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『魔界のクチュリエールは、最恐公爵の「恋する人肌」を仕立てる』  作者: 小乃 夜
第三章 人間界への凱旋 〜かつて捨てた故郷に、最愛の魔王を連れて〜
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第17話:その愛は「白」を飲み込み、世界に虹を架ける

 王都シンフォニアの中央広場は、終末のような静寂と、目を焼くような閃光に包まれていた。

「……汚らわしい。本当に、汚らわしいわ」

 上空に浮かぶ聖女ルミナの背中から、六枚の光の翼が展開されていた。

 それは天使のような神々しさではなく、無機質で冷徹な、殺戮兵器の輝きだった。

 彼女の瞳から、人間らしい感情が消え失せている。

「私の世界に、雑味いろはいらない。……この国ごと『洗濯』してあげる」

 キィィィィィン……!

 高周波の音が響き渡り、空が割れた。

 雲の裂け目から現れたのは、都市を丸ごと覆い尽くすほどの巨大な魔法陣。

 そこから降り注ごうとしているのは、慈悲なき浄化の雨――『天上の白光ホワイト・アウト』だ。

 触れたものすべてを原子レベルで分解し、「無」へと還す禁呪である。

「ひ、ひぃぃっ! 聖女様、おやめください!」

「俺たちまで消す気か!?」

 クロードや貴族たち、そして数万の市民がパニックに陥り、逃げ惑う。

 だが、結界に閉ざされた広場からは逃げられない。

「神よ……これが、我々が崇めた光の正体か……」

 絶望が広場を支配した、その時。

『……嘆くにはまだ早い』

 漆黒の影が、天を覆うように広がった。

 アビス公爵だ。

 彼は広場の中央で仁王立ちになり、両手を天に掲げた。

『我が妻が仕立てたこのスーツは、深淵アビスの耐久性と、古竜の強靭さを併せ持つ。……たかが「雨」ごとき、傘にもならんわ!』

 ドォォォォン!!

 公爵の全身から、凄まじい魔力が噴き上がった。

 彼が展開したのは、防御壁ではない。

 スーツの特性である「光吸収アブソーブ」を最大出力で発動させ、降り注ぐ浄化の光を、自らの体で受け止め、飲み込み始めたのだ。

 ジュワワワワッ!!

 光の雨が公爵の影に吸い込まれていく。

 市民たちに降り注ぐはずだった破壊の光は、すべて彼一人に集中した。

「公爵様!」

 リリエが悲鳴を上げる。

 公爵の姿が見る間に変化していく。

 スーツが赤熱し、形を保てなくなってきているのだ。

『ぐっ……うぅぅぅっ!!』

 公爵の口から苦悶の声が漏れる。

 限界だ。

 いくら『エクリプス・モード』でも、都市一つを消滅させるエネルギーをすべて吸収するのは不可能に近い。

 裏地のバンシー・シルクが「もう食えない!」と悲鳴を上げ、古竜のヒゲがブチブチと音を立てて千切れていく。

(キャパシティオーバー……! このままじゃ、スーツごと公爵様が爆発しちゃう!)

 リリエの脳裏に、最悪の結末がよぎる。

 彼が爆発すれば、その余波で王都は消し飛ぶ。

 かといって吸収を止めれば、聖女の光で焼き尽くされる。

 詰みか?

 いいえ。

 仕立て屋に、「修復不可能(リペア不能)」の文字はない。

「……公爵様。私を信じて、限界まで吸い続けてください!」

『リリエ!? 何を……!』

「サイズ直し(リサイズ)です! 今のあなたの器じゃ足りないなら……私がその場で『縫い広げて』あげます!」

 リリエは鞄から、ありったけの魔石と糸を取り出した。

 そして、光と熱の嵐が吹き荒れる公爵の足元へと、迷わず駆け出した。

 熱い。

 近づくだけで肌が焼けるようだ。

 だが、リリエは止まらない。彼女は公爵の背中に飛び乗ると、裁ち鋏を突き立てた。

展開オープン!」

 ジャキッ!

 リリエは、崩壊寸前のスーツの背中を、自ら切り裂いた。

「なっ!? 何をしているんだあの女は! 自滅する気か!?」

 クロードが叫ぶ。

 常識的に見れば、防御服を脱がせる自殺行為だ。

 だが、リリエの狙いは違った。

 切り裂いた裂け目から、行き場を失っていた膨大な光エネルギーが、虹色の奔流となって溢れ出す。

「逃がしません! ……縫合ステッチ開始!」

 リリエの指先から、無数の魔力糸が放たれた。

 彼女は溢れ出したエネルギーそのものを「新しい布」と見なし、公爵の影と縫い合わせ始めたのだ。

 光を遮断するのではない。

 光を取り込み、デザインの一部として再構築する。

 それは、即興の神業。

 オートクチュール・魔法縫製『プリズム・ウィング』。

「うおおおおおっ!!」

 リリエの気迫に応えるように、公爵が咆哮する。

 彼の中で暴れていた破壊のエネルギーが、リリエの糸によって整流され、新たな形を成していく。

 背中の裂け目から噴き出した光と影が絡み合い、巨大な「翼」となって展開された。

 右翼は、夜空のごとき漆黒。

 左翼は、朝焼けのごとき極彩色。

 対極にある二つの色が、リリエの銀の糸で縫い合わされ、美しいグラデーションを描いている。

「な、なによ、あれは……」

 聖女ルミナの手が止まった。

 彼女の知らない色。彼女が否定し続けた、混沌とした「生」の色。

 それが、あまりにも美しく、空を覆い尽くしていたからだ。

『……軽い』

 公爵が目を見開く。

 苦痛が消えた。

 リリエが、破壊のエネルギーを推進力(翼)へと作り変えてくれたのだ。

『リリエ。……君は本当に、無茶をする』

「誰かの奥様ですからね。……さあ、行ってください! あんな味気ない白紙の世界、あなたの色で塗り替えて!」

 リリエが公爵の背中を叩く。

 公爵はニヤリと笑い、大地を蹴った。

 ドォンッ!!

