平穏に暮らしていたら、なぜか断罪イベントが始まりました
「マリアンヌ・ベルローズ!貴様、我が婚約者である公爵令嬢セレスティアを陥れた罪で、学園から追放する!」
王立学園の大広間で、王太子殿下が私を指さして叫んだ。
金髪碧眼の、絵に描いたような美貌を持つこの国の王太子。その隣には、銀髪を優雅に揺らす公爵令嬢、セレスティアが立っている。
さらにその後ろには、騎士団長の息子ガイウス、宰相の息子ルシアン、魔術師団長の息子ノアが勢揃いしていた。
全員がセレスティアを守る騎士のように彼女に寄り添い、私を親の仇のように睨んでいる。
⋯⋯え、何のイベントが始まるのよ?
「貴様がセレスティアを陥れたことは分かっている。どれほど辛く悲しい思いをさせたか、理解しているのか?自らの非を認めてセレスティアに詫び、今すぐ学園から出ていけっ」
「あら」
私は思わず口元を押さえた。
「それは大変ですね。そんなことをした方がいらっしゃるなんて」
「貴様のことだ!」
「えっ、私が?いつ?何で?」
まったく心当たりのないことを言われ、思わず素で聞き返してしまったじゃないか。
私はマリアンヌ・ベルローズ。
子爵家の一人娘で、ピンクゴールドの髪に、大きなエメラルドグリーンの瞳。自分で言うのもなんだが可憐な美少女だ。
ちなみに前世は、マンガやゲームが趣味のごく普通の日本人会社員だった。
転生してからは、平穏無事な人生を送ることを目標としてきた。貴族社会の面倒な人間関係には極力関わらず、目立たないよう、まったりと暮らす。それが一番だと、人生二周目にして悟ったのだ。
ところが、学園生活が始まって間もない頃、私は大きな問題に直面した。
ここが、前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気づいてしまったのである。
ピンクゴールドの髪をした儚げな美少女が、ただのモブなわけがないのに。
なぜ気づかなかった、自分!
きっかけは、乙女ゲームの悪役令嬢でもあるセレスティア・フォン・アーデルの存在だった。
入学式で彼女を見た瞬間、ここが乙女ゲームの世界だと理解したのだ。
このゲームは、子爵令嬢のマリアンヌがヒロインとなり、王太子やその側近たちとの恋愛を繰り広げる乙女ゲームである。
そして、王太子の婚約者であるセレスティアは、ヒロインに酷い嫌がらせを繰り返す悪役令嬢である。
最後には、セレスティアは王太子から婚約破棄を突きつけられ、学園を去ることになる。
そして、ヒロインは攻略対象と結ばれるといった、親の顔より見たテンプレ展開だった。
ストーリーどおりなら、私は王太子やその側近たちと恋愛をすることになる。
いや、そんなの頼まれても無理だから!
私、平穏無事がモットーなんで!
そもそも王太子にも、その側近にも露ほど興味がないから!
ということで、ヤツらには極力関わらないようにしてきた。
視界に入っても、まるでGを見たかのように避けまくり、今まで地味に生息してきた私なのに、この展開は何だ?
っていうか、何で悪役令嬢が攻略対象を侍らせてるの!?
ゲーム中のセレスティアは、高慢でヒステリックな令嬢だった。
だが、目の前の彼女は目を潤ませ、怯えた表情で王太子にしなだれかかり、三人の側近は彼女の周りを取り囲んで私を強く睨んでいる。
そんなか弱いキャラじゃなかったよね!?
キャラ変してるじゃん!
しがない子爵令嬢と、王太子の婚約者でもある公爵令嬢。
そもそも接点がない。
なのに、どうして私が断罪されているのだろうか?
「殿下、恐れ入りますが、私がセレスティア様を陥れたというのは、具体的にどのようなことでしょうか?」
「とぼけるな!セレスティアの教科書を隠しただろう!」
「隠しておりません」
「彼女の悪口を言いふらした!」
「言っておりません」
「彼女のドレスにわざと飲み物をこぼした!」
「そのようなこともしておりません」
⋯⋯この王太子は何をほざいてるのかな?
