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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
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第30話:凍てつく大地に、温かな灯火と「家族」の食卓を

 廃都グレイヴの夜は、かつてないほどの賑わいを見せていた。

 外は王都からの「経済封鎖」という名の吹雪が吹き荒れているが、領主の館の中は、暖炉の火と、それ以上に温かい喧騒に満ちていた。

「オラッ! その肉は俺が狙ってたんだよ! 横取りすんな、この元・左足!」

「ガルルルッ!」

 ダイニングテーブルの端で、勇者カイトがライオン(元ホワイト・デビルの胴体部分)と骨付き肉を奪い合っている。

 ライオンは聖獣の呪縛から解き放たれ、ただの食いしん坊な大型犬のように尻尾を振っていた。

「こらこら、カイト君。行儀が悪いですよ。お肉ならまだ山ほどありますから」

 リリエが呆れ顔で追加の大皿を運んでくる。

 皿の上には、テツが地下農園(という名の魔力培養プラント)で育てた、紫色のカボチャや、虹色に光る芋の料理が並んでいる。

 見た目はファンタジーすぎて怪しいが、湯気からは暴力的なほど食欲をそそる香りが漂っていた。

「……信じられない」

 テーブルの隅で、クロードはグラスを傾けながら呟いた。

 彼が着ているのは、先ほどリリエが仕立て直したラフな部屋着だ。最高級シルクではないが、肌触りの良い魔獣の毛織物は、疲れた体に驚くほど馴染む。

「魔王、勇者、元聖女、そしてキメラに幽霊……。王都の騎士団が見たら、卒倒して逃げ出すカオスな食卓だ」

『フン。文句があるなら出て行ってもいいのだぞ、元デザイナー殿?』

 上座に座るアビス公爵が、ワイングラス(中身は最高級の魔界ヴィンテージ)を揺らして挑発する。

 だが、その表情はかつてないほど穏やかだ。

「……いや。ここはいい場所だ」

 クロードは視線を横に向けた。

 そこには、ルミナがいる。

 彼女は、幽霊メイドに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、フゥフゥとスープを冷ましている。

 その頬には赤みが差し、瞳には――かつて硝子玉のようだった瞳には、確かな「幸福」の光が灯っていた。

「あつ……おいしい……」

 ルミナが小さく笑う。

 ただそれだけのことが、クロードには奇跡に見えた。

 王都の絢爛な晩餐会では決して見られなかった、人間としてのルミナの姿。

「……リリエ。俺は、お前に感謝しなければならないな」

 クロードが真摯な眼差しを向ける。

「俺は『美しい服』を作ることには長けていたが、『温かい服』を作ることを忘れていたようだ」

「あら。素直ですね、クロード様」

 リリエは悪戯っぽく微笑んだ。

「でも、感謝の言葉より『労働』で返してくださいね? 明日から、あのホワイト・デビル……改め『キメラ三兄弟』の小屋作りと、彼らのための防寒具のデザインをお願いします」

「……三兄弟の服、か」

 クロードは、カイトとじゃれ合うライオン、暖炉の前で丸くなる大蛇、シャンデリアに止まる大鷲を見た。

 かつてなら「醜悪な魔獣」と切り捨てていただろう。

 だが今は、彼らの骨格、筋肉の動き、そして毛並みの個性が、創作意欲を刺激する「素材」に見える。

「悪くない。……あのライオンのたてがみには、深紅のベルベットが似合いそうだ。大蛇には鱗を活かしたレザーの装具を……」

 ブツブツと独り言を言いながら、クロードはナプキンにペンを走らせ始めた。

 その目は、すでに「廃都のデザイナー」の目だった。

 ***

 食後のサロンタイム。

 アビスとカイトは、バルコニーで雪見酒カイトはホットミルクだがを楽しんでいた。

「……なぁ、おっさん」

「公爵と呼べ、小僧」

「へいへい。……王都のヤツら、本気でここを干上がらせる気だぜ? 流通止められたら、食い物はともかく、服の素材とか燃料とかヤバくねーか?」

 カイトの指摘はもっともだ。

 フレデリック王の「経済封鎖」は、じわじわとこの街を締め上げるだろう。

 だが、アビスは夜空を見上げて鼻で笑った。

『カイトよ。貴様はまだ、リリエという女を分かっていないようだな』

「あ?」

『あやつは、「無いなら作ればいい」と考える種族だ。……王都からの供給がない? それがどうした。この廃都には、王都が捨てた「ゴミ」という名の「宝」が山ほど眠っている』

