第10章 幸せ
ばっち〜ん!!
いきなり、英二の部屋からすごい音が聞こえた。
「いってぇ〜」
英二は赤くなった頬を触った。その瞬間、また一つのビンタが飛んできた。
ばっち〜ん!!
「いい加減にしろ!てめぇ〜」
英二は誰かに怒鳴った。
その相手は明日香だ。
みんなが祝ってくれた結婚式から何ヶ月か経ち、周りは、色々と変わっていた。弥生も無事に元気な女の子を産み、なんと慎太郎と結婚した。
淳は、彼女が出来毎日楽しく過ごしていた。
祐介は、学校を辞め今は、アメリカに行き音楽を勉強している。
明日香も、お腹が目立ってきていた。
しかし、変わらない人は英二だけだった。
なぜ、今こんな修羅場が起きているかと言うと、先週、仕事の付き合いで飲みに行った英二は、その日に出会った女の子とキスをしている写真を、明日香に見つかったのだ。
「マジで最低!もうすぐ、子供も産まれて籍もいれようとしてる人がいるのに…」
明日香は、半ベソになりながらも英二を睨んだ。
明日香と英二は、子供が産まれて、出生届を出す時に一緒に婚姻届を出すと決めていた。
「もう勝手にすれば?」
明日香は、怒って部屋を飛び出した。
「何だよ。くそっ」
英二は悪いと思いつつ、逆ギレしていた。
ムシャクシャしている自分にもイライラして、英二はその日、ケイを呼び出し飲んだ。
「…ってなわけよ。俺も悪いけどよ、二発もマジで殴る事ねぇ〜んじゃねぇか?」
愚痴をこぼしていると、ケイは提案した。
「ならよ。息抜きしねぇか?実は、前に付き合っていた女が飲もうって言ってるんだ。どうだ?」
英二は、少し戸惑ったが、今日の明日香の態度を思い出し、行く事にした。
(こうなったら、とことん遊んでやる)その頃、明日香は実家の部屋で今までの事を思い出していた。
(変わらないでって言ったけど、この事だけは変わってほしいな。)
少し自分を落ち着かせ、
(起こりすぎたかな?)
と反省した。
そして次の日。
英二は久しぶりに、かっこつけてケイが誘ってくれた合コンに出かける用意をしていた。
突然電話が鳴った。この着信音は明日香だ。
「おう。何だよ」
嬉しかったが、言葉が出ず、切れた口調で言った。
「あのさ…やっぱり怒ってる?」
明日香は恐る恐る聞いた。
「別に…」
気持ちとは裏腹に、冷たい言葉で返してしまった。
「ゴメンね。怒りすぎた。」
泣きそうな声で誤った。
英二も、俺が悪いと思い、謝った。
「俺もごめんなぁ〜。」
二人は電話越しに、笑い合った。
「そうだ。仲直りの祝いにさ、今日、二人でお祝いしようよ」
いつもの明日香の、あどけない声が聞こえた。
しかし、英二は今日ケイと約束がある。今更、断ったら悪い。
「ごめん。今日ケイと飲む約束したんだ。それが終わってからなら…」
「うん。じゃあ、たまり場で待ってるね。」
二人は、約束して電話を切った。
そして、英二は合コンに行き、昔なら楽しく飲んでいたが、今は明日香が気になった。
一時間もしない内に、明日香に会いたくなった。
「ごめん。やっぱ帰るわ」
そう言って、急いでお店を出た。
街を歩いていると、英二は一件のお店をみつけた。
ショーウィンドウに、虹色の模様がある写真立てが飾ってある。
(これに、家族写真を入れるか)
英二は、明日香に見せたくて買った。
そして、笑顔で歩いていると、突然、電話が鳴った。
着信 弥生
(何だよ?)