「セレスティア様、恐れ入ります。私がそのようことするところを、ご自身で目撃されたのでしょうか?」
私は彼女に向かって、可憐に微笑んだ。
セレスティアは悲しげに目を伏せ、王太子殿下の腕にそっと触れる。
「私、マリアンヌ様を責めたいわけではございませんの。ただ、最近、わたくしの周囲で嫌なことが続いておりまして⋯⋯。マリアンヌ様が私をよく思っていらっしゃらないことは存じておりましたから、つい不安になってしまいましたの」
声は震え、瞳には涙が浮かんでいる。
思わず真顔になった私の目の前で、攻略対象たちはそろって彼女を慰め始めた。
「セレスティア様、あなたは何も悪くない!」
「君を傷つける者は、俺が許さない!」
「安心してください。私が必ず真相を明らかにします」
いや、今まさに真相を調べずに私を犯人扱いしてますやん!?
それに、私の発言に答えてないよね?
そりゃそうか、目撃してないものを見たなんて言えるわけないもんね!
そして、ようやく理解した。
あ、これは断罪イベントじゃん。
ただし、ゲーム内容とは逆だけど。
セレスティアは攻略対象たちを味方につけ、私を悪役令嬢に仕立て上げようとしている。
おそらく、私という邪魔者を排除したいのだろう。
私は彼女の恋愛など、これっぽっちも興味ないんだけどね。
⋯⋯もしかして、彼女もこの世界が乙女ゲームだと知っているのだろうか?
いや、まだ決めつけるのは早い。
とにかく、そっちがその気なら、私も負けてられないな〜。
「殿下。ひとつ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ!」
「私を罰する前に、証拠を提示していただけませんか?」
「証拠ならある。セレスティアが証言しているのだ!」
鼻で笑う王太子の姿に、私は笑顔のまま固まった。
こんなのが王太子とか、この国大丈夫かな?
証言があるだけで犯人確定とか、どんだけお花畑だよ。
誰が、何を、どこまで確認したっていうんだ。
ここは王族や貴族が通う学園である。
身分の低い私を一方的に断罪すれば、私の家の名誉にも関わる。
大体、学園からの追放は王太子殿下が独断で決めてよいのだろうか。
そんな権限あるとか、初耳なんですが。
私はゆっくりと息を吐き、可憐な笑顔を意識して作った。
「そうですか。ですが、その主張を裏付ける証拠を示していただきたいのです。次期国王となられる王太子殿下が、証拠も提示せずに一生徒を裁くような暴挙に出れば、王政への信頼にも関わります。万が一、冤罪だった場合、殿下ご自身の沽券にも関わりますでしょう。事実を確認したうえで裁定なされれば、その正当性も示せるかと存じます」
私の言葉に、セレスティアの目がほんの一瞬だけ見開かれた。
誰がほいほい言いなりになるかってんだ。
王太子は納得できない表情ではあったが、さすがに他の生徒たちの手前、渋々といった様子で口を開いた。
「そこまで言うのなら調査しよう。だが、貴様がやったことを裏付けるだけのことだがな」
「ありがとうございます、殿下」
冷めた目で微笑み、優雅に頭を下げておく。
冤罪を晴らすためにも、相手の言い分をひとつずつ潰してやろうじゃん。
さあ、始めようじゃないか?
翌日、私は学園長室に呼び出された。
壮年の学園長は貫禄があるが、柔らかい笑顔を見せ、私を一方的に責めるようなことはなかった。
「王太子殿下から話は聞いている。学園内で起きたことのため、私の権限で調査を行うことになった」
今後の予定を端的に伝えてきた学園長に軽く息を吐き、私は恭しくお辞儀を返した。
そして、昨夜まとめておいた書類を取り出す。
学園長が常識的な方で良かった⋯⋯!
