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絆ノ幻想譚  作者: 花明 メル
第二章 広がる世界、潜む闇
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第87話 ナガレノ村へ



 ナガレノ村へ向かう馬車が街道をひた走る。


「……」

「……」


 馬車の中は酷く静かだった。


(うーん……)

 

 ルーチェは心の中で小さく唸った。


『いかがなさいましたか、お嬢様?』


 リヒトが優しく問いかける。


(これって……このまま黙ってた方がいいのかな。それとも、話しかけた方がいいのかな……。一緒に現地まで行くのに、全く会話しないっていうのも違う気がするんだけど……)


『そうですね……彼には彼のペースがありますでしょうし、慣れるまではそっとしておく方が良いかもしれませんね』


(そういうものかぁ……。できたらライクさんと仲良くしてみたかったんだけど)


 ルーチェが少ししょんぼりすると、その雰囲気を感じ取ったライクがビクリと肩を揺らした。


(お、落ち込んでる……!? た、退屈か? ……で、でも女の子と話す話題とか、流行とか知らないし……そもそも話せないし……)


 ライクは焦った様子で、カバンをごそごそと漁る。


(いや、あるわけないだろ! まともに話せた女性なんて、母さんくらいなのにっ!)


 思わず拳を握るライク。そして、ふと何かに気付いたように顔を上げる。


(そ、そうだ……筆談! 紙に書いて渡せば……会話できるかも……!)


 謎のひらめきに導かれるまま、ライクはペンと紙を取り出した。


(──って、何書くんだよ……)


 だがその手は止まってしまう。何を書けばいいのか全く思いつかない。


 ライクは再び凹んだ。


 ライクはペンを握ったまま、固まっていた。


(なにか……話題……。あ、そうだ。彼女自身のことを聞けば答えてくれるかも……? いやでも、探ってるみたいで気持ち悪いって思われないかな……あ〜……でも……)


「……ライクさん?」


 突然話しかけられ、ライクはビクッとして、慌てて姿勢を正した。


「あの……どうかされたんですか?」


 ライクは震える手で、紙に何かを書き始めた。


[デッドタートル、倒したって聞いた]


(筆談……?)


 ルーチェは少し驚きながらも、その文字を読むと口を開いた。


「はい。でも、私ひとりの力じゃなくて……セシの街の冒険者の皆さんや、騎士団の皆さんが支えてくれたおかげなんです」


 ライクはもう一度、紙にペンを走らせる。


[なんで、君は冒険者に?]


 その問いに、ルーチェは少し考えてから笑みを浮かべた。


「私、ふわふわもふもふした魔物と触れ合いたかったんです。冒険者というか……テイマーになれば、そういう魔物とたくさん関われるかなって思って……」


[テイマーってことは、魔物と契約してる?]


「はい、今はここにいます」


 そう言ってルーチェは自分の胸元に手を当てた。


(む、胸……? いや、身体の中……?)


 ライクは不思議そうに首を傾げる。


『お嬢様、それはあまり開示すべきでは───』


(大丈夫だよ、ライクさんは悪い人じゃないもん)


『その自信の根拠はどこに……』


 そのとき、ルーチェの影からぬるりと姿を現すノクス。


「ッ!?」


 ライクは反射的に横に立てかけていた槍に手を伸ばす。


「あっ、あの! 大丈夫ですっ!」


 ルーチェは慌てて手を振りながら、ライクの前に立った。


「この子は、ノクスって言って……私が契約してる影狼なんです! 本当に大人しくて、危害を加えたりしませんから!」


 ライクは数秒ノクスを見つめた後、ゆっくりとペンを持ち直し、紙に書いた。


[ごめん。体が勝手に動いた]


「いえ、こちらこそ。ちゃんと説明してからにするべきでしたよね……ごめんなさい」


 ノクスはしょんぼりと耳を伏せ、ルーチェにすり寄った。


「……ワフ」


「よしよし、いい子いい子」


 ルーチェは穏やかな笑みを浮かべながら、ノクスの頭を優しく撫でた。


 それを見ていたライクは、目をわずかに見開いた。


(かっけぇ……! 真っ黒な体毛に赤い目、しかもめっちゃ凛々しい顔してる……)


 全身黒ずくめのライクとしては、興奮せざるを得ない要素だった。


「ノクスが森で助けてくれたんです。そこからずっと、影の中に入って傍に居てくれてるんです」


 ルーチェはノクスを撫でながら、楽しそうに語る。


「よかったら──撫でますか?」


 ライクはビクッと反応した。


 ノクスは静かにライクの方へ近づくと、そのまま背中を向けて、すとんと座った。


(い、いいのか? ……俺なんかが撫でても……?)


