第六章 過去
またいつもの毎日がすぎていく。
弥生の子供も、お腹の中で順調に育っている。
英二達は、まだかまだかと待ち遠しくて、しかたがなかった。
ある日の出来事だった。いつものように、英二は明日香と学校に行き、真面目ではなかったが、授業は出ていた。
明日香が、心配するからだ。
相変わらず、お互いぞっこんなバカップルだ。
授業が始まり、後ろの席で英二は、マンガを読んでいた。
「今日は、臨時の先生を紹介するぞ」
担任の先生が、少し自慢気に話した。
しばらくして、臨時の教師は教室に入って来た。若くて、顔もいい。また、背も高くて、女にとっては理想的な男性だ。
入って来た途端に、クラスの女は騒いだ。
男からしても、文句のつけどころがない程だった。
しかし、自分が一番だと思ってる英二は、気にしなかった。
「え〜、今日からしばらく、このクラスを受けます、『鎌田伸二』と言います。教科は、体育です。よろしくお願いします」
爽やかに挨拶をすると、クラス全員拍手した。
突然、後ろの席に座ってた英二が立ち上がった。
「まさか…何で、てめぇが…」
クラス全員、英二をみた。
英二は、伸二を見て驚いていた。
わずかに体が震えていた。
ホームルームが終わり、慎太郎と淳は英二の所へ遊びに来た。
「どうしたんだ?青い顔をして」まだ、震えてる英二を見て、いつもとは違う何かを感じていた。
「悪い。気分が悪いから帰るわ。」
そのまま、英二は家に帰った。
たまり場に行っても、英二の姿はなかった。
明日香にも事情を説明して連絡したが、(また今度話す。)と、言っただけだった。
次の日、英二は学校に来ても、一言も話をしなかった。
臨時の伸二先生は、生徒に人気が出て、順調な教師ぶりをしていた。
その日の放課後、慎太郎と淳は、たまり場へ行こうと校門の前を通った。
誰かの声がして、近くの木の傍を見ると、英二と伸二先生がいた。
二人は、知り合いだったみたいだ。声をかけようとしたら、突然、英二が伸二の胸ぐらを掴んだ。
とっさに慎太郎と淳は止めに入った。
慎太郎が間に入り、淳は英二を止めた。普通なら、ケンカに参加するが、相手は教師だ。暴力を振るうと、退学になるかもしれない。
淳が必死に止めても、英二はまだ、すごい形相で睨みつけてる。
「何してんだよ?」
慎太郎は、英二に聞いても、答えは出てこなかった。
「何でもないよ。なぁ、鎌田英二君」
不気味に笑いながら、伸二は去っていった。
ワケも分からず、慎太郎と淳は、英二を連れて、たまり場へ行った。
「いったいどうした?らしくないぜ?」
「そうだよ。英二何があったんだよ?」
慎太郎と淳は、英二に聞いても黙ったままだった。
明日香と弥生も心配そうに見ていた。
しばらく黙り、静かに英二は口を開いた。
「あいつは、俺の義理の兄だ。」
全員驚いた。英二に兄弟がいたなんて。家の事は一切話さなかった英二が、今話そうとしてる。
静かに聞いた。
すると、突然、たまり場のドアが開いた。
現れたのは、伸二だ。ゆっくり近づいて来た。
「困るなぁ。生徒がこんな所で悪い遊びしてたら。しかも、生徒会長も一緒だとはね。」
英二は、また伸二を睨みつけた。
「何しに来た?てめぇとは関係なくなったんじゃねぇのかよ」
伸二は、にやりと笑うと、明日香や慎太郎達を見た。
「へ〜、こんな奴にも仲間がいるんだ。しかも、彼女も一緒だとはね」
どこで、知ったのか英二と明日香が恋人同志なのも知っていた。
全員、少し警戒していた。
「じゃあ、仲間達に聞かせてあげようか?英二の正体さぁ!」
慎太郎達は、何の事か分からなかった。でも、英二にとっての敵は、みんなにとっての敵だ。
淳は、前に出て言った。
「訳わかんねー事、言ってんじゃねぇよ。英二は英二だろ?」
伸二は、また笑うと、喋りだした。
「こいつは、殺人犯だよ。実の母親を、父親と殺したんだぜ。」
全員驚いた。
英二は、知られたくなかったのか、真っ青になっていた。
それを、おもしろそうに伸二は喋り続けた。
「十年前、俺は母親に連れられて、こいつの父親の所へ行った。初めは、気にもしなかったが、ある日家に帰って来ると、母親の無残な姿があった。こいつの父親は隣で自殺していた。その横に、こいつはいたんだ」
明日香達は、言葉が出なかった。
すると、突然慎太郎が前に出てきて伸二を殴った。
「デタラメな事言ってんじゃねぇよ!
