第90話 風そよぐ帰り道
申し訳ないです、土壇場で調整入れてたら遅れました。
いつも読んでくれて、本当にありがとうございます!
ナガレノ村、村長宅にて。
「いやぁ、助かりました───これで、川の怒りは静まったでしょう」
村長ガラッパはそう言いながら、布袋を二人の前に二つ差し出した。
「これはそれぞれ、ヒルウナギとヌメロカエルの討伐報酬ですじゃ。お納めくだされ」
ライクはヒルウナギの報酬だけを静かに受け取ると、もう一方の袋───カエルの報酬の入った方を、もぞもぞとルーチェに差し出した。
「えっ!? いや、全部は受け取れませんよ…!」
ルーチェは思わず手を振ってあわあわする。
「半分くらいはライクさんが倒してましたし…!」
ライクは視線を逸らしながら、何度も小さく首を振る。
(戦闘以外でも助けられたから、せめて報酬は受け取ってほしいんだってば…! そうじゃないと、俺が…俺の存在意義が…!)
「で、でも……!」
(とにかくこれは君のだから!!)
「ライクさんのですって...!」
(というか早く受け取ってくれ! 間違って手に触れてしまいそうだ!)
「うぅ、受け取って貰えない…」
ルーチェが困ったように袋を見下ろす。
───そんなやり取りを見ていたガラッパは、心の中でぽつりと呟いた。
(何で会話が成立しているのじゃ……?)
首をかしげるガラッパ。そして少しして、さらに眉をひそめて思う。
(というか、あれは会話なのかのう…? 通じ合っているようで、どこか噛み合っておらんような……わしの気のせいか……?)
そんな村長の困惑をよそに。
「……じゃあ、ありがたく頂きますね」
ルーチェが少し照れたように微笑んだ。
ライクは小さくうなずく。
その様子を、ガラッパはしばらく見守っていたが───
「ともあれ、二人ともようやってくれましたな。これで村も安心ですじゃ……また、何かあればよろしく頼みますぞい」
ライクはぺこりと頭を下げる。
ルーチェも元気よく、
「はいっ!」
と笑顔で答えた。
その姿は、どこか凸凹で──けれど、不思議と噛み合っているようにも見えた。
街の食堂では、村の人々が簡素ながらも心のこもった料理で二人をもてなしてくれた。
焼いた川魚に、素朴な野菜の煮込み。それに風味豊かなパン。
「とっても美味しいです!」
ルーチェは嬉しそうに笑いながら、もぐもぐと頬を膨らませる。
ライクも黙々と手を動かし、料理を一皿も残さず、きれいに平らげた。
村長のガラッパは目を細め、深く頭を下げる。
「ほんに……ようしてくださった。川の怒りも、これでようやく静まることでしょう」
「そんな、大げさですよ」
ルーチェは照れ笑いしながら手を振った。
やがて食事を終え、村を発つ準備をしようとした、その時──
「ええ〜っ!? もう帰っちゃうのー!?」
子どもたちが駆け寄り、ルーチェとライクのまわりに集まってくる。
「また夜も一緒にご飯食べようよー!」
「お兄ちゃん、まだお喋りしてないよー!」
ルーチェはしゃがみ、子どもたちと目線を合わせた。
「ごめんね。もう討伐のお仕事は終わっちゃったから、帰らないといけないの。でも、また来れたら──そのときは、いっぱい遊ぼうね。たくさんお話しよう」
「やくそく!」
「やくそくー!」
子どもたちの笑顔に見送られるその横で、一人の作業着姿の村人が申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「その……すまんな。あの馬車は物資運搬用でな。今日は使う予定がなくて……わざわざ来てもらったのに、本当に申し訳ない」
「いえ、気にしないでください。私たちは大丈夫ですから」
ルーチェは穏やかに微笑み、ちらりとライクに視線を送った。
──その表情に、何か思いついたような光が宿る。
村の出口で、ルーチェとライクは振り返り、子どもたちに手を振った。
「それじゃあ、またね!」
「また来てなー!」
「お兄ちゃん、今度はお喋りしようねー!」
(……無理です……!!)
