第30話:凍てつく大地に、温かな灯火と「家族」の食卓を
廃都グレイヴの夜は、かつてないほどの賑わいを見せていた。
外は王都からの「経済封鎖」という名の吹雪が吹き荒れているが、領主の館の中は、暖炉の火と、それ以上に温かい喧騒に満ちていた。
「オラッ! その肉は俺が狙ってたんだよ! 横取りすんな、この元・左足!」
「ガルルルッ!」
ダイニングテーブルの端で、勇者カイトがライオン(元ホワイト・デビルの胴体部分)と骨付き肉を奪い合っている。
ライオンは聖獣の呪縛から解き放たれ、ただの食いしん坊な大型犬のように尻尾を振っていた。
「こらこら、カイト君。行儀が悪いですよ。お肉ならまだ山ほどありますから」
リリエが呆れ顔で追加の大皿を運んでくる。
皿の上には、テツが地下農園(という名の魔力培養プラント)で育てた、紫色のカボチャや、虹色に光る芋の料理が並んでいる。
見た目はファンタジーすぎて怪しいが、湯気からは暴力的なほど食欲をそそる香りが漂っていた。
「……信じられない」
テーブルの隅で、クロードはグラスを傾けながら呟いた。
彼が着ているのは、先ほどリリエが仕立て直したラフな部屋着だ。最高級シルクではないが、肌触りの良い魔獣の毛織物は、疲れた体に驚くほど馴染む。
「魔王、勇者、元聖女、そしてキメラに幽霊……。王都の騎士団が見たら、卒倒して逃げ出すカオスな食卓だ」
『フン。文句があるなら出て行ってもいいのだぞ、元デザイナー殿?』
上座に座るアビス公爵が、ワイングラス(中身は最高級の魔界ヴィンテージ)を揺らして挑発する。
だが、その表情はかつてないほど穏やかだ。
「……いや。ここはいい場所だ」
クロードは視線を横に向けた。
そこには、ルミナがいる。
彼女は、幽霊メイドに甲斐甲斐しく世話を焼かれながら、フゥフゥとスープを冷ましている。
その頬には赤みが差し、瞳には――かつて硝子玉のようだった瞳には、確かな「幸福」の光が灯っていた。
「あつ……おいしい……」
ルミナが小さく笑う。
ただそれだけのことが、クロードには奇跡に見えた。
王都の絢爛な晩餐会では決して見られなかった、人間としてのルミナの姿。
「……リリエ。俺は、お前に感謝しなければならないな」
クロードが真摯な眼差しを向ける。
「俺は『美しい服』を作ることには長けていたが、『温かい服』を作ることを忘れていたようだ」
「あら。素直ですね、クロード様」
リリエは悪戯っぽく微笑んだ。
「でも、感謝の言葉より『労働』で返してくださいね? 明日から、あのホワイト・デビル……改め『キメラ三兄弟』の小屋作りと、彼らのための防寒具のデザインをお願いします」
「……三兄弟の服、か」
クロードは、カイトとじゃれ合うライオン、暖炉の前で丸くなる大蛇、シャンデリアに止まる大鷲を見た。
かつてなら「醜悪な魔獣」と切り捨てていただろう。
だが今は、彼らの骨格、筋肉の動き、そして毛並みの個性が、創作意欲を刺激する「素材」に見える。
「悪くない。……あのライオンの鬣には、深紅のベルベットが似合いそうだ。大蛇には鱗を活かしたレザーの装具を……」
ブツブツと独り言を言いながら、クロードはナプキンにペンを走らせ始めた。
その目は、すでに「廃都のデザイナー」の目だった。
***
食後のサロンタイム。
アビスとカイトは、バルコニーで雪見酒を楽しんでいた。
「……なぁ、おっさん」
「公爵と呼べ、小僧」
「へいへい。……王都のヤツら、本気でここを干上がらせる気だぜ? 流通止められたら、食い物はともかく、服の素材とか燃料とかヤバくねーか?」
カイトの指摘はもっともだ。
フレデリック王の「経済封鎖」は、じわじわとこの街を締め上げるだろう。
だが、アビスは夜空を見上げて鼻で笑った。
『カイトよ。貴様はまだ、リリエという女を分かっていないようだな』
「あ?」
『あやつは、「無いなら作ればいい」と考える種族だ。……王都からの供給がない? それがどうした。この廃都には、王都が捨てた「ゴミ」という名の「宝」が山ほど眠っている』
アビスは、街を覆うオーロラの結界を指差した。
『見ろ。あの光の色を。……王都の貴族どもが金貨を積んでも手に入らない「本物の魔力」だ。我々は、これを使って、世界をひっくり返す』
「……へっ。魔王が『商売』で世界征服かよ。世知辛ぇな」
カイトは笑い、ミルクを一気に飲み干した。
