第29話:廃都防衛戦(後編) 〜そのドレスは、王の悪意さえも弾き返す〜
その光景を目の当たりにした瞬間、クロードは寒さを忘れ、デザイナーとしての本能で息を呑んだ。
「……なんだ、これは。……これが、あの『死の都』なのか?」
雪原の丘から見下ろす廃都グレイヴ。
そこには、かつての陰鬱な灰色の廃墟は存在しなかった。
七色のオーロラがドーム状の結界となって都市全体を覆い、その下で、無数の植物がネオンサインのように発光している。
吸血薔薇の変種だろうか、真紅の蔦が城壁に絡みつき、脈打つように赤い光を明滅させている。
街路樹はクリスタルのように透き通り、内部を流れる魔力が青や緑の光脈となって輝いている。
それは、文明と自然、そして魔術が融合した、この世のものとは思えない『極彩色の箱庭』だった。
「すっげー……。俺らが留守にしてる間に、マップが『魔界・カジノエリア』みたいになってるぞ」
勇者カイトが口笛を吹く。
リリエは胸の前で手を組み、うっとりとその光景を見つめた。
「素敵……! あの子たち(植物や建物)も、新しい服に着替えたかったのね。さっきの『聖獣の光』が、街全体の魔力回路を刺激して、潜在能力を開花させたんだわ!」
『……フッ。我が領地に相応しい、派手な装いだ』
アビス公爵が満足げに頷く。
一行は、呆然とするクロードとルミナを連れ、光り輝く城門へと足を踏み入れた。
***
城門をくぐると、そこは温かかった。
外の猛吹雪が嘘のように遮断されている。上空のオーロラ結界が、完璧な空調機能を果たしているのだ。
「おかえりなさいませ!」
「お怪我はありませんか?」
出迎えたのは、リリエお手製の『ファントム・ドレス』を纏った幽霊たちだった。
彼らは透ける体で優雅にカーテシーをし、クロードたちの荷物を受け取ろうとする。
「ひっ……!」
ルミナが怯えてクロードの背中に隠れる。
だが、幽霊の一人――老年の執事が、ルミナの前に膝をつき、優しい笑顔(半透明だが)を向けた。
「おや、可愛らしいお嬢様だ。……随分と冷えてしまって。温かいココアをご用意しましょうか? それとも、ふわふわのタオルがよろしいですかな?」
「え……?」
ルミナが瞬きをする。
そこに悪意はない。ただ純粋な「奉仕」と「歓迎」の心だけがある。
かつて聖女として崇められていた時、周囲の人間は彼女を「道具」としてしか見なかった。だが、この死者たちは、彼女を「守るべき客人」として扱っている。
「……うん。ココア……飲みたい」
「かしこまりました」
執事は恭しく一礼し、宙を滑るように館へと案内する。
その光景を見て、クロードは崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
「……負けた」
彼は乾いた笑いを漏らした。
「幽霊に、負けたよ。……あいつらの着ている服、なんだあれは。縫い目が見えない。素材の透過率と魔力伝導率が完璧に計算されている。……俺が王都でちまちまと既製服を作っている間に、お前は霊体に服を着せていたのか」
「クロード様」
リリエが彼に手を差し伸べる。
「負けとか勝ちとか、まだ言ってるんですか? 貴方はここへ『素材』を見に来たんでしょう? ……ほら、後ろを見てください」
リリエが指差した先。
一行の後ろを、トボトボとついてくる三匹の獣がいた。
先ほど解体された『ホワイト・デビル』の構成要素――ライオン、大鷲、そして大蛇だ。
彼らは憑き物が落ちたような顔で、しかし寒そうに身を寄せ合っている。
「彼らも、王都の被害者です。……この子たちのための服、まだ手が回らなくて。デザインを手伝ってくれませんか? 元・王室デザイナー様」
クロードは顔を上げた。
リリエの瞳は、彼を「敗者」として見ていない。「同業者」として見ている。
「……俺に、魔獣の服を作れと言うのか。しかも、こんな訳の分からない素材で」
「嫌ですか?」
「……いや」
クロードはリリエの手を借りて立ち上がった。その目に、職人の色が戻る。
「最高だ。……王都の堅苦しい注文には飽き飽きしていたところだ。やってやるよ、三日以内にあいつらを『王宮の番獣』に相応しい姿にしてやる」
「ふふ、期待してます!」
