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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
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第28話:廃都防衛戦(前編) 〜聖剣は芝刈り用ですが、何か?〜

 極寒の雪原は、熱気と光の奔流によって瞬く間に泥濘ぬかるみへと変わっていた。

「オラァッ! そこ、枝振りが悪いぞ!」

 勇者カイトの叫びと共に、白銀の聖剣が閃く。

 カキンッ!

 合成魔獣『ホワイト・デビル』が振り下ろした骨の翼を、カイトは正面から受け止め、そのまま強引に押し返した。

「グォォォッ!!」

 カイトと連携スイッチしたゴーレムのテツが、側面から魔獣の胴体にタックルをかます。

 重量級同士の激突。ズシンと地響きが鳴る。

「……信じられん」

 後方でへたり込んでいたクロードは、その光景に目を奪われていた。

 勇者カイト。

 王都では「扱いにくい狂犬」と言われていた少年が、今はまるで手足のようにゴーレムと連携し、自分より巨大な怪物を翻弄している。

 何より驚くべきは、彼の動きだ。

 激しい戦闘の最中だというのに、彼の着ているパーカーとカーゴパンツは、一度たりとも彼の動きを阻害していない。

 剣を振るう肩のライン、踏み込む膝の伸縮。すべてに布が追従している。

(あれは……「皮膚」だ)

 クロードは戦慄した。

 俺は今まで、美しい「殻」を作ろうとしてきた。だが、リリエが作ったあれは、着る者と一体化する「第二の皮膚」だ。

 だからこそ、カイトは寒さも痛みも忘れて、本来のスペックを――いや、それ以上の力を発揮できている。

「クロード様、頭を低く!」

 リリエの声で、クロードは我に返った。

 彼女はクロードとルミナの前に立ち、巨大な裁ち鋏を構えて戦況を凝視している。

 その瞳は、戦場の恐怖ではなく、複雑な設計図を読み解く職人のそれだった。

「公爵様! あの怪物の『縫い目』が見えました!」

 リリエが叫ぶ。

『ほう? どこだ』

 アビスが、襲いかかる蛇兵たちを影の触手で薙ぎ払いながら応える。

「首の付け根と、翼の接合部! あそこ、無理やり『聖女の因子』で溶接してます! あそこを断てば、バラバラになります!」

 リリエの『鑑定眼』は、魔獣のステータスではなく、その構造的欠陥を見抜いていた。

 あの怪物は、複数の魔獣の死骸を、聖なる魔力で強引に繋ぎ合わせたツギハギ細工だ。

 だかこそ、繋ぎシームが弱点になる。

「カイト君! 聞こえたわね!?」

「へいへい! 要するに、あそこの『雑草』を刈ればいいんだろ!?」

 カイトがニヤリと笑う。

 彼は聖剣を逆手に持ち替えた。

 昨日まで、廃都の庭で嫌というほどやらされた「草むしり」。

 頑固な根っこを断ち切り、不要な枝を払う作業。

 

「ったく、勇者の聖剣を園芸用品扱いしやがって……。でもな!」

 カイトの足元が爆発的に加速する。

 リリエ特製の靴底が雪を噛み、滑ることなく推進力を生む。

「今の俺は、『廃都グレイヴ・造園係長』だ!! 枯れ木はすっこんでろ!」

 ズバァァァァン!!

