第88話 討伐前夜
ルーチェは、ナガレノ村にある小さな宿に掛け合い、宿泊の都合をつけてもらっていた。
「突然のお願いで、すみません」
「いやいや、構わないよ。カエルの大量発生の時期には毎年、冒険者のパーティが泊まりに来るからね。準備は整ってるさ。今日はゆっくり休んでくれ」
宿の主人は笑顔でそう答える。
「ありがとうございます」
一方その頃、ライクは交渉の邪魔をしないように、宿の外で壁にもたれながら休憩していた。
「わー! 真っ黒ー!」
突然、村の子供たちが駆け寄ってきた。
「なーなー、どうしてそんなに真っ黒なのー?」
「槍、すっごく大きいー!」
「お兄ちゃん、喋んないの? もしかして喋れないのー?」
ライクは完全に圧倒されていた。子供たちの無邪気な好奇心と笑顔の集中砲火。普段は気配を消して生きる彼にとって、それはまるでスポットライトの嵐。
(たすけてぇぇぇぇぇぇぇ!!!)
無言のままじりじりと後ずさりしつつ、必死にルーチェを探す視線──。
その頃、宿の玄関先では、ルーチェが宿の娘ヨモギと話していた。
「お姉ちゃんたち、今日うちの宿屋に泊まるの?」
「うん、今日はお世話になります」
ふと、ヨモギが指をさす。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんのこと助けなくていいのー?」
「え? あ……」
ルーチェは、子供たちに囲まれて狼狽するライクの姿に気づき、苦笑した。
(あー……うん、だよね……あれは助けないとダメなやつだよね……)
くるりと向き直ったルーチェは、宿の外に出て子供たちに向けて柔らかく声をかけた。
「えっとね、このお兄ちゃんはね、お話するのがちょっと苦手なの。緊張してるだけで、みんなのことが嫌いとかじゃないから、許してあげてくれる?」
「「はーい!」」
子供たちは元気よく返事をして、ふわっとライクから距離を取った。
(……た、助かった……)
ライクはルーチェに、最大級の感謝と敬意を込めた視線を送りながら──やっぱり何も言わずに、こくんと頷いたのだった。
***
夜、ナガレノ村の宿の一室。
川のせせらぎが微かに聞こえる中、ライクは薄暗い部屋の片隅で、一人ベッドに座っていた。
(……あーダメだな、俺)
昼間の光景が頭をよぎる。
無邪気な子供たち、優しくフォローしてくれたルーチェ、そして何もできずに固まっていた自分。
(10代の女の子に助けられるなんて……)
自嘲気味に前髪をかきあげるが、すぐに目元まで戻ってくる。
(せめて、せめて戦闘では先輩らしいとこ見せないと……!)
ガッツポーズで決意するものの、すぐに違う考えが浮かんできて、握り拳が解ける。
(……いや、それ以前に人と話すって、どうやるんだっけ……?)
(誰かを前にすると、何話していいか分かんなくなる。声も出てこないし、言ったとしても絶対変な感じになるし……)
(……俺、人と向き合ってる時、どんな顔してんだろ……無表情? 怖い? 気味悪い? ……あー……)
ライクはベッドに倒れ込み、頭から枕を被った。
(……こういうこと考えてるとマジで……消えてなくなりたくなる……)
布団の中に小さくこもる、黒ずくめの影一つ。
その姿は、《黒鴉》と呼ばれるAランク冒険者というより、ただの迷える青年そのものだった。
ふと、開けた窓から、隣の部屋から声が聞こえてきた。
「ノクスはブラッシングが好きだね〜」
ルーチェの声だ。
(ブラッシング…?)
