第91話 合同訓練
今日はルーチェはお休みです。
──遡ること数日前。
それは、ヴァレンシュタイン王国の王城での出来事だった。
城の隣にある騎士団の訓練場では、第一騎士団と第二騎士団の兵士たちが木剣を手に、打ち合いに汗を流していた。
「あ〜……」
ベンチに腰掛けて休憩していた第一騎士団の若い騎士が、だるそうな声を漏らす。
「第二が羨ましい……」
「どうした、急に?」
その隣にいた第二騎士団の騎士が不思議そうに聞いた。
「あの王子の話だよ。急に来たと思ったら、もう、ハチャメチャな命令ばっかでさ」
「あー、そういやお前、この前王子の護衛してた時、街道で盗賊に遭遇したんだっけか?」
「あぁ。あの時も、せめてグレイ将軍がいてくれりゃ、もうちょっと違ったのに……。ほんと、エステル様の方がよっぽどマシだよ……」
その会話を、外の通路を歩いていた第一王女・エステルはふと立ち止まり、咄嗟に柱の影に身を隠した。
「ま、訓練は姫様の方がキツいけどな」
「でもさ、指揮官としての器っていうか、カリスマっつーの? ……差がデカすぎるよな、兄妹なのに。なんでこうなったんだろうな?」
「おいおい、それ聞かれてたら死ぬぞ……」
(……やはり、騎士たちの不満は高まっているようだな)
エステルは静かに柱の影から現れ、気配を消すようにして騎士たちの背後に近づいた。
「お前たちの気持ちは、分からんでもないがな」
突然話しかけられた上に、相手がエステルであると気がついた騎士たちは立ち上がって整列した。
「えっ、エステル様っ!?」
「いやっ、これはその、違っ──!」
「確かに、私も兄上の行動に思うところがないわけではない」
そのエステルの背後から、ひときわ重厚な鎧の音が響く。
現れたのは老齢の騎士、グレイ。
かつては国王エルガルドの護衛騎士として王家に仕えていたが、今は第一王子エドワードの補佐および若手の育成を任され、第一騎士団副団長として現役に戻っている。
「あの方も、あれでな……己の進むべき道を模索しておられるのだ。我ら第一騎士団の務めは、その歩みを支えてやることだと思うぞ」
グレイは静かに、だが優しく騎士たちを諭した。
「それにしても……姫様の御前でそのような話とは。どうやら少々、たるんでおるようだな。姫様、部下の失言、どうかお聞き流しいただけませんか?」
「ああ、こちらも同調していた身だ。今回は流そう」
エステルの言葉に、騎士たちは安堵の息を吐き、胸をなでおろした──が。
「そうです。……如何ですかな、姫様。今度、第一と第二合同で強化訓練など、行っては?」
「((えっ!?))」
騎士たちは顔を引きつらせた。
「それはいい案かもしれないな、グレイ将軍。一度合同で、全ての騎士の今の力量を確かめるというのも……ふふっ」
エステルは明らかに"悪い顔"で、にっこりと微笑んだ。
「「す、すみませんでしたぁ〜!!」」
***
王都を出た騎士団の一行が、長い騎馬の列をなして道を進んでいく。
旗が風にはためき、鎧の鈍い光が陽に照らされて揺れていた。
先ほどまでは王都の民たちに笑顔で手を振っていたエステルだったが、今はほんの少しだけ、浮かない顔をしていた。
「いかがなさいましたか? 団長」
斜め後方から、第二騎士団副団長のアレンが声をかける。
「……いや。やはり、ルーチェを連れてこられなかったことが、惜しいと思ってな」
「英雄少女、ルーチェ様ですか。……団長がそこまで言うとは、彼女はそれほどまでに強いのですか?」
「──さてな。だが、人の“強さ”にもいろいろある」
エステルは前を見据えたまま、静かに答える。
「少なくとも、戦いの腕前というよりは……信じる心の強さ、だろうな。それがそのまま彼女の強みに繋がっている。アレン、──ルーチェは、面白いぞ」
「そうですか……」
そこへ、別の騎士が馬を寄せてきた。
第二騎士団、機動遊撃隊の隊長、女騎士シェリルだ。
「団長、あの“王子様”は今日は来てないのかい?」
シェリルの問いかけに、エステルは複雑そうな顔をする。
「……ああ。声はかけたのだが“自分が行かなくてもエステルがいれば何とかなる”だの、“枕が変わると眠れない”だのと言ってな。諦めて置いてきた」
