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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
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第27話:国境の白い悪魔、追跡者は聖なる仮面を被る

 白銀の闇に、金属音と怒号が交錯する。

「オラオラァ! 動きがトロいんだよ! ラグってんのか!?」

 勇者カイトの声が轟く。

 彼は雪原をスケートのように滑走し、近衛蛇兵たちの包囲網を翻弄していた。

 右手の聖剣で敵の剣を弾き、左手の拳(リリエ特製ナックルガード付き)で腹を殴り抜く。

 本来なら重厚な鎧で動きが制限されるはずの雪上戦だが、今の彼が着ているのは「極寒冷地仕様・勇者ウェア」だ。軽量かつ保温性に優れ、関節の可動域も完璧に計算されている。

「な、なんだあの動きは! 勇者は重騎士スタイルだったはずだぞ!?」

「くそっ、攻撃が当たらん! あの服、雪に紛れる迷彩効果カモフラージュまであるのか!」

 蛇兵たちが狼狽する。

 彼らの情報は古い。カイトはもう、教会の操り人形タンクではない。リリエによって「最適化アップデート」された、遊撃型アタッカーの戦士だ。

「グオォォォッ!!」

 さらに、ゴーレムのテツが暴れ回る。

 彼は単純な怪力で影狼たちを掴み上げ、ボウリングのピンのように敵陣へ投げ込んでいた。

 戦況は、圧倒的にカイトたちが優勢に見えた。

 だが、カイトの表情は険しい。

「チッ……数が多いな。無限湧きかよ」

 倒しても倒しても、吹雪の向こうから増援が現れる。

 カイト一人なら突破できるだろう。だが、彼の背後には、凍えて動けないクロードとルミナがいる。

 彼らを守りながらの戦いは、カイトのスタミナを確実に削っていた。

 クロードは、薄れゆく意識の中で、その少年の背中を見つめていた。

(……なんて機能美だ)

 デザイナーとしての目が、無意識にカイトの装備を解析していた。

 一見、ラフなパーカーとカーゴパンツに見える。だが、その縫製ラインは筋肉の動きに完全に沿っており、フードのファーは視界を遮らない絶妙な角度で取り付けられている。

 そして何より、あの少年が「寒がっていない」。

 それが、あの服の性能の全てを物語っていた。

(リリエ……。お前は、本当に……)

 クロードは悔しさよりも、安堵で涙が滲んだ。

 あいつが作った服を着た人間が守ってくれているなら、きっと大丈夫だ、と。

 ***

「……ええい、埒があかん!」

 後方で指揮を執っていた蛇兵の隊長が、苛立ちを露わにした。

 彼は懐から、不気味な紋様が描かれた水晶玉を取り出した。

「陛下より賜った『試作品』を使うぞ。……勇者といえど、これの相手は骨が折れるはずだ」

 隊長が水晶を雪原に叩きつける。

 パリンッ!

 砕け散った破片から、どす黒い霧が噴き出し――いや、違う。

 現れたのは、「白」だった。

 雪よりもさらに白く、人工的で、不快な光沢を放つ肉の塊。

「ギ……ギギ……ァァァァァ……」

 耳障りな金切り声と共に、その異形が姿を現した。

 大きさは象ほどもある。

 ライオンのような胴体に、背中からは天使を模したような白い翼が生えている。だが、その翼は羽毛ではなく、骨と皮膜でできていた。

 そして頭部は――のっぺらぼうの顔に、巨大な「目」が一つだけ埋め込まれていた。

「……なんだありゃ。キメラか?」

 カイトが顔をしかめる。

 生理的な嫌悪感を催すデザインだ。神聖さを無理やり接ぎ合わせたような、歪な怪物。

「紹介しよう。教会が開発した対魔族用生体兵器、コードネーム『ホワイト・デビル』だ!」

 隊長が得意げに叫ぶ。

「聖女の因子を埋め込まれたこの獣は、魔を祓う聖なる光を放つ。……貴様のような『魔王に加担した裏切り者』には特攻だぞ!」

 聖女の因子。

 その言葉に、クロードの背中でルミナが震えた。

「……いや。……あの匂い……私と、同じ……」

 ルミナは直感した。あの怪物は、かつての自分と同じように「作られた」存在なのだ。

「行け! 不浄なる者を浄化せよ!」

 命令と共に、怪物の単眼がカッ! と発光した。

 ドォォォォン!!

 目から放たれた極太のレーザー(聖光線)が、カイトたちを襲う。

「やべっ!」

 カイトは咄嗟に聖剣を盾にして防ぐ。

 ジュワワワッ!

