第13話 午後の説明
【2028年9月20日 13時18分(日本時間)|日本・東京|日本銀行 本店】
菅野雅彦は、机の上に並べられた三種類の資料を見比べていた。
一つは、金融庁が作成した記者会見用の公表文案。
一つは、日本銀行がまとめた国内資金決済の稼働状況。
もう一つは、主要行から午前十一時までに報告された処理保留案件の集計だった。
三つの資料は、同じ状況を扱っていた。
だが、使われている言葉は違っていた。
日本銀行の内部資料には、次の記載があった。
>Settlement finality confirmation pending
>(決済ファイナリティ確認保留)
主要行からの報告には、同じ表示が繰り返し並んでいた。
>Upstream Collateral Substitution Pending
>(上流担保差替保留)
金融庁の公表文案では、それらが一つの文章にまとめられていた。
>一部の決済について、確認手続の追加に伴い、通常より処理に時間を要する事例が確認されています。
菅野は、その一文をもう一度読んだ。
間違ってはいない。
決済システムは停止していない。送金指図も受け付けている。預金残高が消えたわけでもなく、国内の銀行が一斉に資金不足へ陥ったわけでもなかった。
しかし、その文章だけを読んだ人間が想像する状況と、銀行の決済部門で実際に起きていることは同じではなかった。
「主要行からの数字、更新されました」
日本銀行の担当者が、差し替え用の資料を菅野の前に置いた。
>処理保留件数
>影響額
>最長未反映時間
いずれも、午前八時の集計を上回っていた。
件数の増加より、菅野が気にしたのは最長未反映時間だった。
時間が延びているということは、単純な照会件数の増加では説明できない。確認に人手がかかっているだけなら、処理能力を増やせば、いずれ解消へ向かう。
だが、今回止まっている案件の一部は、確認が終わるのを待っているのではない。
確認するための前提が、まだ揃っていなかった。
旧担保が、どの取引に、どの順位で、どこまで使われていたのか。差し替えようとしている新しい担保が、別の取引に紐づいていないか。相手方が、その差替を有効と認めるのか。
それらが確定しなければ、資金をいくら供給しても、銀行は決済完了を確定できない。
「金融庁から、表現について確認が来ています」
担当者が別の資料を差し出した。
赤字で修正履歴が残っていた。
当初案には、こう書かれていた。
>一部の企業間決済に遅延が発生しています。
それが、次の表現へ変わっていた。
>一部決済について処理時間の長時間化が確認されています。
「『遅延』は使わない方針ですか」
菅野が尋ねた。
「金融庁側は、そう考えています。『遅延』とすると、期限内に決済できない状態が広く発生していると受け取られる可能性があると」
「実際、期限を越えている案件はある」
「あります。ただ、全体から見れば限定的です」
菅野は答えず、次の修正箇所を見た。
当初案の一文には取り消し線が引かれていた。
>資金流動性に問題はありません。
修正後は、こうなっていた。
>必要に応じ、十分な流動性供給を実施しております。
こちらの修正には、菅野も異論がなかった。
資金流動性に問題がないとは言い切れない。追加担保を求められた金融機関では、使用可能な高品質資産が急速に減っていた。
日本銀行が資金を供給できても、差し入れられる担保そのものが無制限に存在するわけではない。
「『十分な』は残すんですか」
菅野は言った。
担当者は少し迷ってから答えた。
「政策手段としては、十分な供給能力があります」
「供給能力と、実際に決済へ使えることは別だ」
「はい」
「だが、今日の会見では、そこまで説明しない」
担当者は頷いた。
菅野は、公表文案の余白へ小さく線を引いた。
嘘を言うつもりはなかった。だが、すべてを一度に言えば、説明を受け取る側が耐えられない可能性もあった。
預金がなくなったわけではない。
銀行が倒れたわけでもない。
決済網が停止したわけでもない。
その三つを最初に伝える必要がある。
それでも、菅野には分かっていた。
