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面倒くさがり少女は、王城の大きな豹の世話係 【連載版】  作者: 有梨束


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第1話 少女と豹

「あら、食べても美味しくないとわかるね」

自分目掛けて走ってきた豹の顎下を、その少女ナイラは面倒くさそうに撫でてやるのだった。




王女殿下がお生まれになったことで、国中はお祭り騒ぎだった。

市井ではパレードも行われて、平民も貴族もお祝いしていた。

そんな中、王城でガーテンパーティーが催された。


「あんたは、私の引き立て役だからね!」

従姉であり、義姉であるニコルに言われて、お付きの侍女としてガーデンパーティーについて行くことになった。


夜会は大人たちだけの祝いだが、昼間のガーデンパーティーは子どもも参加していいということで、貴族の子女たちが集まる。

さしずめ、顔のいい婚約者探しでもしたいのだろう。

私を後ろに立たせておけば、少しでも引き立つというのは、ニコルの考えそうなことだ。


「はあ、かしこまりました」

面倒くさそうに返事をすると、花瓶をぶん投げられたのでヒョイっと避けると、また癇癪を起こしたが、それもいつも通りである。


年上なのに、なんであんなにも感情をむき出しなのか、不思議でならない。


12歳のナイラは首を捻って、さっさと自室に帰った。


5年前に両親が馬車の事故で亡くなって以降、叔父夫妻が男爵家を仕切ることになり、養子という形で男爵家にいるナイラだが、扱いは使用人とあまり変わりない。

そのことに嘆いてもいなければ、怒りも湧いていない。

貴族とはいえ、お金のない家の子は下働きに出ることもある。

それとなんら変わりがないと、冷めた気持ちで思っている。


ナイラは、残念なくらいクールに成長した。

感情的な従姉に、散財するだけを喜びとしている叔父夫妻を見ていたら自然とそうなっていた。


「侍女役かあ、面倒だな〜」

はあ、とため息を吐いて、侍女の制服を洗濯することにした。


庭に出てたらいに水を入れてじゃぶじゃぶ洗い出すと、どこからかやってきたネズミが顔を出した。


「なーにあんた、餌なんかあげないわよ」

そう言って、しっしと手で払ってもなぜかそばにやってきて、足に擦り寄ってきた。


「あんた、よくこの辺うろつけるわね。駆除されないの?」

ネズミに話しかけても、返事が返ってくるわけがない。


この世界の動物たちは、みんな体長が大きいのが特徴だ。


今目の前にいるネズミも、私の膝下ぐらいの大きさだ。

ウサギなんかは私の腰ほどの大きさだし、猫や犬は運搬などに使えるほどの中型の獣。

大型の獣になってくると、人間の大人の倍以上だったりする。

王都から離れれば離れるほど、獣は大きくなり、野生の鹿やクマに至っては人間の大人が10人並ぶほどだと言われている。


そもそも王都では野生の動物はそれなりに統制されているので、このネズミはうまいこと生き延びているのだろう。

たくましいことだ。


ナイラは、なぜか昔から動物たちに好かれやすかった。

こうして、どこかの獣や、人に使われている獣たちにたちまち擦り寄られるのだ。

だから、あまり街に出ないようにしている。

人を運んでいる犬が飛びついてきて、仕事にならないなんてことがしょっちゅう起きるからだ。


「いっそ、田舎の森の中にでも住みたいわね〜」

ナイラは濡れた手のままにネズミを撫でてやると、満足したのか庭の向こうへと帰っていった。








へえ〜、王城のパーティーってこんなに豪華なのね。


ニコルの後ろを歩きながら、目線だけであちこち見るが、華やかで見ている分には楽しい。

こういった場所にははじめてくるが、特にときめいたりはしなかった。

大変着飾った貴族に、溢れかえるほどの香水、そして腹の探り合いのような会話が繰り広げられていて、顔には出さないがげっそりしそうになる。


これは見ているだけでお腹いっぱいね。

家で掃除している方が、楽かもしれない。


そんなことを思いながら、年頃の令嬢の集まる輪の中に入っていくニコルを適正距離で見守る。


どうか、やらかしませんように。


心の中でそう祈りながら、王族への挨拶はいいのだろうかと疑問に思う。


まあ、これだけ人でいっぱいなら、誰が挨拶しに来なくてもわからないだろうし、本格的な挨拶は夜会でだけ求められるのかも。

今挨拶に来られたところで、邪魔くさいだけよね。

私なら断りたいもの、うん。


1人で思考を完結していると、ニコルが意地悪くこちらを見て笑っていた。

その横の数名のご令嬢とニヤニヤしているから、私の悪口でも言って盛り上がっているのだろう。

社交界に出る前の下準備と思うと、ニコルにしては上出来な気がする。


扇で口元を隠してこちらに近寄ってくる。


ええぇ〜、こっちに来るの?