王太子も、ちゃんと話を通してくれたことには感謝してやろう。その件だけはな。
私は昨日の経緯と、告発された内容を書類に沿って説明した。
教科書を隠した件、悪評を流した件、ドレスに飲み物をこぼした件。それぞれについて、具体的に何が起きたのか、誰が何を目撃したのかを確認してほしいことを伝える。
そして改めて無罪を主張し、私自身の行動記録を時系列に記した書類も手渡した。
前世から、手帳に予定や日記を記録する習慣があった。前世ではSNSもやっていて、マンガやゲームの感想をよく投稿していた。
転生した今も、手帳に日々の出来事を書き綴る習慣は続いていた。それが、まさかこんな形で役に立つとはね。
学園長は、それらの書類に目を通し、眉間に皺を寄せた。
「マリアンヌ君。君は、ずいぶんと細かく記録しているのだね」
「はい。こうして書いておけば、後から確認できますでしょう?」
言った、言わないのトラブルは前世からよくあった。
記録に残しておけば、後から冷静に事実を確かめられる。感情論に持ち込まれたときにも役に立つしね。
「こちらでも調べておこう」
学園長は、すぐに調査を開始してくれた。
最初に確認されたのは、教科書を隠したという件だった。
セレスティアは、授業前に机の中から教科書がなくなっていたと証言している。そして、その直前に、ピンク髪の生徒が教室に入ったのを見た生徒がいるという。
しかし、その生徒が目撃したのは、ピンク髪の生徒が教室に入ってきたところだけだった。セレスティアの机に近づく姿までは見ていなかったのである。
さらに、なくなった教科書は別の教室で見つかった。前の授業で、別の生徒が自分の教科書と間違えて持ち出し、そのまま別の教室に置き忘れていたのである。
教科書を隠したという告発は、たんなる勘違いだったわけだ。
次に、悪評を流したという件。
セレスティアは、私が『公爵令嬢なのに、男性に媚びてばかりいる』と言いふらしたと主張していた。
調査の結果、私から直接その発言を聞いたという生徒は一人もいなかった。
噂の発端となった人物も特定できなかったが、さらに調べると、ガイウスやルシアンたちがその噂を積極的に広め、私を犯人だと印象づけようとしていたことが判明した。
どうやら、彼らはセレスティアの言葉を信じるだけでは飽き足らず、自分たちでも私を悪者にするために動いていたらしい。
ふざけるんじゃないよ、マジで。
そして、ドレスに飲み物をこぼした件。
セレスティアは、私が茶会の席で自分のドレスに紅茶をこぼしたと主張していた。
確かに、当日、ドレスに紅茶の染みが付いたことは複数の証言で確認できた。
紅茶をかけた瞬間を見た証言はなかったが、セレスティア自身がピンク髪にかけられたと周りに吹聴していた。
しかし、その茶会が開かれた日、私はそもそも参加していなかった。
招待状を受け取ったものの、風邪気味だったため欠席していたのだ。
私の欠席は、主催者である伯爵夫人の記録にも残っていた。
⋯⋯いや、参加していない茶会で、どうやって紅茶をこぼすんだよ。
あれか?生霊か?
私が生霊でもとばして紅茶をぶっかけに行ったのか?
そんな便利な生霊がいるなら、もっと生産性のあることに使いたいわ!
学園長から報告を受けた私は、思わず机に突っ伏して、本音が漏れ出てしまった。
「何というか、詰めが甘すぎる⋯⋯」
「それについては⋯⋯、そう、何だ、色々とあるのだろう」
学園長は神妙な表情で言葉を濁す。
いいよ、学園長の立場でツッコめないよね〜。
いや、私も言える身分にはないんだけれど、当事者だし大目に見てほしい。
大体、不安から私を貶めようとするにしても、もう少し裏工作が必要だろう。
仮にも公爵令嬢なら、金と権力を使ってもう少し裏から手を回すとか、やりようがあるだろうに⋯⋯。
いや、そもそも逆ハーを作っている時点で、程度が知れるんだけどさぁ。
私は学園長にお願いして、調査結果を正式な記録として残してもらった。
同時に、セレスティアが提出した証言についても、証言者本人に確認するよう依頼した。
すると、さらに問題が見つかった。
何人かの生徒は、ガイウス達から『マリアンヌに嫌がらせをされたと証言してほしい』と頼まれていたのだ。
彼らはセレスティアを悲しませたくない一心で、曖昧な記憶を都合よく解釈していた。
中には、依頼を断ったことで、彼らから冷たい態度を取られたと証言する生徒もいた。
さらに、ノアが私に罪を着せるための工作を計画していたことも判明した。
彼は、セレスティアのドレスに紅茶をこぼした人物を特定できない状況を利用し、私の持ち物を現場に残す計画を立てていたらしい。
魔術の応用で、触れた人を媒介して小さな物なら移転させることができるらしい。
何それ、怖い!
