよな。でも、かっこいいな。昔のあいつからは考えられないよ。
たった一人の女のために、体がボロボロでも頑張るなんてさ。
英二はまだ、明日香を愛してるんだ。
しっかり働いて、周りから認められたら、また明日香に告白するって言ってさ。だから、明日香。
待ってあげなよ。今は、俺たちの前で泣いてもいいからさ。あいつの事、想っててくれ」
初めて知った。
英二が自分のために働いていたなんて…
明日香は泣いた。声をあげ泣いた。
「わかった。私もまだ愛してるよ。今もこれからも、ずっと」
明日香は、待つことを決めた。何日かかるかは分からない。
でも、英二はきっと来る。
明日香は待ち続けた。
それから一週間。
明日香は、お腹の子供も順調に育ち英二と会う日まで、明るく元気になっていた。
周りも気を使いながらも、楽しくしていた。
家で、母親といた明日香に電話が鳴った。
「明日香か?急いで病院に来てくれ、英二が倒れたんだ。」
電話の主は慎太郎だった。
明日香は、しばらく何を言ってるのかわからなかった。
でも、英二と言う名前に思わず
「英二が?」
と叫んでしまった。無意識の内に、家を飛び出そうとした。その瞬間、玄関のドアが開いた。
立っていたのは、父親だった。
「どこに行くんだ?さっき聞こえたぞ!あの男の所に行くのか?」
明日香は、父親の言葉を無視して出ようとしたが、腕を捕まえられてしまった。
「離してよ!英二が倒れたのよ!」
必死で父親の手を離そうとするが、強く握られているために離れない。
「あいつは、お前を捨てたじゃないか?あいつの所に行ったら不幸になるぞ。
明日香!お前のためだ。あいつとは関わるな。」
明日香は、抵抗を止め、下を向き言った。
「たしかに、お父さんやお母さんの言うとおりだよ。英二は、世間から見たら、悪い事ばっかりしてる。
でも、それでも愛してるの。英二は私を捨ててなんかいない。不幸にもならないって信じてる。
私は、英二を愛してるのよ!」
そう言って、力が弱まった父親の手を振りほどき出て行った。
父親と母親は、ただ立ち尽くすしかなかった。
明日香はタクシーを見つけ、病院へと急いだ。
病院に着くと、すぐに弥生がいた。
「弥生、英二は?」
弥生に聞いても、弥生は黙ったままだった。
弥生は、英二の病室を指さすと、明日香は走った。
(どんな形でもいいから逢いたい…)
そう思いながら、病室のドアを開けた。ドアを開けた瞬間、明日香は言葉が出なかった。
病室には、淳と慎太郎と英二のおばぁちゃんがいた。
そしてベットには…リンゴを丸かじりしてる英二の姿があった。
「明日香?」
英二は突然の姿に驚いた。
「えっ?英二?平気なの?」
明日香は、力が抜けその場に座った。
慎太郎が、寄ってきて、英二の隣のイスに座らせられた。
「まあまあ、あとはお前らで話せよ。」
淳が言うと、みんな出ていった。
病室の中は、しばらく気まずい空気が流れた。
二人とも、久しぶりに会い、何を言っていいのかわからなかった。
突然、明日香は今までの事や、英二の無事を安心して涙が出た。
「英二のバカ!何で…何でよ。そんなになるまで、働いて…心配するじゃないよ」
明日香は、英二の手を握りしめ泣いた。英二は体を起こし、明日香を抱きしめた。
「ごめんな。心配かけて…俺、明日香にひどいこと言ったからさ。だから、次に会うときには、しっかりと真面目になって変わった俺を見せたくてさ。」
英二のぬくもりを感じながら明日香は、「バカ。変わらないでよ。私は、そのままの鎌田英二が好きなのよ!だから、変わらないで。ずっと一緒にいて…」
