第98話 二人の試練
今日からは、キールとテオの回想編です。
なので、しばらくルーチェは名前しか出てきません。
───時は半月程遡る。
国王への謁見を終え、ルーチェと別れた二人は、キールの実家であるランゼルフォード公爵邸を訪れていた。
当主であり、キールの父でもあるカイルに呼び出されていたのだ。
応接間に通された二人を出迎えたのは、整った装いに理知的な眼差しをたたえたカイルだった。手にしていた書類を机に置くと、軽く顎を引いて座るよう促す。
使用人が紅茶を置いて部屋から下がったのを確認してから、ようやく口を開いた。
「キール。クリスから話は聞いている。……あの、セシを救った英雄少女と共に、ゴブリンキングやデッドタートルを討伐したそうだな。ご苦労だった」
「……はい。ありがとうございます、父上」
キールは姿勢を正し、緊張を滲ませながらもきちんと答える。
カイルの視線が横の青年へと移った。
「テオ君……だったな」
「はい」
声は落ち着いており、迷いがない。わずかに背を伸ばしたが、堂々とした調子だった。
「息子からの手紙にその名があったと、妻から聞いている。……我が息子と親しくしてくれているそうだな」
「ええ。キールは俺の、大切な友人です」
テオの短くも力のある言葉に、カイルの眼差しが僅かに細められる。探るような色か、それとも評価か――判別は難しい。
「……キール」
「はい、父上」
「お前が……いや、“お前たち”がある程度の実力を兼ね備え、魔物と渡り合えることは理解した」
「それは……」と口を開きかけたキールを制するように、カイルは続けた。
「だが。どちらの討伐にも、“英雄少女”の存在が不可欠だった……とも聞いている」
キールは言葉に詰まり、テオも苦い顔をする。
それを見届けながら、カイルは低く静かな声を落とした。
「最近は魔物の凶暴化も相次いでいる。ならば“ある程度の強さ”では足りぬ」
「……確かに」
テオが小さく頷く。その声音は臆したものではなく、状況を受け止めた同意だった。
ややあって、キールが真っ直ぐに父を見据える。
「では……どうすれば、認めていただけるのでしょうか」
静かだが、迷いのない声音。
「……キール。そしてテオ。お前たち二人には試練を与える。文字通りの、最後の試練だ。これを果たせば……お前たちが騎士を辞め、冒険者となることを、私が陛下に進言しよう」
「……!」
二人の胸に緊張が走る。
「話は簡単だ。二人だけの力で、高ランクの魔獣を討伐してこい」
カイルの厳しい眼差しが、真っ直ぐキールを射抜いた。
隣のテオは心の中で苦く笑う。
(簡単ねぇ……分かってて言ってるだろ、これ)
「クリスには既に話を通してある。……行け」
「……分かりました。ありがとうございます、父上」
深々と頭を下げるキール。その後ろで、テオも軽く顎を引いて礼をした。
「了解しました」
二人はランゼルフォード邸を後にする。
向かう先は――王都の冒険者ギルド。冒険者としての一歩を、本当の意味で踏み出すために。
「待っていたよ、キール」
王都の冒険者ギルドに着くと、二人はギルドマスターの部屋へ通された。出迎えたのは、キールの叔父であるクリスだった。
(キールの叔父さんの方が、何となくキールに似てるな。血筋が伺えるというか、公爵家ってやっぱりすごい……)
「お久しぶりです、叔父上」
「どうも」
キールが丁寧に挨拶する横で、テオはいつも通りの落ち着いた様子で軽く会釈した。
挨拶を終えると、二人はソファへ腰を下ろす。
「カイルから聞いてるよ。テオくんと二人で危険な挑戦をさせるから、それらしい依頼を見繕えってね」
「あー……あの人が言いそうなことだね」
テオが小声で呟く。
「だから、いくつかそれらしいものを選んでおいた。この中から選んでくれ」
クリスは、魔物討伐関連の依頼書を整然と並べた。
「高ランクモンスターの討伐依頼がこんなに……」
「どれもこれも、めんどくさそうなのばっかだね」
二人が並べられた依頼を眺めていると、キールが口を開いた。
「ん? ……あの、叔父上。この“緊急”っていうのは?」
「あぁ、ゴルザガルムの討伐だね……砂漠の街ザフラのギルドからの依頼で、砂丘に現れる大型の魔物を討伐してほしい、ってものだ」
「……ギルドからの依頼? ザフラ支部にだって冒険者はいるんだよね?」
