第1話
雨は好きだ。
上下わかれたカッパに身を包み、フル装備で土手沿いの道をゆく。雨が好きなのはカッパで外に出るのが楽しいから、なんて子供じみた理由ではない。
夜が好きで、朝は大嫌いだからだ。私はいわゆる不登校である。不登校もみんなが学校に行かない夜は、みんなと同じで学校に行かなくていい。だけど朝になったら本当は学校に行かなくちゃならない。
私は普段から平日の人が少ない時間帯に外に出るが、雨の日の平日というのはよりいっそう人がいないので大好きだ。真夜中も大好きなのだが、高校には行っていなくても私は現役バリバリのJKなので、そんな時間に下手に外に出ることはできない。
一人で歩いていると、考え事がはかどる。私は学生であるにも関わらず、長期にわたって学校に行っていないため一般的には不登校と呼ばれるが、そんな実感はない。いじめられたとか、学校が嫌になる正当な理由も無い。不登校なんだ、かわいそうみたいな目線を向けられることも少なくないが、不登校ってそんな大それた物じゃない。一言でいえば面倒、ただそれだけなのだ。それなのに不登校とかいうレッテルを張られるのは少々不愉快なのである。
なんてことを考えたが、私は自分の考えにあまり固執しないので、3歩あるけばどうでもよくなった。やっぱり雨の日はいい。普段はこの時間の土手には子供たちで溢れているが、今日は人っ子一人いないのだ。
よいこのみんな雨の日は川に近づいてはいけないという教えを守っているんだろうな。無論私だって同じことを言われているが、反抗してみたくなっちゃうお年頃だから言いつけに背いている訳ではなくて、しっかりとした目的があって川沿いにやってきた。よいこは真似しちゃいけないよ。まぁ正直言うと反抗したいお年頃なのだが、今回は反抗が目的ではない。
たどり着いたのは小さくて汚い橋の下。ここは私のお気に入りスポットなのである。フル装備なので水が滴る草によってびしょびしょになる心配はせずに、堂々と草むらに腰かける。ここは普段から人通りも少なくて、ゆっくりと水の流れを眺められる。
草をかき分ける音がして、アイツがやってくる。正直雨の日はここでなくても良いが、今日わざわざやってきた理由は、最近仲間ができたからだ。ネコだ。私はいろいろなことに疎いのでわからないが、三毛猫だ。きっと。三毛猫のオスは珍しいらしい。こやつがオスかは知らないが。
「お前はかわいいな。」
一応野良猫なので手は触れないようにしているが、触りたい。かわいい。私がここに来たら寄ってくるんだぞ?そりゃかわいいだろ。それに、私のお気に入りの場所がモフモフのお気に入りにもなったというのは、普段喜びのない私にとってとてつもなく嬉しいことなのだ。少しの間川を眺める。
「あーあ、どうしたらいいんだ、自分。」
お前の前だとうっかり本音が声にでるんだよな。自分にすらなかなか出せないのに。やはりモフモフの前には無力なのか。強がっているがやっぱり不安なのだ。学校に行く、ただそれだけのことができない。みんなが普通にやっていることができない。自分にはやりたい事もできる事もなにも無い。
足音が聞こえるな。見つかったところで何もないんだろうが、少し伏せる。足音が遠くなってゆき、また静寂がやってくる。静寂というものは、本当に無音の時よりもうるさくない音が聞こえるときの方が感じやすいらしい。今は川の流れる音と雨音が静寂を鳴らしている。多分。
再び足音がやってくる。こんなに人が通ることは珍しいと思いながら、もういちど少し伏せる。足音は近づいて、遠ざかってゆく。はずだった。雨の道路を進音から草を踏む音に変わり、どんどんと近づいてくる。怖い。水たちの奏でる音の中から声が聞こえる。
…コ。
「コ?」
「ミーコ。」
ミーコだ。ミーコと呼ぶ声だ。勘の良い私はすぐに気が付いた。ミーコというのは、きっとこのモフモフのことだ。
逃げるか?いや無理だ、動くと草の音でバレる。しかしモフモフは私のすぐそばに。一応身はひそめる。
カサカサと音を立てながら足音はすぐそばまでやってきた。詰んだぁ。
「こんにちは?」
可愛らしい声だ。いや、それどころじゃない、これは私に向けられた「こんにちは?」だ。あぁ、どうせみつかるならこんな恥ずかしい恰好しなければよかった。ちじこまったりなんてしなかったら「?」が付いた「こんにちは?」なんてもらわなかったはずだ。あぁ、やっぱり私は馬鹿だ。
「どうかしましたか?」
聞かれた。
「大丈夫です。」
咄嗟に答えた。
「ならよかった。私、相田 美鈴といいます。この猫ちゃんに餌をあげに来たんです。」
「っ飯田です。あ、別にここに何かしに来たわけではなk、かといって怪しいものでもなく、」
この人は笑った。
「大丈夫、怪しい人だなんて思いませんよ。飯田さん良い人そうですしね。」
うわぁ、輝いている。この制服は隣のそこそこ頭のいいギャル高校だ。こんなやつが申し訳なさすぎる。
「私、この子にご飯あげに来たんです。最近見つけたんですけど、可愛いですよね。」
そう言って、相田 美鈴さんは手に持っていたスーパーのビニール袋から魚肉ソーセージを取り出して、丁寧にフイルムを剥いて、モフモフに差し出した。モフモフは見たことない笑顔でしゃぶりつく。ネコの表情なんてわからないが、あれは確実に笑っていたと言い切れる。
相田 美鈴さんは口を開いて言った。
「私もときどきここに来るんです。」
こんな優しそうで明るい人がこんなところに来るなんて思ってもみなかった。
「そうなんですね。」
私にはぶっきらぼうな返事しかできない。
「なんだか疲れちゃったときにここに来ると心が軽くなるんですよね。最近はミーコにも出会えたし。あ、私勝手にこの猫さんのことミーコって呼んでるんです。」
「そうなんですね。」
私には同じような返事しかできない。
「あ、ごめんなさい、私のことばかり話してしまいました。いつもミーコにはついつい色々なことを話してしまうので、つい普段と同じようにしちゃってました。」
「自分もモフモフにはなんでも話しちゃうんだよな。」
気が付けば声に出ていた。
「飯田さんも同じなんだ、嬉しいな。私と同じ人がいて、しかも今日出会えたなんて。…飯田さん、この子のことモフモフって呼ぶんですね。かわいい。」
モフモフの力は思っていたよりもずっと偉大なようだ。というか、かわいいなんて言われたのはいつぶりだろうか。あ、かわいいのは私ではなくてモフモフのことか。自意識過剰だ、恥ずかしい。
モフモフはすでに魚肉ソーセージをたいらげていた。
「よくたべたね、ミーコ。それじゃあ私は失礼しますね。また会いましょうね、飯田さん。」
そう言って、相田 美鈴さんは颯爽と去って行った。




