第31話:王都の流行色は「死装束の白」、廃都は「闇鍋」の賑わい
第五章 偽りの聖女と、世界を染める虹色の反撃
ep.31 第31話:王都の流行色は「死装束の白」、廃都は「闇鍋」の賑わい
その日、王都シンフォニアから「色」が消えた。
王宮のバルコニーから見下ろす街並みは、まるで雪に埋もれた墓標のように白一色だった。
道を行き交う市民たちは、全員が同じ純白のローブを纏い、俯き加減に歩いている。市場の屋台からも、かつてのような極彩色の果実や、けばけばしい看板が撤去されていた。
聞こえてくるのは、大聖堂から流れる単調な賛美歌と、衣擦れの音だけ。
「……美しいねぇ。まるで、真っ白なキャンバスだ」
国王フレデリック三世は、ワイングラス(中身は透明な蒸留酒だ。赤ワインさえも『不敬な色』として隠されている)を揺らしながら、満足げに目を細めた。
その隣には、新しい聖女『イノセント』が佇んでいる。
白銀の髪、焦点の合わないガラス玉のような瞳。彼女が身につけているのは、クロードのデザインを模倣し、さらに装飾を削ぎ落とした「極致の聖衣」だ。
「イノセント。お前の歌声は、民の心をよく漂白してくれたようだ」
「……はい、陛下。すべては、清らかなる世界のために」
イノセントの声には抑揚がない。
彼女は、王が望む言葉を吐き出すだけの、美しい自動人形。
だが、フレデリック王はその空虚さこそを愛でていた。
「『純白令』の発令から三日。……市民たちは思考を止め、ただ祈り、働くだけの従順な駒となった。個性を主張する『色』など、統治にはノイズでしかないからな」
王は手すりに身を乗り出した。
彼の目には、この白い世界が「完成された箱庭」として映っている。
だが同時に、その瞳の奥には、退屈という名の毒が渦巻いていた。
「だが、少し味気ないな。……やはり、毒には『解毒剤』が、秩序には『混沌』があってこそ、遊戯は盛り上がるというもの」
王の視線が、北の空――七色のオーロラが微かに揺らめく方角へと向けられた。
「さあ、どう出る? 廃都の仕立て屋よ。……この完璧な『白』を、どうやって汚してくれるのかな?」
***
一方、北の廃都グレイヴ。
そこは王都とは対照的に、目が痛くなるほどの「色彩の暴力」に溢れていた。
「へいらっしゃい! 揚げたての『クラーケン・フライ』だよ! ソースは吸血薔薇エキス入りの激辛レッドだ!」
「こっちの屋台は『スライム・ゼリーの宝石詰め』だ! 光るぞ!」
メインストリートには、人間と幽霊、そして人語を解するようになった魔物たちが入り乱れ、活気ある市場を形成していた。
王都からの物流が止まったことで、逆に「地産地消」と「魔改造」が加速したのだ。廃都の住人たちは、自分たちの力で生活を極彩色に彩り始めていた。
その中心、領主の館のサロンでは、深刻な――しかし、どこか楽しげな作戦会議が開かれていた。
「……というわけで、王都は今、完全な『色禁止』状態です」
リリエは、偵察から戻った勇者カイトが持ち帰った「白いローブ」をテーブルに広げた。
粗悪な麻布で作られた、寸胴なシルエットの服。
だが、リリエがハサミを入れると、繊維の中から微細な粉末が舞い上がった。
「ッ……!」
隣にいた元聖女ルミナが、鼻を押さえて顔をしかめる。
「……嫌な匂い。これ、『忘却の香』が織り込まれてる」
「忘却の香?」
「うん。教会の地下倉庫にあった、思考を鈍らせる麻薬のようなお香。……これを着続けていると、何も考えられなくなって、命令に従うだけになっちゃう」
リリエの表情が凍りつく。
服を、人を操るための拘束具にする。
それは、彼女の職人としての矜持を最も逆撫でする行為だった。
「許せません。……こんな雑巾以下の布切れを『聖衣』と呼ぶなんて」
リリエはハサミを突き立て、白いローブを切り裂いた。
その横で、元王室デザイナーのクロードが頭を抱えていた。
「だが、リリエ。状況は最悪だ。王都に『色』を持ち込むこと自体が重罪になっている。俺たちが作った新作ドレスも、検問で見つかればその場で焼却処分だ」
クロードは、壁に掛けられた新作――廃都の素材をふんだんに使った、極彩色のドレスたちを指差した。
「これらは美しすぎる。……目立ちすぎて、密輸すらできない」
王都の市場は封鎖された。
廃都で作った最高の服を、届ける術がない。
アビスの力で強行突破することは可能だが、それでは「戦争」になってしまう。リリエが望むのは武力制圧ではなく、文化による「上書き」だ。
「……詰みか?」
カイトが欠伸を噛み殺しながら呟く。
「俺の足なら検問くらい突破できるけどよ、配った先で客が捕まっちまうだろ。……『着られない服』なんて、ただのコレクションだぜ」
重苦しい空気が流れる。
だが、リリエだけは不敵な笑みを浮かべていた。
彼女は、切り裂いた白いローブの残骸を手に取り、パッチワークのように並べ替え始めた。
「クロード様。カイト君。……貴方たちは『お洒落』の本質を忘れています」
「本質?」
「人間は、禁止されればされるほど、隠れて楽しみたくなる生き物なんです」
リリエは立ち上がり、黒板にチョークで大きく文字を書いた。
【作戦名:裏勝り(うらまさり)〜脱いだら凄いんです〜】