てめぇが、英二の兄きだからって、言っていいことと悪い事があるだろ」
その言葉を聞いて、明日香や弥生、淳も英二を守るように出た。
「まっ!その内分かるよ。こいつの本性がな。
俺は、大切な人を取られた。だから、次は俺が取ってやるよ。そのために、来たんだからな。
英二、殺人犯は死ぬまで殺人犯なんだよ。覚えておくんだな」
伸二は不気味に笑うと、たまり場を出ていった。
「英二、大丈夫だ。俺たちは信じねぇよ。お前はお前だからな」
淳は、優しく笑いながら英二の肩に手をかけた。
それをふりほどくように、英二は何も言わずに出て行った。
次の日、英二は学校に来なかった。
たまり場にも来ずに、どこにいるのかさえ分からなかった。
「英二、全然連絡取れないけど大丈夫かな?」
一番心配してるのは明日香だ。
どうすればいいのか分からなかった。
「よし!!」
突然、慎太郎は立ち上がった。
みんな慎太郎を見て、何?みたいな顔をした。
「こんな所で考えても答えは出ない。英二の家に行こう」慎太郎のアイディアで英二の家に行く事にした。
話によると、父方の祖母と二人暮らしだと聞いた。
さっそく、家に着くとチャイムを鳴らした。
「は〜い」
中から、少し若い声が聞こえた。想像以上に若く聞こえたので驚いた。
一人の女性が出て来た。
「どなた様?」
初めは、何故子供が来たの?みたいな顔をしたが、すぐに英二の友達と分かったらしく優しく笑った。
「あの、英二君の友達なんですけど、英二君はいますか?」
淳が言った。
祖母は、急に黙り込むと静かに首を横にふった。
すると、明日香が
「昨日、英二君の義理の兄が来ました。それで、英二君に殺人犯だとか言って…お願いします。祖母の方なら、何か知っているはずです。本当の事を教えてください」
必死になって言った。
こんなにも、英二が心配なんだなと全員思った。
祖母は、下を向き
「そう、伸二が来たのね。
いいわ。教えてあげる。」
そう言って、明日香達を中に招いてくれた。
奥にある客間に案内すると、すぐに人数分のお茶とお菓子を用意してくれた。
「ヨイショ。」
やはり年のせいか、動きは鈍く感じた。さっそく、祖母は切り出した。
「一つ聞いていいかな?みんなは、英二が殺人犯だと聞いて、どう思った?」
みんなの様子を伺うかの様な目で見つめた。
「どうも思いません。英二は英二です。今の英二が、私達の英二なんです」
明日香は、真っ先に言った。
他のみんなも、同じ意見だ。
みんなをじっと見ると、祖母は優しく笑った。
「英二は、いい仲間を持ったな。最近、優しい目をしてると思ったら、みんなのおかげだったんだ。」
みんなは、少し照れた。
「よし。じゃあ話すよ。その前に、安心しなさい。英二は殺人犯じゃないよ。
誰1人として殺してはいないよ」
みんな顔を見合わせると安心した。
「で?じゃあ、英二の父親達が亡くなった理由は?」
慎太郎は、祖母にも悪いと思いつつ聞いた。
「あの日ね、英二の父親と伸二の母親はケンカしてたの。私は止めに入ったけど、止めれなかった。だから、英二を連れて助けを呼びに行こうとしたら、父親は誤って、母親の頭を殴ったの。
私は走って救急車を呼びに行ったわ。でも戻って来たら、父親も自殺していた。何も知らない英二は横で、血まみれになって遊んでた。その様子を伸二は見て勘違いしたんだろうね私が、もっとしっかりしておけば…こんな事にはならなかったのに…」
そう言うと、祖母は涙ぐんだ。
みんなは、真相を突き止めて、安心したと同時に英二が心配になった。
誰も一言も話さずに、英二の家を後にした。
帰り道、慎太郎はゆっくりと喋りだした。
「あいつさ、いつもケンカや酒や女だとかしてんだけど、本当は辛かったんだな。」
みんな下を向き、立ち止まった。
そして、また英二を探しに出かけた。
それぞれ、別れて探してる内に辺りは暗くなって来た。
弥生はお腹に子供がいるんで一足先に帰った。
夜9時になり、明日香は街を探した。
ふと、足を止め英二の事を考えた。
(逢いたい。支えてあげたい)
そう思ってる内に、気が付けば、たまり場へ歩いていた。
何度も来た所なのに今はいそうな気がしたからだ。
ゆっくりドアを開けると、窓からこぼれた月明かりに照らされた英二がいた。
明日香は安心した。同時に泣いた。英二を見つけ安心したからじゃなくて、英二の過去を支えてあげれなかった自分に悔しかったからだ。
「明日香?どうしたんだ?」
優しく明日香の所へ行った。
「英二、バカ。何でいなくなるの。辛いなら分けてよ。」
英二は黙り込み、また後ろを向き言った。
「俺の事で誰にも迷惑かけたくない。俺は平気だ。お前らには関係ねぇよ。」
振り返った英二の顔は、笑っていたが、少し寂しい目をしていた。
明日香は、英二の前に行くと、思いっきり叩いた。
そして、また泣き出した。
「何で?何でよ。今の英二じゃないよ。
そんなに、伸二先生が恐い?
