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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
88/148

第88話 討伐前夜



 ルーチェは、ナガレノ村にある小さな宿に掛け合い、宿泊の都合をつけてもらっていた。


「突然のお願いで、すみません」


「いやいや、構わないよ。カエルの大量発生の時期には毎年、冒険者のパーティが泊まりに来るからね。準備は整ってるさ。今日はゆっくり休んでくれ」


 宿の主人は笑顔でそう答える。


「ありがとうございます」


 一方その頃、ライクは交渉の邪魔をしないように、宿の外で壁にもたれながら休憩していた。


「わー! 真っ黒ー!」


 突然、村の子供たちが駆け寄ってきた。


「なーなー、どうしてそんなに真っ黒なのー?」

「槍、すっごく大きいー!」

「お兄ちゃん、喋んないの? もしかして喋れないのー?」


 ライクは完全に圧倒されていた。子供たちの無邪気な好奇心と笑顔の集中砲火。普段は気配を消して生きる彼にとって、それはまるでスポットライトの嵐。


(たすけてぇぇぇぇぇぇぇ!!!)


 無言のままじりじりと後ずさりしつつ、必死にルーチェを探す視線──。


 その頃、宿の玄関先では、ルーチェが宿の娘ヨモギと話していた。


「お姉ちゃんたち、今日うちの宿屋に泊まるの?」


「うん、今日はお世話になります」


 ふと、ヨモギが指をさす。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんのこと助けなくていいのー?」


「え? あ……」


 ルーチェは、子供たちに囲まれて狼狽するライクの姿に気づき、苦笑した。


(あー……うん、だよね……あれは助けないとダメなやつだよね……)


 くるりと向き直ったルーチェは、宿の外に出て子供たちに向けて柔らかく声をかけた。


「えっとね、このお兄ちゃんはね、お話するのがちょっと苦手なの。緊張してるだけで、みんなのことが嫌いとかじゃないから、許してあげてくれる?」


「「はーい!」」


 子供たちは元気よく返事をして、ふわっとライクから距離を取った。


(……た、助かった……)


 ライクはルーチェに、最大級の感謝と敬意を込めた視線を送りながら──やっぱり何も言わずに、こくんと頷いたのだった。



***

 

 

 夜、ナガレノ村の宿の一室。


 川のせせらぎが微かに聞こえる中、ライクは薄暗い部屋の片隅で、一人ベッドに座っていた。


(……あーダメだな、俺)


 昼間の光景が頭をよぎる。


 無邪気な子供たち、優しくフォローしてくれたルーチェ、そして何もできずに固まっていた自分。


(10代の女の子に助けられるなんて……)


 自嘲気味に前髪をかきあげるが、すぐに目元まで戻ってくる。


(せめて、せめて戦闘では先輩らしいとこ見せないと……!)


 ガッツポーズで決意するものの、すぐに違う考えが浮かんできて、握り拳が解ける。


(……いや、それ以前に人と話すって、どうやるんだっけ……?)


(誰かを前にすると、何話していいか分かんなくなる。声も出てこないし、言ったとしても絶対変な感じになるし……)


(……俺、人と向き合ってる時、どんな顔してんだろ……無表情? 怖い? 気味悪い? ……あー……)


 ライクはベッドに倒れ込み、頭から枕を被った。


(……こういうこと考えてるとマジで……消えてなくなりたくなる……)


 布団の中に小さくこもる、黒ずくめの影一つ。


 その姿は、《黒鴉(くろからす)》と呼ばれるAランク冒険者というより、ただの迷える青年そのものだった。


 ふと、開けた窓から、隣の部屋から声が聞こえてきた。


「ノクスはブラッシングが好きだね〜」


 ルーチェの声だ。


(ブラッシング…?)