 聖剣が光の軌跡を描き、魔獣の右翼の付け根を正確に斬り裂いた。

 本来なら鋼鉄よりも硬いはずの魔法結合が、聖剣の「浄化属性」とカイトの「作業スキル(?)」によって、バターのように切断される。

「ギャァァァァァッ!!」

 魔獣が絶叫し、右翼がボロリと崩れ落ちた。

 断面からは血ではなく、腐ったような白い泥が溢れ出す。

「ひ、ひぃぃっ! 我らの最強兵器が!」

 蛇兵の隊長が悲鳴を上げる。

「貴様ら、何をした! それは神の奇跡による結合だぞ!」

「奇跡? 笑わせないでください」

 リリエが一歩前に出る。

 吹雪の中で、彼女の声は凛として響いた。

「素材の特性も、相性も無視して、ただ強力な接着剤でくっつけただけ。……そんなの、服作りで言えば『手抜き』以前の冒涜です!」

 リリエはハサミをジャキッとならした。

「あの子、泣いてるじゃないですか。……身体が引きつって、痛いって!」

 魔獣の残った単眼が、苦痛に歪んでいる。

 聖女の因子で無理やり動かされている肉体が、悲鳴を上げているのだ。

「ルミナ様」

 リリエは背後のルミナに呼びかけた。

「あの子の中にある『聖女の力』……貴女なら、干渉できますか?」

「……え?」

 ルミナが顔を上げる。

 彼女は震えていた。あの怪物から感じる気配は、かつての自分と同じ「作られた道具」の匂いだからだ。

 だが、リリエの力強い瞳を見て、彼女は小さく頷いた。

「……うん。やってみる。……あの光は、悲しい光だから」

 ルミナはクロードの腕から離れ、雪の上に膝をついた。

 そして、両手を組み、祈りを捧げ始めた。

 それは教会への祈りではない。

 苦しむ同類への、鎮魂の歌。

「――光よ。還るべき場所へ」

 ルミナの体から、淡いピンク色の光が溢れ出す。

 それは攻撃的な閃光ではなく、春の日差しのような温かい波動となって戦場に広がった。

「グォ……?」

 魔獣の動きが鈍る。

 その体表を覆っていた白い装甲が、ルミナの光に呼応して共鳴し始めたのだ。

「今です! 公爵様、拘束ホールドを!」

『承知!』

 アビスが腕を振るう。

 雪原に落ちていた影が一斉に立ち上がり、魔獣の四肢を絡め取った。

 どれほど暴れても千切れない、深淵の鎖。

「カイト君、テツ! 頭を押さえて!」

「らじゃ!」

 カイトが魔獣の頭上に飛び乗り、テツが顎を下からカチ上げる。

 魔獣は完全に無防備になった。

 その胸部――心臓にあたる部分には、不自然に埋め込まれた「白い結晶」が脈打っている。あれが動力源だ。

「さあ、脱がせてあげるわ」

 リリエが走る。

 雪などものともしない。彼女の目には、あの結晶に繋がる魔力の縫い目だけが見えている。

「やめろぉぉぉ! それは陛下の大切な……!」

 蛇兵の隊長が剣を抜いてリリエに襲いかかる。

 だが。

「……邪魔だ」

 低く、冷たい声。

 隊長の剣は、リリエに届く前に、横合いから伸びてきた杖によって弾き飛ばされた。

「ク、クロード……!?」

 そこに立っていたのは、ボロボロになりながらも立ち上がった、元・王室デザイナーだった。

 彼は武器など持っていない。ただの木の枝を杖代わりにしているだけだ。

 だが、その眼光は鋭く、王都で見せていた気取り腐ったものではない。

「俺のライバルの『仕事』を邪魔するな。……美しくない」

 その一瞬の隙があれば、リリエには十分だった。

 彼女は魔獣の懐に飛び込むと、結晶の周囲にハサミを突き立てた。

縫合糸ステッチ解除カット!!」

 パチンッ!!

 世界から音が消えるような、鋭い切断音が響いた。

 次の瞬間。

 魔獣の体から、白い光が霧散した。

 ボロボロと崩れ落ちる白い装甲。

 中から現れたのは――巨大なライオンと、鷲と、蛇だった。

 彼らは「融合」を解かれ、それぞれの姿に戻って雪の上に倒れ込んだ。

「……よかった」

 リリエは大きく息を吐いた。

 魔物たちはぐったりしているが、死んではいない。

 無理な結合から解放され、安らかに眠っているようだ。

「ば、馬鹿な……『ホワイト・デビル』が、解体されただと……?」

 蛇兵たちが腰を抜かす。

 彼らにとっての絶対的な兵器が、ただの「手芸作業」のように無力化されたのだ。

「さて」

 アビス公爵が、悠然と蛇兵たちの前に歩み出た。

 その背後からは、漆黒の闇がオーラとなって立ち昇り、吹雪さえも黒く染めていく。

『我輩の「お気に入り」たちが、随分と世話になったようだな』

 アビスの赤い瞳が、隊長を射抜く。

『王都の毒蛇に伝言だ。「ゴミの再利用にしては芸がない。もっとマシな素材を寄越せ」とな』

「ひっ、ひぃぃぃっ!」

 隊長は恐怖に顔を歪め、後ずさる。

「て、撤退だ! この化け物どもには勝てん! 報告に戻るぞ!」

 蛇兵たちは蜘蛛の子を散らすように、闇の中へと逃げ去っていった。

 彼らは知らない。

 この敗北こそが、王都の権威失墜の始まりになることを。

 戦場に静寂が戻る。

 残ったのは、解体された魔獣たちと、勝利した「廃都チーム」だけ。

「……ふぅ、終わったか」

 カイトが聖剣を雪に突き刺し、大きく伸びをした。

「あーあ、残業手当弾むって言ったよな、リリエ?」

「ええ。特製のシチューと、カイト君の部屋にこたつ(・・・)を導入してあげるわ」

「マジ!? やったぜ!」

 カイトが無邪気に喜ぶ横で、リリエはクロードとルミナの方へ歩み寄った。

 クロードは雪の上に座り込み、ルミナを抱きしめていた。

「……見事だった」

 クロードが、悔しそうに、けれど清々しい顔で言った。

「俺の負けだ、リリエ。……お前が作った『組織チーム』のデザインは、俺のどんなドレスよりも機能的で、強かった」

「勝ち負けじゃありませんよ」

 リリエは手を差し伸べた。

「ただ、それぞれの『サイズ』が合っただけです。……さあ、クロード様、ルミナ様。帰りましょう。私たちの家に」

 クロードはその手を見つめ、少し躊躇してから、しっかりと握り返した。

 その手は冷たかったが、確かに脈打つ「生」の熱があった。

「……ああ。世話になる」

 その時だった。

 北の空、廃都グレイヴの方角から、眩い光が放たれたのは。

「――!?」

 全員が振り返る。

 それは、ただの街灯の光ではない。

 七色の光が柱となって立ち昇り、雲を突き抜け、オーロラのように空を覆い尽くそうとしていた。

『……なんだ、あの魔力は』

 アビスでさえも眉をひそめる。

 光の中心は、間違いなく領主の館――リリエたちが拠点にしている場所だ。

「留守番は、誰が……?」

 リリエの脳裏に、吸血薔薇の温室と、地下の書庫がよぎる。

 まさか、別の敵か?

「いや、違う」

 カイトがマップを確認し、呆れたように声を上げた。

「マップに表示されてるアイコン……『進化エボリューション』だってよ。……おいおい、俺たちが留守の間に、街が勝手にレベルアップしてやがるぞ」

 廃都グレイヴ。

 そこは魔力と呪いが溜まる場所。

 リリエたちが注ぎ込んだ「色」と「活気」、そして今ここで解放された「聖獣の魔力」が遠隔で共鳴し、都市そのものが「覚醒」を始めたのだ。

「……急ぎましょう!」

 リリエが駆け出す。

 戦いは終わったが、本当の「国造り」は、どうやらここからが本番らしい。

 雪道に、五人と一体の足跡が続く。

 それは、やがて世界を変える「虹色の革命軍」の、最初の一歩だった。


(第28話 完)


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