同級生に、私の所持品への接触を依頼してきたとの証言から発覚。
魔術師団への推薦を控えた身でありながら、魔術の知識を他人に罪を着せるために使おうとしていたのだ。
⋯⋯いや、ホントに何してんの?
私は報告書を読みながら、深く息を吐いた。
セレスティアは、私が嫌がらせをしたという結論を先に決めて、それに合う証言を集めようとしていた。
そして、側近たちも彼女のためならと、自分の判断を放棄していたのである。
「⋯⋯皆様、よっぽど暇なんですね?そうですよね?そうに決まっていますわ」
「マリアンヌ君」
「失礼いたしました。あまりにも熱心に、私を陥れようと涙ぐましい努力をなさるので、つい」
テヘペロといった感じで笑う私を見て、学園長は疲れた表情で、眉間を指で押さえた。
「学園長。私は、冤罪を晴らしたいだけではありません。今後、同じことが起きないようにしていただきたいのです」
「⋯⋯そうだな。君の言うとおりだ」
学園長は重々しく頷いた。
今回の件は、単に私とセレスティアの間で起きた揉め事ではない。
証拠もないまま生徒を犯人扱いし、証言を誘導して虚偽の告発を裏付けようとした、学園全体の信用に関わる問題なのだ。
学園長は、関係者への聞き取りを続けるとともに、調査記録を王宮にも提出することを決めた。
その日の夜、私は部屋で紅茶を飲みながら考えた。
セレスティアは、どうしてここまで私を排除しようとするのだろう。
現状の私は、王太子にも側近にも近づかず、ゲームのストーリーからは外れている。
それなのに、彼女は私を危険な存在だと決めつけ、排除しようとしている。
彼女も転生者で、ヒロインが邪魔なのか?
それとも、何か意図があるのだろうか?
⋯⋯どちらにしろ、本当に迷惑な話である。
チッ、仕方ないなぁ。
お前が始めた物語だろ。
私を陥れたヤツらが、自分の行いに責任を負うところまで、じっくり見届けてやろうじゃないか!
私はドス黒い笑みを浮かべて、紅茶を一気に飲み干した。
調査開始から一週間後。
学園長立ち会いのもと、セレスティアと王太子、側近たち、そして証言者として名前が挙がった生徒たちが集められた。
学園長は、調査結果を正式な報告書にまとめ、王宮にも提出したことを説明した。
王太子は、不機嫌な表情を隠そうともしないで腕を組んでいる。
「いつまでこんなことを続けるつもりだ。セレスティアは貴様に嫌がらせをされたと訴えている。早く罪を認めて、学園から去れ」
⋯⋯調査結果を聞く前から、それですかぁ?