「ま、いいぜ。俺も腹くくったわ。……この『アジト』、居心地いいしな。壊させはしねーよ」
勇者と魔王。
奇妙な共犯関係が、雪の夜に静かに結ばれた。
***
一方、リリエは寝室の鏡の前で、髪を梳かしていた。
鏡に映る自分は、王都にいた頃よりも少し痩せたかもしれない。でも、表情はずっと明るい。
ガチャリ。
扉が開き、アビスが入ってきた。
『……まだ起きていたのか』
「ええ。明日の計画を練っていたんです」
リリエは振り返り、愛する夫に駆け寄った。
アビスは自然に彼女を受け止め、その髪に口づけを落とす。
『リリエ。……クロードたちを受け入れたこと、後悔していないか?』
「どうしてですか?」
『彼らは「火種」だ。毒蛇王は、彼らを口実にさらなる攻撃を仕掛けてくるだろう。……君の平穏な生活は、遠のいてしまった』
アビスの声には、わずかな自責の念があった。
彼と結婚して以来、リリエはずっと波乱の中にいる。
普通の貴族の奥様のように、お茶会をして、ドレスを着飾るだけの生活をさせてやることはできない。
だが、リリエはアビスの胸に顔を埋めて、くすりと笑った。
「公爵様。私、退屈な平穏なんていりません」
『……なに?』
「毎日、見たこともない素材が舞い込んで、それをどう料理してやろうかって考える……。今の生活が、最高にエキサイティングで幸せなんです」
リリエは顔を上げ、アビスの赤い瞳を見つめた。
「それに、貴方がいる。……世界中を敵に回しても、私の作った服を一番素敵に着こなしてくれる貴方がいれば、私は無敵です」
『……君には敵わんな』
アビスは愛おしげに目を細め、リリエを強く抱きしめた。
その腕の中は、どんな堅牢な城塞よりも安全で、温かい。
「さあ、寝ましょう公爵様。……明日は忙しくなりますよ」
リリエはアビスの耳元で囁いた。
「王都への『逆襲』の準備……始めなくちゃいけませんから」
***
翌朝。
廃都グレイヴは、雲ひとつない快晴だった。
雪原の照り返しが眩しい中、領主の館の前に全員が集合していた。
リリエ、アビス、カイト、テツ。
そして、新メンバーのクロード、ルミナ、ツムギ、キメラ三兄弟。
さらに、ファントム・メイドたちも透ける体で整列している。
「皆さん! 今日から『廃都グレイヴ・ファッション革命』のスタートです!」
リリエが高らかに宣言する。
彼女の手には、昨夜書き上げたばかりの「新ブランド設立計画書」が握られていた。
「王都は物流を止めました。つまり、王都にはもう『新しいもの』が入っていかないということです。……彼らのファッションは、今日から腐敗していきます」
リリエはニヤリと笑った。
「そこで、私たちが投下するんです。この廃都でしか作れない、魔力と機能美を兼ね備えた『禁断のドレス』を!」
「地下資源のレアメタルを使ったジュエリー!」
テツがポーズをとる。
「聖獣と魔獣の素材を融合させた、ハイブリッド・レザー!」
クロードがスケッチブックを掲げる。
「吸血薔薇の『絶対褪せない赤』の染料!」
ツムギが糸を吐き出す。
「そして……元聖女ルミナ様による、『着るだけで肌がツルツルになる聖なるインナー』!」
「えっ、私……インナー担当……?」
ルミナが目を丸くするが、リリエは親指を立てた。
「需要あります! 爆売れ間違いなしです!」
「これらを、勇者カイト君の『超高速移動』で、王都の闇ルートに流します!」
「俺は運び屋かよ! ……まあ、足の速さには自信あるけどな!」
完璧な布陣だ。
王が経済を封鎖するなら、それを上回る「魅力」で、壁の内側から崩壊させてやる。
人間は、禁止されればされるほど、甘い蜜(新しい流行)を欲しがる生き物なのだから。
『……征くぞ、者ども』
アビス公爵が、朝日に輝くオーロラを背に、王者の風格で告げた。
『我らが愛の巣を汚そうとした毒蛇に、思い知らせてやるのだ。……「流行」を支配する者が、世界を支配するのだとな!』
「「「おーっ!!」」」
歓声が上がる。
廃都グレイヴ。
そこはもう、呪われた死の都ではない。
雪原に咲き誇る、美と欲望と、ほんの少しの狂気に彩られた、世界で一番熱い「革命の震源地」となっていた。
王都シンフォニアのフレデリック王よ、震えて待て。
お前の想像を超える「極彩色の悪夢」が、今、幕を開ける――。
(第四章 完)
(次回、第五章『偽りの聖女と、世界を染める虹色の反撃』へ続く)




