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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第一章 身代わりの皮と、剥き出しの純愛(オートクチュール)
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第7話:反逆の紋章、あるいは王への宣戦布告

王都から届けられた「指名手配状」を、私はアトリエの冷たい石床に叩きつけました。羊皮紙に描かれた私の人相書きは、事実を歪曲し、子供を食らう魔女のような醜悪さで描かれています。国家叛逆罪。その言葉が持つ法的な重さよりも、私を心の底から苛立たせたのは、指名手配状の末尾に記された一文でした。私の仕立てた服を纏う市民さえも非国民と見なし、収容所へ送るという狂気的な宣言です。

「私の服を、汚れた罪人の印にするなんて。あの聖女、どこまで私の美学を冒涜すれば気が済むのかしら」

指先が怒りで白く震えます。第6話で数百人の市民に同時にフィッティングを行った反動で、私の精神の経糸は未だに擦り切れ、体は鉛を流し込まれたように重い状態でした。しかし、座して嵐が過ぎるのを待つなどという選択肢は、私の人生という型紙には存在しません。隣で手紙を握りつぶし、その隙間から漆黒の魔力を漏らしていたアビスが、地鳴りのような低い声で応じました。

「リリエ。貴様を案じた我輩が愚かだった。貴様という女は、己の命が狙われる恐怖よりも先に、プロとしての誇りを汚されたことに激昂するのだな」

「当たり前でしょう。服は着る人を守るためにあるのよ。それを誰かを傷つけ、選別し、恐怖に突き落とすための道具にされるなんて、仕立て屋として絶対に許せない。あの子たちが誇りを持って袖を通したあのネイビーを、泥で塗りつぶす権利なんて誰にもないわ」

私はふらつく足取りで作業台へ向かい、アビスの漆黒の外套を引き寄せました。王都が「管理」という名の鎖を強めるなら、こちらは「表現」という名の弾丸を撃ち返すまでです。

魔導服飾の専門技術:魔力共鳴レゾナンス・ステッチの構築

アビスは今にも王都へ直接乗り込み、その武力でフレデリック王の喉元を切り裂かんとする勢いでした。しかし、物理的な破壊だけでは不十分です。人々の心に深く刻み込まれた「規格品こそが正義」という洗脳を解くには、視覚と聴覚、そして魂に直接訴えかける「圧倒的な美」の暴力が必要でした。

私はアビスの外套の裏地に、これまで一度も試したことのない禁忌の縫製を施す決意を固めました。

> 【リリエのプロの眼:魔力共鳴の理論】

> * 目的: 王都の全住民に対し、魔王の威厳とリリエの生存を、逃げ場のない空すべてを使って知らしめる。

> * 解決: 外套の裏地に「魔力共鳴レゾナンス・ステッチ」を施す。着用者の膨大な魔力を媒介として、空中の魔素を振動させ、空そのものを巨大なスクリーンへと変貌させる広域映像投影術の組み込み。

> * 代償: 術者の精神力を「増幅器」として使用するため、縫製中に意識を失えば、魂が魔力の奔流に飲み込まれて霧散するリスクがある。

>

「陛下、待ちなさい。今の貴方のままでは、ただの恐ろしい侵入者にしか見えない。王都の空すべてを、私のランウェイに変えてあげるわ。貴方に、世界で一番贅沢な広告塔になってもらうわよ」

私はポーチから、虹色の光を放つ最高純度の星魂糸を引き抜きました。針を通すたびに、脳を直接熱いコテで焼かれるような鋭い痛みが走ります。視界が真っ赤に染まり、平衡感覚が消失していく中で、私は懐にある青い端切れを唇で噛み締めました。泥を啜っていたあの頃、唯一私を支えてくれたこの色の純粋さが、私の正気をギリギリのところで繋ぎ止めています。

一針、また一針。アビスの外套の裏側に、銀色の幾何学模様が刻まれていきます。それは服の装飾ではなく、巨大な魔導回路の設計図です。アビスから溢れ出す破壊の魔力を、美しき旋律と光へと変換するための「翻訳機」。私の指先からは血が滲み、星魂糸に混じって生地を赤く染めますが、その赤さえもデザインの一部として取り込んでいきました。

