表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第一章 身代わりの皮と、剥き出しの純愛(オートクチュール)
6/34

第6話:希望を織る行列、あるいは「規格外」たちの聖域

「奈落の館」の重厚な門扉の前に、かつてない奇妙な光景が広がっていました。

かつては死の象徴として恐れられ、王都の住民が近づくことさえ忌避したこの場所に、いま列をなしているのは魔族ではありません。王都のさらに外縁、貧民街や職人街から這い出してきた、擦り切れた服を纏った「人間」たちでした。

彼らの多くは、身体のどこかに「歪み」を抱えていました。

事故で不自由になった手足。病で曲がった背骨。あるいは、生まれつき備わった「王都の規格」には収まらない異形。彼らは聖女イノセントが定める『完全規格品パーフェクト・スタンダード』を物理的に着ることができない、あるいは着ることを拒絶された、社会の「不良在庫」たちでした。

「陛下。これ、どういう状況か説明してくれるかしら」

私はアトリエの窓から下を見下ろし、呆然と呟きました。

隣ではアビスが、不機嫌そうに角を揺らしながら腕を組んでいます。彼から放たれる魔圧は相変わらず暴力的ですが、私が仕立て直した「戦闘礼装」がその奔流を優雅に制御し、彼のシルエットを気高く保っていました。

「知らん。貴様が執事やガキどもの服を好き勝手に改造した結果だろう。魔王の館に、どんな歪な体でも完璧に包み込む、魔法の針子がいる。そんな根も葉もない噂が、下界のゴミ溜めまで流れたらしい」

「ゴミ溜め」という言葉に、胸の奥が鋭く痛みました。

かつての私、孤児院の「7番」だった私も、あの日々の中ではゴミの一部でした。規格に合わないという理由だけで存在を否定される痛みを、私は誰よりも知っています。

私はアビスから預かった魔石を握りしめ、一気に階段を駆け下りました。

プロの眼:見捨てられた身体シルエットへの宣戦布告

行列の先頭にいたのは、幼い娘を連れた一人の母親でした。

娘の背中には、肩甲骨のあたりに小さな、瘤のような突起がありました。それは王都の教義では『不浄の兆し』とされ、規格品の服を着ることを許されない、あるいは物理的に「型紙」が対応していない身体でした。

「お願いします、お針子様。この子が冬を越せる服を、一枚だけでいいんです。王都の店では、規格外の不良品を包む布はないと追い出されてしまって。……この子は、ただの人間の子供なんです」

母親の震える声。娘の怯えた瞳。

私はその子の前に膝をつき、そっとその小さな肩に触れました。瘤の周りの魔力の流れを、指先の感覚だけで読み取ります。

> 【リリエのプロの眼:非対称の美学】

> * 問題点: 王都の規格品は、左右対称かつ「平均的」な身体を神聖視する。突起や歪みがある身体に対しては、布を「逃がす」という発想自体が欠落している。

> * 解決策: 欠損や歪みを「デザインの起点」として再定義する。非対称なドレープ(ひだ)を使い、突起を圧迫せずに保護する、空間的な余裕マージンの構築。

> * 思想: 身体に合わせて服を作るのではない。服によって、その身体が持つ「物語」を肯定するのだ。

>

「不良品? 笑わせないで。このライン、最高にユニークでクリエイティブじゃない。これは神様が型紙を引き間違えたんじゃなくて、貴女を『一点物』に仕上げるための特別なスパイスよ」

私の言葉に、少女の瞳に初めて小さな光が宿りました。

星魂糸せいこんしの試練:多品種同時フィッティング

私は行列の全員を、広大なロビーへと招き入れました。

一人一人に時間をかけていては、私の精神力が底を突くのが先でしょう。私はアトリエから大量の魔力伝導布を放り投げ、空中でハサミを一閃させました。

「一ノ型・広域――『概念展開・千のサウザンド・ニードルズ』!」

私の指先から、過去最大量の星魂糸が噴き出しました。

銀色の糸は生き物のように空間を泳ぎ、並んだ人々の一人一人の体型、魔力の揺らぎ、そして彼らが「隠したい」と願っている古傷を瞬時にスキャンしていきます。

(うっ、まずい。人数が多すぎる。脳の奥が、熱い鉄を流し込まれたみたいに焼ける!)