人々が本当に知りたいのは、金融システムという大きな言葉の状態ではない。
自分の口座にある金が、今日使えるのか。
取引先へ送った代金が、今日届くのか。
明日の給与を、予定どおり支払えるのか。
公表文案は、そのどれにも答えていなかった。
【2028年9月20日 13時50分(日本時間)|日本・東京|金融庁】
報道室には、開始十分前にもかかわらず、多くの記者が集まっていた。
テレビ局、新聞社、通信社。
いつもの顔ぶれだった。
だが、誰も雑談をしていない。
机の上には配布資料が置かれていた。
表紙には、大きく書かれていた。
>金融市場および決済機能に関する現状について
杉浦佳奈は、その一枚目をめくった。
全部で十二ページ。
最初の二ページが現状認識。三ページ目から、国内決済件数、現金供給、金融機関の営業状況が続く。後半には、日本銀行による流動性供給と、金融機関間の担保管理に関する記載があった。
最初に目へ入ったのは、一ページ目の太字だった。
>国内金融システムは安定的に機能しております。
>預金者資産は適切に保全されています。
>一部決済について処理時間の長時間化が確認されています。
そこまで読んで、佳奈の手が止まった。
「処理時間の長時間化」
遅延という言葉を避けている。
未反映とも言わない。止まっているとも言わない。
言葉だけが、少しずつ柔らかくなっていた。
佳奈は三つの文章へ順番に線を引いた。
>安定的に機能
>適切に保全
>処理時間の長時間化
どれも、状態の輪郭が見えない言葉だった。
「昨日より慎重ですね」
隣の席に座った通信社の記者が、小声で言った。
「慎重というより、逃げ道を増やした感じがします」
佳奈が答えると、記者は資料へ視線を落としたまま頷いた。
「決済件数は出している。でも、完了件数は出していない」
佳奈は六ページ目を開いた。
国内の主要決済網における取扱件数は、前営業日比で九十六パーセント。
数字だけを見れば、大きくは落ちていない。
だが、注記には小さく書かれていた。
>受付済みの決済指図を含む。
受付と完了は違う。
銀行が送金指図を受け付けても、相手の口座で利用可能になるとは限らない。
その違いは、一般の視聴者には伝わりにくい。だからこそ、資料を作った側は件数という数字を出したのだろうと佳奈は思った。
余白に書き込む。
>受付件数か、完了件数か。
次のページには、預金残高についての説明があった。
>預金残高については、各金融機関において適切に記録・管理されています。
ここにも線を引いた。
>残高はある。利用可能残高は。
さらに、流動性供給の項目。
>日本銀行は、金融市場の安定確保に万全を期す観点から、必要に応じて十分な資金供給を実施しています。
佳奈は、その下に書き加えた。
>資金供給で、担保照合は解決するのか。
会見前のざわめきが止まった。
前方の扉が開き、金融庁幹部と日本銀行の担当理事が入室した。少し遅れて、数人の職員が後方へ並ぶ。
その中に、佳奈は菅野の姿を見つけた。
菅野は記者席を見ず、壇上に置かれた資料を確認していた。
午後二時ちょうど、記者会見は予定どおり始まった。
【2028年9月20日 14時00分(日本時間)|日本・東京|金融庁】
「現在、国内の金融システム全体は安定しております」
最初の一文は、配布資料と同じだった。
「国内の銀行、信用金庫、その他預金取扱金融機関は、通常どおり営業を継続しております。預金者の資産は各金融機関において適切に保全されており、金融システム全体の健全性に重大な問題が生じているとは認識しておりません」
金融庁幹部は、手元のタブレットからほとんど目を上げなかった。
「一部の国内外送金、企業間決済等において、通常より処理に時間を要する事例が確認されております。これは、海外金融機関を含む関係当事者間で、取引確認および担保管理に関する追加の手続が行われていることによるものです」
追加の手続。
佳奈は、その言葉を丸で囲んだ。
「決済件数は、おおむね通常水準を維持しております。国内の主要決済インフラは正常に稼働しており、現時点で、システム障害または大規模な機能停止は確認されておりません」
