表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第四章 玉座の毒蛇と、廃都に芽吹く愛の荊棘(イバラ)
22/34

第22話:地下回廊の守護者、あるいは歩く宝石箱への求愛(アプローチ)

 廃都グレイヴの朝は、重苦しい紫の霧と共に明ける――はずだった。

「よし、ツムギちゃん! 次はそっちの窓枠にお願い!」

「キューッ!」

 朝日(霧越しなので薄暗いが)の中、リリエの元気な声が響き渡る。

 領主の館の庭では、巨大な蜘蛛の魔獣アラクネ・ロード――改め「ツムギ」が、器用に糸を吐き出し、崩れた外壁の補修を行っていた。

 その糸は、ただの補修材ではない。

 リリエの指導により、美しい幾何学模様のレース編みとなっており、ボロボロだった幽霊屋敷を「ゴシック・ロリータ風の隠れ家」へと変貌させつつある。

『……適応力が高いとは思っていたが、ここまでとはな』

 テラスで優雅に(カップの中身はただの白湯だが)朝のひとときを過ごしていたアビス公爵は、眼下の光景に苦笑した。

 リリエは、恐怖という感情のネジが数本外れている。

 だが、その「歪み」こそが、この歪んだ廃都には合っているのかもしれない。

「公爵様! 見てください、ツムギちゃんの糸で作った『防虫・防犯ネット』です!」

 庭から戻ってきたリリエは、泥だらけの顔を拭いもせず、満面の笑みを浮かべていた。

「これなら、低級な魔物は近づけないし、風通しも抜群です。……ふふ、素材費ゼロ円で最高のリフォームだわ」

『働き者だな、我が妻は』

 アビスはハンカチを取り出し、リリエの頬の泥をそっと拭った。

『だが、あまり根を詰めすぎるなよ。……昨夜の「音」の正体も、まだ分かっていないのだから』

 昨夜、館の地下から響いた地鳴りのような音。

 それは一晩中、不規則なリズムで続いていた。まるで、地下で何かが呼吸しているかのような。

「そうでした。……地下室、行ってみましょうか」

 リリエの目が、探究心(という名の物欲)で怪しく光る。

「もし鉱脈なら、結婚指輪の宝石ルース、そこで掘り出せるかもしれませんよ?」

 ***

 領主の館の地下への階段は、冷たく湿った空気に満ちていた。

 アビスが手のひらに生み出した「影の灯火」が、青白く通路を照らす。

 壁には古い時代の壁画が残っているが、何か鋭利な爪で引っ掻かれたように削り取られている。

『……妙だな』

 アビスが足を止め、壁の痕跡を撫でた。

『これは魔獣の爪痕ではない。……剣痕だ。それも、かなり乱暴な』

「剣? 誰かが戦った跡ですか?」

『いや、一方的な破壊だ。この街が滅びた時、侵入者たちは「歴史」ごと消そうとしたのかもしれん』

 アビスの言葉に、リリエは背筋が寒くなるのを感じた。

 廃都グレイヴ。十年前に「呪い」で滅びたとされているが、その詳細は王国の歴史書にもあやふやにしか記されていない。

 ただ「禁忌に触れたため、封鎖された」とだけ。

 さらに奥へと進むと、巨大な鉄扉が現れた。

 扉には厳重な魔法陣が刻まれているが、経年劣化で光を失っている。

「開きますか?」

『下がっていろ』

 アビスが手をかざす。

 ズズズズ……と重苦しい音を立てて、鉄扉がゆっくりと内側へと開いた。

 その瞬間。

 ガキンッ!!

