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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第92話 騎士とは


 

 野営地は街道沿いの小高い土手を降りた先にあった。


 静かに流れる川のそば、背の低い草と小石の入り混じった土の上に、数か所の焚き火が灯る。淡く揺れる炎と、煮込み鍋から立ち上る湯気の匂いが、訓練を終えた騎士たちの腹を刺激していた。


 草原の端に立ち並ぶ簡素なテントの群れ。そこからやや離れた川沿いでは、焚き火を囲んで談笑する者、静かに器を手にする者、数人で感想を交わす者──それぞれが思い思いに、束の間の安らぎを楽しんでいた。


 そんな中、木の器を手に一人の女性が、第一騎士団の集まりに現れた。


「皆、ちゃんと食べているか?」


「「ひ、姫様!!」」


 騎士たちが一斉に立ち上がりかけたのを、彼女は軽く手で制する。


「姫様はよせ。堅苦しいのも今日は無しだ。無礼講で構わん。」


 少し驚いたように顔を見合わせる若手たち。


 彼女───エステルは空いていた丸太に腰を下ろし、焚き火の鍋からよそったシチューの器を膝に乗せた。


「冷めないうちに食え。今日は皆、かなり消耗しているはずだ。ちゃんと食べて英気を養うのも、騎士の務めだぞ」


 湯気の立つ器を手に、次々と騎士たちが「いただきます」と声を揃え始めた頃、ひとりの青年が恐る恐る声をかけた。


「……あ、あの、エステル様!!」


「ん?」


「だ、第一騎士団、第五小隊所属、フィノ・レダルと申します! 無礼を承知でお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか!?」


 エステルは少し眉を上げたが、頷いて言った。


「食べながら聞こう。遠慮はいらん」


 わいわいと話しながら食べていた他の騎士たちも、さりげなく耳をそばだて始める。


「その……エステル様は、戦うのが怖くはないのですか?」


「……というと?」


「俺……田舎から出稼ぎで王都に来ていて、王都で色々な仕事をしましたが、どれも上手くいかなくて……。最後に騎士団員募集の貼り紙を見て……、自分の所属する第五小隊は偵察や警戒が仕事……でも、時に第二騎士団とも連携をとって戦闘にあたることもあると聞きました。正直、魔物と戦うのも怖いと思っていて。でも、逃げたらずっと自分を責める気がして……」


 フィノの言葉は途中から震えていた。


「どうしたら、エステル様のようになれますか……?」


 エステルはしばらく黙ってシチューを口に運んだ後、器を置いた。


「……私も、別に怖くないわけじゃない。私だって人間だ。殴られれば痛いし、血も出る。お前たちと同じ、赤い血が流れている人間だ」


 フィノが目を見開く。周囲の騎士たちも息を飲んだ。


「そして───君は少し勘違いをしている。君は一人で戦っているのではない。隣には、志を同じくする仲間がいて。後ろには、守るべき民がいる」


 焚き火の火がぱちりと爆ぜる音の中、エステルの声は強く、しかしどこかあたたかかった。


「第一騎士団は、民と国を守る“盾”。第二騎士団は、敵を貫く“矛”。どちらかが崩れても、国は守れない。」


 エステルは静かに、しかし力強く言葉を続ける。


「そして、私たちが倒れれば、次に傷つくのは───この国の民たちだ」


 少し視線を上げ、テントの方角を見ながら彼女は静かに続けた。


「覚えておけ、人は“守るべきもの”をしっかり定めている者ほど、強く在れる。グレイ将軍も、その一人だ。 …あの人は、ただ強いだけじゃない。皆を信じ、背負っているからこそあれほどの強さがある」


 フィノは、何かが胸に落ちたような顔で深く頷いた。


「……ありがとうございます……!」


 その返事に、周囲の騎士たちも笑顔で拍手を送ったり、背中を叩いたりする。


 焚き火の炎はゆらゆらと揺れながら、その夜、騎士たちの心に静かに灯を灯していた。





 焚き火の明かりが静かに揺れていた。


 騎士たちは食事を終え、使った器を洗い、残った薪を確認しながら、順次交代で見張りについたり、夜営の準備を進めていた。川のせせらぎが、騎士たちの話し声や笑い声の余韻に溶けていく。


