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4日目 ~さよなら、妖精の国~

――次の日、私は衛兵に起こされた。

 眠い目をこすってまぶたを開くと、牢の前に沢山の妖精がいた。

「あなたに話があるの」

 妖精の一人がそう言った。

 私は訳もわからないまま牢の外に出された。

「プーケを殺した犯人が誰か探っているの。あなたはプーケと牢屋で会っているわね。知っている事を話してちょうだい」

 私はリーシャに言った推測をそのまま話した。妖精は答えた。

「でもニキータだという証拠が無いわね」

「確かにニキータだというのは推測で、証拠は無いわ。でも犯人がリーシャじゃ無いという事は分かるわ」

 そう言って私たちはリーシャの牢屋にきた。リーシャは勢い良くこっちに向かってきた。

「瑠璃!私の潔白は証明されたの!?」

「ええ、今晴らしに来たわ」

「え?」

「リーシャ。あの力を使ってここから出なさい」

「でも……」

「あなたの身の潔白を証明するにはそれしか無いのよ」

 リーシャは少しためらったが、決心したかと思うと、手を鎌に変えて格子を切り落とした。妖精達は皆驚いた顔をしてざわめいた。

 リーシャは苦悶の表情を浮かべていた。能力を知られるのがよほど嫌だったのだろうか。

「見ての通り、リーシャは自ら妖精を殺める力を持っているわ。わざわざ証拠の残るナイフを使うメリットが無いのよ。それに匂いに敏感なあなた達なら分かるでしょうけど、血のついたナイフをあんなに見つかりやすい、自分の引き出しにしまうわけが無いわ。この事から犯人がリーシャでは無い可能性が高いと思うの」

 

 私の意見が通ったのかは知らないけど、その後リーシャは解放された。

 だがリーシャはニキータが犯人だと主張しなかったようだ。それが何故かは分からないし、知る事も無い。

 私はその後再び牢に戻されていたからだ。

 私が悲嘆に暮れていると、沢山の妖精が再び現れた。

「出なさい」

 私はリーシャがかけあって、出してくれたのだと思い嬉しくなった。

 だがそれはぬか喜びであった。

「一連の原因があなたにある事になったわ。これから処刑します」

「えっ!?」

 私は、全身の血が凍りついたように寒くなった。

「待って!犯人はニキータよ!リーシャはそう言わなかったの!?」

「何の話だ?」

 衛兵が私に触れ、宙に浮かすと、恐らく私を『落とす』為に1階にまで連れていった。


 その途中、妖精の群衆の後ろの方でリーシャの姿が見られた。

 私がキッとリーシャを睨むと、リーシャは顔を背けた。


 私は確信した。彼女は元々私を生かしておく気など無かったのだ。


 私はこの国に来て、最も強い死の恐怖を感じた。

「待って!こんな事をしても無意味よ!昨日、私が言った事を聞かなかったの!?」

 私の声に耳を傾ける者は居なかった。私に対して特別な感情を表に出す者は皆無だった。


 その時、声がした。

「みんな来て!プーケの死体が!」

 慌てた様子で皆が3階のプーケの死体があった場所に集まる。

 私を引っ張っていた妖精も私を連れてプーケの場所に向かった。

 するとそこにはプーケの形にかたどられた木の像が立っていた。

「なんだこれは!?」

 妖精が皆驚いていた。私はこれがプーケの持つ特殊な魔法だと理解した。

「そうか……プーケはアイドル妖精。idolはつまり偶像の事。死んだ後偶像化するのが彼女の魔法だったのよ!」

 他の妖精も納得したようだった。

「あなたたちが争った歴史は消す事はできない。それがこのプーケの像の中に込められているのよ」

「偉そうに!争いの元凶のくせして!」

 妖精達は私の言う事に耳を傾けなかった。


 間もなく、私は1階の隅にまで連れられた。

 私が叫ぶ声は全て空を切った。

 彼女たちにとって、私を突き落とすのはただの作業でしか無かった。

 人間が家畜を屠る時のよう、何の感情も持たず続けられてきた作業。彼女達にとって私は家畜程度の存在でしか無かったのだと私はようやく理解した。

 何の感傷も無いまま、私は落とされた。

 何百メートルもの高さから突き落とされたのだ。

 