ライクは引きつった笑みを浮かべつつ、何度もぺこぺこと頭を下げた。
村から離れ、道が森へと差しかかる辺りで──
「よしっ、この辺なら大丈夫かな!」
ルーチェは言うと、手を掲げた。
「《召喚》───ノクス、シア!」
影から姿を現したのは、影狼ノクスと、風豹シア。
二匹の黒い魔獣は、ルーチェの左右に陣取った。
ルーチェはくるりと振り返り、ライクに笑いかけた。
「帰りはこの子たちに乗って帰りましょう、ライクさん!」
「……っ!?」
(え、今“乗って帰りましょう”って……言ったよな? の、乗る……!?)
ノクスは尾を誇らしげに振り、シアはルーチェの前で静かに座る。
ルーチェは慣れた様子で、ひょいっとシアの背に乗った。
「さ、ライクさんも!」
(……断れない。ここで俺だけ歩いて帰るのは……無理……!!)
観念したライクは、おそるおそるノクスの背にまたがった。
「それじゃあ──出発!」
ルーチェの明るい掛け声とともに、黒の魔獣たちは地を蹴って駆け出す。
森の木漏れ日をすり抜けて、風が二人の頬をなでてゆく。
ルーチェは前を向いて、笑顔で風を受けていた。
ライクはその背中を見つめながら、小さく息を吐く。
(……こんなの、初めてだ。誰かと、こんな風に帰るなんて)
ノクスの背にまたがりながら、ライクは前を駆けるシアの方へと視線を向けていた。その背中の上には、ルーチェがいる。
思えば、こうして誰かと共に魔物に乗って走る日が来るなんて、昔の自分には想像もできなかった。
***
幼い頃のライクは、人と関わることが極端に苦手だった。言いたいことが喉まで出ているのに、他者と向き合った瞬間、声が固まってしまう。真剣なだけの無表情は、周囲には常に不機嫌のように映った。
結果として、友達はおろか、顔見知りすら作れなかった。
──ライクの周りには、気づけば誰もいなかった。
『大丈夫。ライクのペースでいいのよ』
そう言ってくれた母の掌の温もりだけが、心の支えだった。
『お母さんとも、お話できるようになったでしょう?
きっといつか、他の誰かとも笑って話せるわ』
成人した彼は、母の言葉を信じて、勇気を振り絞った。
備蓄倉庫の管理。ギルドの資料整理。食堂の雑用。宿屋の清掃。
しかし、どれも長く続かなかった。
人と関われば、必ず上手くいかなくなる。
孤独は嫌なのに、結局また独りに戻ってしまう。その悪循環に、何度も押し潰されかけた。
───せめて、一人でできる仕事を。
そう思って選んだのが、冒険者だった。
魔物は言葉に詰まる相手ではない。向かってくるなら、この槍で応えればいい。
命のやり取りの最中だけは、自分を偽らなくていいのだ。
気づけば彼は、誰もが一目置くAランク冒険者になっていた。独りで戦うことを、誇りにさえ思っていた。
だからこそ──あの小さな背中に手を伸ばしてしまった自分に、戸惑いがある。
***
ライクは、体を少し前に傾けた。
「ノクス……、乗せてくれて、ありがとう」
そっと呟いたその声に、ノクスの耳がピクンと反応した。そして、ノクスが振り向き、
「……ワフッ……」
───と返事をするように吠えた。
ルーチェは振り返る。
「ライクさーん!! 風が気持ちいいですねー!」
そう笑顔で声をかけてくるルーチェに、ライクはほんの少しだけ微笑んだ。そして、小さく頷いた。
───それは、彼の中の何かが、ほんの少しだけ柔らかくなるような、そんな帰り道だった。
PVが3600超えた上に、ブクマ10になっててスカイダイビングしたくなった作者です。こんばんは。
さっき外出たら寒すぎて頬っぺた冷え冷えになりました。あと、カメムシがチラホラいるの勘弁して欲しい、踏みそうになる。