 エステルは少し離れた土手の上から、そんな彼らの様子を見下ろしていた。そこへグレイ将軍が隣に立つ。


「姫様、今回は第一騎士団に随分と喝を入れていただいたようで…」


 グレイが小さく笑った。


「それに、騎士たちの気持ちをまとめあげるのもお上手だ。今回の合同訓練、もしや私は不要でしたかな?」


 エステルは微笑みながら首を振る。


「そんなことは無い。第二騎士団の者たちも、守りの堅い相手と戦う術を貴方から学べて光栄だっただろう。…心残りがあるとすれば、私がグレイ将軍と直接鍛錬できなかったことかもしれないな」


「ご冗談を。若い頃ならともかく、今の私では姫様には適いませぬよ」


 そう返す将軍の口調は柔らかく、だがどこか誇らしげだった。


「何を言うか、グレイ将軍はまだ現役だろう」


 エステルは真剣な目で将軍を見やった。


「それに、状況次第では私も“その盾”は崩せない。あなたの守りは、それほど堅く、そして心強いものだ」


 火の粉が空へ舞い、静かな夜に沈む。


 しばしの沈黙のあと、エステルはふと遠くを見ながら言った。


「兄上に振り回されて大変かもしれないが、私のいない間、国のことを頼む」


 その言葉には、王族としての覚悟と、信頼が込められていた。


 グレイは一礼する。


「姫様の御心のままに。――この盾に懸けて、必ずや」


 二人が語らっていると、街道の方から――ドドドドッという地響きのような音と共に、二つの土煙がこちらへと迫ってきた。


 目を凝らすと、姿が見えてくる。それは……影狼(シャドウウルフ)風豹(シルファング)だった。


 グレイは即座に反応し、剣と盾を構えてエステルの前へと出る。しかし、エステルは落ち着いた様子でその動きを制した。


「よせ。あれは……」


 土煙の中、疾走する獣たちの背に、誰かが乗っているのが見える。そのうち、風豹(シルファング)の方――前を走る魔獣のその背に乗っていたのは、ルーチェだった。




***




 ナガレノ村から王都へ戻る途中。


 ルーチェとライクを背に乗せたノクスとシアは、平原沿いの街道を風のように駆け抜けていた。


 最初は静かに走っていたが──次第に速度を上げ、いつの間にか全力疾走になっていた。二体の魔獣は、まるで競い合うように走りながら、どこか楽しげに風を切っている。


『お嬢様、あれはもしや───』


 精霊リヒトの声が心に響く。


 視線を向けると、川沿いにいくつもの明かりがぽつぽつと灯っていた。


 ルーチェがそちらに意識を向けると、ノクスとシアも自然とそちらの方向へ向きを変え、加速した。



──やがて。



 街道の先、野営地で会話していたグレイとエステルのもとへ、土煙を上げて二体の魔獣が迫る。グレイが剣と盾を構えて警戒するが、エステルがそれを制した。


 そして土煙が止み、静かになった時──そこには、ノクスの背に乗ったライクと、シアの背で微笑むルーチェの姿があった。


「ルーチェ……」


 エステルが目を細めて名を呼ぶ。


「エステル様! グレイ将軍も、こんばんは!」


 ルーチェが明るく言いながらお辞儀をすると、エステルは僅かに眉を寄せながら尋ねた。


「……ゴホン、ルーチェ。一応聞くが、何をしていたんだ?」


「はい! こちらの先輩冒険者、ライクさんと一緒に、この川の上流にあるナガレノ村へ討伐依頼で行っていたんです。でも、帰りの馬車が出せないってことで……ノクスとシアに乗って戻ってきました!」


「そうか……」


 エステルの視線が、ちらりとライクに向く。その瞬間、ライクはビクッと肩をすくめた。


「私はヴァレンシュタイン王国第一王女、そして王国第二騎士団の騎士団長──エステル・ヴァレンティーナだ。以後よろしく頼む」


(お、おおおお……おうじょさまっ!?)