「相変わらずなんだねぇ……王子様は」
シェリルの言葉に、エステルは小さくため息をつくと、前方に向き直った。
「──さて。全軍、そろそろ速度を上げるぞ。一気に目的地である平原まで前進する!」
「「はっ!!」」
命令に応じて、騎馬の列は再び勢いを増し、道を駆けていく。
「団長。第一および第二騎士団、整列完了しました」
アレンの報告に、エステルが応じる。
「ご苦労」
彼女は天幕前に設置された簡易の壇に上がり、整列した騎士たちを見渡した。
「さて。第一騎士団および第二騎士団の諸君、今回の合同訓練に参加してくれたこと、感謝する」
エステルの声が、広場に響く。
「今回このような合同訓練を行うに至った理由は、二つある。一つ目は──最近頻発している魔物の凶暴化に関してだ」
騎士たちの表情が引き締まる。
「王都の冒険者ギルド。そのギルドマスター、クリス・ランゼルフォードはこう言っていた。『魔物の脅威が増すのならば、冒険者たちの質を高めねばならない』と。私もその意見に賛成だ。冒険者も、騎士団も、これまで通りでは通用しなくなる時が来る。──ゆえに、我々に必要なのは“実戦的な経験”だ」
そう言って、エステルは壇上からグレイ将軍の方に視線を向けた。
「今回の訓練では少し趣向を変える。第二騎士団にはグレイ将軍が、そして───第一騎士団には私が、直接指導にあたることとなった」
騎士たちの間にざわめきが走る。エステルはそれを片手で制し、口元に微笑を浮かべた。
「……ああ、そうだ。二つ目の理由をまだ話していなかったな?」
彼女の目が、列の後方――かつて愚痴をこぼしていた騎士の方へと向けられる。 その騎士は目が合った瞬間にビクリと肩を震わせた。
「第一騎士団の中で“私の指導の方がマシだ”という声が上がっていたそうでな?」
エステルはわざとらしく語る。
「───だから、その者の案を全面的に採用してやることにした。望みとあらば仕方あるまい。───みっちり鍛えてやる。以上だ」
悪戯な笑みを浮かべながら、エステルは壇から軽やかに降りた。
訓練が始まった。
エステルの持つ訓練用の鉄槍が、地を裂くように鋭く突き進む。
その直後、若い騎士の剣が振り下ろされるが──それは軽く弾かれ、騎士の体勢が崩れた。
「踏み込みが甘い。攻撃のあとに隙を晒しているぞ。すぐに次の一手へ移れ!」
荒い息を吐く騎士に、エステルは冷静に言い放つ。
その目は冷たくも、決して見捨てる色ではない。
「脇が空いている。その構えでは、横からの不意打ちに耐えられん。……訓練で死ぬつもりか?」
続いて別の騎士が槍を構え、果敢に向かってくる。
わずかに足がすくんだのを見逃さず、エステルは容赦なく指摘した。
「……お前は、もう少し力を抜け。強者を前に怯むのは、緊張感という意味では悪くない。だが、恐れるな。目を逸らすな」
鋭い眼差しが、まっすぐに騎士へ突き刺さる。
「敵には必ず、弱点がある。隙がある。それを見極める目がなければ──騎士は務まらん」
その言葉に、周囲で見守っていた他の騎士たちが息を呑む。誰一人、笑ってはいない。だが、全員の目に火が灯っていた。
一方──グレイ将軍が相手をする第二騎士団では。
大盾が地面に深く突き立ち、迫る斬撃を受け止める。
鋼の剣が火花を散らし、弾かれた。
「どうした? もっと力を込めねば、この盾は破れんぞ。中途半端では突破できん」
グレイの静かな声が、重く響く。
息を整える女騎士シェリルに視線を向け、頷く。
「……今の一撃は悪くない。だが、良い手が入ったからといって、そこで油断するな。“勝てるかも”と思った瞬間こそが──最も大きな隙を生む」
そこへ、重装突撃隊隊長のロウが勢いよく突進。
グレイの盾がそれを受け止め、わずかに後退する。だがその口元に、僅かな笑みが浮かんだ。
「ロウ。……また力を増したな? 前よりも、盾への衝撃が重く感じる。成長している証拠だ」
そして、彼はまなざしを他の団員たちに向ける。
一人ひとりに目を配り、名を呼び、丁寧に言葉をかけていくその姿は、まさに導く者そのものだった。