王太子の不遜な物言いに、心の中でエコエコアザラクを唱えながら、何とか笑顔を作った。
「殿下。真偽を判断するのは、調査報告書をご覧になってからではございませんか?」
「何だと?」
「学園長、お願いいたします」
学園長が王太子の前に調査報告書を並べた。
その報告書を示しながら、私は口を開く。
「まず、教科書を隠した件ですが、教科書は別の生徒が間違えて持ち出し、別の教室に置き忘れていたことがわかりました」
そこで口を閉じ、次の報告書を開く。
「悪評を流した件については、私がその発言をしたという直接の証言はありません。噂の発端となった人物こそ特定できませんでしたが、調査の結果、側近の皆様がその噂を広め、私を犯人だと誘導していたことが判明しました」
周りの生徒達に目線を投げると、顔色を悪くした者達がゆっくり頷いている。
「ドレスに紅茶をこぼした件については、そもそも私自身が茶会に参加しておりません。それを知った誰かが隠蔽工作を行おうとしたようですが、未然に防ぎました。詳細はこちらに記載がありますので、ご確認ください」
ノアを見ながら話していると、彼が睨んできたので、煽るように顎を突き出し、笑顔を向けておいた。
書類に一通り目を通し、呆然とする王太子を、私は真っ直ぐに見る。
「殿下は何を根拠に、私を追放しようというのですか?お聞かせいただけますか?」
「それは⋯⋯」
そんな私から視線を外し、口ごもった王太子を横目に、続けて口を開いた。
「なぜ皆様は、私が犯人だとお考えになったのでしょうね?」
それに対し、ガイウスが苛立たしげに声を荒げる。
「セレスティア様がそうおっしゃったからだ!」
「それは存じております。では、ガイウス様は、ご自身で何かを確認なさったのでしょうか?」
「⋯⋯何?」
「私が教科書を隠すところをご覧になりましたか?悪口を言うところを聞きましたか?茶会でセレスティア様に紅茶をこぼしたところをご覧になりましたか?」
ガイウスは何も答えられなかった。
私はルシアンにも尋ねた。
「ルシアン様は、私が悪評を流したという話を、どなたからお聞きになりましたか?」
「それは⋯⋯セレスティア嬢からだ」
「では、セレスティア様は、どなたからお聞きになったのでしょう?」
「……」
「ノア様はいかがでしょう?」
ノアは視線を逸らした。
彼らは、誰ひとりとして、私が嫌がらせをしたという事実を自分の目で確かめていなかった。
それでも彼らは、セレスティアの言葉を信じ、私を断罪しようとしていたのだ。
私は少しだけ声のトーンを落とす。
「皆様がセレスティア様を大切に思っていらっしゃることは、よくわかります。でも、大切な方を信じることと、その方の言葉を何でも正しいと決めつけることは違います」
王太子殿下が顔を上げた。
「君は、セレスティアが嘘をついたと言いたいのか?」
「私は、あくまで調査でわかった事実をお伝えしているだけです。セレスティア様が何を考えていらっしゃったのかは、ご本人にしか分かりませんから」
そう答えて彼女を正面から見つめると、セレスティアの顔が強張った。
「マリアンヌ様!ひどいわ⋯⋯。私を悪者にしようとするの⋯⋯」
セレスティアが眉を下げ、涙を浮かべる。
「どうして、そこまで私を追い詰めるのですか?ただ皆様に辛い気持ちを相談しただけですのに⋯⋯。ひどいのね⋯⋯」
私は思わず首を傾げ、人差し指を唇に当てた。
「ひどい、でしょうか?私は何もしていないのに犯人扱いされたのですから、事実を確認していただいているだけですわ」
「でも、私はあなたが怖くて!」
「何もしていないのに怖いとか言われても理解できませんが、それはお気の毒ですね。でも、怖かったからといって、私がしていないことを、したことにはできませんわ」
彼女は下唇を噛み、両手を強く握りしめた。
そのとき、学園長が静かに口を開いた。
「セレスティア君。君には、もうひとつ確認したいことがある」
彼は、さらに数枚の書類を机に置いた。