また明日香を強くだきしめると、英二は枕下から小さな箱を出した。
「本当は、もっとロマンチックにしたかったけどさ。やっぱり俺の趣味じゃないや」
そう言って渡したのは、指輪だった。
宝石もついてない、シンプルな指輪だ。明日香の指にはめると、強く抱きしめ言った。
「俺はもう、何もいらないから…ずっと一緒にいるから…
だから、結婚しよう。お父さん達にも絶対にゆるしてもらう。」
明日香は、泣いた。そして、小さくうなずいた。
すると、病室のドアが開き、そこには明日香の父親と母親がいた。
「お父さん、お母さん。ゴメンナサイ。私…やっぱり…」
そう明日香がいいかけると、父親は黙って明日香を抱いた。
「小さい頃からさ、お前は俺たちの誇りだった。言うことも聞いて、俺たちの望み通りに育ってくれた。
初めてだな。お前が俺たちの言うことを無視したのは。」
父親の目から涙がこぼれた。
母親も、英二の前に立つと、頭を下げた。
「私達は、もう少しで明日香を不幸にするところでした。
明日香は、幸せだ。どうか明日香をお願いします」
英二は、頭を下げ
「絶対に幸せにします。明日香も明日香の周りの人も。明日香に関わるもの全てを大切にします」
父親も英二を見て、
「一人娘だ。何かあったら、許さないからな」
と笑顔で言った。
こうして、明日香と英二は、婚約した。いつまでも、ずっと…
一週間後。英二は退院した。
外に出て、迎えに来た祖母と歩いていた。
「ん〜。やっぱ外はいいなぁ」
背伸びをしながら、迎えに来るはずの明日香が来ない事を気にしていた。
病院の門を出ると、淳の車が止まってた。
「英二!早く乗れ!行くぞ!」
(迎えに来たんだな)
と思いつつ、車に乗り込んだ。
しばらく走っていると、車は英二の家とは逆方向へ向かってる事に気づいた。
「おい、どこに行くんだ?家とは逆だぞ」
英二の質問にも答えず、淳は車を走らせた。
またしばらく走ると、次は、教会に着いた。
すると、車を止め英二に降りるように指示すると、淳は奥の部屋へと案内した。ワケも分からず、淳と一緒に歩いた。
奥の部屋に着くと、
「何も聞かずに、これに着替えろ」
そう言われ、渡された物はタキシードスーツだった。
ますます、意味がわからなくなって来た。
そして、着替え終わると目隠しされ、どっかへつれて行かれた。
「よし、いいぞ。目隠し取っても。」
恐る恐る、目隠しを取ると、急に明るくなり英二は、驚いた。
そこは、教会の中でみんながいる。
淳に慎太郎。弥生と弥生のお母さん。英二の祖母に祐介と明日香のお母さんとお父さん。
英二や明日香に関わる人がいた。
そして、奥にある十字架の下には、ウエディングドレスを着た明日香がいた。
「何だ?これは?」
まだ状況が分からず、英二は立ち尽くした。
「英二と明日香の結婚式だよ」
弥生はピースをしながら言った。
「何だかんだ言ってさ、みんな二人を祝福したいからさ」
淳もピースをしながら言った。
英二は少し照れながら、明日香の元へ歩いた。
間近で見ると、いつもの明日香じゃなく、キレイすぎて英二は唾を飲んだ。
「どう?惚れ直した?」
恥ずかしそうに、明日香は聞いた。
「キレイだ」
思わず口にしてしまった。照れながら、英二は横を向いた。
「よし、おっ始めるか」
祐介が神父姿で二人の前に立った。
正式な儀式じゃないけれど、大切な仲間が祝ってくれる結婚式は嬉しかった。
「え〜、では、最後に定番のキスをしてもらいましょうか」
祐介が言うと、会場は盛り上がった。
初めは、照れていた英二も見せびらかしながら、明日香と誓いのキスをした。
いつまでも、この幸せが続くように…