第28話:廃都防衛戦(前編) 〜聖剣は芝刈り用ですが、何か?〜
極寒の雪原は、熱気と光の奔流によって瞬く間に泥濘へと変わっていた。
「オラァッ! そこ、枝振りが悪いぞ!」
勇者カイトの叫びと共に、白銀の聖剣が閃く。
カキンッ!
合成魔獣『ホワイト・デビル』が振り下ろした骨の翼を、カイトは正面から受け止め、そのまま強引に押し返した。
「グォォォッ!!」
カイトと連携したゴーレムのテツが、側面から魔獣の胴体にタックルをかます。
重量級同士の激突。ズシンと地響きが鳴る。
「……信じられん」
後方でへたり込んでいたクロードは、その光景に目を奪われていた。
勇者カイト。
王都では「扱いにくい狂犬」と言われていた少年が、今はまるで手足のようにゴーレムと連携し、自分より巨大な怪物を翻弄している。
何より驚くべきは、彼の動きだ。
激しい戦闘の最中だというのに、彼の着ているパーカーとカーゴパンツは、一度たりとも彼の動きを阻害していない。
剣を振るう肩のライン、踏み込む膝の伸縮。すべてに布が追従している。
(あれは……「皮膚」だ)
クロードは戦慄した。
俺は今まで、美しい「殻」を作ろうとしてきた。だが、リリエが作ったあれは、着る者と一体化する「第二の皮膚」だ。
だからこそ、カイトは寒さも痛みも忘れて、本来のスペックを――いや、それ以上の力を発揮できている。
「クロード様、頭を低く!」
リリエの声で、クロードは我に返った。
彼女はクロードとルミナの前に立ち、巨大な裁ち鋏を構えて戦況を凝視している。
その瞳は、戦場の恐怖ではなく、複雑な設計図を読み解く職人のそれだった。
「公爵様! あの怪物の『縫い目』が見えました!」
リリエが叫ぶ。
『ほう? どこだ』
アビスが、襲いかかる蛇兵たちを影の触手で薙ぎ払いながら応える。
「首の付け根と、翼の接合部! あそこ、無理やり『聖女の因子』で溶接してます! あそこを断てば、バラバラになります!」
リリエの『鑑定眼』は、魔獣のステータスではなく、その構造的欠陥を見抜いていた。
あの怪物は、複数の魔獣の死骸を、聖なる魔力で強引に繋ぎ合わせたツギハギ細工だ。
だかこそ、繋ぎ目が弱点になる。
「カイト君! 聞こえたわね!?」
「へいへい! 要するに、あそこの『雑草』を刈ればいいんだろ!?」
カイトがニヤリと笑う。
彼は聖剣を逆手に持ち替えた。
昨日まで、廃都の庭で嫌というほどやらされた「草むしり」。
頑固な根っこを断ち切り、不要な枝を払う作業。
「ったく、勇者の聖剣を園芸用品扱いしやがって……。でもな!」
カイトの足元が爆発的に加速する。
リリエ特製の靴底が雪を噛み、滑ることなく推進力を生む。
「今の俺は、『廃都グレイヴ・造園係長』だ!! 枯れ木はすっこんでろ!」
ズバァァァァン!!
聖剣が光の軌跡を描き、魔獣の右翼の付け根を正確に斬り裂いた。
本来なら鋼鉄よりも硬いはずの魔法結合が、聖剣の「浄化属性」とカイトの「作業スキル(?)」によって、バターのように切断される。
「ギャァァァァァッ!!」
魔獣が絶叫し、右翼がボロリと崩れ落ちた。
断面からは血ではなく、腐ったような白い泥が溢れ出す。
「ひ、ひぃぃっ! 我らの最強兵器が!」
蛇兵の隊長が悲鳴を上げる。
「貴様ら、何をした! それは神の奇跡による結合だぞ!」
「奇跡? 笑わせないでください」
リリエが一歩前に出る。
吹雪の中で、彼女の声は凛として響いた。
「素材の特性も、相性も無視して、ただ強力な接着剤でくっつけただけ。……そんなの、服作りで言えば『手抜き』以前の冒涜です!」
リリエはハサミをジャキッとならした。
「あの子、泣いてるじゃないですか。……身体が引きつって、痛いって!」
魔獣の残った単眼が、苦痛に歪んでいる。
聖女の因子で無理やり動かされている肉体が、悲鳴を上げているのだ。
「ルミナ様」
リリエは背後のルミナに呼びかけた。
「あの子の中にある『聖女の力』……貴女なら、干渉できますか?」
「……え?」
ルミナが顔を上げる。
彼女は震えていた。あの怪物から感じる気配は、かつての自分と同じ「作られた道具」の匂いだからだ。
だが、リリエの力強い瞳を見て、彼女は小さく頷いた。
「……うん。やってみる。……あの光は、悲しい光だから」
ルミナはクロードの腕から離れ、雪の上に膝をついた。
そして、両手を組み、祈りを捧げ始めた。
それは教会への祈りではない。
苦しむ同類への、鎮魂の歌。
「――光よ。還るべき場所へ」
ルミナの体から、淡いピンク色の光が溢れ出す。
それは攻撃的な閃光ではなく、春の日差しのような温かい波動となって戦場に広がった。
「グォ……?」
魔獣の動きが鈍る。
その体表を覆っていた白い装甲が、ルミナの光に呼応して共鳴し始めたのだ。
「今です! 公爵様、拘束を!」
『承知!』
アビスが腕を振るう。
雪原に落ちていた影が一斉に立ち上がり、魔獣の四肢を絡め取った。
どれほど暴れても千切れない、深淵の鎖。
「カイト君、テツ! 頭を押さえて!」
「らじゃ!」
カイトが魔獣の頭上に飛び乗り、テツが顎を下からカチ上げる。
魔獣は完全に無防備になった。
その胸部――心臓にあたる部分には、不自然に埋め込まれた「白い結晶」が脈打っている。あれが動力源だ。
「さあ、脱がせてあげるわ」
リリエが走る。
雪などものともしない。彼女の目には、あの結晶に繋がる魔力の縫い目だけが見えている。
「やめろぉぉぉ! それは陛下の大切な……!」
蛇兵の隊長が剣を抜いてリリエに襲いかかる。
だが。
「……邪魔だ」
低く、冷たい声。
隊長の剣は、リリエに届く前に、横合いから伸びてきた杖によって弾き飛ばされた。
「ク、クロード……!?」
そこに立っていたのは、ボロボロになりながらも立ち上がった、元・王室デザイナーだった。
彼は武器など持っていない。ただの木の枝を杖代わりにしているだけだ。
だが、その眼光は鋭く、王都で見せていた気取り腐ったものではない。
「俺のライバルの『仕事』を邪魔するな。……美しくない」
その一瞬の隙があれば、リリエには十分だった。
彼女は魔獣の懐に飛び込むと、結晶の周囲にハサミを突き立てた。
「縫合糸、解除!!」
パチンッ!!
