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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
89/150

第89話 カエル討伐



 

 ルーチェはハルクから貰った棍杖の《エーテリオン》を両手で握り直し、軽く息を吸い込んだ。


「───《閃光弾(フラッシュボム)》!」


 杖の先端から放たれた小さな光球が、音もなくカエルの群れの中へ滑り込む。


 次の瞬間────バァンッ!


 強烈な閃光が炸裂し、一帯を白く染めた。


 ヌメロカエルたちは一斉に目を閉じてのたうち、混乱したように跳ね回る。


 その一拍の隙を逃さず、ライクが地を蹴った。


「っ───!!」


 風のような速さで間合いを詰め、槍を構えた姿勢のまま低く飛び込む。


(“滑る皮膚”を突き通すには──初手で決める!)


 ギラリと光る槍の穂先が、一匹のカエルの胸元に正確に突き立てられた。


 ズバッ──!


 軽やかな音とともに、槍がカエルの身体を貫通する。


 同時に後方へと滑るように下がると、ライクはもう一度体勢を整え、次の標的に狙いを定めていた。


 ルーチェも続いて構えを取り直す。


「……さすが、速い……!」


 カエルたちは閃光の混乱から立ち直りつつある。


「でも、まだまだ来ますね──っ!」


 彼女の言葉通り、ヌメロカエルたちは再び集まりながら、数を頼みに突っ込んでくる。


──戦いは、始まったばかりだった。





「シア!!」


 ルーチェの呼びかけに応じて、風豹(シルファング)のシアが地を蹴った。


 砂利を巻き上げながら走り抜け、そのまま跳躍──


「───ッ!」


 鋭い爪が空を裂くとともに、斬撃の風が唸りを上げて飛ぶ。透明な刃が空気を切り裂き、ヌメロカエルたちをまとめて薙ぎ払った。


『主様!!』


 脳内に響くシアの声に、ルーチェは杖を構え直し、詠唱する。


「《天使の回輪エンジェリング・ジャベリン》!!」


 光の魔法陣が浮かび、そこから複数の輪が生まれる。


 白く輝く光輪は高速で回転しながら、カエルの群れへ一直線に飛んでいった。


 命中したカエルたちは眩い光に包まれ、次々と地面に倒れていく。


 ライクはその横をすり抜けるように動いた。


(……今の内──)


 光の間を駆け抜け、ライクはカエルたちの中に突っ込んだ。


 光を受けてよろけた個体と、シアの風で弾かれたが、かろうじて立っている個体──


 それらを、ライクは迷いなく槍で突き、切り、跳ね上げるようにして仕留めていく。


(この子の魔法、制圧力高ぇ…。足止めも出来てる。だったら──俺は後処理に徹するだけだ)


 一度も言葉を交わさずとも、役割分担は自然と決まっていた。


 まるで前もって打ち合わせをしていたかのように、二人と一匹はぴたりと動きを合わせていく。


 ゲロゲロ、ゲロゲロ───


 倒しても倒しても、川辺から次々とカエルの鳴き声が響いてくる。そのたびに、水面からヌメロカエルの姿が飛び出してくる。


『どれだけいるのよ、このギョロ目…!』


 鬱陶しそうなシアの声が、ルーチェの頭に響いた。


「《光粒爆(グリッターボム)》──!」


 ルーチェが棍杖を振ると、その先から七色の光の粒子が煌めきながら発射される。


 それは飛びながら分裂し、カエルの群れに触れた瞬間──光の小爆発が連鎖し、複数のカエルが吹き飛ぶ。


「っ───!!」


 ライクも動く。魔力を纏わせた黒槍を、助走から一直線に突き出す──!


 一撃で二匹のカエルを串刺しにし、そのまま反転して払い落とす。


「ライクさんっ…すごい!」


 ルーチェの純粋な賛辞に、ライクの肩がビクンと跳ねた。喋りかけられた衝撃に、目を逸らしつつも内心はザワついている。


(や、やばい…褒められた…うれしいけど困る…!)


