第9話 実りの村リーベル
分岐を曲がってから更に数十分の道のりを経て、ようやくリーベルの村へと辿り着いた。
「セシの街からいらっしゃった方ですね、お待ちしておりました。私がこの村の村長です」
ルーチェ達を出迎えてくれたのは、穏やかな口調の初老の男性だった。
森の中にぽつんと佇む、木の柵に囲まれた小さな村。素朴な木造の家々に、一軒の宿屋。家々の横には大きな畑もあるが、その畑よりも目を引くのは村の中央にそびえ立つ一本の大樹だった。
「大きな木……!」
ルーチェが瞳を輝かせながら見上げるその横で、村長が不思議そうに尋ねた。
「あの、失礼ですが……あちらは娘さんでしょうか?」
「いや、あっちは、今回護衛を引き受けてくれた冒険者のルーチェだ。運搬の依頼を受けたのは俺で、セシの武器屋のハルクと言う。といっても、本来運ぶはずだったやつが怪我をしちまって、急遽頼まれて運んできただけだが」
「そうでしたか、それは失礼いたしました……」
丁寧に頭を下げる村長に、ハルクが荷物を示して言う。
「それで、この荷物はどこまで運べば?」
「私の家まで運んでくださると助かります。ご案内いたしますので……」
「ルーチェ、そこで少し待っててくれ。依頼完了のサインを貰ってくるからな!」
「分かりましたー!」
元気よく返事をして、ルーチェはその場に残る。
荷車を運ぶハルクの背中を、彼女はしばらく見送っていた。
「……大きな木だろう?」
ふと聞こえた優しい声に振り向くと、木の前のベンチに腰かけたおばあちゃんがルーチェに微笑みかけていた。
「この“恵樹”はねぇ、あたしが生まれるずっとずっと前──村ができるよりも前から、ここに立ってる木さ。村を作る時も、何故か切らなかったみたいでねぇ。他の木より太くて大きいから、村のシンボルにしたのかもしれないねぇ」
「そうだったんですね…!」
ルーチェが感嘆の声を漏らすと、おばあちゃんはうんうんとうなずいて続ける。
「この辺りの土地は《緑癒獣》という魔獣様が、恵みを守ってくださっているおかげでねぇ、こうして緑豊かなのさ」
「緑癒獣……?」
「おや、知らないのかい?」
「すみません、えっと、人里離れた場所で生まれ育ったもので……あまり、そういう知識がなくて…」
(……転生してきたなんて言えないから、咄嗟に嘘ついちゃった…)
『こればかりは致し方ありませんよ、お嬢様』
リヒトが励ましてくれる。
ルーチェは咄嗟とはいえ嘘をついてしまったことに少し罪悪感を覚えつつも、おばあちゃんの話に耳を傾けた。
「そうかいそうかい。それじゃあ、婆が教えてあげよう。……ここに座るといいよ」
促されて、ルーチェはおばあちゃんの隣に腰を下ろす。
「この世界には、色の名を冠する《七の魔獣》様がいるんだよ。それぞれが、自分の領域とする土地や空間を守っているとされてるんだ。世界の均衡を保つためにね」
「世界の……均衡……」
「緑癒獣は“緑”の名を持つ獣。森に恵みと癒しをもたらす、知恵ある存在さ。今じゃその姿を知る者もいないけどね。このノヴァール伯爵領で農作物がよく育つのも、緑癒獣様のおかげなんだよ……」
「他の色の魔獣については、何かご存じですか?」
「婆の知ってる限りだと……“紅は火山”、“蒼は海”にいるらしいよ。あとの“黄・紫・白・黒”は、婆にも分からないねぇ」
「そうなんですね……教えてくださって、ありがとうございます」
「いいんだよ、礼なんて。大したことは教えてないんだから。それより──恵みの輪の祭り。お嬢さんたちも参加していくんだろう? 祭りのあとで、恵みの輪“ミグの守り”を一つ貰っていくといい。あれは豊穣だけじゃなく、人との縁を長続きさせる願いがこめられてるからねぇ」
「はい、そうします!」
そのとき、遠くから声がかかる。
「おーい、ルーチェ! 一旦こっちに来てくれー!」
「あっ、はーい! ……おばあちゃん、また!」
「ええ、またおいで」
軽く手を振り合って、ルーチェは元気よくハルクのもとへと駆けていった。
「依頼は無事に達成されたし、木槌の修理も目処がたった。とりあえず俺たちは準備の手伝いを…」
「───冒険者さん!?」
「ひゃい!?」
突然の大声にルーチェはビクッと肩を跳ねさせた。振り返ると、息を切らしながらこちらへ駆け寄ってくる少女がいた。おそらくルーチェと同じくらいの年頃だろう、その少女はルーチェを見て、つかつかと距離を縮めてくる。
「ど、どうされたんですか?」
「あなたが村に来た冒険者なのね!? お願い、助けて欲しいの! 緊急の依頼なの!」