世界から音が消えるような、鋭い切断音が響いた。
次の瞬間。
魔獣の体から、白い光が霧散した。
ボロボロと崩れ落ちる白い装甲。
中から現れたのは――巨大なライオンと、鷲と、蛇だった。
彼らは「融合」を解かれ、それぞれの姿に戻って雪の上に倒れ込んだ。
「……よかった」
リリエは大きく息を吐いた。
魔物たちはぐったりしているが、死んではいない。
無理な結合から解放され、安らかに眠っているようだ。
「ば、馬鹿な……『ホワイト・デビル』が、解体されただと……?」
蛇兵たちが腰を抜かす。
彼らにとっての絶対的な兵器が、ただの「手芸作業」のように無力化されたのだ。
「さて」
アビス公爵が、悠然と蛇兵たちの前に歩み出た。
その背後からは、漆黒の闇がオーラとなって立ち昇り、吹雪さえも黒く染めていく。
『我輩の「お気に入り」たちが、随分と世話になったようだな』
アビスの赤い瞳が、隊長を射抜く。
『王都の毒蛇に伝言だ。「ゴミの再利用にしては芸がない。もっとマシな素材を寄越せ」とな』
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
隊長は恐怖に顔を歪め、後ずさる。
「て、撤退だ! この化け物どもには勝てん! 報告に戻るぞ!」
蛇兵たちは蜘蛛の子を散らすように、闇の中へと逃げ去っていった。
彼らは知らない。
この敗北こそが、王都の権威失墜の始まりになることを。
戦場に静寂が戻る。
残ったのは、解体された魔獣たちと、勝利した「廃都チーム」だけ。
「……ふぅ、終わったか」
カイトが聖剣を雪に突き刺し、大きく伸びをした。
「あーあ、残業手当弾むって言ったよな、リリエ?」
「ええ。特製のシチューと、カイト君の部屋にこたつ(・・・)を導入してあげるわ」
「マジ!? やったぜ!」
カイトが無邪気に喜ぶ横で、リリエはクロードとルミナの方へ歩み寄った。
クロードは雪の上に座り込み、ルミナを抱きしめていた。
「……見事だった」
クロードが、悔しそうに、けれど清々しい顔で言った。
「俺の負けだ、リリエ。……お前が作った『組織』のデザインは、俺のどんなドレスよりも機能的で、強かった」
「勝ち負けじゃありませんよ」
リリエは手を差し伸べた。
「ただ、それぞれの『サイズ』が合っただけです。……さあ、クロード様、ルミナ様。帰りましょう。私たちの家に」
クロードはその手を見つめ、少し躊躇してから、しっかりと握り返した。
その手は冷たかったが、確かに脈打つ「生」の熱があった。
「……ああ。世話になる」
その時だった。
北の空、廃都グレイヴの方角から、眩い光が放たれたのは。
「――!?」
全員が振り返る。
それは、ただの街灯の光ではない。
七色の光が柱となって立ち昇り、雲を突き抜け、オーロラのように空を覆い尽くそうとしていた。
『……なんだ、あの魔力は』
アビスでさえも眉をひそめる。
光の中心は、間違いなく領主の館――リリエたちが拠点にしている場所だ。
「留守番は、誰が……?」
リリエの脳裏に、吸血薔薇の温室と、地下の書庫がよぎる。
まさか、別の敵か?
「いや、違う」
カイトがマップを確認し、呆れたように声を上げた。
「マップに表示されてるアイコン……『進化』だってよ。……おいおい、俺たちが留守の間に、街が勝手にレベルアップしてやがるぞ」
廃都グレイヴ。
そこは魔力と呪いが溜まる場所。
リリエたちが注ぎ込んだ「色」と「活気」、そして今ここで解放された「聖獣の魔力」が遠隔で共鳴し、都市そのものが「覚醒」を始めたのだ。
「……急ぎましょう!」
リリエが駆け出す。
戦いは終わったが、本当の「国造り」は、どうやらここからが本番らしい。
雪道に、五人と一体の足跡が続く。
それは、やがて世界を変える「虹色の革命軍」の、最初の一歩だった。
(第28話 完)