どういう態度でいれば満足してくれるかなと考え始めた時、向こうのほうで甲高い悲鳴が上がった。


なんだろ、人だかりでよく見えない。


その悲鳴は波のようにこちらに近づいてきて、人が逃げ惑った。

避けるように左右に散らばっていく。

非常事態なのは間違いないので、ニコルを連れてどこかへ行かなきゃと自分から近づいた時、人が避けてできたところがパッとひらけて見えた。


人々の叫び声の向こうから、大きな豹が1匹走ってくるのが見えた。


豹が興奮しているのか、それとも人間が興奮しているのか。

とにかく大人たちが狼狽えていて尻餅をついたり、泣き叫んだりしていた。

そんなに騒ぐから、豹が暴れているのでは…?と思いつつ、今はニコルだと、その手首を掴んで庭から出ようとした。


「あ、あれ…」

「ニコル、今は歩いて。避難しないと」

「動けない…」

体が震えて腰が引けているニコルを見て、眉を顰めてしまう。


私が抱えていくのか〜…、このドレス重そうなのに持てるかな。


ニコルのドレスの裾を結べるだけ結んで、膝の裏に手を入れようとした時──。


「いやああああああ!!!!」

ニコルの大声と共にドンと肩を押されて、私は後ろによろめいた。

ニコルは恐怖でひどく表情が歪んでいて、その視線の先を見ると豹がこちらに向かってきていた。

うるさくて敵わないと思う前に、それはニコルでも叫ぶなと納得した。


その間にも、的がここだとでもいうように一直線でやってくる。


ひとまずニコルの壁になるべく、振り返って両手を広げて待ち構えた。

ぎゃあぎゃあ泣き喚くニコルを背に、豹から目を離さずに突っ立った。

自分の倍以上の大きさの豹が、軽やかにスピードを上げて走ってくる。


跳躍が綺麗なくらいだった。


豹は急ブレーキをかけたように、私の目の前でピタリと止まった。

止まった瞬間に、豹からすり抜けたように風が吹いて、獣の匂いがした。


…………あれ、止まった。


「すごい、私が美味しくないってわかるのね。賢いわ」


牙を出してはあはあと息を荒げているが、敵意は感じなかった。

試しにこないだのネズミみたいに手を伸ばしてみると、首を上げてみせた。


下を撫でろってことか。


そう思って、猫を撫でるように顎下を撫でると、豹は目を細めた。

ガウウ、という低い鳴き声をさせながら、行儀よく座った。

どうやら、お気に召したらしい。


誰も噛まれなくてよかったわね。

そういえば、ニコルは。


豹を撫でながら後ろを見ると、その場でしゃがみ込んで失禁していた。


……絶対あとで私が怒られる、最悪だ。


頭を抱えそうになった時、向こうから騎士のような方たちが何人かやってきた。


「君は、凄腕の調教師だろうか!?」


────は?