「……っ」


(私もライクさんみたいに、もっと倒せたら…!)


「《光薙刃(こうていじん)》──!!」


 棍杖の長さを魔力で伸ばしたルーチェは、その先端に光の刃を展開させ──まるで薙刀のようにして、カエルへと跳びかかった。


 刹那、光が放射状に閃き、カエルたちをまとめて切り伏せる。ルーチェの周囲に三日月のような残光が広がっていく。


(えっ!? 近接戦!? あの子、中遠距離メインの魔法使いタイプじゃなかったのか!?)


 ライクは驚愕に目を見開いた。だがその一撃は紛れもなく実戦向きで、軽やかな動きと魔法の融合だった。


(マジかよ…! 俺よりずっと器用なんじゃ…!?)


 圧倒されつつも、ライクの中で少しだけ“負けていられない”という感情が芽生える──。


 風豹のシアは空を駆け、離れたカエルたちを爪で切り裂いていく。ルーチェも棍杖を振るいながら、前から接近する個体を次々と倒していた。



 だが──



 ライクの目が、一瞬後ろに逸れた。


 水溜まりの中、音もなく跳ねる黒くヌメヌメした影。

 それは、他のカエルとは明らかに異なる体格と動き。


──ヒルウナギ。


「っ──!?」


(あの子は……気づいてない!)


 ライクは反射的に地を蹴った。


 その頃、ルーチェは数匹目のカエルを払い落とし、軽く息を整えていた。


「……だいぶ数が減った、かな」


『主様、後ろッ!!』


 シアの焦った声に、ルーチェはとっさに振り返る。


「えっ──?」


 視界に飛び込んできたのは、こちらへ向かって一直線に這い寄る、異様に長い影。


 ヒルウナギが三唇状の口を大きく開き、飛びかかってきた。


「ひっ──!」


 あまりの気持ち悪さに、ルーチェは後退る。


 足元の石がツルッと滑り、カエルの体液に濡れた地面に、バランスを崩す。


(避けきれない──攻撃も……間に合わない──!)


 その時。ルーチェの背中に、何かが触れる。


 ふわっと身体が浮き上がるような感覚と共に、誰かの腕がルーチェを抱き上げた。


「っ──!?」


 思わず目を瞑り、そして、ゆっくりと開く。


──そこにいたのは、ライクだった。


 彼はルーチェをしっかりと抱えたまま、鋭い視線でヒルウナギを睨みつけている。


「ライクさ──」


 そう呼びかけようとした瞬間、彼は静かにルーチェを地面へと下ろした。


 濡れていない砂利の上──安全な場所だった。


 そして───ライクは無言のまま、ヒルウナギと向き合った。


(とりあえず──こいつは、倒す)


 黒槍を構える。一瞬、魔力が閃いたかと思うと、猛烈な速度で──突きの連撃が叩き込まれる。


 ヒルウナギはたまらず水中へ跳ねて逃げる。


(逃がすかよ……)


 ライクは槍を手に持ち直し、投擲の構えを取った。


 水面の下で、ヒルウナギが揺れる。


 ヒルウナギの狙いは変わらない──再び、川辺のルーチェへと向かっていた。


(狙ってんのは分かってんだよ……この変態ウナギ!)


 ヒルウナギが再び水面に顔を出した、その刹那。黒槍が空を裂き、一直線に飛ぶ。雷のような速度と正確さで、ヒルウナギの頭部を貫いた。


「……はぁ」


 ライクは静かに息を吐いた。


(……あの子は……)


 視線を向けると、ルーチェは放心したようにヒルウナギの死骸と黒槍を見つめていた。


 ルーチェの傍には、いつの間にかシアも戻っている。


(怪我なさそうだな──良かった)


 ふっと、ライクの表情が柔らかくなる。


 ほんの僅か、だけど確かに。それは“誰かのために動いた自分”を、彼自身が少しだけ認めた瞬間だった。


 ヒルウナギの死骸に刺さった黒槍を、ライクは静かに引き抜く。槍先から水が滴り落ちる音が、耳に残る。


 その時──


「……あ、あのっ!」


 ルーチェが恐る恐る、といった様子で近寄ってきた。


「ライクさん。助けてくれて……ありがとうございました!」


 深々と頭を下げるルーチェ。


「っ!?」


ライクの肩がビクッと跳ねる。


(や、やめてくれってば……! 俺はただ当然のことをしただけで、そんな真顔で礼とか──っ!)