その時、カイトが割り込んだ。
「おーい、感動の再会もいいけどよ。……腹減った。飯にしようぜ、飯!」
彼の腹が盛大に鳴る。
テツも「グォー」と腹(空洞)をさする真似をした。
『……やれやれ。色気のない連中だ』
アビスが苦笑し、館の扉を開け放った。
『入るがいい。……今日からここが、貴様らの家だ』
***
その夜、領主の館の大広間では、盛大な歓迎会が開かれた。
メニューは、アビスが狩ってきたドラゴン肉のステーキ、ツムギが採取したキノコのポタージュ、そしてテツが育てた(?)魔界野菜のサラダ。
どれも見た目は毒々しいが、味は絶品だ。
「……おいしい」
ルミナがスプーンを運びながら、ポロポロと涙を流した。
温かい。
身体の芯まで凍りついていた孤独が、スープの熱と共に溶けていく。
「おかわりはあるぞ、ルミナ」
クロードが不器用に彼女の背中をさする。
彼もまた、久しぶりの温かい食事に、張り詰めていた糸が切れかけていた。
リリエは、その様子をワイングラス片手に眺めていた。
幸せな光景だ。
王都から追放された者、居場所をなくした者、人外の者たち。
世間から見れば「はみ出し者」の集まりだが、ここでは誰もが笑顔でテーブルを囲んでいる。
(……この場所を守らなきゃ)
リリエは決意を新たにする。
あの『ホワイト・デビル』のような悪意は、きっとまた来る。
毒蛇王フレデリックは、諦める男ではない。
と、その時。
リリエの視界の端で、窓ガラスに奇妙な影が映った。
外ではない。ガラスの「内部」に映像が浮かび上がっているのだ。
「……あら?」
リリエが近づくと、ガラス面にノイズが走り、一人の男の顔が映し出された。
王冠を被り、不愉快なほど整った笑みを浮かべた男。
フレデリック王だ。
「――聞こえるかな? 愛しき脱走者諸君」
広間の空気が凍りついた。
カイトが反射的にフォークを投げようとしたが、リリエが止める。
これは通信魔法だ。
『陛下……』
アビスが低い声で唸る。
『盗み見とは、王の趣味にしては悪質だな』
「ただの生存確認だよ、公爵殿。……まさか、余の可愛いペット(ホワイト・デビル)が、あんなにあっさりと解体されるとは思わなくてね」
王は画面の向こうで、ワインを揺らした。
「リリエ・アールグレイ。……そなたの仕業だな?」
「はい。素材の使い方が雑だったので、手直し(リメイク)させていただきました」
リリエは毅然と答える。
「あの子たちは今、うちの庭で元気に走り回っています。……返却はしませんので、あしからず」
「くっ、くくく……!」
王が肩を震わせて笑った。
「傑作だ! 聖女の因子すら無効化するとは! ……やはり、そなたの作る『服』には、魔法以上の何かが宿っているようだ」
王の目が、ふっと細められた。その瞳の奥には、ドロドロとした執着と、冷徹な計算が渦巻いている。
「だが、勘違いするなよ。……今回は『武力』で遊んでみただけだ」
「……どういう意味ですか?」
「余が本当に得意なのは、暴力ではない。……『権力』と『経済』だよ」
王は指をパチンと鳴らした。
画面が切り替わる。
映し出されたのは、王都の大聖堂だった。
バルコニーに立つ、一人の少女。
白銀の髪に、ガラス玉のような瞳。
ルミナと瓜二つの――『イノセント』だ。
彼女が手を振ると、広場を埋め尽くした群衆が熱狂し、涙を流してひれ伏している。
その光景は、宗教というより、集団催眠に近い。
「見よ。新しい聖女『イノセント』の即位宣言だ。……民衆は新しいアイドルを求めている。彼女が身につけている『純白の聖衣』は、かつてクロードが作ったものだが……少々仕立て直して、魔薬を染み込ませてある」
「なっ……!?」
クロードが立ち上がる。
「俺のドレスを、洗脳に使ったのか!?」
「服とは、人を操るためのパッケージだろう? ……さて、ここで宣言しよう」
王の声が、重々しく響いた。
「我らシンフォニア王国は、北の廃都グレイヴを『魔王の巣窟』と認定し、国交を断絶する。……そして、全ての交易路を封鎖し、物流を止める」
経済制裁。
物資の供給を断てば、雪に閉ざされた廃都はいずれ干上がる。
アビスの魔力で暖は取れても、食料や布地、資材はどうする?