 ライクはそろそろと手を伸ばし、ふさふさとした漆黒の毛並みに指を沈めた。


(……柔らかい)


 その手触りに、ライクの手は自然ともう一度、二度と動く。


(……やばい、癒される……)


 ライクの顔が、柔らかく綻んだ。


(ほらね? やっぱり悪い人じゃないよ)


 ルーチェは、ノクスとライクの様子を眺めながら、ふふっと微笑み、心の中でリヒトに囁いた。



***


 

 ここは、ナガレノ村。

 

 ナガレノ村の村長ガラッパは、突然訪ねてきた白黒凸凹コンビの冒険者に目を丸くしつつも、温かく迎え入れた。


「これはこれは、王都からよくぞお越しくださいましたな」


 村長は二人を座らせると、急須から湯呑みにお茶を注ぎ、差し出した。


「ありがとうございます、いただきます」


 ルーチェがお礼を言い、ライクは黙って丁寧に会釈する。


「さて……依頼の件でしたかな」


 そう切り出すと、ガラッパは落ち着いた調子で語り始めた。


「この村は川の精霊様を信仰しておりましてな。川以外には何もない辺鄙な土地ゆえ、村の暮らしも財源も、すべて川に頼っておるのですじゃ……」


 ルーチェは静かに頷く。


「しかし今年は、その川から異変が起きましてな。カエルどもが、例年よりも早く、そして大量に出現しおった。数匹程度であれば村の男衆でも何とかなるのですが……あの数となると、とても手に負えぬ……。そうして、王都へ依頼を出した次第なのですじゃ」


「なるほど……」


 ルーチェが相槌を打つ。


「───これは、川の精霊様の怒りなのかもしれん……そう思えてならんのですじゃ」


「川の精霊様の怒り、ですか?」


「うむ……近頃、村の若者たちは信仰を軽んじ、川の恵みに感謝する心も薄れておるように思えてのう……」


 そう言ってガラッパは、ふぅと一息つきながらお茶を啜った。

 

「───というわけで、川の怒りを沈めてほしいのですじゃ…!」


 ガラッパは、二人の冒険者に向かって深々と頭を下げた。湿気を帯びた空気の中、村の広場に立つ彼の声には、長年川と共に生きてきた者の切実さが滲んでいる。


───のだが。


 目の前にいるのは、まだ幼い少女──白いローブに身を包み、澄んだ目でこちらを見つめてくる。


 そしてもう一人は、全身黒づくめのロングコート姿の青年。顔の半分は長い前髪に隠れ、挨拶もせず、ただ黙ってコクリと頷くだけである。


(……だ、大丈夫なのかのう……?)


 ガラッパは額に手をやった。


(少女の方は確かに礼儀正しいし、話し方にも品がある……が、どう見ても力仕事に向くようには見えん……)


 隣の黒コートの青年に視線を移す。

 

(それにこの青年……目が合わん。というか、ずっと下向いとる。しかも黒すぎんか? 服も槍も靴も、黒。真っ黒じゃ……まるで、真夜中の化け物みたいじゃ……)


 しかも何か言うかと思えば、首を縦に振るか、たまに横に振るかだけ。

 

(まさか、本当に喋れんのか……? いや、怖くて喋れんのか……? どっちにせよ心配じゃ……)


 その一方で、ルーチェはにこにこと笑っていた。

 

「はい、ご依頼の内容はしっかり確認しました。私たちがなんとかしてみせますから、安心してください!」


「…………」


 ルーチェの言葉に続けて、ライクは頷いた。


 ガラッパ爺は、思わずその場にへたり込みそうになるのを堪えた。


(いやいや、何を言うんじゃ。あのヌメロカエルの数、今年は尋常ではないんじゃぞ? 先月は若い猟師が三人、川に引きずり込まれそうになったんじゃ。あの“ぬるり”とした感じと“ぴょんぴょん”跳ねる勢いは……じいにはもう無理じゃ……)


 しかし少女は、まっすぐな目でこちらを見つめている。黒い青年は目を逸らしているが、妙な威圧感がある。


(……いや、ひょっとしたら、見た目よりすごい者たち、なのかもしれん……)


 ガラッパ爺は祈るような気持ちで、二人を見送った。


(せめて、無事に帰ってきてくれればええがのう……)


 

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