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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
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第23話:亡霊たちはドレスを纏い、廃都はネオンの如く輝き出す

 廃都グレイヴでの生活が始まって三日目。

 拠点となった領主の館は、すでに劇的なビフォーアフターを遂げていた。

 クモの魔獣ツムギが吐き出す銀糸のレースで窓辺が飾られ、ゴーレムのテツが怪力で瓦礫を撤去し、庭園の石畳をパズルのように組み直したおかげで、そこは「呪われた幽霊屋敷」から「ヴィンテージ・ゴシック調の隠れ家リゾート」へと変貌していたのだ。

 だが、問題が一つだけあった。

 

 ガタガタガタ……!

 深夜、廊下の甲冑がひとりでに震え出す。

 ヒュー……ヒュー……。

 誰もいないはずの客間から、すすり泣くような声が聞こえる。

 いわゆる、心霊現象ポルターガイストである。

『……賑やかだな』

 朝食の席で、アビス公爵が優雅に紅茶(リリエが持参した茶葉で淹れたもの)を啜りながら呟いた。

 彼の背後の影が、勝手に動き回ろうとする食器をピシャリと叩いて押さえつけている。

『この街の住人たちの残留思念か。悪意は感じないが、こう毎晩騒がれては安眠妨害だ。……やはり一度、魔王の覇気で浄化(消滅)させておくか?』

 アビスの目がすぅっと細められる。

 物理攻撃の効かない幽霊相手でも、彼の「影」ならば魂ごと食らい尽くすことが可能だ。

「ダメです公爵様! もったいない!」

 リリエが食い気味に止めた。彼女は焼きたてのパン(テツが捏ねて、アビスの煉獄の炎で焼いた完璧な仕上がり)をかじりながら、空中に漂う「気配」をじっと見つめていた。

「この子たち、悪さをしたいわけじゃないんです。……恥ずかしがってるだけなんですよ」

『恥ずかしがっている? 誰がだ』

「幽霊さんたちです。だって見てください、あのカーテンの陰」

 リリエが指差した先。

 そこには、半透明の人影がうっすらと浮かんでいた。かつてこの屋敷に仕えていたメイドだろうか。

 だが、その姿はボロボロだ。霊体としての服が綻び、スカートは破れ、惨めな姿を晒している。

「幽霊だって、元は人間です。あんなボロボロの格好じゃ、恥ずかしくて人前に出られないし、成仏もできません。だから夜中にこっそり出てきて、針と糸を探しているんです」

『……なるほど。服への執着が、彼らをこの世に留めていると?』

「はい。衣食住の『衣』は、尊厳そのものですから」

 リリエはナプキンで口を拭うと、ニヤリと笑った。

 それは、獲物を見つけた職人の顔だった。

「決めました。今日の予定変更です! 『廃都復興計画・第一弾』……幽霊たちのファッションショーを開催します!」

 ***

 リリエの指示の下、館の大広間は即席の「縫製工場」と化した。

 素材は、昨日地下の書庫で見つけた古い文献にヒントがあった。

 この街にはかつて、『エーテル・ファイバー』という、魔力を繊維状に固定する技術があったらしい。

 アビスの膨大な魔力と、ツムギの製糸能力を組み合わせれば、霊体にも干渉できる「魔法の布」が織れるはずだ。

「ツムギちゃん、もっと細く! 公爵様の影を織り込んで、透け感を出しつつ、輪郭をはっきりさせて!」

「キューッ!」

 ツムギが八本の脚をフル回転させ、機織り機(テツが瓦礫で作った)を操作する。

 アビスは横で、自身の影を糸状に変化させて供給し続けている。

『……魔王である我輩が、まさか内職の手伝いをする羽目になるとはな』

 アビスは苦笑しつつも、その作業を楽しんでいた。

 リリエが生き生きとしているからだ。

 彼女が鋏を振るうたび、ただの魔力と糸が、美しい「ドレス」へと形を変えていく。それは魔法などよりも遥かに創造的で、美しい光景だった。

「できました! 名付けて『ファントム・シフォン』のドレス!」

 完成したのは、淡く発光する半透明のドレスだった。

 色は、アビスの魔力の影響で、深いミッドナイトブルーから紫へのグラデーションを描いている。

 リリエはそのドレスを掲げ、虚空に向かって呼びかけた。

「さあ、そこにいるのは分かってますよ! 試着したい方は並んでください! お代は……そうね、この街の『灯り』を点けてくれるだけでいいわ!」

 シーン……。

 一瞬の静寂。

 だが次の瞬間、壁や床から、わらわらと半透明の影たちが湧き出してきた。

 メイド、執事、かつての貴族、兵士……。

 彼らは皆、目を輝かせ(ているように見え)、リリエの前に列を作った。

『……現金な奴らめ』

 アビスが呆れるが、その表情は優しい。

 そこからは、怒涛のフィッティングタイムだった。

 リリエは一人ひとりのサイズを一瞬で見抜き、既製服をその場で「お直し」して着せていく。

 テツも不器用ながら、帽子や靴などの小物を運んで手伝っている。

「はい、貴女はデコルテが綺麗だから、このオフショルダーが似合うわ」

「貴方は背が高いから、このロングコートでシックに決めましょう」

 新しい服(霊装)を纏った幽霊たちは、見違えるように変わった。

 ボロボロだった姿が消え、生前の、いやそれ以上に華やかな姿へと変貌する。

 彼らは互いの服を褒め合い、リリエに向かって深々とお辞儀をした。

 そして――約束通り、彼らは動き出した。

 ヒュン! ヒュン!