視界が急速に狭まり、世界が真っ赤に染まります。

星魂糸の消費量は、対象の「個性の強さ」と、それを包み込むために必要な「理解の深さ」に比例します。規格から外れた、複雑な背景を持つ人々を救おうとすればするほど、術者である私の魂は削り取られていくのです。

「リリエ! 無理だ、それ以上は魂が持たん! 糸を切れ、これは命令だ!」

アビスの怒号が聞こえます。彼は今にも私の腕を掴もうとしていますが、放たれた星魂糸の結界が、主である彼さえも拒絶していました。

「切らないわよ。プロが、客を目の前にして、作れませんなんて。……死んでも言いたくないの!」

私は懐に隠していた「青い端切れ」を口に咥えました。

泥の味。惨めさの味。そして、あの日拾い上げた、世界で一番鮮やかな「希望」の味。

その記憶を燃料に変え、私は再び仕立て屋としての意識を強引に繋ぎ止めました。

聖域の完成:服という名の解放

一分。あるいは永遠に感じられるような沈練の後。

ロビーにいた全員が、新しい服を纏っていました。

瘤のある少女には、将来的に翼へと変わるかもしれないその突起を、優雅な波のようなプリーツで包み込む流線型のポンチョ。

重労働で腰が曲がった老人には、姿勢を補助しつつ、その刻まれたシワさえもが年輪のような美しさに輝く、強靭なワークウェア。

事故で片腕を失った青年には、あえて空いた袖を飾るのではなく、残された片腕の動きを最大限に強調する、非対称のジレ。

そこにいたのは、王都を追い出された「不良品」たちではありません。

自らの欠点や歪みを、世界で唯一の誇り(チャームポイント)へと変え、胸を張って立つ「個人」たちでした。

「私の服は、安くないわよ」

私はふらつきながら、少女の母親に告げました。少女は今、鏡の中に映る「特別な自分」を、生まれて初めて愛おしそうに見つめています。

「代金は、貴方たちが王都に帰って広めること。魔王の館には、どんな人間も見捨てない光がある。……そう、語りなさい」

宣戦布告の余波:服を着ることが「罪」となる世界

人々が涙を流して感謝し、去っていくのを見送った後。

私はアビスの腕の中に、崩れるように倒れ込みました。

「馬鹿な女だ。これだけの精神力を使い果たし、得たのが噂だけだとはな。貴様の命は、それほどまでに安いのか」

「いいのよ、陛下。服は、言葉よりも早く伝染するわ。あの子たちが王都の街角を歩くだけで、イノセントの無機質な白は汚されていく。それが私の、最高のコレクションなの」

アビスは無言で、私の汗に濡れた髪を整えました。その手は驚くほど優しく、けれど握りしめられた反対の手からは、王都に対する静かな怒りの魔圧が漏れ出していました。

しかし、その日の夜。

王都から、最悪の緊急布告が届きました。

『魔導服飾師リリエ・アールグレイを、国家叛逆罪で指名手配する。また、彼女が仕立てた「不適合品」を着用する者は、すべて非国民として収容所に送る。衣服は管理されるべきであり、逸脱は死を意味する』

イノセントの、冷徹な反撃が始まりました。

服を着ることそのものが「罪」となり、個性を守ることが「反逆」とされる時代。

私はアビスの胸の中で、より鋭く、より深く、自分の針を研ぎ澄ませることを誓いました。

「陛下。……次はもっと、派手な服が必要になるわね」

「フン、その前に貴様は寝ろ。死人に服は縫えん」

私はアビスの言葉に小さく頷き、深い眠りへと落ちていきました。

王都の放つ「均質化」という名の暗雲に対し、私は虹色の針を掲げて立ち向かう。

仕立て屋リリエの物語は、ここから真の「革命」へと足を踏み入れたのです。


第6話完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