「今回の件で、君とガイウス君、ルシアン君、ノア君に『マリアンヌに嫌がらせをされたと証言してほしい』と頼まれたことを、複数の生徒が認めている」
「⋯⋯っ!」
「また、君たちが提出した報告書には、実際には起きていない出来事が記載されていた。証言を誘導しただけでなく、確認されていない内容を事実として報告したことは、単なる記憶違いでは説明できない」
セレスティアの顔から、血の気が引いた。
「わ、私は⋯⋯」
「セレスティア、どういうことだ?」
王太子殿下が彼女に詰め寄ると、彼女は私をキッと睨みつけた。
「あなたっ、何で大人しく追放されないのよ!公爵令嬢である私に歯向かうなんて、子爵令嬢の立場で許されると思っているの!?ゲームでヒロインだったからって、殿下も側近達も、今は四人とも私の物なのよ。あなたなんかが入る隙間はないわ。分かったのなら、この学園から早く出て行きなさいっ!私の邪魔をしないでっ!!」
今までの悲壮感をかなぐり捨てて叫ぶセレスティアを、思わずジト目で眺めてしまった。
やっぱり転生者だったんだ、そうだろうとは思ってたけれど。
「確かに、私は子爵令嬢で、身分的には下位にあたります。ですが学園内では平等の立場ですよね?明らかな冤罪を、大人しく受け入れることは出来ませんから、殿下にも学園長にも、許可をいただいた上で調査したまでです」
「マリアンヌ君の言う通り、学園としてこの場を設けており、身分が下位であろうと、無い罪で裁くことは許されない」
学園長の言葉に、さすがのセレスティアも歯噛みしながら押し黙る。
それでも怒りが収まらないのか、眉間に皺を寄せて、ブツブツ何かを呟きながら、私のことをガンギマリで睨んできた。
本性出てるよ、被ってた猫が逃げてるよ!周りの生徒も怯えてるじゃん。
「セレスティア⋯⋯?一体、どうしたんだ⋯⋯」
さすがの王太子も顔色を悪くして、セレスティアから距離をとる。
そんな様子を見かねて、ガイウスが声をあげた。
「待ってください!セレスティア様は、何か誤解していたのかもしれない!俺たちもセレスティア様の気持ちに寄り添いたくて⋯⋯」
「ガイウス様」
私は彼へと一歩近づき、笑顔で正面から見据えた。
「もし私が、ガイウス様に嫌がらせをされたと嘘をつき、皆様に偽りの証言を求めていたら、ガイウス様は私を許しますか?」
「それは⋯⋯!」
「私が何もしていないとわかっていても、セレスティア様のためなら、私を悪者にしても構わないとお考えでしょうか?それがガイウス様の騎士道なんですね。まあ、素晴らしいこと。慕う女性のためなら、無実の女性を犠牲にする騎士道なんて、初めて聞きましたわ」
「マリアンヌ君、それぐらいで⋯⋯」
「あら、残念!」
学園長の言葉に私は口を閉じ、口角を上げてガイウスを見つめる。
ガイウスは黙り込んだまま、視線を逸らした。
学園長は、さらに調査結果を説明した。
ガイウスが私を犯人だとする噂を広めたこと。
ルシアンが私の評判を落とす噂を広めたこと。
ノアが、私に罪を着せるための工作を計画していたこと。
それらはすべて、複数の証言と記録によって裏付けられていた。
つまり、彼らは単にセレスティアの言葉を信じていただけではない。自ら積極的に私を悪者にするために動いていたのだ。
私はただ、静かに暮らしたかっただけなのだ。
それなのに、彼らは勝手に私を敵と決めつけ、勝手に攻撃し、勝手に自分たちの立場を危うくしている。
セレスティアは、彼らの好意を利用していた。
そして彼らもまた、彼女に好かれたい一心で、自分の判断を放棄していた。
「学園長。今回の件は、学園内だけで処理できる問題ではないと存じます。関係者の皆様が将来どのような立場に就かれるにしても、今回の行為が問題視されるのは当然かと」
「その点については、王宮とも協議している。君の言うとおり、学園内の処分だけで済ませるわけにはいかないだろう」
学園長は、静かに頷いた。
調査結果は王宮にも正式に報告され、学園と王宮、それぞれの権限に基づいて処分が決まった。