 巨大な翼がはためき、公爵が光の矢となって空へ舞い上がる。

 その軌跡には、美しい虹と――そして大量のピンク色の光の粉が撒き散らされた。

『ルミナ! これが君が捨てた「ゴミ」の輝きだ!』

 公爵は聖女と同じ高さまで飛翔すると、右手の拳にすべてのエネルギーを収束させた。

 殴るのではない。

 「触れる」のだ。

 かつて拒絶されたその手で、もう一度。

「来るな! 汚らわしい!」

 ルミナが光の障壁を展開する。

 どんな攻撃も弾く絶対防御。

 だが、公爵の拳は、障壁をすり抜けた。

 彼の纏うエネルギーは、ルミナ自身の光(聖力)と、公爵の影(魔力)、そしてリリエの愛(結合)が混ざり合ったものだ。

 ルミナにとって、それは「敵」ではなく、「自分の一部」として認識されてしまったのだ。

「え……?」

 障壁を透過した公爵の手が、ルミナの頬に触れる。

 パシッ。

 乾いた音がして、公爵は彼女の頬を優しく両手で包み込んだ。

『……冷たいな』

 公爵が囁く。

『一人で、寂しかったろう。……光だけの世界は』

 その言葉と共に、公爵の手から、蓄積された莫大な「熱」がルミナへと流れ込んだ。

 それは攻撃の熱ではない。

 リリエとの日々で彼が知った、体温の温もり。紅茶の湯気。繋いだ手の汗ばむ感覚。

 人間が生きるために必要な、泥臭くて愛おしい「熱量」だ。

「あ、あつ……い……やだ、変な感じ……」

 ルミナの瞳が揺れる。

 空虚だったガラス玉のような瞳に、熱が灯る。

 それは、彼女が生まれて初めて感じる「感情」の奔流だった。

 怒り、戸惑い、恥じらい、そして――安らぎ。

「これが……汚れ……? どうして……こんなに、温かいの……?」

 ドクン。

 ルミナの心臓が大きく跳ねた。

 彼女の全身から放たれていた攻撃的な白光が、フッと力を失い、柔らかなオレンジ色の光へと変わっていく。

 キャパシティオーバーを起こしたのは、今度は聖女の方だった。

 「無」であった彼女の器に、許容量を超える「愛(とピンク色のデレ)」が注ぎ込まれたのだ。

「きゃぁぁぁっ!?」

 ルミナは顔を真っ赤にして、ショートしたように白目を剥いた。

 プシューーーッ!

 彼女の頭からも、公爵と同じような蒸気が噴き出し、背中の光の翼が霧散する。

 支えを失った聖女の体が、空から落下した。

 それを、公爵が長い腕でしっかりと受け止める。

『……やれやれ。手のかかる元・主だ』

 公爵は苦笑しながら、虹色の翼を広げ、ゆっくりと広場へと降下した。

 空を見上げれば、暗雲は消え去り、そこには美しい夕焼けと、うっすらと残るピンク色のオーロラが輝いていた。

 ***

 広場に降り立った公爵と、腕の中で気絶している(顔は真っ赤な)聖女。

 そして、ボロボロになりながらもハサミを構えて駆け寄ってくるリリエ。

 静寂が破られたのは、一人の子供の声だった。

「きれい……」

 誰かが呟いた。

 白一色だった広場には、公爵が撒き散らした光の粉が降り積もり、まるで花畑のようにカラフルに彩られている。

 人々は、自分たちの白い服についた「色」を見て、呆然とし、そして笑い合った。

「なんだ、汚れても……死なないじゃないか」

「こっちのほうが、ずっと綺麗だ」

 呪縛が解けたのだ。

 「白くなければならない」という強迫観念が、リリエと公爵が示した「色の美しさ」によって上書きされた瞬間だった。

「リリエ……」

 人混みをかき分けて、クロードが歩み寄ってきた。

 彼は膝をつき、リリエのドレスの裾を掴んだ。

「私の……負けだ。君の作る服は、魔法などではない。もっと根源的な……『生命』そのものだった」

「クロード様」

 リリエは鋏をしまい、穏やかに告げた。

「服は、人を縛る鎖ではありません。……誰かを抱きしめるための、一番外側の『皮膚』なんです」

 その言葉に、クロードは涙を流して頷いた。

 広場中から、万雷の拍手が巻き起こる。

 それは魔物を称えるものでも、聖女を崇めるものでもない。

 ただ、そこに在る「愛」と「美」への、純粋な祝福だった。

『……リリエ』

 公爵が、聖女を騎士たちに預けると、リリエの前に立った。

 スーツは限界を超え、ボロボロに裂けている。

 隙間から黒い影が漏れているが、今の彼を恐れる者は誰もいない。

『君は、私の誇りだ。……この世界を、救ってしまったな』

「ふふ。世界なんて大それたものじゃありません。私はただ、愛する旦那様をコーディネートしただけですよ」

 リリエが背伸びをして、公爵の頬(影の部分)にキスをする。

 

 ボッ!!!

 

 本日最大級のピンク発光が、王都の夜を照らし出した。

 その光は、国境を超え、魔界にまで届いたという。

 こうして、伝説の聖女祭は幕を閉じた。

 後に「虹色革命」と呼ばれるこの日の出来事は、人間界と魔界の歴史を大きく変える転換点となったのである。


(第17話 完)

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