「…つまり、王女殿下の誕生祝いに隣国から贈られた豹が、隙をついて脱走したところを、私がたまたま手懐けていた、と」


あのあと、王城の真裏の庭に連れて行かれると、興奮気味に説明された。

こちらにはパーティーの人はいなく、騎士様や王城の制服の人が何人かいるだけ。

あと、なぜか王妃様まで、騎士に守られながらこの庭に来ていた。


なんだろう、この面倒そうな状況…。

帰れないけど、今帰ったところで、ニコルの癇癪を浴びるだけだし。

…こっちで大人しくしてよう。


なんでも、隣国からやってきた豹は、ここの生活が馴染めないようで苦労していたみたいだ。

だが、贈り物だから、丁重に扱う必要がある。

我が国に優れた調教師がいなくて困っていたところ、私が現れたので、調教師ゲットか!?と思ったらしい。


「私は調教師ではございません」

「でも、今とても懐かれているじゃありませんか」

「…これは、気まぐれでしょう」

そう答えながらも、私の頭に自分の頭を擦り寄せてくる豹を恨めしげに睨んだ。


さっきから、ずっとこうなのだ。

私よりもずっと大きい豹が、私のそばから離れない。

まるで飼い猫かのように、いや、猫より犬かのようにベッタリだ。


しなやかな体に、艶やかな毛並み。

されるがままにもふもふさせてくれるのも、悪くはない。

でも、すりすりと匂いをつけられていて、かなり困っている。


…香水の匂いのしない私のそばが落ち着くんだろうけど。


その気持ちがわかるから、押し返せないし。


「では、何かの術を仕込んでいるとか?」

「私は、魔法は使えません」

「豹が心を開く植物などを所持されているとか?」

「そんなもの知りません」

「では、なぜそんなに豹が懐いているのです!?」

制服の人が悲痛な顔で質問してくるので、そっちも不満げに見そうになった。


かなりお疲れなところを見るに、豹の世話を頼まれたものの手こずっていた張本人なのかもしれない。

この様子だと、何日も苦戦したのにいい成果もなくて、上司に怒られているとかかも。


調教師でもないのに、その仕事はなんとも可哀想だ。

理不尽に怒られるのが面倒だと、私も知っている。


それに、優雅に庭の椅子に座る王妃様の目がずっと私を捉えていて、結構怖い。

豹なんか目でもないほどで、上に立つ人はこんなにも威厳があるのかと感動すらする。

従姉や叔父たちなんて、全然大したことないんだと再認識した。

それだけでも、いい収穫だ。


しらばっくれるより、正直に話す方がよさそうね。


「私は、昔からどういうわけか獣に好かれやすい体質なのです」

「…好かれやすい、とは?」

「このように擦り寄られます」

「…それだけですか?」

「それだけです」

「…他の動物でもですか?」

「他がどの動物を指すかわかりませんが、犬、猫、馬、ネズミ、ウサギ、カラス、鳩には擦り寄られやすいです。それぐらいしか接したこともないですが」

淡々と答えていくと、周りの大人たちの顔がだんだんと曇っていくのがわかった。


調教師ではなくて、すみませんね。


「それで、今は豹なのね?」

そこで、ここまで口を閉じていた王妃様が涼やかな声を響かせた。

命令とも違ったけれど、従いたくなる何かがあって、少しだけ胸が高鳴った。


こういう人の下で働けたら楽しいだろうな。

いや、男爵家以外だったらどこでも楽しいか。


「そのようです」

私が頷くと、豹がのしっと頭をのせてきた。


「あなたね、気を許しているようだけど、重いの。どいて」

たまらずに下から顎をグイーッと押したけれど、びくともしなかった。

その代わり、自慢げな鼻息だけが頭上から聞こえた。


この豹、舐め腐ってる…!