なぜか、電話を取ろうとすると、手が震えた。
「おう、どうしたんだ?」
胸が苦しいほどに、ドキドキした。
「英二、どこにいるの?お願い、早く病院に来て。明日香が…」
明日香の名前を聞いた途端に、無意識に走った。
病院に着くと、淳に慎太郎と弥生、明日香のお母さん、お父さんがいた。
英二は言葉が出なかった。
なぜなら、みんな声をあげ泣いていたからだ。
「おい、明日香は?」
やっと出た言葉を切り裂くように、淳は英二に近寄り、思いっきり殴った。
「てめぇ〜、いったいどこで何をしていた?明日香は…」
そう黙ると、また泣き出した。
そして、一つの部屋に指差した。
真っ先に英二は、その部屋に入った。
中を見た瞬間に、手に持っていた写真立てを落とした。
中には、笑顔で寝ている明日香がいた。
「おい、何してるんだ?ここじゃないだろう?約束した場所はよぉ。
おい、早く目を覚ませよ。まだお祝いしてないじゃんかよ。約束したじゃねぇかよ。
明日香…明日香…」
いくら、体を揺さぶっても名前を呼んでも、明日香は動かなかった。
ゆっくりと、慎太郎が近寄ってきた。
「英二…車と正面衝突だって…運ばれた時は意識はあったけど…お前が来る前に…」
英二は、それでも寝ている明日香を抱きしめながら、名前を呼び続けた。
静かな部屋に、英二の声が響いた…
あれから、1ヶ月後。
明日香の葬式も終わり、周りは変わらない毎日に戻りつつあった。
「英二は、まだ来ないんだ」
明日香の部屋で荷物を整理しながら弥生は言った。
明日香の死から、英二は部屋から出て来なかった。葬式にも顔を出さずに
明日香のお母さんとお父さんと一緒に、深いため息を吐いた。
「英二君も辛いんだ。今はそっとしておこう。」
英二の事をみんなは心配していた。
その頃、淳や慎太郎も同じ事を考えていた。
「このままなら、だめだよな。何とか英二には、立ち直ってくれないとな。」
二人は、何やら相談して弥生にも連絡して、英二の家へと行った。
「どうしたの?みんなで」
英二の祖母がでてきた。
「英二と話しさせてください」
「…あの子、全然話ししないわよ?」
それでも、三人は、英二の部屋へと行った。
無理矢理、開けると三人は言葉を失った。
昔は、恐れられたり、かっこいいと言われた男が無残な姿になっていたからだ。ヒゲは伸び、髪もボサボサ。目は生きているのかわからなかった。
淳は拳に握りしめ、英二に近寄った。
「英二、大丈夫か?」
話しかけても、返事は来なかった。
「一緒に墓参りに行こうよ。」
弥生は、泣きそうになりながらも言った。
「もう、いいよ。疲れた。」
しかし、返って来た言葉で黙った!
三人は諦めなかった。
このままじゃ、英二がダメになる。
そう思い、意を決した。
「ちょっと来い」
無理矢理、部屋から出し車に詰め込んだ。
向かった先は、明日香の墓だった。
英二はまだ、死んだような目をしていた。
「よく見ろ。明日香だ。現実を受け止めやがれ」
慎太郎は厳しく言った。
弥生は、そっと明日香の墓の前に座り、英二に言った。
「明日香さ、最後に言っていたけど、英二に出会ってよかったってさ。
あの子変わったな。小さい頃から、おとなしくて、あまり笑わなかったのに、英二と出会ってからは幸せそうだったよ。
英二、人ってさ、何が幸せかな?
私が思うのはさ、人は愛されて愛しても幸せなんじゃない。人の幸せは、一生に一度だけ、誰かを守りたいって思った時だと思うよ。
愛されて愛して、守りたい人に出会った時が、一番幸せなんだよ。
明日香、幸せだったよ。英二がいてさ」
その言葉を聞いた瞬間に英二は泣き崩れた。
声をあげ泣き崩れた。
最愛の人に
「ありがとう」
と言うために…
それから、五年が過ぎた。
「ママ〜、早く」
無邪気な笑顔の子供がいる。
「利香、そんな急いでも開いてないよ」
一人の女性と男性が暖かく女の子を見ていた。
しばらく歩くと、一つのお店に着いた。
「久しぶりだね。ここが、たまり場だなんてさ」
この二人は、懐かしく感じながら中に入った。
中には、三人の男性が座ってた。
「遅いぞ。もう始めるぞ」
「そうだよ。大将が今料理作っているからね」
そうすると、中から一人の男性が出て来た。
「うっせ〜よ。これ飲んで待ってろ」
一つのビンを出した。
「俺様特製の焼酎だ。名前は明日香」
みんなは、笑顔で焼酎を開けた。
「しかし、ここを居酒屋にするとはね。英二もやるね」
女性は言った。
明日香の死から五年が経ち、街も周りも変わっていった。
弥生と慎太郎は、子育てに忙しく。淳とケイは、相変わらず彼女をさがしている。
祐介は日本に帰ってきて、今は婚約者もいるそうだ。
英二はというと、みんなで過ごした、たまり場を借りて居酒屋を始めた。
「しかし、こうして集まるなんて何年ぶりだ?」
淳が言った。
「みんな、揃ったし始めようぜ」
英二は、そう言うと奥から一枚の写真立てを出した。
それは、五年前に買った写真立てだ。
写真立てには、明日香の写真が飾ってある。
みんなは、それを見て笑いかけた。
大人になっても変わらない仲間と一緒に…
その夜、みんな英二のお店に泊まった。寝息を立ててる仲間を見ながら英二は
「ったく、いつになっても変わらねえな」
と微笑んだ。
そして、夜空を見上げると、つぶやいた
「なぁ、お前も見てるか?オレらの事さ。幸せだろ?」
そして、立ち上がり、
「さ〜て、明日の準備でもしようかね。なぁ明日香」
と、居酒屋の方へ向かった。幸せそうな顔で
君がくれた笑顔…
君がくれた愛…
君がくれたぬくもり…
君がくれた仲間達…
そして、君がくれた今の俺…