 金属同士が擦れ合う激しい音と共に、暗闇から巨大な拳が飛んできた。

『――ッ!』

 アビスがリリエを抱え、バックステップで回避する。

 轟音と共に、彼らが先ほどまで立っていた石畳が粉砕された。

 土煙の向こうに現れたのは、身長三メートルはあろうかという巨人だった。

 ただし、肉の体ではない。

 全身が様々な金属片、宝石の原石、そして古びた鎧のパーツで構成された、ツギハギだらけの**「鉱石ゴーレム」**だ。

「グオォォォォ……!」

 ゴーレムの頭部にある巨大なルビーの瞳が、敵意を持って赤く明滅する。

『ほう……「ミスリル」に「オリハルコン」の合金か。随分と贅沢な身体をしているな』

 アビスがニヤリと笑い、戦闘態勢をとる。

『だが、動きが鈍い。……リリエ、少し待っていろ。すぐにスクラップにしてやる』

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 再びのリリエの静止ストップである。

 彼女はアビスの腕の中で身を乗り出し、ゴーレムを凝視した。

 その目は、恐怖ではなく「検品」の目だ。

「あの関節の動き……錆びついているわけじゃない。何かが詰まってる?」

『リリエ? 何を言っている』

「公爵様、攻撃しないで! あの子、怒ってるんじゃなくて……『窮屈』なんです!」

 リリエはアビスの腕から飛び降りると、無謀にもゴーレムの足元へ走った。

「グアッ!」

 ゴーレムが腕を振り上げる。

 アビスが影で防御壁を展開しようとするが、リリエは叫んだ。

「サイズが合ってないのよ!!」

 その叫びに、ゴーレムの動きが一瞬止まった(ように見えた)。

 リリエはその隙を見逃さず、ゴーレムの膝関節――金属板が重なり合っている部分に、鞄から取り出した「潤滑油(スライムの粘液を精製したもの)」をぶっかけた。

 ギギッ……スルッ。

 軋んでいた関節が、滑らかに動いた。

「やっぱり! 身体が成長(結晶化)しすぎて、鎧が食い込んでたのね。……可哀想に、痛かったでしょう?」

 リリエは慈母のような(しかし手には巨大なスパナとハンマーを持っている)表情で、ゴーレムの装甲をコンコンと叩いた。

 ゴーレムは困惑したようにルビーの瞳を明滅させた。

 彼(?)は、この地下宝物庫の番人として作られた自律型兵器だ。侵入者は排除するようプログラムされている。

 だが、目の前の小さな人間は、攻撃してこない。

 それどころか、長年彼を苦しめていた「関節痛(駆動系エラー)」を取り除こうとしている。

「公爵様! 右肩のパーツが歪んでます! 影で押さえて!」

『……はぁ。承知した』

 アビスは呆れながらも、影の手を伸ばしてゴーレムを拘束する。

 今度は、巨大なゴーレム相手の「仕立て直し(メンテナンス)」が始まった。

 リリエはゴーレムの体によじ登り、食い込んだ装甲板をハンマーで叩いて修正し、邪魔な突起をヤスリで削り落とす。

 さらに、余分な装飾として付着していた宝石の原石を、「デザインが野暮ったいから」という理由でタガネで叩き割って採取していく。

「ふん! ぬっ! ……はい、これで肩周りの可動域が広がったはずよ!」

 一時間後。

 そこには、スッキリとしたフォルムになり、動きが滑らかになったゴーレムと、大量の宝石(削りカス)を手に入れたリリエの姿があった。

「グォ……」

 ゴーレムは自分の腕を回し、その軽さに驚いているようだ。

 彼はリリエの前に膝をつくと、恭しく頭を垂れた。

「よしよし。いい子ね。……今日からあなたの名前は『テツ』よ」

『ネーミングセンスが皆無だな』

 アビスが肩をすくめる。

『だが、どうやら番人を手懐けたようだ。……これで、奥の部屋に入れるな』

 テツ(元・殺戮兵器)は、主人の意図を察し、自ら重い鉄扉を押し開けた。

 その奥に眠っていたのは、金銀財宝の山――ではなかった。

 そこは、書庫だった。

 壁一面に本棚が並び、中央には埃を被った机と、一冊の日記帳が置かれている。

 そして、部屋の奥には、巨大な「鏡」が布に覆われて鎮座していた。

『……宝物庫ではないのか』

「でも、この本の量……古代の魔導書や、失われた技術書かもしれません!」

 リリエは机の上の日記帳を手に取った。

 表紙には『最後の領主、アルマン・グレイヴ』と記されている。

 ページをめくると、そこには悲痛な文字で、街の最期が綴られていた。

 ――X月X日。王都より「聖女」が派遣されるという。

 ――彼らは言う。「この街の魔法技術は神の理に反する」と。

 ――馬鹿げている! 我々はただ、魔力で生活を豊かにしようとしただけだ。

 ――「白光」が来る。全てを消し去る光が。

 ――せめて、この地下に「真実」を隠す。いつか、色を愛する者がここを訪れることを願って。