 必死の形相で、ライクはぶんぶんと両手を横に振る。


「それに最後の……あの、投げた槍、すっごくかっこよかったです!」


 ルーチェはふわっと微笑んでいた。


「っ……っっ!!?」


 ライクは途端に真っ赤になり、目を逸らす。風が黒マントを揺らす音が、やけに大きく感じられた。


(真っ直ぐ褒めてくるとか……慣れてない、マジで無理、消えたい……)


「あの……? ライクさん……?」


 ルーチェはきょとんとしながら、そっと上目遣いでライクを覗き込む。


「……っん”ん”ん”ん”ん”っ!!」


 耐えきれなくなったのか、ライクはずるずると後退し、一定の距離を取った。


 その様子を見ていたシアが、ルーチェの足にすり寄ってくる。


『主様、やめてあげなさいな』


(えっ、えっ……、何かダメだった!?)


『ああいう子は、そういうのが一番効くのよ。距離感、距離感……』


(えっ、私、今、何か地雷踏んだの!?)


 シアはその問いには答えず、ライクに視線を向けた。


『……まったく、あんなことで赤くなって。情けない男ねぇ……』


 シアはふぅとため息をついてから、手をぺろぺろと舐めはじめた。


 ルーチェは小さく首を傾げながら、そっとライクの方を見やった。彼は槍を肩に担ぎ直し、顔を真っ赤にしながら川の向こうを見つめていた。


(でも……ライクさんって、意外と可愛いのかも)


 ルーチェは微笑んだ。





「それにしても……このヌメヌメのカエルたち、どうしよう……」


 ルーチェはうーんと唸って、倒した魔物の山を見つめた。


(ぷるるの《異空間収納(アイテムボックス)》なら運べるかも? でも、ぷるるにこの匂いが移るのは絶対いやだし……。かといって私が持つのも……。せっかくリュシータさんに作ってもらったこの衣装、汚したくないし……。ああ、こうなるなら水辺で使える作業着とか、長靴とか、何か探しておけばよかったなあ……)


 思考を巡らせていると、遠くから「おーい!」という声が聞こえてきた。


 ルーチェは慌てて、シアを《魂の休息地(ソウルルーム)》へと戻す。


「おーい、大丈夫かぁー?」


 声のほうを見ると、作業着を着た村の大人たちが数人、こちらに向かって歩いてきていた。ルーチェとライクは立ち上がり、軽く会釈をする。


「あの、どうされたんですか?」


 ルーチェの問いに、男たちの一人が朗らかに答えた。


「村長がな、『若い二人が心配だ』って言ってさ。様子を見に来たんだけど……もう全部終わってたとは驚いたぜ」

「いやぁ、さすがは冒険者ってとこだな!」


 そう言いながら、男たちは持ってきた大きな袋にカエルを次々と詰め込んでいく。袋がいっぱいになると、手際よく台車に載せていった。


「討伐で疲れただろ? 運ぶのは俺たちがやるから、お嬢ちゃんたちは先に戻ってていいぞ」


「おっ、見ろよヒルウナギ……! しかもこりゃデカい、久々に見るな……」


「このカエルも立派だぜ。いい食いごたえありそうだ」


 作業しながら盛り上がる村の男たちを見て、ルーチェとライクは顔を見合わせた。


「では……ありがとうございます。お言葉に甘えて、先に戻りますね」


 そう言って、ルーチェとライクは村への道を歩き出した。



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