「じゃあ、せめて頭は下ろして」

そう言うと、グルグル喉を鳴らしながら、仕方なさそうに腰あたりを頭で突かれた。

あ、それは聞いてくれるのね。

お礼代わりに頭を撫でると、豹ではなく周りの大人たちがどよめいた。


「素晴らしい…!」

「僕たちじゃこんなことできなかったのに」

「彼女は救世主ではないか…!?」


なんとも嬉しくない小声が次々と聞こえてきて、王妃様の前だというのに、項垂れそうになる。


うーん、もふもふは悪くないのよね。

ただ、それ以外がすごく面倒そうというだけで。


「ねえ、あなた。お名前を聞いてもいいかしら?」

「ナイラと申します」

「鷹に懐かれたことはある?」

王妃のその言葉に、周りが一瞬息を呑んだのがわかったけれど、私のできることは誠実に答えるだけだった。


「鳥の鷹でしたら、お目にかかったことがありません」


王妃様はその答えに満足したのか、鷹揚に頷いた。

それから、懐から笛を取り出して、静かに吹いた。


「まさか、王妃様のご自慢の鷹をですか…!?」と、すぐそばの騎士様が言ったが先か、私たちの踏んでいる地面が大きな影に覆われた。


見上げると、豹にも負けない大きさの鳥が翼を広げていた。


その鳥は呼ばれた主人のそばではなく、私を目指して滑空してくる。

このままいけば突進なのでは?と思うが、隣の豹が動じていないので大丈夫らしい。


思った通り、スピードを緩めて、そのまま私の頭上の上をくるくる回り出した。

バサバサと立てる音が、カラスや鳩とは比べ物にならないほど大きくて、目を丸くしてしまう。


本物の鷹って、こんなに大きいのね。

下手したら、頭を丸呑みされそうだ。

鷹は、人を食べたかしら。


しばらく見ていたけれど、目が回りそうで顔を下げると、鷹は器用に豹とは反対側に降り立った。

周りは、おおっと感嘆の声を漏らした。

私は、豹と鷹にサンドイッチされる羽目になった。

なんだ、この状況。


「あらま、マイルズに気に入られるなんて、ナイラはすごいのね」

「…お褒めにあずかり光栄です」

思ってもいない口調がバレたのか、王妃様は口元を緩めた。

その目の奥は温かくて、不敬にはなっていないみたいだ。


「ねえ、ナイラ。あなたを王城のペット世話係に任命しようと思うのだけれど、いかがかしら?」

ざわつく周りとは裏腹に、私はゲエッと言いそうになって、慌てて引っ込めた。


なんですか、その面倒臭そうな立場は。

ただでさえ、今から帰ったらニコルに怒られるというのに。

王城に出入りできるなんてことになったら、ニコルが厄介に決まっている。

これ以上は、遠慮したい。


「私付きの侍女扱いで。宿舎と三食食事と制服支給はもちろん、おやつ付きで、特殊な仕事だし給料も弾むわよ」

「私でよければぜひ」

「ふふふっ、決まりね」

やっと微笑んだ王妃様を見て、可愛い人だなと我ながら呑気なことを思った。


獣の世話係なんてやったことはないけれど、この際いいだろう。

家から出られて、屋根付き給料ありなら、こっちだ。

現金と言われようが、いい選択を選ぶのは当たり前のことだ。

これでしばらくは、あの家ともおさらばできる。


「こちらから頼むのだし、他にして欲しいことがあったら受け付けるけど、何かある?」

「では、男爵家からの除籍をお手伝いいただけますか?」

「はい?」

「生家との縁を切れるように」

「言っている意味がわからないのではなくてね。…理由を聞いてもいい?」

王妃様は表情を変えなかったけど、声音が少し優しくなった。


こういうのは、正直に話すのが一番ややこしくない。

私が頷くと、両隣から顔をすりすりされた。

そんなにそばにいなくてもいいのに。


「屋根がある場所で食事付き、家を出るのにうってつけです。ですが、給料が支払われるとなれば、叔父夫婦に着服される未来しか見えません。一度出るなら、どうせあの家には帰りません。ですので、今から縁を切っておいた方が楽だと思いまして」

なんでもないように言うと、空気がほんの少し凍った。

その寒さに身を寄せるようにして、豹と鷹がもっとくっついてくる。


王妃様はやっぱり顔色ひとつ変わらなかったけれど、目上の人の威圧のようなものが増した。


「…なるほど、わかったわ。ナイラには悪いようにはしないわ」

「ありがとうございます」

「では、早速こちらに移り住むのがいいかしらね?」

「よろしいのですか!では、一度帰って、荷物を取ってきます!」

心弾んで、ここまでで一番子どもっぽく返事した気がする。


「じゃあ、またあとでね」

そう言って、豹と鷹のいいところをそれぞれ撫でてやると、それが気に入ったのか満足するまで全然解放されなくて困った。


それを見て、「ナイラに任せるのは、正解みたいね」と王妃様も皆さんも、嬉しそうだった。







「これだけしか荷物なかった」

こっそり家に帰って、ニコルたちの目を盗んで支度したけれど、自分の持ち物は鞄一つに収まってしまった。

これからの生活を思うと、荷物が多くない方がいいか。


ニコルの部屋から怒声と物が割れる音がしているから、出ていくなら今のうちだ。


裏門からしれっと出ていくと、茂みの陰からネズミが出てきた。

たぶん、こないだのネズミだ。

腹を出してこちらに向けるので、また撫でろと言っているみたい。


「あんたともお別れだからね。最後に一回だけよ」

そう言って応じてやると、ネズミの後ろから小さいネズミがぞろぞろと出てきた。

ぱっと見で、5匹ほど。


「子ネズミじゃない。あんた、ほんとにたくましいわね」

子ネズミも倣って腹を出してくるから、可笑しくて笑ってしまった。

仕方がないから、全員に同じようにしてやった。

最後の1匹を撫でてから、親ネズミの頭をさらっと触った。


「私もそれくらい図太くいくことにするわ。見送りありがとね」

歩き出した足は思いの外軽くて、私はすっきりとした気持ちで職場に向かったのだった。


短編からはじめて連載にしてみました、結構緊張してます…!


全4話、もふもふと一緒に楽しんでいただけたら幸いです〜!よろしくお願いします!

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