天を覆う漆黒のランウェイ

「……できたわ。陛下、これを纏って。そして、館の最も高い場所へ」

仕立て上がった外套は、見た目こそ変わらないものの、内側に宇宙を抱えているかのような重厚な魔力密度を宿していました。アビスは無言でそれを受け取り、私の肩を一度だけ強く抱き寄せると、館の尖塔の頂上へと跳躍しました。

夜の帳が下りようとする王都。人々が収容所の噂に怯え、聖女イノセントが掲げる「白の安らぎ」という名の思考停止に浸ろうとしていたその時です。

アビスが尖塔の上で、私が仕立てた外套を大きく翻しました。

瞬間、外套の裏地に施された魔力共鳴の回路が起動しました。アビスの深淵の魔力が外套を媒介に空へと放射され、王都全域の雲が、一瞬にして漆黒と銀の色に染め上げられました。

王都の住民が驚愕して見上げた空には、星々を繋ぎ合わせたような巨大な「仕立て屋の紋章」と、アビス・カトレイユの圧倒的なシルエットが映し出されました。それは、イノセントが謳う無機質な白の世界を真っ向から切り裂く、色彩の暴力による宣戦布告でした。

「王都の民よ、そして偽りの玉座に座る者たちよ、聞け」

アビスの声が、魔力共鳴によって物理的な振動となって王都の街並みを揺らしました。窓ガラスが震え、人々の鼓動がアビスのリズムに同期させられます。

「我輩の仕立て屋に手を出す者は、我輩がその運命ごと裁断してやろう。リリエ・アールグレイの服を着る者を非国民と呼ぶならば、我輩はそのすべての者を『奈落の民』として保護する。奪えるものなら奪ってみるがいい、フレデリック。貴様の用意した安っぽい型紙など、我輩の領地には一枚も存在せぬ」

空に浮かぶリリエの紋章は、収容所に捕らえられた人々や、規格外として差別されていた人々にとって、絶望の夜を照らす唯一の反逆の星に見えたはずです。

王の焦燥と仕立て屋の覚悟

外套の輝きが収まり、王都の空に不気味な静寂が戻ったとき、私は尖塔の麓で崩れ落ちるように膝をつきました。星魂糸の限界を超えた行使、そして外套への直接的な魔力流し込み。代償として、私の右手の指は感覚を失い、白く硬直していました。

アビスが塔から黒い旋風となって舞い降り、私の体を力強く抱きとめました。彼の外套からは、未だに私の星魂糸が奏でる魔力の残響が熱を持って伝わってきます。

「満足か、リリエ。貴様の名前は今、王都の誰よりも高く、そして最も恐ろしい『自由の象徴』として刻まれたぞ」

「……ええ。最高のプロモーションになったわ。見てなさい、明日には王都中の人々が、自分の服の裏地に隠れてでも『色』を求め始めるから」

私はかすれた声で笑い、アビスの胸元に顔を埋めました。

王都の玉座で、フレデリックとイノセントが今どんな顔をしているか。自分たちの支配する「白」が、一人の針子が仕立てた「黒」によって汚された屈辱に、いかほど震えているか。それを想像するだけで、擦り切れた精神に新しい糸が紡がれるような気がしました。

私たちは、もう後戻りはできません。

私の針は、一人の人間を救う段階を完全に超えました。それは今、国家という巨大な布地を、人々の意志という糸で縫い直すための革命の道具となったのです。

「陛下、次のシーズンはもっと忙しくなるわよ。自由を求める人たちが、この館に押し寄せるんだから。最高級の生地を揃えておいて」

アビスは呆れたように大きな吐息をつきましたが、私を抱きかかえる腕に力を込め、館の奥へと歩き出しました。

指名手配という名の、最高の招待状。

私は世界で最も豪華で、最も過激な「反逆のドレス」を仕立てる決意を、その漆黒の胸の中で固めました。


第7話 完


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