「干からびるのが先か、凍えるのが先か。……泣きついてくれば、リリエ、そなただけは側室として迎えてやってもいいぞ?」
最悪の脅し。
だが。
リリエは、静かに笑った。
震えてなどいない。むしろ、職人としての闘志がメラメラと燃え上がっていた。
「お断りします」
リリエはハッキリと告げた。
「陛下はご存じないようですね。……流行というのは、いつだって『辺境』から生まれるものなんです」
「……何?」
「物流を止める? どうぞご自由に。私たちは、王都の古いルール(既製服)なんて必要ありません。……ここにあるもので、王都の誰も見たことがない『新しい美』を作り出してみせます」
リリエはアビスの腕を引き寄せ、ルミナとクロード、そしてカイトとテツを背後に従えて宣言した。
「見ていてください。……半年後。王都の貴族たちが、『その服を売ってくれ』と、この廃都に土下座しに来るような未来にして差し上げます!」
バリンッ!!
リリエがワイングラスを投げつけ、通信用の窓ガラスを粉砕した。
映像が消え、王の高笑いだけが幻聴のように残る。
「……言ったな、リリエ」
クロードが呆れたように、しかし楽しげに言った。
「半年で王都の流行をひっくり返すだと? ……大言壮語もそこまでいくと芸術だ」
「できますよ。だって、私には世界一のスタッフがいますから」
リリエは全員を見渡した。
魔王、勇者、元トップデザイナー、元聖女、そして魔物たち。
最強の布陣だ。
『……ククク。面白くなってきた』
アビスがニヤリと笑う。
『武力で勝てぬなら、経済で。……毒蛇にしては考えたが、相手が悪かったな。我輩の妻は、金勘定も得意なのだぞ?』
「カイト君! 明日から忙しくなるわよ! 地下資源の採掘ピッチを倍にして!」
「げっ、マジかよ! ブラック企業!」
「クロード様は、魔獣たちの毛皮を使った新作ラインの設計を! ルミナ様は、その聖女パワーで『光る染料』の量産をお願いします!」
「人使いが荒いな……だが、悪くない」
「……うん。がんばる」
リリエの号令が飛ぶ。
悲壮感はない。
王都からの「完全封鎖」という絶望的な状況さえ、彼女にとっては「新しいクリエイション」のための制約条件(縛りプレイ)でしかなかった。
窓の外、オーロラの結界が、王の悪意を嘲笑うように美しく揺らめいている。
その光は、まるで巨大なドレスの裾のようだった。
どんな攻撃も、どんな呪いも弾き返す、愛とプライドで織られた最強のドレス。
廃都グレイヴ。
そこは今夜、名実ともに独立した「ファッションの国」として産声を上げたのだ。
(第29話 完)