事実だった。
小口決済は今も流れている。給与振込も、すべてが止まっているわけではない。カードも、店舗も、ATMも、動いている場所の方が多い。
問題は、通る取引と、止まる取引が混在していることだった。
金融庁幹部の説明が終わると、日本銀行の担当理事がマイクへ近づいた。
「日本銀行は、金融市場の安定確保および円滑な資金決済を支援するため、必要に応じて十分な流動性供給を実施しております」
これも事実だった。
資金は供給している。だが、供給した資金が、すべて決済完了へ結びつくわけではない。
銀行に資金があっても、決済の根拠となる担保の権利関係を確定できなければ、相手方は受け取りを確定しない。日本銀行が円を供給しても、海外の清算機関が担保差替を承認するとは限らない。
その説明はなかった。
「金融機関に対しては、保有資産の適切な管理、必要な追加担保の確保、決済状況の継続的な確認を要請しております。現時点において、国内金融機関の資金繰りに重大な支障が生じているとは認識しておりません」
担当理事は、そこで一度言葉を切った。
「国民の皆様におかれましては、正確な情報に基づき、冷静に行動していただきたいと考えております」
佳奈は顔を上げた。
冷静に行動してほしい。
その言葉が会見で出る時点で、当局はすでに、冷静でない行動を警戒している。
質疑応答に入り、複数の手が一斉に上がった。
最初に指名されたのは、経済紙の記者だった。
「企業間送金の遅延は、昨日から拡大していますか。件数と金額を教えてください」
金融庁幹部は手元のタブレットへ視線を落とした。
「個別の集計については現在確認中です。全体として、国内の決済機能は維持されております」
「拡大しているか、縮小しているかも答えられませんか」
「件数は継続的に変動しておりますので、一定時点の数字のみをもって傾向を申し上げることは適切でないと考えています」
増えているとも、減っているとも言わなかった。
次に、海外通信社の記者が指名された。
「追加担保の差し入れ要請は増えていますか」
担当者は一瞬だけ資料へ目を落とした。
「市場参加者間で必要な担保管理は適切に行われています」
「質問は、増えているかどうかです」
「市場環境の変化に応じて、追加的な担保管理が行われることは通常の実務です」
質問には答えていない。
佳奈は、回答の横に短く書いた。
>増加を否定せず。
別の記者が手を上げた。
「担保差替ができない事例はありますか」
会場が静かになる。
金融庁幹部は表情を変えなかった。
「個別案件についてはコメントを控えます」
「個別の金融機関名を求めているのではありません。差替が成立しない案件が存在するかどうかです」
「市場全体として必要な機能は維持されています」
質問した記者が続けようとしたが、司会が次の質問者を指名した。
佳奈は、その回答を書き留めた。
個別案件。
つまり、ある。
少なくとも、ないとは言えない。
次の質問は、テレビ局の記者からだった。
「預金者資産は保全されているとの説明ですが、口座残高が表示されていても、振込や引き出しに利用できない事例が確認されています。これは、預金が保全されている状態と言えるのでしょうか」
金融庁幹部は、初めてタブレットから完全に目を上げた。
「預金の保全とは、預金者が金融機関に対して有する債権が適切に記録され、管理されていることを指します」
「利用できるかどうかとは別だということですか」
「一部の取引について確認に時間を要する事例はありますが、預金そのものが失われたものではありません」
「では、その預金をいつ利用できるようになるのでしょうか」
「各金融機関が個別の状況を確認した上で、順次対応しております」
具体的な時期は示さなかった。
佳奈は、自分の資料に書いた言葉を見た。
>残高はある。利用可能残高は。
まさに、その違いだった。
次に指名された記者が、日本銀行の担当理事へ質問した。
「日本銀行は十分な流動性を供給しているということですが、それでも送金が完了しないのはなぜですか」
担当理事は数秒、沈黙した。
