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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
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第29話:廃都防衛戦(後編) 〜そのドレスは、王の悪意さえも弾き返す〜

 その光景を目の当たりにした瞬間、クロードは寒さを忘れ、デザイナーとしての本能で息を呑んだ。

「……なんだ、これは。……これが、あの『死の都』なのか?」

 雪原の丘から見下ろす廃都グレイヴ。

 そこには、かつての陰鬱な灰色の廃墟は存在しなかった。

 七色のオーロラがドーム状の結界となって都市全体を覆い、その下で、無数の植物がネオンサインのように発光している。

 吸血薔薇ヴァンパイア・ローズの変種だろうか、真紅の蔦が城壁に絡みつき、脈打つように赤い光を明滅させている。

 街路樹はクリスタルのように透き通り、内部を流れる魔力が青や緑の光脈となって輝いている。

 それは、文明と自然、そして魔術が融合した、この世のものとは思えない『極彩色の箱庭』だった。

「すっげー……。俺らが留守にしてる間に、マップが『魔界・カジノエリア』みたいになってるぞ」

 勇者カイトが口笛を吹く。

 リリエは胸の前で手を組み、うっとりとその光景を見つめた。

「素敵……! あの子たち(植物や建物)も、新しい服に着替えたかったのね。さっきの『聖獣の光』が、街全体の魔力回路を刺激して、潜在能力デザインを開花させたんだわ!」

『……フッ。我が領地に相応しい、派手な装いだ』

 アビス公爵が満足げに頷く。

 一行は、呆然とするクロードとルミナを連れ、光り輝く城門へと足を踏み入れた。

 ***

 城門をくぐると、そこは温かかった。

 外の猛吹雪が嘘のように遮断されている。上空のオーロラ結界が、完璧な空調機能を果たしているのだ。

「おかえりなさいませ!」

「お怪我はありませんか?」

 出迎えたのは、リリエお手製の『ファントム・ドレス』を纏った幽霊たちだった。

 彼らは透ける体で優雅にカーテシーをし、クロードたちの荷物を受け取ろうとする。

「ひっ……!」

 ルミナが怯えてクロードの背中に隠れる。

 だが、幽霊の一人――老年の執事が、ルミナの前に膝をつき、優しい笑顔(半透明だが)を向けた。

「おや、可愛らしいお嬢様だ。……随分と冷えてしまって。温かいココアをご用意しましょうか? それとも、ふわふわのタオルがよろしいですかな?」

「え……?」

 ルミナが瞬きをする。

 そこに悪意はない。ただ純粋な「奉仕」と「歓迎」の心だけがある。

 かつて聖女として崇められていた時、周囲の人間は彼女を「道具」としてしか見なかった。だが、この死者たちは、彼女を「守るべき客人」として扱っている。

「……うん。ココア……飲みたい」

「かしこまりました」

 執事は恭しく一礼し、宙を滑るように館へと案内する。

 その光景を見て、クロードは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

「……負けた」

 彼は乾いた笑いを漏らした。

「幽霊に、負けたよ。……あいつらの着ている服、なんだあれは。縫い目が見えない。素材の透過率と魔力伝導率が完璧に計算されている。……俺が王都でちまちまと既製服を作っている間に、お前は霊体たましいに服を着せていたのか」

