第86話 黒と白の邂逅
今日はいつもと違って、とある人物の視点からスタートします。
翌日、王都の冒険者ギルドにて。
朝の賑わいの中、一際目を引く黒一色の装いの青年が、受付カウンターに静かに立っていた。ロングコート、手袋、ブーツ、ベルト──その全てが深い漆黒に染まっている。前髪は長く、ぼさりとした黒髪が目にかかるほどだ。
彼の名はライク・ヘイゼル。
王国屈指の実力を誇る、Aランク冒険者。
そのあまりにも目立つ装いと、無駄を一切排した戦い方から付いた異名は──《黒鴉》。
今しがた依頼書を一枚手に取り、カウンターで処理を済ませようとしていたそのときだった。
「おや、ライクくんじゃないか!」
「……ッ!?」
その一声に、ライクの肩がピクリと跳ねた。無意識に背を丸め、振り向くと、通路の奥から軽やかな足取りで近づいてくる人物が一人。
ギルドマスターのクリス。年齢を感じさせない若々しい雰囲気を持ち、王都のギルドで長年トップを任される切れ者だが──それよりも、彼の人懐っこすぎる性格と距離感のなさに、ライクはいつも困らされていた。
「おはよう、今日もいい天気だねぇ!」
明るく手を振るクリスに、ライクは手続きを終えると小さく会釈し、そのまま通り過ぎようとする──
───だが。
「───ライク、くん?」
ガシッ。
「っ……!?」
クリスに肩を掴まれた。それはもうがっちりと。
「そういえば、君に“大事な話”があったんだ。僕の部屋に来てくれるよね…?」
笑顔ながら、有無を言わせないプレッシャーがその場の空気を支配する。ライクは目を逸らし、諦めたようにうなずいた。
「良かったよ。来てくれなかったら僕、悲しくて死んじゃうところだったよ。じゃあ、早速行こうか」
こうして、ライク・ヘイゼル──《黒鴉》は、今日もまた“不可抗力”によって、ギルドマスターの部屋へと連行されるのだった。
部屋に入ると、ライクは柔らかめの椅子に座らされ、お茶まで出された。
目の前にいるクリスは、何かを企んでいるとしか思えない、胡散臭い笑みを浮かべている。
(あぁぁ……断れなかった……すでに帰りたい……嫌な予感しかしない……)
「そういえば、ライクくんは今からヒルウナギの討伐に行くんだってね?」
(そう……ヒルウナギは気持ち悪い見た目で、討伐を嫌がる冒険者が多い……つまり、依頼でブッキングすることはない! 完璧に俺向けの仕事だ……ヌルヌルは嫌だけど……)
ライクは無言でコクコクと頷く。
「……依頼をこなす“ついで”で構わないんだけどね、近くに大繁殖してるヌメロカエルも、少し討伐してきてくれないかい? 今年は例年より多いらしいんだよね」
(ま、まあ……それくらいなら別に……ついでなら……うん……)
ライクはさらに頷いた。
「ありがとう、助かるよ」
(……何が“助かる”だよ。断れない圧かけといて…!)
「……何か言いたいことでも?」
クリスが笑顔のまま、じわりと黒い圧を滲ませる。顔は笑っているのに、目が笑っていない。
ビクッと肩を跳ねさせて、ライクは慌てて首を横に振った。
「そうかい、ならいいけど。ああ、忘れるところだった……それと、もう一つ、君に頼みがあってね?」
(今度は何……?)
ライクはごくりと唾を飲む。
「君も知ってるだろう? 最近、魔物が活発化したり、凶暴化したり……そういう案件が増えてきている」
少し間を置いて、クリスは続けた。
「僕はね、冒険者全体の“質”を高めたいと思っているんだよ」
(質……?)
ライクが怪訝そうな顔を向けると、クリスは微笑みながら核心を突く。
「そこで僕は、後任育成の一環として、AランクやBランクの有望な冒険者に、少し下のランクの子を組ませて、より実戦的な経験を積ませたいと思っているんだ」
(もうそこまで言ったら答え言ってるようなもんじゃん……。やっぱり帰りたい。どうせ死にたくなるようなこと言われるに決まってる。無理、無理)
「そこで、Aランクの君に──Dランクの有望株と組んでほしいんだよね。もちろん、今回だけだよ?」
(いやいやいやいや、無理無理無理無理───!)
ライクは口を噤んだまま、全力で首を横に振った。
「ほら、君もさ。今後、魔物の脅威が増せば、ソロじゃ立ち行かなくなるかもしれない。その練習と思ってさ。……もちろん、引き受けてくれたら追加報酬として、育成手当も出すよ?」
(そんなこと言われても、無理なもんは無理なんだってば!!)