そんなに、みんなに迷惑かけるのが恐い?
そんなに、自分の過去が恐いの?」
英二はまだ黙ったままだ。
「伸二先生が恐いなら、一緒に戦えばいいよ。
誰かに迷惑かけるのが恐いなら、一緒に悩めばいいよ。
過去が恐いなら、一緒に立ち向かえばいいよ。
私の大好きな英二は、そんな男だよ」
明日香は、泣きながら言った。
英二は、そっと明日香を抱きしめた。
「そうだよな。俺には仲間がいる。明日香もいる。バカだな俺。」
明日香は、そっと体を離すと英二にキスをした。
そして、
「過去なんかいいよ。今の英二が英二なんだからさ」
二人は、笑い合った。
そして、ソファーに腰掛けると体を寄り添い合った。
「もうこんな時間だし、ここに泊まろうか?」
明日香は、恥ずかしそうに言った。
そして、イスやテーブルを並べ、ベッドを作り二人で横になった。
英二は上を向き、喋りだした。
「俺さ、今まで家族とかわからなかった。父親だけで、あまり家にいなかったからさ。だから、伸二達が来た時は嬉しかったんだ。でも、また家族というもの分からないまま終わっちゃって…」
少し寂しそうな声で英二は話した。
明日香は、英二を抱きしめながら
「私が家族になるよ。だから、もう一人にはしないでね。ずっと一緒にいてね」
二人は見つめ合うと、愛を感じ合った。二人だけの夜を…
2日後、英二は学校に来た。
学校では伸二と話さなかった。
放課後、英二は伸二を呼びつけた。
「何だ?俺も殺そうとするのか?」
相変わらず、伸二は英二に冷たかった。
「あんたには、悪いことをしたと思う。あんたの辛さもわかる。でも、俺には守りたい人がいる。あんたが、そいつらを苦しめるなら俺は戦う。何度でも俺は、あんたを止めてやる」
強い目で言った。
「1人で何が出来るんだ?」
それでも、伸二は笑ってる。
「一人じゃないよ」
後ろから声がして、英二は振り返った。そこには、明日香、弥生、慎太郎と淳がいた。
明日香は、伸二の前に立つと伸二の胸ぐらを掴んだ。
「これ以上、英二を苦しめるなら許さない。私達もいること知っとけ!」
おとなしいはずの明日香が伸二に向かって、怒鳴った。
それには、みんな驚いた。
「はいはい!まっ俺には、どうでもいいことだ。だが、これだけは覚えておけ。俺は、これからも英二を許さない。」
そう言うと、伸二は去って行った。
次の日、伸二の姿はなかった。
また転勤したらしい。
みんなは、いつもと同じ日に戻っていた。
「しっかし、明日香怖かったな。あんなに切れるなんてさ」
淳が、からかうように言った。
「英二、怒らせない方がいいよ」
弥生も笑いながら言った。
「ああ、絶対に負けるから辞めておく。病院送りになりたくねぇからな」
みんな、笑い出した。
英二と明日香は、みんなにバレないように、そっと手をつなぎ合った。
いつまでも、一緒に…