 聖剣と光線が衝突し、火花が散る。凄まじい熱量だ。

 さらに悪いことに、その光は周囲の影狼たちを回復ヒールさせ、逆にテツのような魔造生物にはダメージを与える属性を持っていた。

「グォッ……!」

 テツが膝をつく。彼のボディを構成する魔石が、光を浴びて白く濁り、脆くなっていく。

「テツ! くそっ、相性最悪かよ!」

 カイトが舌打ちをする。

 彼自身は聖属性に耐性があるが、味方(テツと、守るべき二人)にとっては致命的な攻撃だ。

 怪物はそれを理解しているのか、執拗にクロードたちの方へ光線を放つ。

「させねぇよ!」

 カイトは身を挺して射線に入り、光を受け止め続ける。

 リリエの服が高い防御力を持っているとはいえ、衝撃までは殺しきれない。

 ジリジリと、カイトの足が雪に沈んでいく。

「ははは! どうした勇者! 守るものがあると弱いな!」

 隊長が嘲笑う。

「その『荷物』を捨てれば楽になるぞ? ……まあ、どのみち全員ここで処分するがな!」

 怪物が大きく息を吸い込む。

 最大出力の光線が来る。

 今のカイトに、それを防ぎ切る余裕はない。

(……チッ、ここまでか。……悪いな、リリエ。バイト代、貰い損ねたわ)

 カイトが覚悟を決めて、全ての魔力を聖剣に注ぎ込もうとした、その時。

 ――ザッ。

 カイトの隣に、誰かが立った。

 雪を踏む音。

 そして、鼻先を掠める、甘く優雅な紅茶の香り。

『……随分と騒がしいな。我輩の庭で、許可なく花火大会とは』

 凍てつく空気が、一瞬にして重苦しい「威圧」へと変わった。

 怪物の光線が放たれる。

 だが、その光はカイトに届く前に――「闇」に飲み込まれて消滅した。

「……は?」

 カイトが目を開ける。

 目の前には、漆黒のロングコートを靡かせた男が、素手で光線を握り潰していた。

「アビス……公爵……!?」

 アビス・ヴォイド。

 最強の魔王が、不機嫌そうにそこに立っていた。

 そして、その隣には。

「もう! カイト君ったら、服をボロボロにして! 補修が大変なんですからね!」

 プンプンと怒りながら、しかしその手には巨大な裁ち鋏を構えた少女――リリエがいた。

「リリエ……! お前ら、なんで……!」

「なんでって、従業員がピンチなら、オーナーが駆けつけるのは当たり前でしょう?」

 リリエはカイトの背中をバンと叩き、それから雪に埋もれたクロードたちへと駆け寄った。

「クロード様! ルミナ様! ……よかった、生きてる!」

「……リリエ……か?」

 クロードが薄く目を開ける。

 リリエは泣きそうな顔で、自身のコートを脱いで二人に掛けた。

「遅くなってごめんなさい。……もう大丈夫です。ここはもう、私たちの『店』の敷地内ですから」

 ***

 援軍の登場に、蛇兵たちがどよめく。

「影の公爵だと!? 馬鹿な、魔族は聖なる光に弱いはずだ!」

「あの怪物ホワイト・デビルの前では無力なはず……!」

 隊長が叫び、怪物をけしかける。

 怪物は再び光を溜めようとする。

 だが、アビスは鼻で笑った。

『光に弱い? 誰の話だ。……リリエの仕立てたこのコートには、光を吸収して魔力に変換する「遮光裏地」が縫い込まれている。貴様らの安っぽい懐中電灯など、ただの養分だ』

 アビスが一歩踏み出す。

 それだけで、影狼たちがキャンと鳴いて逃げ出した。

 格が違う。

 王都の「作られた兵器」と、深淵の「本物の魔王」。生物としてのランクが違いすぎる。

 そして、リリエが立ち上がった。

 彼女は怪物を――『ホワイト・デビル』を見上げ、その顔を歪めた。

 それは恐怖ではない。

 職人としての、心底からの軽蔑と怒りだった。

「……ひどい」

 リリエが呟く。

「なんて趣味の悪いツギハギなの。……骨格を無視して翼を縫い付けて、聖女の因子を無理やりコーティングして……。素材いのちへの冒涜だわ」

 彼女はハサミを構えた。

 その刃が、雪明かりを反射してギラリと光る。

「あんな醜いデザイン、私の美学が許しません。……公爵様、カイト君、テツ!」

『おう』

「へいへい」

「グォ!」

「あの『失敗作』を解体バラして、素材に還してあげましょう。……あの子もきっと、あんな姿でいるのは苦しいはずだから」

 リリエの号令が響く。

 それは、廃都防衛戦の始まりを告げるゴングだった。

 カイトが聖剣を構え直す。

 さっきまでの疲労感は消えていた。

 背中を預けられる仲間と、最強の魔王、そして「お節介な上司」がいる。

 負ける気がしなかった。

「よし、第二ラウンドだ! テツ、俺と連携スイッチしろ!」

「グォォォ!」

 猛吹雪の国境線。

 白と黒、そしてリリエの愛する「色彩」がぶつかり合う、激しい夜が始まろうとしていた。


(第27話 完)


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