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痴れ人
その頃都の治安は中々治まらず、
朝廷もその対策に心を痛めていた。
都の一角に有る瀟洒な屋敷が有った。
緑の垣根の中に一人の男が居た。
人品卑しからず、専ら武よりも文官肌の形なるも、
その眼差しは一切の不正を容赦させない厳しいものを感じさせた。
「旦那さま。」
家の者が慌ただしく取り付いで来た。
「旦那様、お上から田崎様が…」
「うむ、お通しせよ」
数居る朝臣の中でも帝の心利いたる田崎某が、
日暮れを待ってやって来た。
「これはこれは、田崎様。
突然如何なご用向きでござりましょう。」
驚くこの家の亭主は和気清麻呂と云う人物で有った。
代々忠臣として誉れも高く、
しかし出世や栄華には目もくれない男で有った。
「清麻呂殿はお耳に為されましたか。」
神護景雲三年夏太宰府の主神の阿曾麻呂とか申す痴れ人が
宇佐八幡の神託とか語り
悪坊主の道鏡に譲位すれば日ノ本が治まるとか奏上したそうな。
世情に疎いとは申せ、萬乗の君に近侍し、
守護すべき者としては、
心底憤りに震えると共に、
己の不甲斐無さに、やり切れ無いもので有った。