 エステルが手を差し出すと、ライクはガタガタ震えながらもなんとか手を伸ばした。


「エステル様、こちらはライク・ヘイゼル先輩です! 王都の冒険者ギルドのAランク冒険者なんです!」


 ルーチェが紹介している光景に怪訝そうな顔をする。


「……なぜ、ルーチェが紹介している?」


「ライクさんは極度の緊張しいで……」


 エステルはライクの手をそっと握り、すぐに離す。


「そうか、それは難儀だな。それで、ルーチェ。君はこのまま王都へ帰るつもりか?」


「はい、そのつもりでしたけど……」


「もう暗い。せっかくだ、今日はここで一緒に野営していかないか?」


 予想外の提案に、ルーチェとライクは揃って目を見開いた。


「へっ!?」

(!?!?!?)


「姫様、しかし──」


 グレイが控えめに口を挟む。


「二人増えた程度で何か困るか? それに、将軍」


 エステルはいたずらっぽく笑みを浮かべながら、問う。


「この場の最高指揮官は誰だったかな?」


「……それは姫様にございます……」


 グレイは肩をすくめると、小さくため息をついた。

 エステルは踵を返し、二人を手招きする。


「よし、ついてこい。せっかくならルーチェ、私の天幕に泊まるといい。広すぎて、少々寂しさを感じていたところだ」


「えぇっ!?」


「ライクと言ったな。貴殿は一人の方が落ち着くだろう? ルーチェが心配しそうだから、私の天幕から遠くない場所にテントを張るといい」


 ライクは首を縦にぶんぶんと振った。


「決まりだな。──行くぞ、ルーチェ」


「は、はいっ! エステル様!」



***



「あ、ルーチェじゃねぇ……ですか……」


 声をかけてきたのは、第二騎士団・機動遊撃部隊の副隊長、レオニス。

 ルーチェにとっても馴染みのある顔だった。


 突然の再会に笑みを浮かべて言葉をかけようとしたレオニスだったが──その隣に立つエステルの存在に気づいた瞬間、声のトーンが不自然に変わった。


「……随分と気が抜けているな、レオニス。訓練を倍にした方が良さそうか?」


 涼しげな笑みを浮かべながら、エステルが言う。


「……申し訳ございません、勘弁してください……」


 レオニスは顔を引きつらせ、額に冷や汗を浮かべる。


「冗談だ。……ルーチェとは、たまたまそこで会ってな。今日は私の天幕に泊めることにした」


「……えっ!?」


 目を丸くして、レオニスは慌ててルーチェに耳打ちする。


「お、おい、いつの間に団長とそこまで仲良くなったんだよ……!!」


「えっと、この間……エステル様と“お友達”になったんです……」


 ルーチェはにっこりと笑って、嬉しそうに答えた。


「お、お友達ってなぁ……」


 レオニスは何とも言えない表情で頭を掻いた。その姿は、驚きと少しの呆れが混じっていた。





「団長、お戻りですか……」


 天幕の入り口に立っていた男が、ルーチェに視線を落とした。


「アレン。ルーチェが来たぞ」


「謁見の時ぶりですね、ルーチェ様」


 アレンは控えめに頭を下げる。


「アレンさん、こんばんわ」


 ルーチェも丁寧にお辞儀をした。


「今日はルーチェをここに泊める」


 エステルの言葉に、アレンが目を見開く。


「なっ!? いけません、姫様! いくら知り合いとはいえ、冒険者の娘と王族が同じ天幕で夜を明かすなど!」


「ルーチェ。アレンは落ち着いている時は“団長”と呼ぶくせに、慌てると“姫様”になるんだ。中々面白い男だろう?」


「───聞いているのですか、姫様!」


「聞いているとも」


 エステルは微笑みながらも、はっきりと断言する。


「ルーチェは大丈夫だ。魔物たちがあれほど懐いているのだから、悪い人間ではない」


「で、ですが……!」


「ともかく泊める。さあ、入れ。ルーチェ」


 エステルが天幕の入口から、中を示す。


「お、お邪魔します……!」


 ルーチェとエステルが天幕の中へ入っていくと、アレンは深くため息を吐いた。

   


 

ハッピーハロウィン!お菓子ください、作者はチョコレートが食べたいです!


数日前にダイソーに行ったら、もうクリスマスのグッズが売られててビビり散らかしましたw


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