「クロード様」

 リリエが彼に手を差し伸べる。

「負けとか勝ちとか、まだ言ってるんですか? 貴方はここへ『素材』を見に来たんでしょう? ……ほら、後ろを見てください」

 リリエが指差した先。

 一行の後ろを、トボトボとついてくる三匹の獣がいた。

 先ほど解体された『ホワイト・デビル』の構成要素――ライオン、大鷲、そして大蛇だ。

 彼らは憑き物が落ちたような顔で、しかし寒そうに身を寄せ合っている。

「彼らも、王都の被害者です。……この子たちのための服、まだ手が回らなくて。デザインを手伝ってくれませんか? 元・王室デザイナー様」

 クロードは顔を上げた。

 リリエの瞳は、彼を「敗者」として見ていない。「同業者パートナー」として見ている。

「……俺に、魔獣の服を作れと言うのか。しかも、こんな訳の分からない素材で」

「嫌ですか?」

「……いや」

 クロードはリリエの手を借りて立ち上がった。その目に、職人の色が戻る。

「最高だ。……王都の堅苦しい注文には飽き飽きしていたところだ。やってやるよ、三日以内にあいつらを『王宮の番獣』に相応しい姿にしてやる」

「ふふ、期待してます!」

 その時、カイトが割り込んだ。

「おーい、感動の再会もいいけどよ。……腹減った。飯にしようぜ、飯!」

 彼の腹が盛大に鳴る。

 テツも「グォー」と腹(空洞)をさする真似をした。

『……やれやれ。色気のない連中だ』

 アビスが苦笑し、館の扉を開け放った。

『入るがいい。……今日からここが、貴様らの家だ』

 ***

 その夜、領主の館の大広間では、盛大な歓迎会が開かれた。

 メニューは、アビスが狩ってきたドラゴン肉のステーキ、ツムギが採取したキノコのポタージュ、そしてテツが育てた(?)魔界野菜のサラダ。

 どれも見た目は毒々しいが、味は絶品だ。

「……おいしい」

 ルミナがスプーンを運びながら、ポロポロと涙を流した。

 温かい。

 身体の芯まで凍りついていた孤独が、スープの熱と共に溶けていく。

「おかわりはあるぞ、ルミナ」

 クロードが不器用に彼女の背中をさする。

 彼もまた、久しぶりの温かい食事に、張り詰めていた糸が切れかけていた。

 リリエは、その様子をワイングラス片手に眺めていた。

 幸せな光景だ。

 王都から追放された者、居場所をなくした者、人外の者たち。

 世間から見れば「はみ出し者」の集まりだが、ここでは誰もが笑顔でテーブルを囲んでいる。

(……この場所を守らなきゃ)

 リリエは決意を新たにする。

 あの『ホワイト・デビル』のような悪意は、きっとまた来る。

 毒蛇王フレデリックは、諦める男ではない。

 と、その時。

 リリエの視界の端で、窓ガラスに奇妙な影が映った。

 外ではない。ガラスの「内部」に映像が浮かび上がっているのだ。

「……あら?」

 リリエが近づくと、ガラス面にノイズが走り、一人の男の顔が映し出された。

 王冠を被り、不愉快なほど整った笑みを浮かべた男。

 フレデリック王だ。

「――聞こえるかな? 愛しき脱走者諸君」

 広間の空気が凍りついた。

 カイトが反射的にフォークを投げようとしたが、リリエが止める。

 これは通信魔法だ。

『陛下……』

 アビスが低い声で唸る。

『盗み見とは、王の趣味にしては悪質だな』

「ただの生存確認だよ、公爵殿。……まさか、余の可愛いペット(ホワイト・デビル)が、あんなにあっさりと解体されるとは思わなくてね」

 王は画面の向こうで、ワインを揺らした。

「リリエ・アールグレイ。……そなたの仕業だな?」

「はい。素材の使い方が雑だったので、手直し(リメイク)させていただきました」

 リリエは毅然と答える。

「あの子たちは今、うちの庭で元気に走り回っています。……返却はしませんので、あしからず」

「くっ、くくく……!」

 王が肩を震わせて笑った。

「傑作だ! 聖女の因子すら無効化するとは! ……やはり、そなたの作る『服』には、魔法以上の何かが宿っているようだ」

 王の目が、ふっと細められた。その瞳の奥には、ドロドロとした執着と、冷徹な計算が渦巻いている。

「だが、勘違いするなよ。……今回は『武力』で遊んでみただけだ」

「……どういう意味ですか?」

「余が本当に得意なのは、暴力ではない。……『権力』と『経済』だよ」

 王は指をパチンと鳴らした。

 画面が切り替わる。

 映し出されたのは、王都の大聖堂だった。

 バルコニーに立つ、一人の少女。

 白銀の髪に、ガラス玉のような瞳。

 ルミナと瓜二つの――『イノセント』だ。

 彼女が手を振ると、広場を埋め尽くした群衆が熱狂し、涙を流してひれ伏している。

 その光景は、宗教というより、集団催眠に近い。

「見よ。新しい聖女『イノセント』の即位宣言だ。……民衆は新しいアイドルを求めている。彼女が身につけている『純白の聖衣』は、かつてクロードが作ったものだが……少々仕立て直して、魔薬を染み込ませてある」