「う、裏勝り……?」
クロードが眉をひそめる。
「東方の島国の服飾文化にある概念です。……表地は地味な色や素材にして、法規制を逃れる。その代わり、裏地や長襦袢に、とんでもなく豪華な刺繍や色を使うんです」
リリエの瞳が、悪戯を思いついた子供のように輝く。
「王都の人々は、今は白に強制されています。でも、心の中までは白く染まりきっていないはず。……彼らに、『秘密の贅沢』を売るんです」
リリエが指を鳴らすと、幽霊メイドたちが数着のサンプルを持ってきた。
一見すると、王都で流行しているのと同じ、真っ白なコートだ。
だが、クロードが手に取った瞬間、目を見開いた。
「……この白、ただの麻じゃない。廃都の『ミスト・シルク』か? 光沢を抑える加工がされているが、手触りが極上だ」
「ええ。そして……裏返してみてください」
クロードがコートを裏返す。
その瞬間、サロンがどよめいた。
裏地には、吸血薔薇の深紅で染められたサテン生地が使われ、そこにはアビスの影と廃都の夜景をモチーフにした、金糸と銀糸の豪華絢爛な刺繍が施されていたのだ。
表の禁欲的な白とは対照的な、退廃的で艶やかな世界。
『ほう……』
それまで黙って聞いていたアビス公爵が、感嘆の声を漏らす。
『外見は王に従順な羊。だが、その内側には我輩の魔力(色)を纏わせるか。……実に背徳的で、興奮するな』
「でしょう?」
リリエはウィンクした。
「これを着た人は、検問の兵士の前でこう思うはずです。『お前たちは知らないだろうけど、私は今、最高の贅沢を肌に纏っているのよ』って。……その優越感こそが、洗脳を解く鍵になります」
クロードの手が震えた。
感動による震えだ。
「……天才か、お前は。……『隠された美』。それは露骨な装飾よりも、遥かに人の心を昂らせる!」
クロードは即座にペンを取り出した。
「デザインは俺がやる! 裏地のパターンなら、王室時代に却下された『過激すぎる図案』が山ほどあるんだ!」
「お願いします! ルミナ様は、裏地に『覚醒の魔法陣』を刺繍してください。着ているだけで頭がスッキリするようなやつを!」
「うん、分かった。……こっそり、王様の悪口も刺繍しちゃおうかな」
「いいですね、それ採用!」
廃都のアトリエが、一気に熱を帯びる。
これはただの服作りではない。
王の支配に対する、最もエレガントで、最も痛烈な皮肉を込めたレジスタンスだ。
***
数日後の深夜。
廃都の裏門に、巨大なリュックを背負った勇者カイトの姿があった。
リュックの中には、圧縮魔法で詰め込まれた数百着の「裏勝りコート」が入っている。
「……ったく、勇者の使い方が荒いんだよな、あの夫婦」
カイトは文句を言いながらも、その装備は万全だ。
リリエ特製の「隠密仕様パーカー(ステルス迷彩付き)」に、テツが作った軽量ブーツ。
『頼んだぞ、カイト』
見送りに来たアビスが、カイトに小さな小瓶を投げ渡した。
『王都の結界を抜ける際、魔力が感知されるかもしれん。その時はこれを撒け。我輩の影を液状化した煙幕だ』
「へっ、魔王様の闇がお守りかよ。心強いねぇ」
カイトは小瓶を受け取り、ニヤリと笑った。
「安心しろよ。俺は『運び屋』としてもサーバー最速だ。……夜明けまでには、王都の闇市にこの『爆弾』をばら撒いてくる」
「カイト君!」
リリエが駆け寄ってくる。彼女の手には、包みたてのサンドイッチがあった。
「これ、夜食です! ……気をつけて。王都の空気が、少し変なんです」
「変?」
「ええ。風に乗って……何か、嫌な『音』が聞こえる気がして」
リリエは不安そうに南の空を見上げた。
彼女の「勘」は、いつだって正しい。
「大丈夫だって。ヤバくなったら、テレポート(緊急脱出)するさ」
カイトはサンドイッチを受け取ると、軽く手を振った。
「行ってくる。……俺たちが作った『最高にカッコいい服』、流行らせてくるぜ!」
ヒュンッ!
風を切り、勇者の姿がかき消える。
音速を超えた移動。彼が通った後には、雪煙だけが残された。
***
カイトが去った後、リリエとアビスはしばらく南の空を見つめていた。
オーロラの結界の向こう、暗闇に沈む王都の方角から、確かに微かな「違和感」が漂ってくる。
それは、耳には聞こえないほどの周波数の「歌声」のようだった。
『……リリエ』
アビスが、リリエの肩を抱き寄せる。
『風が凪いだ。……嵐の前の静けさだ』
「はい。……毒蛇王は、ただ黙って見ているような人じゃありません」
リリエは胸元のペンダント――アビスから貰った最初の契約の証――を握りしめた。
王都での「白」の強制。
廃都での「裏勝り」の反撃。
物理的な衝突は回避されたように見える。だが、水面下では、人の精神を巡るもっと恐ろしい侵略が始まろうとしていた。
王都の大聖堂。
その最深部で、イノセントが歌い続けている。
彼女の歌声は、風に乗り、大気を震わせ、やがて国境を超えて――この廃都の結界さえも、すり抜けようとしていた。
眠りの毒。
甘い悪夢への招待状。
リリエが感じる「嫌な予感」の正体を知る由もなく、廃都の夜は更けていく。
それが、最後の「平穏な夜」になるとも知らずに。
(第31話 完)