「現在確認されている処理時間の長時間化には、複数の要因があります。資金流動性のみならず、取引照合、担保差替、関係当事者間の確認手続などが含まれます」
「資金を供給しても解決しない案件がある、という理解でよろしいですか」
「資金供給は、市場の安定と円滑な決済を支援する上で重要な措置です」
「解決しない案件はありますか」
「個別の決済については、関係当事者による確認が必要です」
会場の空気がわずかに変わった。
十分な資金を供給する。
だが、それで解決するとは言わない。
続いて、金融庁職員が資料の後半を説明した。画面には専門用語が並んだ。
>Collateral substitution
>(担保差替)
>Additional collateral
>(追加担保)
>Liquidity support
>(流動性供給)
一般の視聴者には難しい言葉だった。
だが、佳奈には気になった。
資料は何度も「担保差替」という言葉を使う。
既存の担保に問題があれば、別の担保へ差し替える。それだけを聞けば、交換すれば済む話に見える。
しかし、旧担保の権利関係が分からなければ、旧担保を外せない。新担保が別の取引に使われていれば、新たに差し入れることもできない。相手方の承認が得られず、清算機関の締切時刻を越えれば、その日の決済には間に合わない。
そして、金融機関が差し入れられる適格担保には限りがある。
資料には、差し替えられない場合について、一行も書かれていなかった。
【2028年9月20日 14時34分(日本時間)|日本・東京|金融庁】
会見が終了すると、記者たちは一斉に席を立った。
前方へ走る者。廊下へ出て電話をかける者。その場で速報原稿を打ち始める者。
佳奈は、すぐには動かなかった。
壇上から降りた日本銀行の担当理事の周囲に、数人の記者が集まっていた。公式会見が終わった後の、短い囲み取材だった。
佳奈も、その輪へ入った。
「担保差替について確認させてください」
担当理事が佳奈を見る。
「会見では、必要な担保管理は行われているとの説明でした。ただ、差替が成立しない案件の有無については回答がありませんでした。すべての案件で、代わりの担保を用意できるのでしょうか」
担当理事は、すぐには答えなかった。
周囲にいる職員を一度見てから、慎重に言葉を選んだ。
「一般論として申し上げれば、担保は何でも差し替えられるわけではありません」
記者席で、ノートパソコンのキーを叩く音が一斉に鳴った。
「適格性、評価額、権利関係、相手方との契約条件などを満たす必要があります」
「現在、そうした条件を満たせない案件が増えているのですか」
「個別の状況については申し上げられません」
「日本銀行が資金を供給しても、担保の問題が解決しなければ、決済は完了しないということですか」
担当理事は少し視線を下げた。
「資金そのものが存在することと、個々の取引が最終的に確定することは、同じではありません」
その言葉だけは、配布資料のどこにもなかった。
佳奈は手帳へ書き留めた。
>資金があることと、取引が確定することは同じではない。
「その説明を、なぜ会見でしなかったんですか」
佳奈が尋ねると、担当理事は答えなかった。
代わりに金融庁の職員が、「以上でお願いします」と言って、囲み取材を切り上げた。
【2028年9月20日 14時42分(日本時間)|日本・東京|金融庁】
佳奈は建物を出る前に、久保田へ電話をかけた。
二回目の呼出音でつながった。
「どうだった」
「安心材料はありました」
「でも?」
「言っていないことがあります」
久保田は黙って聞いていた。
「預金は保全される。金融システムは安定。流動性も供給する。全部言いました」
「でも」
佳奈は、配布資料を見つめた。
「預金が、今日この瞬間に自由に使えるとは、一度も言っていません」
受話器の向こうが静かになる。
「……そうか」
「預金の保全は、銀行に対する債権が記録されているという意味だそうです。使える時期は、各金融機関が順次対応するとしか答えませんでした」
「つまり、残高はある」
「はい」
「利用できるとは限らない」
「そうです」
佳奈は資料を持ち替えた。
「あと、担保差替も何度も出ました」
