第27話:国境の白い悪魔、追跡者は聖なる仮面を被る
白銀の闇に、金属音と怒号が交錯する。
「オラオラァ! 動きがトロいんだよ! ラグってんのか!?」
勇者カイトの声が轟く。
彼は雪原をスケートのように滑走し、近衛蛇兵たちの包囲網を翻弄していた。
右手の聖剣で敵の剣を弾き、左手の拳(リリエ特製ナックルガード付き)で腹を殴り抜く。
本来なら重厚な鎧で動きが制限されるはずの雪上戦だが、今の彼が着ているのは「極寒冷地仕様・勇者ウェア」だ。軽量かつ保温性に優れ、関節の可動域も完璧に計算されている。
「な、なんだあの動きは! 勇者は重騎士スタイルだったはずだぞ!?」
「くそっ、攻撃が当たらん! あの服、雪に紛れる迷彩効果まであるのか!」
蛇兵たちが狼狽する。
彼らの情報は古い。カイトはもう、教会の操り人形ではない。リリエによって「最適化」された、遊撃型の戦士だ。
「グオォォォッ!!」
さらに、ゴーレムのテツが暴れ回る。
彼は単純な怪力で影狼たちを掴み上げ、ボウリングのピンのように敵陣へ投げ込んでいた。
戦況は、圧倒的にカイトたちが優勢に見えた。
だが、カイトの表情は険しい。
「チッ……数が多いな。無限湧きかよ」
倒しても倒しても、吹雪の向こうから増援が現れる。
カイト一人なら突破できるだろう。だが、彼の背後には、凍えて動けないクロードとルミナがいる。
彼らを守りながらの戦いは、カイトのスタミナを確実に削っていた。
クロードは、薄れゆく意識の中で、その少年の背中を見つめていた。
(……なんて機能美だ)
デザイナーとしての目が、無意識にカイトの装備を解析していた。
一見、ラフなパーカーとカーゴパンツに見える。だが、その縫製ラインは筋肉の動きに完全に沿っており、フードのファーは視界を遮らない絶妙な角度で取り付けられている。
そして何より、あの少年が「寒がっていない」。
それが、あの服の性能の全てを物語っていた。
(リリエ……。お前は、本当に……)
クロードは悔しさよりも、安堵で涙が滲んだ。
あいつが作った服を着た人間が守ってくれているなら、きっと大丈夫だ、と。
***
「……ええい、埒があかん!」
後方で指揮を執っていた蛇兵の隊長が、苛立ちを露わにした。
彼は懐から、不気味な紋様が描かれた水晶玉を取り出した。
「陛下より賜った『試作品』を使うぞ。……勇者といえど、これの相手は骨が折れるはずだ」
隊長が水晶を雪原に叩きつける。
パリンッ!
砕け散った破片から、どす黒い霧が噴き出し――いや、違う。
現れたのは、「白」だった。
雪よりもさらに白く、人工的で、不快な光沢を放つ肉の塊。
「ギ……ギギ……ァァァァァ……」
耳障りな金切り声と共に、その異形が姿を現した。
大きさは象ほどもある。
ライオンのような胴体に、背中からは天使を模したような白い翼が生えている。だが、その翼は羽毛ではなく、骨と皮膜でできていた。
そして頭部は――のっぺらぼうの顔に、巨大な「目」が一つだけ埋め込まれていた。
「……なんだありゃ。キメラか?」
カイトが顔をしかめる。
生理的な嫌悪感を催すデザインだ。神聖さを無理やり接ぎ合わせたような、歪な怪物。
「紹介しよう。教会が開発した対魔族用生体兵器、コードネーム『ホワイト・デビル』だ!」
隊長が得意げに叫ぶ。
「聖女の因子を埋め込まれたこの獣は、魔を祓う聖なる光を放つ。……貴様のような『魔王に加担した裏切り者』には特攻だぞ!」
聖女の因子。
その言葉に、クロードの背中でルミナが震えた。
「……いや。……あの匂い……私と、同じ……」
ルミナは直感した。あの怪物は、かつての自分と同じように「作られた」存在なのだ。
「行け! 不浄なる者を浄化せよ!」
命令と共に、怪物の単眼がカッ! と発光した。
ドォォォォン!!
目から放たれた極太のレーザー(聖光線)が、カイトたちを襲う。
「やべっ!」
カイトは咄嗟に聖剣を盾にして防ぐ。
ジュワワワッ!