 ライクは枕に顔を埋めたまま、そっと聞き耳を立てる。


「ほら、尻尾ふわふわになったよ。これでバッチリだね、超かっこいいよ、ノクス!」

「ワフ!」


(楽しそうだな……)


「え? シアもやる? いいよ」


(シア……ああ、そういえば馬車の中で、風豹(シルファング)と契約したって言ってたか……)


「尻尾ふわっふわ〜♪」


(なんだよその歌……)


 枕に突っ伏しながら、ライクは悶絶していた。


「ぷるるは毛がないからブラッシングできないよ…。代わりにもちもちするからね。…そうだ、アミティエと一緒にベッドでゴロゴロしよっか」


(たしか、今は契約してる魔物が五匹いるって言ってたな…)


「うふふ、転がるの楽しいね〜」


(……ちょっと、どうなってるのか見たくなってきた。いやでも、さすがに女の子の部屋を覗くなんて、それは……)


「そうだね、そろそろ寝ないとだよね。最後にソンティも呼ぼっか」


(もうそんな時間か……)


「…ふふ、おやすみぃ…」


 その声を最後に、隣の部屋は静かになった。


 ライクはゆっくりと仰向けになり、天井を見つめた。


(……俺も、寝るか)


 静かに布団をかぶり、ライクは目を閉じた。



***



 翌朝。

 

「おはようございます、ライクさん」


 ルーチェが明るく挨拶する。


 ライクは目を泳がせながらも、片手を上げて、無言で首を縦に振った。


「朝食、食べに行きましょうか」


 ライクは、さらにもう一度コクリと頷いた。





「今日は討伐に行くんだろう?しっかり食べていくんだよ」


 宿の主人が、木の皿に乗った朝食をテーブルに運んでくれる。


「ありがとうございます! いただきます!」


 ルーチェとライクは、向かい合って食事をし始めた。


 パンをもぐもぐと食べるルーチェを、ライクはじっと見つめていた。


(きょ、今日こそは……話した方が……いいよな……? 戦闘の時の連携とか……水棲の魔物の注意点とか……その、先輩である俺が教えてやらないとだよな……。いやでも、この子器用そうだし……俺がアドバイスしなくても大丈夫かな……あーでもなぁ……)


「あ、あの……」


「!?」


「そんなに見られると、ちょっと食べにくいというか……」


 ルーチェは恥ずかしそうに頬を染めながら言った。


「!!!??!?!?!?」


(俺はまた気持ち悪い真似を……! 一点を見つめながら考える癖がああああ!!)


「ライクさんも、ちゃんと食べてくださいね?」


 ルーチェの優しい声に、ライクはビクッとしながら慌ててパンをかじり始めた。


「えっと、準備ができたら降りてきて、宿の前で合流して、大量発生の起こっている川の方へ向かう……という感じで大丈夫ですか?」


 ライクは、首が取れんばかりに縦に振った。


「……ふふ、分かりました」


(わ、笑われた!? ……馬鹿みたいだって思われたかな……)


 ライクは内心でぐるぐると落ち込む。


(ライクさんって、面白い人だなぁ)


 ルーチェは心の中で、少し楽しそうに思っていた。






 川の上流へと歩みを進めると、徐々に湿った空気が肌にまとわりついてくる。


「……着きましたね」


 ルーチェが立ち止まり、前方の水辺を見つめる。


 その先。川沿いのぬかるんだ岸辺一帯──


 ぐっちゃりと音を立てて、無数のカエル型の魔物が跳ね回っていた。


 体長は大きいもので人の膝ほど、小さいものでも子犬くらいはある。


 緑、茶色、黒に赤……色も大きさもさまざまだが、共通しているのは、ヌメヌメとした光沢のある皮膚と、ぎょろりとした丸い目。


 ぬちゃ、ぐちゃっ、ぐぼっ──と跳ねる度に嫌な音が聞こえる。


 ゲロゲロと低い声とともに、あちこちで水飛沫が上がる。


「流石にあの数は、気持ち悪いですね……。一匹ならかわいい……かもしれないのに……」


 ルーチェは思わず身体をすくめ、少し顔をしかめながら言った。


 ライクは黙ったまま、ゆっくりと槍を構える。


(……この辺の水棲生物って、ヌメヌメしてるから好きじゃないんだよな……。加減間違えると攻撃が滑って通らないし……)


 ヌメロカエルたちは、人の気配を察知したのか、一斉にルーチェたちの方へぎょろりと目を向け──


「ケロアアアアアア!」


 異様な叫び声と共に、突進してきた。


(……来たな)


 ライクの目つきが鋭く変わる。


 ルーチェはぐっと構え直し、契約魔物の一匹──シアを呼び出した。


「じゃあ……頑張りましょうか、ライクさん」


 ライクは黙って頷いた。

 その足元、風が静かに巻き上がる。



────いよいよ、戦闘開始だ。



総PV数3300!?早いって!ブックマーク9?

ちょ、おま……本当に、ありがとうございます!

めちゃくちゃ嬉しいです!

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