「……これ」

 リリエの手が震える。

「この街を滅ぼしたのは、呪いじゃなかった。……先代の『聖女』と、当時の王国軍だったんです」

 アビスの表情が険しくなる。

『なるほど。都合の悪い技術を持っていたこの街を、異端として処理し、その事実を「呪い」というカバーストーリーで隠蔽したわけか』

 彼は部屋を見渡した。

『そして、毒蛇王フレデリックは、その事実を知っていて我らをここに送った。「真実を知り、王家に牙を剥くなら、それもまた一興」とでも考えているのだろうな』

 なんと食えない王か。

 アビスとリリエがこの真実に辿り着くことすら、彼にとっては「想定内」のゲーム盤の上なのかもしれない。

「……許せません」

 リリエが日記を閉じる。

「生活を豊かにする技術を、自分たちの都合で『悪』と決めつけて踏みにじるなんて。……職人として、絶対に許せない」

 彼女の怒りに呼応するように、部屋の奥の「鏡」にかかっていた布が、ふわりと落ちた。

 現れたのは、磨き上げられた水銀の鏡面。

 だが、そこに映ったのはリリエたちの姿ではなかった。

 鏡の中に映っていたのは――**「ボロボロの服を着た、泣いている少年」**の姿だった。

「……え?」

 リリエが瞬きをする。

 鏡の中の少年は、黒髪で、どこか見覚えのある顔立ちをしている。

 彼は体育座りをして、膝に顔を埋めていた。

 その背中には、見えない「孤独」という名の重い鎖が見えるようだった。

『……鏡の魔道具か? 過去を映しているのか、それとも遠隔地か』

 アビスが警戒する。

 だが、リリエには分かった。

 その少年が着ている服――奇妙な伸縮素材のジャージ

 それは、あの日、王城に現れた勇者カイトが着ていたものと同じだ。

「これ……勇者カイトの、過去?」

 鏡の中の少年は呟いていた。

 ――どうせ、俺なんていらないんだ。

 ――ゲームの中だけが、俺の居場所なんだ。

 ――誰か、俺を見てくれよ。NPCみたいに通り過ぎないでくれよ。

 それは、最強の勇者の仮面の下にある、あまりにも脆く、痛々しい本音。

 彼がなぜ、あんなにも「ゲーム的」に振る舞い、他者を拒絶するのか。

 その根源にある「承認欲求」と「孤独」が、鏡を通して溢れ出していた。

「……あの子、泣いてる」

 リリエは鏡に手を伸ばした。

 嫌な奴だと思っていた。礼儀知らずで、乱暴な侵略者だと。

 でも、その心の「サイズ」は、彼が纏っている最強の鎧(虚勢)に比べて、あまりにも小さく、幼かったのだ。

『見るな、リリエ』

 アビスがリリエの目を覆った。

『あれは心の深淵だ。覗き込みすぎれば、引きずり込まれるぞ』

「……でも、公爵様。分かりました」

 リリエはアビスの手をそっと外し、力強い瞳で鏡を見据えた。

「あの勇者にも、必要なのは『討伐』じゃありません。『採寸カウンセリング』と、彼に本当に似合う『一張羅』です」

 敵の弱み(トラウマ)を知ってしまった。

 普通なら、それを攻撃に利用するだろう。

 だが、リリエ・アールグレイは仕立て屋だ。

 「寒そうにしている客」がいれば、たとえそれが敵であろうと、温かい服を着せてやりたいと思ってしまう。それが彼女の「業」であり、最強の「武器」だ。

 パリンッ。

 小さな音がして、鏡の映像が消えた。

 地下室に静寂が戻る。

「……テツ。この書庫の整理、手伝ってくれる?」

「グォ!」

 ゴーレムが力強く頷く。

 リリエは日記帳を鞄にしまい、アビスに向き直った。

「公爵様。私たち、忙しくなりますよ」

『ああ。まずはこの廃都を復興させ、王家に舐められないだけの力をつける。……そして』

「来るべき勇者様(お客様)を迎えるために、最高の『おもてなし』の準備をしなくちゃ」

 廃都の地下で手に入れたのは、財宝以上のもの。

 「真実」という名の武器と、「敵の心」という攻略の糸口。

 そして、頼れる力持ちのスタッフ(テツ)だった。

 ***

 その頃。

 廃都まであと数日の距離にある森林地帯。

 勇者カイトは、野営の焚き火の前で、ふと悪寒を感じて体を震わせた。

「……なんだ? すげぇ寒気がする」

 彼はステータス画面を開くが、バッドステータス(状態異常)の表示はない。

「風邪か? 勇者が風邪なんか引くかよ。……チッ、早くあの街に行って、暖かいベッドで寝てぇ」

 彼は知らない。

 その街で待っているのが、彼を倒そうとする魔王ではなく、彼の心のサイズを測り、精神的に丸裸にしようと待ち構えている「お節介な仕立て屋」であることを。

 焚き火の煙が、北の空へと流れていく。

 運命の再会まで、あとわずか。


(第22話 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