聖剣と光線が衝突し、火花が散る。凄まじい熱量だ。
さらに悪いことに、その光は周囲の影狼たちを回復させ、逆にテツのような魔造生物にはダメージを与える属性を持っていた。
「グォッ……!」
テツが膝をつく。彼のボディを構成する魔石が、光を浴びて白く濁り、脆くなっていく。
「テツ! くそっ、相性最悪かよ!」
カイトが舌打ちをする。
彼自身は聖属性に耐性があるが、味方(テツと、守るべき二人)にとっては致命的な攻撃だ。
怪物はそれを理解しているのか、執拗にクロードたちの方へ光線を放つ。
「させねぇよ!」
カイトは身を挺して射線に入り、光を受け止め続ける。
リリエの服が高い防御力を持っているとはいえ、衝撃までは殺しきれない。
ジリジリと、カイトの足が雪に沈んでいく。
「ははは! どうした勇者! 守るものがあると弱いな!」
隊長が嘲笑う。
「その『荷物』を捨てれば楽になるぞ? ……まあ、どのみち全員ここで処分するがな!」
怪物が大きく息を吸い込む。
最大出力の光線が来る。
今のカイトに、それを防ぎ切る余裕はない。
(……チッ、ここまでか。……悪いな、リリエ。バイト代、貰い損ねたわ)
カイトが覚悟を決めて、全ての魔力を聖剣に注ぎ込もうとした、その時。
――ザッ。
カイトの隣に、誰かが立った。
雪を踏む音。
そして、鼻先を掠める、甘く優雅な紅茶の香り。
『……随分と騒がしいな。我輩の庭で、許可なく花火大会とは』
凍てつく空気が、一瞬にして重苦しい「威圧」へと変わった。
怪物の光線が放たれる。
だが、その光はカイトに届く前に――「闇」に飲み込まれて消滅した。
「……は?」
カイトが目を開ける。
目の前には、漆黒のロングコートを靡かせた男が、素手で光線を握り潰していた。
「アビス……公爵……!?」
アビス・ヴォイド。
最強の魔王が、不機嫌そうにそこに立っていた。
そして、その隣には。
「もう! カイト君ったら、服をボロボロにして! 補修が大変なんですからね!」
プンプンと怒りながら、しかしその手には巨大な裁ち鋏を構えた少女――リリエがいた。
「リリエ……! お前ら、なんで……!」
「なんでって、従業員がピンチなら、オーナーが駆けつけるのは当たり前でしょう?」
リリエはカイトの背中をバンと叩き、それから雪に埋もれたクロードたちへと駆け寄った。
「クロード様! ルミナ様! ……よかった、生きてる!」
「……リリエ……か?」
クロードが薄く目を開ける。
リリエは泣きそうな顔で、自身のコートを脱いで二人に掛けた。
「遅くなってごめんなさい。……もう大丈夫です。ここはもう、私たちの『店』の敷地内ですから」
***
援軍の登場に、蛇兵たちがどよめく。
「影の公爵だと!? 馬鹿な、魔族は聖なる光に弱いはずだ!」
「あの怪物の前では無力なはず……!」
隊長が叫び、怪物をけしかける。
怪物は再び光を溜めようとする。
だが、アビスは鼻で笑った。
『光に弱い? 誰の話だ。……リリエの仕立てたこのコートには、光を吸収して魔力に変換する「遮光裏地」が縫い込まれている。貴様らの安っぽい懐中電灯など、ただの養分だ』
アビスが一歩踏み出す。
それだけで、影狼たちがキャンと鳴いて逃げ出した。
格が違う。
王都の「作られた兵器」と、深淵の「本物の魔王」。生物としてのランクが違いすぎる。
そして、リリエが立ち上がった。
彼女は怪物を――『ホワイト・デビル』を見上げ、その顔を歪めた。
それは恐怖ではない。
職人としての、心底からの軽蔑と怒りだった。
「……ひどい」
リリエが呟く。
「なんて趣味の悪いツギハギなの。……骨格を無視して翼を縫い付けて、聖女の因子を無理やりコーティングして……。素材への冒涜だわ」
彼女はハサミを構えた。
その刃が、雪明かりを反射してギラリと光る。
「あんな醜いデザイン、私の美学が許しません。……公爵様、カイト君、テツ!」
『おう』
「へいへい」
「グォ!」
「あの『失敗作』を解体して、素材に還してあげましょう。……あの子もきっと、あんな姿でいるのは苦しいはずだから」
リリエの号令が響く。
それは、廃都防衛戦の始まりを告げるゴングだった。
カイトが聖剣を構え直す。
さっきまでの疲労感は消えていた。
背中を預けられる仲間と、最強の魔王、そして「お節介な上司」がいる。
負ける気がしなかった。
「よし、第二ラウンドだ! テツ、俺と連携しろ!」
「グォォォ!」
猛吹雪の国境線。
白と黒、そしてリリエの愛する「色彩」がぶつかり合う、激しい夜が始まろうとしていた。
(第27話 完)