「なっ……!?」

 クロードが立ち上がる。

「俺のドレスを、洗脳に使ったのか!?」

「服とは、人を操るためのパッケージだろう? ……さて、ここで宣言しよう」

 王の声が、重々しく響いた。

「我らシンフォニア王国は、北の廃都グレイヴを『魔王の巣窟』と認定し、国交を断絶する。……そして、全ての交易路を封鎖し、物流を止める」

 経済制裁。

 物資の供給を断てば、雪に閉ざされた廃都はいずれ干上がる。

 アビスの魔力で暖は取れても、食料や布地、資材はどうする?

「干からびるのが先か、凍えるのが先か。……泣きついてくれば、リリエ、そなただけは側室として迎えてやってもいいぞ?」

 最悪の脅し。

 だが。

 リリエは、静かに笑った。

 震えてなどいない。むしろ、職人としての闘志がメラメラと燃え上がっていた。

「お断りします」

 リリエはハッキリと告げた。

「陛下はご存じないようですね。……流行トレンドというのは、いつだって『辺境』から生まれるものなんです」

「……何?」

「物流を止める? どうぞご自由に。私たちは、王都の古いルール(既製服)なんて必要ありません。……ここにあるもので、王都の誰も見たことがない『新しい美』を作り出してみせます」

 リリエはアビスの腕を引き寄せ、ルミナとクロード、そしてカイトとテツを背後に従えて宣言した。

「見ていてください。……半年後。王都の貴族たちが、『その服を売ってくれ』と、この廃都に土下座しに来るような未来ビジョンにして差し上げます!」

 バリンッ!!

 リリエがワイングラスを投げつけ、通信用の窓ガラスを粉砕した。

 映像が消え、王の高笑いだけが幻聴のように残る。

「……言ったな、リリエ」

 クロードが呆れたように、しかし楽しげに言った。

「半年で王都の流行をひっくり返すだと? ……大言壮語もそこまでいくと芸術だ」

「できますよ。だって、私には世界一のスタッフがいますから」

 リリエは全員を見渡した。

 魔王、勇者、元トップデザイナー、元聖女、そして魔物たち。

 最強の布陣だ。

『……ククク。面白くなってきた』

 アビスがニヤリと笑う。

『武力で勝てぬなら、経済で。……毒蛇にしては考えたが、相手が悪かったな。我輩の妻は、金勘定も得意なのだぞ?』

「カイト君! 明日から忙しくなるわよ! 地下資源の採掘ピッチを倍にして!」

「げっ、マジかよ! ブラック企業!」

「クロード様は、魔獣たちの毛皮を使った新作ラインの設計を! ルミナ様は、その聖女パワーで『光る染料』の量産をお願いします!」

「人使いが荒いな……だが、悪くない」

「……うん。がんばる」

 リリエの号令が飛ぶ。

 悲壮感はない。

 王都からの「完全封鎖」という絶望的な状況さえ、彼女にとっては「新しいクリエイション」のための制約条件(縛りプレイ)でしかなかった。

 窓の外、オーロラの結界が、王の悪意を嘲笑うように美しく揺らめいている。

 その光は、まるで巨大なドレスの裾のようだった。

 どんな攻撃も、どんな呪いも弾き返す、愛とプライドで織られた最強のドレス。

 廃都グレイヴ。

 そこは今夜、名実ともに独立した「ファッションの国」として産声を上げたのだ。


(第29話 完)


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