「差し替えれば済むような説明だったな」
「でも、囲みでは、日銀の担当者が『何でも差し替えられるわけではない』と認めました」
久保田の声が少し低くなった。
「そこ、録れてるか」
「録れています」
「使えるか確認しろ。公式会見後でも、オンレコかどうかは外すな」
「分かりました」
「他には」
「資金が存在することと、個々の取引が最終的に確定することは同じではない、と」
久保田は数秒黙った。
「それが今日の中身だ」
「はい」
「ただし、見出しで煽るな。『預金が使えない』と断定すると、全部の預金が止まったように見える」
「分かっています」
「当局の説明をそのまま流すだけでも駄目だ」
「はい」
「戻って原稿を作ろう」
電話を切る。
佳奈はもう一度、資料を開いた。
一ページ目には、こう書かれていた。
>国内金融システムは安定的に機能しております。
その文章は、会見の最初から最後まで変わらなかった。
だが、その資料のどこにも、次の一文はなかった。
>預金は、いつでも自由に使えます。
【2028年9月20日 15時21分(日本時間)|日本・東京|東都テレビ 報道局 経済部】
経済部へ戻ると、複数のテレビ画面に各局の速報が表示されていた。
>金融庁「国内金融システムは安定」
>日銀 十分な流動性を供給
>預金者資産は適切に保全
どの局も、会見の冒頭部分を大きく伝えていた。
嘘ではない。
だが、後半の質疑は、まだほとんど報じられていなかった。
佳奈は自席へ座り、会見資料と録音データを並べた。
久保田が後ろから原稿を覗き込む。
「頭は?」
佳奈は入力途中の文章を読んだ。
「金融庁と日本銀行はきょう午後、国内の金融システムは安定しており、預金者の資産は適切に保全されているとの認識を示しました」
「発表どおりだな」
「はい」
「その次」
佳奈は続きを入力した。
「一方、一部の企業間送金などで、口座への反映や資金の利用開始まで時間を要する事例について、解消の見通しは示されませんでした」
久保田は少し考えた。
「『利用開始』は一般には分かりにくい」
「『口座に表示された残高を、すぐに使えない事例』ではどうでしょう」
「事実確認は」
「金融庁は否定していません。預金保全と利用可能時期は別だと説明しています」
「なら、主語を付けろ。当局が認めた範囲を越えるな」
佳奈は文を直した。
「金融庁は、預金の保全は金融機関に対する債権が記録、管理されていることを指すと説明しました。一方、口座に記録された資金を利用できる時期については、各金融機関が個別に対応するとしています」
久保田が頷いた。
「次。担保」
「日本銀行の担当者は、担保について、適格性や評価額、権利関係などの条件があり、『何でも差し替えられるわけではない』と述べました」
「そこは強い。会見後の発言だと分かるようにしろ」
「はい」
佳奈は原稿を直しながら、画面の右上に表示された放送予定時刻を見た。
午後四時十分。
あと四十九分。
通常なら十分な時間だった。
だが、その日は、一本の言葉を選ぶたびに確認が必要だった。
「見出し、どうしますか」
佳奈が尋ねた。
久保田は、各局の速報画面を見た。
「『金融システムは安定』だけでは弱い」
「『預金保全も利用時期示さず』」
「少し強いな」
「では、『預金保全を強調 処理正常化の時期示さず』」
久保田は数秒考えた。
「それでいこう」
佳奈は見出しを入力した。
>預金保全を強調 処理正常化の時期示さず
その下に本文を置く。
国内金融システムは安定。
預金者資産は保全。
決済網は稼働。
十分な流動性を供給。
そして、一部取引の解消時期は不明。担保はすべて差替可能ではなく、資金の存在と決済の確定は同じではない。
同じ会見の中で語られた内容だった。
だが、前半だけを聞くか、後半まで聞くかで、受け取る意味は大きく違った。
佳奈は、原稿を送信する前に、配布資料の一ページ目をもう一度見た。
>預金者資産は適切に保全されています。
その横に、赤いペンで書いた。
>いつ使えるのか。
答えは、まだどこにもなかった。
預金があることと、使えることは同じではない。
その違いに気付いた者は、まだ多くなかった。




