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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
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第25話:吸血薔薇の温室、あるいは王都に響く粛清の足音

 廃都グレイヴの復興は、勇者カイトという「重機パワーソース」の投入により、劇的な加速を見せていた。

「らぁぁぁっ! 聖剣奥義・空裂斬ソニック・ブーム!!」

 ズババババッ!!

 カイトが白銀の聖剣を横薙ぎにする。

 本来なら魔王の首を飛ばすはずの斬撃が、今は庭園を埋め尽くす「雑草(人食い植物)」を綺麗に刈り取っていく。

「ふぅ……。どうだ、リリエ! 芝刈り完了だ!」

 カイトが額の汗を拭い、ドヤ顔で振り返る。

 その体には、リリエ特製の「作業用カジュアルウェア(泥汚れ防止・速乾機能付き)」が馴染んでいる。

「素晴らしいです、勇者様! 断面がスパッとしているから、植物へのダメージも最小限ね。さすが聖剣、最高の『園芸バサミ』だわ!」

「……褒められてんのか、武器を冒涜されてんのか分かんねぇ」

 カイトは複雑な顔をしつつも、まんざらでもなさそうだ。

 彼にとって、この数日間の労働は新鮮だった。

 ゲームでは「ボタン一つ」で終わる作業が、ここでは自分の筋肉と技量を使い、目に見える成果(綺麗な庭)として残る。

 NPCの好感度上げではなく、リリエやアビスからの「助かった」「すごい」という生身の感謝が、彼の乾いた心を潤し始めていたのだ。

『フン。まあまあの手際だな、小僧』

 アビス公爵が、テラスから優雅に見下ろす。

『だが、本番はここからだ。……あの「温室」を開けるぞ』

 アビスが指差したのは、館の裏手に佇む、巨大なガラスドームだった。

 内部は赤い霧で満たされており、外から中の様子は窺えない。

 かつての領主が、植物研究のために建てた魔導温室だ。

 ***

 ギギギギ……。

 錆びついた扉を、ゴーレムのテツが押し開ける。

 ムワッとした熱気と共に、甘ったるい、しかしどこか鉄錆のような匂いが溢れ出した。

「うわ、なんかヤバい匂いすんぞ」

 カイトが鼻をつまむ。

 一行が足を踏み入れると、そこは「赤」の世界だった。

 壁も天井も、そして地面も、真紅の蔦植物で覆い尽くされている。

 そして、その中央に咲き誇っているのは、人の顔ほどもある巨大な薔薇だった。

 花弁は濡れたように赤く、中心からは鋭い牙が覗いている。

「ギャァァァァッ!!」

 薔薇が咆哮した。

 植物のくせに叫び声を上げ、鞭のような蔦をカイトに向けて打ち込んできた。

「うおっ!? なんだこいつら!」

 カイトが聖剣で蔦を弾く。

『ほう……『吸血薔薇ヴァンパイア・ローズ』か。魔界でも希少な、高魔力植物だ』

 アビスが解説する間にも、薔薇たちは一斉に襲いかかってくる。

 どうやら、久しぶりの獲物(栄養分)に興奮しているらしい。

「燃やしますか!? 俺の火炎魔法なら一掃できますけど!」

 カイトが手に炎を灯す。

「ダメ!!」

 リリエが悲鳴に近い声を上げて止めた。

「燃やすなんてとんでもない! 見てください、あの花弁の色! 『ロイヤル・クリムゾン』よ!」

 リリエは危険を顧みず、暴れる薔薇の前へと歩み寄った。

 その目は、猛獣を見る目ではない。最高級のシルクを見つけた時の目だ。

「吸血薔薇の色素は、洗濯しても絶対に色落ちしない『永遠の赤』として伝説になってるんです! ああ、まさか群生地があるなんて……!」

「い、いや、食われるって! リリエ、下がれ!」

 カイトが焦る。

 だが、リリエは鞄から巨大な注射器(錬金術用の採取器具)を取り出し、ニッコリと笑った。

「あなたたち、お腹空いてるのよね? 美味しい『肥料』をあげるから、その赤いエキスを少し分けてくれない?」

 リリエが取り出したのは、テツが地下の鉱脈から掘り出した「魔力結晶の粉末」を水に溶かしたものだった。

 純度の高い魔力水。

 それを薔薇の根元にザバッとかけると――。

「フ……フシュゥゥ……♪」

 暴れていた薔薇たちが、ピタリと止まった。

 そして、恍惚としたように花弁を震わせ、大人しくなったのだ。

 どうやら、人間の血よりも、高純度の魔力の方が「美味」だったらしい。

「よしよし。今のうちに採取よ!」

 リリエはハサミを取り出し、剪定(という名の収穫)を開始した。

「カイト君、そっちの蔦を押さえてて! 公爵様は水やりをお願いします!」

「……俺、勇者なんだけどな。なんで庭師やってんだろ」

 カイトは文句を言いながらも、手際よく蔦を捌いてリリエをサポートする。

『諦めろ小僧。リリエの「創作意欲」の前では、魔王も勇者も下働きに過ぎん』

 一時間後。

 そこには、大量の真紅の花弁を抱えて満足げなリリエと、棘で生傷を作りながらも「クエスト達成感」を感じているカイトの姿があった。

「見て、この赤! これでドレスを染めれば、どんな夜会でも主役間違いなしだわ!」

 リリエは花弁を光に透かし、うっとりと呟いた。

 