 アビスは、街を覆うオーロラの結界を指差した。

『見ろ。あの光の色を。……王都の貴族どもが金貨を積んでも手に入らない「本物の魔力」だ。我々は、これを使って、世界をひっくり返す』

「……へっ。魔王が『商売』で世界征服かよ。世知辛ぇな」

 カイトは笑い、ミルクを一気に飲み干した。

「ま、いいぜ。俺も腹くくったわ。……この『アジト』、居心地いいしな。壊させはしねーよ」

 勇者と魔王。

 奇妙な共犯関係が、雪の夜に静かに結ばれた。

 ***

 一方、リリエは寝室の鏡の前で、髪を梳かしていた。

 鏡に映る自分は、王都にいた頃よりも少し痩せたかもしれない。でも、表情はずっと明るい。

 ガチャリ。

 扉が開き、アビスが入ってきた。

『……まだ起きていたのか』

「ええ。明日の計画スケジュールを練っていたんです」

 リリエは振り返り、愛する夫に駆け寄った。

 アビスは自然に彼女を受け止め、その髪に口づけを落とす。

『リリエ。……クロードたちを受け入れたこと、後悔していないか?』

「どうしてですか?」

『彼らは「火種」だ。毒蛇王は、彼らを口実にさらなる攻撃を仕掛けてくるだろう。……君の平穏な生活は、遠のいてしまった』

 アビスの声には、わずかな自責の念があった。

 彼と結婚して以来、リリエはずっと波乱の中にいる。

 普通の貴族の奥様のように、お茶会をして、ドレスを着飾るだけの生活をさせてやることはできない。

 だが、リリエはアビスの胸に顔を埋めて、くすりと笑った。

「公爵様。私、退屈な平穏なんていりません」

『……なに?』

「毎日、見たこともない素材トラブルが舞い込んで、それをどう料理コーディネートしてやろうかって考える……。今の生活が、最高にエキサイティングで幸せなんです」

 リリエは顔を上げ、アビスの赤い瞳を見つめた。

「それに、貴方がいる。……世界中を敵に回しても、私の作った服を一番素敵に着こなしてくれる貴方がいれば、私は無敵です」

『……君には敵わんな』

 アビスは愛おしげに目を細め、リリエを強く抱きしめた。

 その腕の中は、どんな堅牢な城塞よりも安全で、温かい。

「さあ、寝ましょう公爵様。……明日は忙しくなりますよ」

 リリエはアビスの耳元で囁いた。

「王都への『逆襲プロモーション』の準備……始めなくちゃいけませんから」

 ***

 翌朝。

 廃都グレイヴは、雲ひとつない快晴だった。

 雪原の照り返しが眩しい中、領主の館の前に全員が集合していた。

 リリエ、アビス、カイト、テツ。

 そして、新メンバーのクロード、ルミナ、ツムギ、キメラ三兄弟。

 さらに、ファントム・メイドたちも透ける体で整列している。

「皆さん! 今日から『廃都グレイヴ・ファッション革命』のスタートです!」

 リリエが高らかに宣言する。

 彼女の手には、昨夜書き上げたばかりの「新ブランド設立計画書」が握られていた。

「王都は物流を止めました。つまり、王都にはもう『新しいもの』が入っていかないということです。……彼らのファッションは、今日から腐敗マンネリしていきます」

 リリエはニヤリと笑った。

「そこで、私たちが投下するんです。この廃都でしか作れない、魔力と機能美を兼ね備えた『禁断のドレス』を!」

「地下資源のレアメタルを使ったジュエリー!」

 テツがポーズをとる。

「聖獣と魔獣の素材を融合させた、ハイブリッド・レザー!」

 クロードがスケッチブックを掲げる。

「吸血薔薇の『絶対褪せない赤』の染料!」

 ツムギが糸を吐き出す。

「そして……元聖女ルミナ様による、『着るだけで肌がツルツルになる聖なるインナー』!」

「えっ、私……インナー担当……?」

 ルミナが目を丸くするが、リリエは親指を立てた。

「需要あります! 爆売れ間違いなしです!」

「これらを、勇者カイト君の『超高速移動デリバリー』で、王都の闇ルートに流します!」

「俺は運び屋かよ! ……まあ、足の速さには自信あるけどな!」

 完璧な布陣だ。

 王が経済を封鎖するなら、それを上回る「魅力」で、壁の内側から崩壊させてやる。

 人間は、禁止されればされるほど、甘い蜜(新しい流行)を欲しがる生き物なのだから。

『……征くぞ、者ども』

 アビス公爵が、朝日に輝くオーロラを背に、王者の風格で告げた。

『我らが愛の巣を汚そうとした毒蛇に、思い知らせてやるのだ。……「流行トレンド」を支配する者が、世界を支配するのだとな!』

「「「おーっ!!」」」

 歓声が上がる。

 廃都グレイヴ。

 そこはもう、呪われた死の都ではない。

 雪原に咲き誇る、美と欲望と、ほんの少しの狂気に彩られた、世界で一番熱い「革命の震源地」となっていた。

 王都シンフォニアのフレデリック王よ、震えて待て。

 お前の想像を超える「極彩色の悪夢ファッションショー」が、今、幕を開ける――。


 (第四章 完)


 (次回、第五章『偽りの聖女と、世界を染める虹色の反撃レジスタンス』へ続く)


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