王太子、セレスティア、ガイウス、ルシアン、ノアの全員、虚偽の告発や証言の誘導、他者の名誉を傷つけた責任を問われ、一定期間の謹慎を命じられた。
王太子は、婚約者の言葉を鵜呑みにし、公の場で無実の令嬢を断罪しようとした責任を問われた。独断で一生徒を追放しようとしたことなど、越権行為も問題視された。次期国王としての判断力に問題があるとのことで、国王の命により、王位継承に関する教育を改めて受けることとなった。
また、王太子とセレスティアの婚約については、今回の一件を受け、王家と公爵家の双方で今後の扱いを改めて協議することになった。
ガイウスについては、今回の件を受けて騎士団への推薦の取消しが決まった。騎士に求められる公平さと判断力に欠けると判断されたためである。
ルシアンは、事実確認をせずに虚偽の噂を広めた責任を問われ、宰相家での後継者教育を見直されることになった。
ノアについても、他人に罪を着せるための工作を計画していたことが問題視され、魔術師団への推薦取消しが決定した。
いずれの家も、今回の件を単なる子ども同士の揉め事として片づけることはできなかった。
貴族社会では、信用こそが重要な財産のひとつである。
嘘を広め、他人を陥れ、立場を利用して不当な扱いをしようとしたからこそ、彼らは責任を問われたのだ。
もちろん、彼らの立場や学園内で起きた事件であることも考慮され、処分はそれ以上重くならなかった。
私としても、異論はない。
謹慎期間が明けた後も、彼らは信用を失ったまま学園生活を続けることになる。学生とはいえ、貴族社会にこの一件が知れ渡るのは時間の問題だ。
彼らのプライドは、ボロ雑巾並みにズタボロになるだろう。
それを高みの見物といこうじゃないか。
王宮からも、正式な謝罪があった。
「マリアンヌ嬢。今回の件では、君に多大な迷惑をかけた。王族として、浅慮な言動を行ったことを深く謝罪する」
王太子は以前の傲慢な態度を失い、深々と頭を下げた。
「謝罪をお受けいたします。ですが、殿下。今後は、どなたかの言葉を信じる前に、事実を確かめてくださいませ。今回のようなことが起きれば、殿下ご自身の信用にも関わりますから」
「⋯⋯ああ。肝に銘じよう」
本当に反省するかどうかは、彼自身の問題で、私には一切関係のないことだ。
私は生温〜い笑顔を彼に無言で向けた。
二度と関わってくれるなよ、と念を込めて。
後日、私は自室でのんびりとお茶を飲んでいた。
目の前には、クロテッドクリームとラズベリージャムを添えたスコーン。手元にはアッサムティー。
ようやく、平穏な生活が戻ってきたのだが⋯⋯
今回の件で、私の評判は大きく変わってしまった。
以前は『可愛らしく、大人しい令嬢』と思われていたらしいが、今では『可憐な笑顔で相手の急所を刺す刺客』として知られている。
⋯⋯いや、刺客って何?
私はただ、嘘をつかれたので事実を確認しただけなのに。解せん。
「お嬢様、王太子殿下から、お手紙が届いております」
侍女から手紙を受け取り、封を切る。
そこには、自分の行いを見直し、私に申し訳ないことをしたと改めて謝罪する内容が書かれていた。
一連のやり取りを通じて、私の毅然とした物言いに目が覚めたこと。そして、私があえて突き放した態度をとった時の表情が忘れられないこと。まずは友人として関係を築き直したい、と綴られていた。
⋯⋯は?
私は軽く舌打ちした。
いやいやいや?
ちょっと理解が追いつかない。
反省するのは勝手だけど、どうしてそこでルートが発生するんだ?
乙女ゲームの攻略対象って、どうしてこうも懲りないのかな?
脳内お花畑どころか、極楽浄土まで進んでるじゃん。
私は即座に返事を書くことにした。
――今後は、事実を確認したうえでご判断なさいますようお願い申し上げます。なお、個人的な交流につきましては、辞退させていただきます。
可愛らしい便箋に記した手紙を侍女に渡す。
これでよし!
侍女が去ったあと、私は扉に向かって軽く呟いた。
「だが、断る」