「もちろんいるにはいるんだけどね……あの支部の冒険者は、砂漠や港町、その周辺の村を行き来するキャラバンの護衛で今はほとんど出払っているらしい。今残っているのは、まだ経験の浅い新人冒険者ばかりだそうだ」
「それで、別の支部やこの王都にまで依頼が回ってきていると……」
「そういうことだ。砂丘の奥には古代遺跡もあって、その探索目当てに他所から来る冒険者もいたんだが……どうやらゴルザガルムにやられたらしい。今も消息が掴めない状況だ」
「……そんな化け物相手に、俺らを差し向けるって?」
「いやいや、まさかそんな」
クリスはにこやかに笑った。その顔には、あわよくば二人にやらせたいと書いてあるようだった。
「ただ、早急に対処した方がいいのは事実だ。ザフラ支部のギルドマスターからの情報では───観測魔法で確認した結果、ゴルザガルムの出てくる穴の位置が、以前よりも街に近づいている……と」
その言葉に、キールとテオは互いに顔を見合わせた。
そして二人は、ゴルザガルムの討伐依頼を受けることにした。
「ザフラに向かう商人の馬車に同行させてもらえるよう手配しておくから」
クリスはそう言っていた。
移動当日、二頭立ての荷馬車が王都の正門前に止まっていた。
ルーチェと別れの挨拶を交わした二人は、御者の男に促され馬車に乗り込む。そこには褐色肌の女性が座っていた。
「あんたたちがザフラまで行きたいって人?」
「はい。私はキールと申します。よろしくお願いします」
「俺はテオ、よろしく」
「あたしはサーシャ、ザフラの商人よ。早速向かうから、とりあえず座ってちょうだい」
二人が座ると馬車は動き出す。
手を振り続けるルーチェを後ろに見送りながら、キールとテオも馬車の後方に向かって手を振った。
そんな二人にサーシャが尋ねた。
「あの子はお仲間? それとも恋人?」
「……んー、仲間といえばそうだけど、なんだろう……」
テオはふっと笑う。
「泣き虫で寂しがりな、ただの可愛い女の子だよ」
からかうようでいて、どこか愛しさを滲ませた優しい声だった。
「今回は彼女は別で、我々だけでザフラの街へ向かうんです」
「そうだったのね」
サーシャは察したようにうなずいた。
「ところで、サーシャさん。少しお話よろしいですか?」
「何かしら?」
サーシャは、値踏みするような目で二人を見つつ、小首を傾げる。
「……ゴルザガルムという魔物をご存じですか?」
「知ってるけど……」
サーシャは少し考えてから口を開く。
「アレは化け物よ。突然砂地から現れて、キャラバンごと引きずり込んで食らう……そんな恐ろしい魔物」
「ふーん……ま、情報通りって感じかな」
テオはクリスから渡された資料を読みながら呟く。
「……実際に遭遇したことは?」
「……直接襲われたわけじゃないの。ただ、砂地で商品になる花を採っていた時に、遠くでキャラバンが襲われるのを見たの。砂から出てくる瞬間の音と、人々の悲鳴が聞こえて……振り返ったら、あの化け物がいたの」
「お怪我は……?」
「私は大丈夫。ただ、それ以来怖くて、砂漠を通らないルートで行ける仕事ばかりしてる……多分これからもそう。少なくとも、ゴルザガルムがいなくなるまでは……」
落ち込むサーシャの姿を見て、二人は静かに覚悟を決めた。
「ちょ、ちょっと待って……」
サーシャが何かに気づいたように二人を見た。
「まさか……貴方たち、あのゴルザガルムを倒しに行くつもり?」
「そうだけど?」
「無茶よ! あれは砂漠を支配して、人を平気で食らう……文字通りの化け物なのよ?」
「……理解しています。どれほどの被害が出て、どれだけの人が犠牲になったのかも」
キールの声音は落ち着いていた。
「けど、依頼を受けちゃったからにはやらないとじゃん?」
テオは笑って肩をすくめる。
「それに、あの子におまじないしてもらったからさ。俺らは負けないよ。絶対にね」
そう言ってテオが手を差し出す。キールも応じて、ぱんっと軽快な音を立ててハイタッチを交わした。
「……ほんと、馬鹿だわ、貴方たち」
サーシャはどこか諦めたような声で小さく呟く。
馬車の車輪が砂を踏みしめ、揺れながら進んでいく。
日差しはじりじりと熱く、風に混じる砂の匂いが次第に濃くなっていった。
やがて地平の向こうに、白い壁に囲まれた街が姿を現す。
砂漠に築かれた街──ザフラである。