そのときだった。ノックの音がして、扉が少し開いた。
「ギルドマスター、ルーチェさんがいらっしゃってますが……」
「お、ちょうどいい所に。通して」
扉が大きく開き、白いローブを着た女の子が部屋へと入ってきた。
(え、子供……? 女の子……?)
ライクはポカンと目を見開く。
「おはよう、ルーチェくん」
「おはようございます、クリスさん」
(声、かっわ………)
ライクは思わず目を見開いた。
「ライクくん、紹介するね。こちらはルーチェくん。セシの街から来た英雄少女──って言えば分かるかな?」
(え、この子が……? セシに出たデッドタートルを倒しちゃった系の強強女子……!? 俺より明らかに若いのに、見た感じコミュ力も高そう! ヤバすぎる!)
「ルーチェくん、こちらがライク・ヘイゼルくん。こう見えてAランク冒険者。普段はソロだけど、今回、君のカエル討伐に付き添ってくれる超強い先輩だよ。全然喋らないけど、悪い子ではないからね」
(ちょっと待って!? まだ一緒に行くなんて認めてないから!! ホント無理!!)
ライクは首がちぎれそうなほど、必死に横に振っていた。
「あ、あの、クリスさん……ライクさん、全力で首を横に振っていますけど、無理強いは良くないんじゃ……」
「大丈夫だよ、どうせ一緒に行くんだし。それに彼にとっても、人と関わるいい機会になるから」
「そ、そうなんでしょうか……」
(勝手に進めんなよっ……!!)
ライクは拳を膝の上に置いて抗議の意思を示す。
「私の方は全然問題ないんですが……ライクさんは、やっぱり嫌ですよね。大丈夫です、無理は良くないですから。私は私でカエル討伐に行くので、ライクさんはライクさんのペースで大丈夫ですよ」
素直な気持ち100%でそう言われたライクは、内心でぐさりと来た。
(ま、まって、今、俺……子供に……しかも女の子に慰められた? 俺の方が年上だよね? どうすんの、これ……)
「そうか、ルーチェくん、一人で行くんだね。いやいや、いいんだよ。確かに、無理強いはよくないよねぇ。ごめんね、ライクくん」
クリスは悪意100%のニヤニヤ顔で、うんうんと頷いてみせる。
(~~~~~っ、あああああああぁぁぁぁぁあああああ!!)
ライクはバン! と机に手を叩きつけた。
「ライクくん?」
「…………………」
「もしかして、行ってくれる気になったとか?」
コクリ、と無言で頷く。
「本当かい? 良かったね、ルーチェくん」
「あの……本当に、いいんですか?」
ライクはブンブンと縦に首を振った。
「ありがとうございます、ライクさん。よろしくお願いします」
ルーチェは、にこっと微笑んで手を差し出した。
「……っ!?」
(えっ!? 握手!? こ、これ……握ったら変態扱いされて処刑されたりしない……? バイ菌が移る〜とかってキモがられたりしない……?)
ライクはカタカタ震えながら、恐る恐る手を伸ばし、そっとその手を握った。
(え、手……ちっちゃ……)
その瞬間、ライクの顔は完全に宇宙猫だった──。
ルーチェが依頼書を確認した。
「場所はナガレノ村……ですか」
「そう、地図だとここだね。川の上流にある小さな村さ。ちょうど、ナガレノ村の馬車が来ていたはずだから、頼めば乗せてくれるかもね」
「分かりました。探してみますね」
「ライクくん、くれぐれもルーチェくんのこと、よろしくね」
ライクは無言で頷いた。
***
ルーチェは、帆の端に小さく《ナガレノ村》と書かれた馬車を発見した。
「あの……すみません」
「ん? 何か用かい? お嬢ちゃん」
木箱を積み込んでいたガタイのいい男が、馬車から顔を覗かせた。
「えっと……ナガレノ村に向かう馬車ですよね?」
「おう、そうだが?」
「もしよろしければ、乗せてはもらえないでしょうか? 私と……こちらのライクさんは、ナガレノ村近郊の川でカエル討伐をするんです」
「おお、そりゃ本当か? 助かるぜ。今年は数が多いせいで、俺らも困っててよ……。これだけ積んじまったら出発する予定だったんだ。そしたら、空いてるとこに乗ってくれていい」
「ありがとうございます!」
ルーチェはぱっと花が咲いたように笑顔を見せた。
(……俺だけだったら絶対に無理だ……筆談じゃないと……。誰とでも話せる子って、貴重だなぁ……ありがたい……)
「よし、乗っていいぞ!」
二人は馬車の荷の間に腰を下ろした。
こうして、馬車はガタゴトと音を立てながら、ナガレノ村へと出発した。