 ドレスアップした幽霊たちが、窓から外へと飛び出していく。

 彼らは街中の街灯――魔力が切れて久しい「魔導灯」へと次々に飛び込んでいった。

 パッ。パパッ。

 一つ、また一つ。

 死んでいた街に、灯りがともる。

 幽霊たちの喜びの感情(と、リリエが仕込んだ魔力布)がエネルギーとなり、街灯を再起動させたのだ。

 紫色の霧に覆われていた廃都が、下から照らし出される。

 青、紫、そしてアビスの魔力の色である深紅。

 それは不気味な心霊現象ではない。

 まるで、最新鋭のイルミネーションに彩られた「夜のテーマパーク」のような、幻想的で妖艶な光景だった。

「きれい……」

 リリエはバルコニーに出て、その光景を見下ろした。

 暗闇に沈んでいた街の骨格が、光によって浮かび上がっている。

 尖塔のシルエット、アーチの曲線美。それらが「光の衣装」を纏い、息を吹き返したのだ。

『見事だ、リリエ』

 アビスが後ろからリリエを抱きしめる。

『君は、死者の魂さえもコーディネートしてしまった。……この街はもう、ただの廃墟グレイヴではないな』

「はい。ここは今日から、眠らないファッションの街です」

 リリエはアビスの腕に身を委ね、満足げに微笑んだ。

 これで、「舞台装置」は整った。

 あとは――。

 ***

 同時刻。

 廃都グレイヴの入り口、崩れかけた城門の前。

 一人の少年が、呆然と立ち尽くしていた。

 勇者カイトである。

「……は?」

 彼の手にある地図(タブレット端末のような魔道具)は、確かにここを「廃都グレイヴ:推奨レベル50〜・アンデッド系ダンジョン」と示している。

 事前情報では、薄暗く、瘴気に満ち、ゾンビが徘徊する陰鬱な場所のはずだった。

 だが、目の前に広がっているのはなんだ?

 街全体が、神秘的なブルーとパープルのネオンで輝いている。

 街灯の下では、お洒落なドレスやスーツを着込んだ半透明の人々(幽霊?)が、優雅にワルツを踊っている。

 中央の広場からは、心地よいジャズのような風の音が聞こえてくる。

「……バグか?」

 カイトは端末をバンバンと叩いた。

「テクスチャの読み込みエラーか? なんでホラーマップがナイトパレードになってんだよ!」

 彼は混乱した。

 魔王との血で血を洗う決戦を想定していた。

 暗いダンジョンを、孤独に踏破するつもりだった。

 なのに、この「歓迎ムード」は一体なんなんだ。

 ズシ……ズシ……。

 門の向こうから、重厚な足音が近づいてくる。

 カイトは反射的に聖剣を抜いた。

「やっと敵のお出ましか……!」

 現れたのは、燕尾服を着こなした巨大なゴーレム(テツ)だった。

 その肩には、「Welcome」と刺繍されたタスキがかかっている。

 そして、その横には、さらに信じられない人物が立っていた。

「いらっしゃいませ、勇者様」

 リリエだ。

 彼女は、夜会用のカクテルドレス(ただし動きやすいようにスリットが入っており、太ももには予備の針山と鋏が装備されている)を纏い、営業用スマイル全開で立っていた。

「お待ちしておりました。当『ホテル・グレイヴ』へようこそ」

「……はぁ!? ホテルぅ!?」

 カイトの声が裏返る。

「お、お前……魔王は!? ここ、魔王の城じゃねーのかよ!?」

「ええ、魔王様の城であり、私の店舗アトリエ兼ショールームです」

 リリエは優雅に道を譲った。

「さあ、どうぞ中へ。長旅でお疲れでしょう? まずは採寸……いえ、チェックインを済ませて、お風呂とお食事でもいかがですか?」

 その背後には、腕を組んで不敵に笑うアビスの姿もあった。

『ククク……。逃げ回る獲物を狩るのも一興だが、招かれざる客を「もてなして」やるのも、また王の度量というもの』

 圧倒的な「余裕」。

 カイトは、自分が振り上げた剣の行き場を失った。

 戦う気満々で来たのに、相手は戦う土俵にすら上がっていない。

 それどころか、「お客様扱い」されている。

 この屈辱。

 そして、心の奥底で僅かに感じてしまった、「歓迎された」という安堵感。

 相反する感情が、カイトの処理能力(CPU)をオーバーヒートさせた。

「ふ、ふざけんな! 俺は遊びに来たんじゃねぇ! 魔王討伐クエストだぞ!?」

「はいはい、クエストの内容は『魔王との接触』ですよね? 接触しました。クエスト達成です。おめでとうございます」

 リリエがパチパチと拍手をする。

 周囲の幽霊たちも、つられてパチパチと拍手をする。

 ゴーレムのテツも、ドスドスと手を叩く。

「おめでとーございまーす」

「ようこそ勇者様ー」

 亡霊たちの祝福の声。

「ぐ、うぅぅぅ……っ!!」

 カイトは顔を真っ赤にして、剣を地面に突き刺した。

「調子狂うんだよ、お前らぁぁぁ!!」

 廃都グレイヴの夜空に、勇者の絶叫が響き渡る。

 だがそれは、断末魔の悲鳴ではない。

 ツッコミと、困惑と、そして少しの「甘え」を含んだ、人間らしい叫びだった。

 こうして、勇者カイトの「グレイヴ滞在記(更生プログラム)」は、波乱と共に幕を開けたのである。


(第23話 完)


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