 私は泣いた。死ぬ事が怖かったからじゃない。私の声が誰にも届いていなかった事にだ。

 彼女達がやっている事は『魔女狩り』と違わない。自分達に起こる禍いを全部一人に押し付けて問題を先送りにする。『魔女狩り』を行った者達は決して自分達を省みる事はしない。その人類が辿った負の歴史を彼女達は繰り返すのだ。

 

 真っ逆さまに落ちる。私はあと数十秒もすれば死ぬ。

 せめて自分が思い描いていた妖精の世界との差異を『これが現実』だと受け止めて死のうと思った。そうすれば安らかに死ねる。現実は辛辣なものだ、と。

 

 私が全てを受け入れたその時、私の落下スピードが急激に緩まった。

「え?」

 不自然に緩まる速度。上を見るがもちろん誰もいない。

 誰かが遠くから魔法をかけて助けてくれた?でもそんな事できるの?


 いや、違う!私は懐に何か動くもの、そう、小さな妖精を見つけたのだ。

 それはマーヤだった。マーヤが小さくなって私の懐に忍びこんでいたのだ。

「ふふ、驚いた?」

 マーヤが元の大きさになって私の方に向き直った。落下スピードは更に緩やかになっていた。

「ど、どうしてマーヤが!?」

「私には小さくなる能力があるんだ。役所に忍び込んだのもニキータを牢から出したのもこの魔法だよ。誰にも見せた事無いけどね」

 すごい……あの意地悪なマーヤがこんな事をしてくれるなんて!

 でも私にはまだ全て理解できなかった。

「どうして私を助けてくれたの?」

「別に……ただ、あんたの下手な演説も一理あるかなと思ってね」

 私は嬉しくなった。たった一人だが、私の意見を聞いてくれた妖精がいたのだ。

「私はただ真実が知りたいだけ。自分の意見を通したいわけじゃない。今までは人間が野蛮な生き物だという前提で物事を考えていたけど、リーシャの主張が証明されて、その前提が覆された。人間の中にも平和な考え方をする者がいる事が分かった。

 最初は認めたくなかったけど、あんたの演説を聞いてもう一度自分に問いただしてみたって所かな」

 私は素直にすごいと思った。マーヤだけが問題に素直に向きあっていた。

「でも、過激派のリーダーはこれからも演じていくつもり。そうでなければみんなを統率していくことはできない。私が過激派をやめても、人間を差別する者がいなくなるわけじゃないからな」

 彼女の言う事はもっともだった。リーシャの派閥も自分の意見を通す事だけを考えて、肝心の『人間の命を尊重する』という考えは無かった。それはマーヤがリーシャの側に立っても解決する問題じゃない。個人の妖精の意見を聞いて少しずつ導いていくしか方法は無い。その為にマーヤはこれからも過激派でいると言うのだ。

 私はマーヤがいれば妖精の国は安泰だと確信した。

「最初に会った時と印象違うね、マーヤって」

「そうか?あ、そうそう。最初にあんたをさらったの、あれ私の差し金じゃないから」

「え?」

「あれはニキータだ。あいつも手を焼くから何か手を打たないとな……」

 そう言って笑った。

 それからも色々と話をして、私とマーヤは友達になった。最後の最後でこんな楽しい時を過ごせるなんて思ってもみなかった。

 

 しかし、住む世界が違う私達が一緒にいる事はできない。

「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「うん、色々ありがとう。マーヤなら妖精の国を導いていけると思うよ」

「そんな大それた野望は無いけどな……まあ安心しなよ。もう人間をさらうのはやめさせてみせるから」

 そう笑ってマーヤは妖精の国に帰っていった。私はもう地面の近くまで来ており、ゆっくりふわふわと降りる感覚を楽しんだ。間もなく地面に降り立った。


 現実に戻ってきたという感覚が少しずつ湧き起こってきた。

 私は走りだした。


 林を抜けて、振り返る。相変わらず巨大な大木がそびえ立っている。他の人から見ればそれはいつもの大木。変わったのは私の中の印象だけ。でも私自身、いくらか成長したように感じた。


「お腹すいたぁ」


 私は向き直り、走って家に帰った。

 

 

――それから人間がさらわれたという話は聞かない。

 妖精達は妖精達の社会で上手くやっているようだ。

 私はこの村で、大木の下で、妖精達を見守っていこうと決心した。卒業したら町に行こうと思っていた私が、まさかそんな風に考えるなんて思ってもみなかった。

 

 今日も私は歩く。早朝の穏やか朝、誰も寄りつかない林の中を。


最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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