ライクは枕に顔を埋めたまま、そっと聞き耳を立てる。
「ほら、尻尾ふわふわになったよ。これでバッチリだね、超かっこいいよ、ノクス!」
「ワフ!」
(楽しそうだな……)
「え? シアもやる? いいよ」
(シア……ああ、そういえば馬車の中で、風豹と契約したって言ってたか……)
「尻尾ふわっふわ〜♪」
(なんだよその歌……)
枕に突っ伏しながら、ライクは悶絶していた。
「ぷるるは毛がないからブラッシングできないよ…。代わりにもちもちするからね。…そうだ、アミティエと一緒にベッドでゴロゴロしよっか」
(たしか、今は契約してる魔物が五匹いるって言ってたな…)
「うふふ、転がるの楽しいね〜」
(……ちょっと、どうなってるのか見たくなってきた。いやでも、さすがに女の子の部屋を覗くなんて、それは……)
「そうだね、そろそろ寝ないとだよね。最後にソンティも呼ぼっか」
(もうそんな時間か……)
「…ふふ、おやすみぃ…」
その声を最後に、隣の部屋は静かになった。
ライクはゆっくりと仰向けになり、天井を見つめた。
(……俺も、寝るか)
静かに布団をかぶり、ライクは目を閉じた。
***
翌朝。
「おはようございます、ライクさん」
ルーチェが明るく挨拶する。
ライクは目を泳がせながらも、片手を上げて、無言で首を縦に振った。
「朝食、食べに行きましょうか」
ライクは、さらにもう一度コクリと頷いた。
「今日は討伐に行くんだろう?しっかり食べていくんだよ」
宿の主人が、木の皿に乗った朝食をテーブルに運んでくれる。
「ありがとうございます! いただきます!」
ルーチェとライクは、向かい合って食事をし始めた。
パンをもぐもぐと食べるルーチェを、ライクはじっと見つめていた。
(きょ、今日こそは……話した方が……いいよな……? 戦闘の時の連携とか……水棲の魔物の注意点とか……その、先輩である俺が教えてやらないとだよな……。いやでも、この子器用そうだし……俺がアドバイスしなくても大丈夫かな……あーでもなぁ……)
「あ、あの……」
「!?」
「そんなに見られると、ちょっと食べにくいというか……」
ルーチェは恥ずかしそうに頬を染めながら言った。
「!!!??!?!?!?」
(俺はまた気持ち悪い真似を……! 一点を見つめながら考える癖がああああ!!)
「ライクさんも、ちゃんと食べてくださいね?」
ルーチェの優しい声に、ライクはビクッとしながら慌ててパンをかじり始めた。
「えっと、準備ができたら降りてきて、宿の前で合流して、大量発生の起こっている川の方へ向かう……という感じで大丈夫ですか?」
ライクは、首が取れんばかりに縦に振った。
「……ふふ、分かりました」
(わ、笑われた!? ……馬鹿みたいだって思われたかな……)
ライクは内心でぐるぐると落ち込む。
(ライクさんって、面白い人だなぁ)
ルーチェは心の中で、少し楽しそうに思っていた。
川の上流へと歩みを進めると、徐々に湿った空気が肌にまとわりついてくる。
「……着きましたね」
ルーチェが立ち止まり、前方の水辺を見つめる。
その先。川沿いのぬかるんだ岸辺一帯──
ぐっちゃりと音を立てて、無数のカエル型の魔物が跳ね回っていた。
体長は大きいもので人の膝ほど、小さいものでも子犬くらいはある。
緑、茶色、黒に赤……色も大きさもさまざまだが、共通しているのは、ヌメヌメとした光沢のある皮膚と、ぎょろりとした丸い目。
ぬちゃ、ぐちゃっ、ぐぼっ──と跳ねる度に嫌な音が聞こえる。
ゲロゲロと低い声とともに、あちこちで水飛沫が上がる。
「流石にあの数は、気持ち悪いですね……。一匹ならかわいい……かもしれないのに……」
ルーチェは思わず身体をすくめ、少し顔をしかめながら言った。
ライクは黙ったまま、ゆっくりと槍を構える。
(……この辺の水棲生物って、ヌメヌメしてるから好きじゃないんだよな……。加減間違えると攻撃が滑って通らないし……)
ヌメロカエルたちは、人の気配を察知したのか、一斉にルーチェたちの方へぎょろりと目を向け──
「ケロアアアアアア!」
異様な叫び声と共に、突進してきた。
(……来たな)
ライクの目つきが鋭く変わる。
ルーチェはぐっと構え直し、契約魔物の一匹──シアを呼び出した。
「じゃあ……頑張りましょうか、ライクさん」
ライクは黙って頷いた。
その足元、風が静かに巻き上がる。
────いよいよ、戦闘開始だ。
総PV数3300!?早いって!ブックマーク9?
ちょ、おま……本当に、ありがとうございます!
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