 だが、その美しい「赤」を見つめるアビスの瞳には、ふと暗い影が走った。

『……赤、か』

 血の色。命の色。そして、警告の色。

 胸騒ぎがした。

 この平和な開拓生活の裏で、王都に残してきた「火種」が、そろそろ燃え上がる頃合いではないか、と。

 ***

 その予感は、最悪の形で的中していた。

 王都シンフォニア、マイスター・クロードの工房。

 かつて王室御用達だった看板を下ろした工房は、今は静まり返っていた。

 だが、その静寂を破るように、多数の足音が響いた。

「……何の用だ」

 クロードが作業の手を止め、入り口を睨む。

 そこに立っていたのは、近衛蛇兵サーペント・ガードを引き連れた、フレデリック王その人だった。

「やあ、クロード。精が出るね」

 王は杖をつきながら、工房の中を値踏みするように見渡した。

 そして、部屋の隅で、慣れない手つきで編み物をしていた少女――元聖女ルミナに視線を止めた。

「おや、そこにいるのは……『廃棄品』の元聖女様かな?」

「ッ……!」

 ルミナがビクリと肩を震わせる。

 彼女は今、淡いピンク色のワンピースを着て、普通の少女として暮らしている。だが、王の冷たい視線が、かつての「道具」としての記憶を呼び覚ます。

 クロードが、ルミナを庇うように前に立った。

「陛下。彼女はもう聖女ではありません。ただのルミナです。……何の用件でしょうか」

「用があるのはそっちではない。……『新しい聖女』の衣装合わせだよ」

 王がパチンと指を鳴らす。

 兵士たちの背後から、一人の少女が連れてこられた。

 

 ルミナと同じ、白銀の髪。

 ルミナと同じ、ガラス玉のような無機質な瞳。

 だが、その瞳には光がない。完全に焦点が合っていない。

 まるで、精巧なビスクドールのように。

「……なっ」

 クロードが息を呑む。

 ルミナも目を見開いた。

「……私と、同じ……?」

「紹介しよう。教会が秘密裏に培養していた『聖体クローン』の完成形。……コードネーム『イノセント』だ」

 王は、人形のような少女の頭を撫でた。

「ルミナは感情などという不純物ノイズが混ざって壊れてしまったが、この子はいいぞ。自我がない。命令された通りに祈り、光り、死ぬ。……実に効率的だ」

 吐き気を催すような言葉だった。

 フレデリック王は、ルミナの「人間化」を失敗作と断じ、代わりの「部品」を用意したのだ。

「クロード。この子に最高の聖衣を作れ。……来週の即位式でお披露目だ」

「断る」

 クロードは即答した。

「俺はもう、人を縛る鎖のような服は作らない。……俺が作るのは、人が生きるための服だ」

「ほう?」

 王の目が細められた。

「王命に逆らうか。……まあいい。代わりの職人はいくらでもいる」

 王はニヤリと笑い、ルミナを指差した。

「だが、古いモデルがその辺をうろついていると、新しい製品のブランドに関わる。……処分が必要だな」

 

 ジャキッ。

 蛇兵たちが一斉に剣を抜く。

 ルミナの顔から血の気が引く。

 

 だが、王はすぐに手を挙げた。

「まあ待て。余も鬼ではない。……猶予をやろう」

 王は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、クロードの作業台に投げた。

「北の廃都に、面白い見世物小屋ができているそうだな? 魔王と仕立て屋の夫婦ごっこか。……そこに『聖女の残骸』を送り届ければ、良い嫌がらせ(プレゼント)になるかもしれん」

「……どういう意味だ」

「逃げるなら今のうちだ、という意味だよ。クロード」

 王は楽しそうに笑った。

「ただし、国境までは『狩りの時間』だ。……我々の追っ手から逃げ切り、魔王の元へ辿り着ければ、命だけは助かるかもしれんぞ?」

 これはゲームだ。

 王は、勇者が寝返った廃都に対して、今度は「守るべき弱者ルミナ」を送り込み、さらなる混乱を楽しもうとしているのだ。

「……行こう」

 王が踵を返す。

 人形のような少女『イノセント』は、一言も発さず、虚ろな目でルミナを一瞥して去っていった。

 嵐が去った後の工房に、重苦しい沈黙が落ちる。

 ルミナが震える手で、クロードの袖を掴んだ。

「クロード……私……私のせいで……」

「謝るな」

 クロードは強く言い切り、ルミナの手を握り返した。その手は温かく、力強かった。

「……準備をするぞ、ルミナ」

「え……?」

「ここにはもう居られない。……北へ行く。あの騒がしい夫婦のところへ」

 クロードは、作業台に置かれた羊皮紙――地図を睨みつけた。

「悔しいが、今、お前を守れる場所はあそこしかない。……リリエ・アールグレイの作る『服(結界)』の中だけだ」

 ***

 廃都グレイヴ。

 温室での収穫を終えたリリエたちは、夕食の準備をしていた。

 吸血薔薇のエキスで染めたテーブルクロスは、鮮やかな深紅に輝いている。

 だが、リリエの手がふと止まった。

 指先に、針が刺さった。

 ポツリと、赤い血の玉が浮かぶ。

「……痛っ」

『リリエ? どうした』

「いえ……なんだか、嫌な予感がして」

 リリエは指先の血を見つめた。

 その赤色が、温室の薔薇の色と、そして遠い王都に残してきた友人の瞳の色と重なる。

「公爵様。……テツに、街の入り口を見張らせておいてください」

『……何か来るのか?』

「分かりません。でも……『お客様』が来る気がします。それも、ボロボロに傷ついたお客様が」

 アビスは真剣な表情で頷いた。

『承知した。カイトにも伝えておこう。……あやつ、文句を言いつつもパトロールを日課にしているようだしな』

 北の空には、不穏な雲が渦巻き始めていた。

 廃都の賑やかな復興生活に、王都からの冷たい風が吹き込もうとしている。

 

 (第25話 完)


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