少女はルーチェの肩を力を込めて掴んだ。
「え? は、はい。そうですけど……貴女は?」
「私はユリーナ。この村の住人よ。でもそんなことより──」
「おい、ユリーナ!」
駆けてくる村人の男性の声に、ユリーナと呼ばれた少女が振り返った。
「おじさん!」
「ミリーナは見つかったか?」
「まだなの! でも冒険者さんがいたから手伝ってもらおうと思って……!」
「そうか……はぁ、はぁ……」
村人の男性がその場に立ち止まり、思わず膝に両手をついた。肩が大きく上下し、中腰の姿勢のまま、なんとか息を整えようとしているようだ。
「本当に、何があったんだ?」
あまりに深刻な様子に、ルーチェの隣に立つハルクが問いかける。
「私の妹、ミリーナが……村のどこにもいないの!」
「なんだって?」
ハルクが驚いたように反応する横で、ルーチェが口を開いた。
「……えっと、ミリーナちゃんが村の外に出た可能性は……?」
ルーチェが静かに尋ねると、ユリーナは一瞬だけ動きを止めた。
「そんなこと……あるはず……」
が、すぐに顔色を変える。
「おい、ユリーナ。心当たりがあるなら言え。見つける手がかりになるかもしれねぇ!」
「……その、一昨日のことなんだけど……お母さんのことで……。お母さん、身体が弱くて、セシの街からお医者さんが定期的に診に来てくれるんだけど……そのときの話を、もしかしたら──ミリーナが聞いてたかもしれないの」
「聞いていた……って、なんの会話をですか?」
焦るユリーナに、ルーチェが落ち着いた声で訊ねる。
***
「げほっ……いつもすみません、カータス先生……」
ベッドの上で咳き込みながら、ユリーナの母が頭を下げる。枕元に座っているのは、眼鏡をかけた茶髪の男──白衣の医者、カータスだった。
「構いませんよ。それより……前より少し悪化してますね」
「……えぇ……、また少し体が重くなったような気がします……」
「先生、お母さんの体は……治せないんですか?」
ユリーナが不安そうに尋ねるが、カータスは残念そうに首を横に振った。
「私の治癒魔法と薬学の知識では、体調を安定させることしかできません。本当に申し訳ないです」
「そんな、謝らないでください……。いつも村まで御足労いただいて、安値で診てくださって……感謝しかありません……」
「いやいや、それは全然。運動にもなりますしね……。それより、……ふむ」
考え込むカータスを見て、ユリーナの母は不安そうに首をかしげた。
「……先生?」
「いえ……前にこの村のお婆さんから聞いたんですよ。緑癒獣──恵みと癒しを司るという、魔獣の伝承を」
「……緑癒獣ってあの?」
ユリーナが問いかける。
「ええ、それで少し調べたんです。どうやら緑癒獣には “望む薬草を自在に生み出す力がある” という伝説があるようなんです。もしそれが本当なら──あなたの病も……」
「緑癒獣なら……」
カータスの言葉に考え込むユリーナ、その顔を見たユリーナの母は、娘の腕を掴んだ。
「……ユリーナ、間違っても森に行こうなんて考えちゃだめよ? あの森には危険な魔物も多いのだからね」
「分かってるよ、お母さん……」
***
「……って話をしたの。そういえば、その後からミリーナの様子がおかしくて……」
「まさか……! あそこは子供一人で行ける森じゃないぞ!」
「私も危険だって、いつも言い聞かせたのに……! でも、あの子、お母さんが大好きで……!」
(そうか……ミリーナちゃんはお母さんが心配で……)
ルーチェは小さく息を吸い、まっすぐユリーナを見据えた。
「……分かりました。その依頼、お引き受けします」
「本当!? ありがとう!」
「ハルクさん。このまま皆さんと村の中を探してください。私は、その緑癒獣の森に行ってきます」
「……ルーチェ、一人でいいのか?」
「……なるべく戦闘は避けて、捜索に集中します」
「……分かった。俺は村の方を、この人たちともう一度探してみる。気をつけて行けよ?」
「はい!」
ルーチェは勢いよく走り出した。そして目指したのは、あの大きな恵樹の前───。
「おばあちゃん!」
「おや、さっきのお嬢ちゃん。どうしたんだい?」
「緑癒獣の森って、ここからだとどっちですか!?」
「森は、ここから北だから……あっちの方だよ」
「分かりました、ありがとうおばあちゃん!」
「……って、お嬢ちゃん!? 行くのかい!? 一人じゃ危ないよ!」
叫ぶおばあちゃんの声が背中を追いかける中、ルーチェは一目散に緑癒獣の森へと駆け出した。